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178話


 領主たちがお触れの件で忙しくしている中、フォノスはサトルたちとは別行動をとり、個別で動いていた。目的は……


 「あの人だよね」


 フォノスの目に映る人物は、一見普通の町民にしか見えない格好をしている。しかし、よく見れば足運びが一般のそれではなく、軽業に優れ、頻りに周囲の警戒をしていることを見抜いたのだ。


 アサシンのクラスを獲得したときに得た、罠や毒に対する感知能力は、サトルのクラスチェンジを経て、より研ぎ澄まされている。


 その直感が、挙動の怪しい町民の持つ袋から、強力な毒のニオイを嗅ぎつけたのだ。


 怪しい挙動だけなら、まだ悪事に関与しているとは言い難い。しかし、毒や罠に強い感知能力を持つフォノスは、その毒がただの毒でもないことに気がついた。


 怪しい町民らしき男は、古びた一軒の宿屋に入る。よく、駆け出し冒険者が利用するような宿だ。町民であれば宿よりも長期滞在用の住宅か、家を持っていることが普通だ。ますます怪しい


 フォノスは辛抱強く、夜が更けるまで、外から男の監視を続けた


* * *


 ボロ宿の、やる気のない店主から鍵を受け取り、二階の一室に入るとすぐに鍵を閉める。この宿は身元を一々確かたりしないことは事前調査で分かっていた。秘密裏に動く際にはうってつけの宿なのである。


 自分の部屋に戻り、まずすることは怪しい魔道具が置かれていないか、物の配置が変わっていないかのチェックだ。つい習慣化してしまったが、細かなチェックによって助けられたことは、一度や二度ではない。


 「ふぅ…上手くいったのかどうか分からないな」


 荷物を机に置いて、備え付けの古びた椅子に腰掛けに座る。袋の中から暗殺に使用した道具を取り出した。吹き矢の筒には小さな古代文字が刻印されており、魔力を帯びている。この道具に魔力を加えることで、矢を遠くまで飛ばすことが出来る一品だ。これで数々の暗殺を成功させてきた。


 魔道具を手にとって、誰も居ない天井へ吹き矢を使うフリをする。特に意味のある行為ではないが、こうしていると落ち着くのだ


 もう片方の空いている手で、お触れの紙を乱暴に顔の前まで持ってくる


 「カルボン…毒が効いていれば、もうとっくに死んでいるはず。だが、この内容はむしろ、想定の逆だ…。息子が死んで敵国の領主を勘ぐらぬ訳がない…あの領主は子供が第一な人間。息子が死ねばすぐに騒ぎ出して噂も広がるはずだが……アイリス・ジャーマンとの協力関係を構築とはどういうことだ」


 不安なことがあると、この魔道具を持って独り言を呟き、平静を保とうとする癖がついてしまった。それだけ、この道具に対する信頼と、成功体験から依存してしまっているのかもしれない。


 「あの時、確実に毒が刺さったのを、遠視の魔道具で確認した。公にしないためか…?いや、でもあの領主だ。息子の死を……」


 自分の中の考えがまとまらず、思考がループする。つい口走ってしまっているのにもあまり周りを配慮する余裕もない。こういう時は、一度寝て思考をリセットするに限る


 「だめだ。明日考えよう。ここに滞在していればそのうち答えは出るだろう…。奴は死ぬべき愚鈍な領主の息子。これが、国の最善だ」


 言い聞かせるように、呟き何度か深呼吸をする。そして、相棒の吹き矢を袋に仕舞いなおそうとしたとき、横に人が立っていることに気がついた


 「やぁ、良い夜だね」


 まるで日常の会話のように、ひどく落ち着いた抑揚をもつ言葉


 咄嗟の出来事に、椅子から転げ落ちる。急いで袋を机から取り出して吹き矢を構えた。緊急事態に備え、いつでも発射できるよう予備の針は入れてある。


 いつからいた?どうやって音も無く、気が付かれずに入ってきた?どこまで聞いていた?脳内が、返ってくるはずもない質問内容でいっぱいになり、自身の体温が上がっていくのが分かる


