177話
竜人の里へ向かう、サトルたちの出発を見届けたアイリスとグリセリーは、双方協力体勢をとって、町中へお触れを先出しさせた。
そして数日後、正式に町の広場で町民に対し、アイリスとグリセリーは直接顔を出して演説を行うことになった。
アイリスたちの会場入り前から、演説会場に事前にお触れの内容を知っていた者と、何か何かと、事情を知らぬ旅人たちが続々と集まってくる。旅人の一人が、町民らしき男に訪ねた。
「もし…この人だかりと、この舞台は何です」
「おめぇ、旅の者か。最近の事件を知らないってことは、シールドウェストは初めてか?」
「えぇ、まぁ…」
「この間、うちの町出身の高ランク冒険者と、フォマティクスのステロール領の高ランク冒険者を戦わせるっていうイベントをやってたんだよ」
「ほぉ、それは楽しそうです。それでは、これはその続きでしょうか?しかし、この舞台は戦う場所にしては些かスペースが狭いような」
旅人が目を向けた舞台は、戦う場所としては頼りない。数人が立てるような舞台で、拡声の魔道具が数個、演説台に置かれているだけだ。
旅人はこの催しに対し、明らかに興味を持ったようで、町民の話に食いついてきた。その様子を確かめた町民は、あたかも自分ごとのように気を良くする
「がはは!違えよ。もう戦いは数日前には終わっちまっているんだ。おめぇ、あの戦いが見れなかったなんて、ついてなかったな。これは、領主のアイリス様と、ステロール領主様の演説用の舞台だ」
「なんと…もう戦いは終わってしまったのですか。見られなかったことが悔やまれます」
「そうだろう、そうだろう。そりゃ~おめぇ、大迫力も大迫力!見れなかった奴が可哀想ってなもんだったぞ。うちの町から出た高ランク冒険者の活躍、鼻が高いってな具合で…まぁ、だがな…」
「何か問題でも…?」
「あぁ、その大将戦で、ステロール領の冒険者が使ったアイテムが、なんでも『いわくつき』だったらしい」
「いわくつき…?」
「なんでも、人を魔の者に変えちまったらしい。大きな力が湧いてくる代わりに、肌の色とか性格、体格を大きく変えちまったんだと。そんな危ないものが、ここ最近シールドウェストに多数持ち込まれているらしいってな」
「ほぉ、それではこの演説台は、その事情説明に使われると?…そんなアイテムは見たことも聞いたこともないのですが…。何かの見間違いでは?それか、負けた冒険者が口からでまかせをかましたとか…」
気を良くしていた町民は、明らかに不機嫌そうな表情になった。旅人の発言が気にくわなかったのだ
「はぁ…わかっちゃいねぇ。負けたのは、その『いわくつき』を使ったステロール領土の冒険者だ。うちの町の冒険者…サトルさんのパーティーは、全戦全勝ってんだ。たしかに途中、土壁のようなものに覆われて、大事な場面は見えなかったが、サトルさんがトドメをさすときに、相手の肌の色が変わっていたのはこの目で見たんだ。勝ったほうが、こんなヘンテコな情報を交えて、領主様に嘘までついて伝える訳ないだろう」
不機嫌そうな顔をしたたまの剣幕で迫られた旅人は、両手を胸の前まで出して、町民をなだめる
「す、すみません。そういった事情も分からなかったもので……。この町の高ランク冒険者は、ずいぶんお強いパーティーなのですね。なるほど、全て勝っているのなら、わざわざリスクを取る嘘はつかない。その通りです」
「ふん…分かればいいさ。おや、そろそろアイリス様がお見えになるぞ!」
町民からの支持が高く、町を歩けば必ず人溜まりができてしまうため、アイリスは特別な事情がない限りあまり屋敷から出ない。そういった理由もあり、アイリスを一目見ようとする町民もいる。アイリスとグリセリーが、護衛の騎士をつれて舞台へ上がると、賑やかに飛び交う声は、更に大きくなり歓声へと変化していく
それを何度か手で制したアイリスは、笑顔で応えた
「…ありがとう、ありがとう。……皆、今日は集まってくれて感謝する。時間がないので、本題を端的に伝えさせていただく。知っている者もいるだろうが、領土間による闘技の催しで、ステロール領土側の冒険者が、魔の者に変化した」
アイリスの一報に、町民たちは顔を見合わせ、不安感を共有している
「魔の者は、変身後に自我を忘れ、催しの中、我らのサトルパーティーのリーダーの殺害を企てたのだ」
町民たちは、不安と怒りが入り混じったような反応になり、所々で怒号が飛ぶ。自身の町から出た