 焦りは禁物だ。こういう奴は、弱い姿勢を見せるとつけあがる


 今まで通り、そしてこれからも迅速に対処するだけ


 「……お前は、闘技に出ていた小僧か。こちらを嗅ぎ回っていたということだな。どこまで聞いていたかは知らぬが、この部屋に入ってしまった以上、生かすことはできん。すまないが、ここで死んでくれ。[エクスペディシャス・リトリート]」


 エクスペディシャス・リトリートは、自身に対し一時的ではあるものの、行動速度を高める術だ。上昇幅は強力で、一般的な駆け出し冒険者相手では、ギリギリ認識できるかどうかというほどに高まる。その分、魔力消費量も高いため、ごく短時間でしか使えないが、短期決戦には十分だ。


 夜を身に纏ったような少年に対し、牽制用のナイフを一度に三本も投げる。行動速度を高めているからこそ、できる荒業だ。大抵の者はこれで死ぬが、手加減はしない。念には念を入れ、ナイフが少年に到達する前に、少年の背後に周りこみ、例の毒をたっぷり塗った吹き矢を背に向けてお見舞いだ。


 この吹き矢から放つ矢は、発射速度が向上する。そのスピードはとても目では追えない


 正面から三本のナイフ、はたまた背後からは高速で迫る猛毒の吹き矢。常人では到底真似できぬ絶技であるが、少年は表情を崩さない。諦めたか…無理もない


 しかし―


 「おじさんが、あの子の毒殺を謀った実行犯ってことで間違いなさそうだね。同じ針だし、やっぱり同じ毒だ。その魔道具であれば遠くまで正確に狙いをつけて飛ばせそうだから、遠距離から狙撃できたってことだね」


 3回ほど金属音が響き、全てのナイフが同時に落ちる。少年の足元には投げたはずのナイフが、手には、発射したはずの針が摘まれていたのだ


 「ど、どういうことだ!?どんな手品を使ったというのだ」


 少年の、抑揚の薄い声と無関心な表情は、そんなことはどうでもいいと、暗に伝えているようだ


 構わず話を続ける少年


 「この毒はどこで手に入れたのかな?あの石はどうやって、何の目的で作られたのかな?おじさんから聞きたいこと、いっぱいあるんだ」


 ナイフを弾き返した素振りは『見えなかった』。だが金属音は響いてたということは、体に特殊な防具を身に着けているのか?だが手に摘んでいる針はどう説明する。これが意味するところは、この少年は攻撃を全て見切っているということになる……ナイフを弾いたのは、魔術をもってしても、この少年の動きを捉えることすら叶わなかった。いや…しかし、そんなことが可能なのか


 思わず攻撃の手を止めてしまう


 ここは逃げるが勝ちか?


 「ずいぶん悠長に考察しているみたいだけど、僕が攻撃するとは考えていないのかな?」


 少年が一歩だけ距離を縮める。…これ以上の戦いは無意味だ。この化物イレギュラーには、どう足掻いても勝てない


 持っているナイフを全て投擲し、その隙きに窓へ向けて全力で走ろうとする


 大きく踏み出したが、足に痛みが生じて、床に突っ伏してしまった


 痛みを感じる足元を見ると、なんと、毒針が刺さっている


 判断が遅かったのだ


 「ぐうう…貴様…くそ」


 急激に視界が霞んでいく…意識が……


 「僕はあの子供がどうなろうと、どうでもいい。ただ、お兄さんの行く手を阻む君は…『僕の敵になった』だけだよ…。もう、まともに聞こえていないかな?情報、聞き出せなかったや。クク、アハハ!」


 フォノスは窓から飛び出し、大いなる闇に溶け込んだ



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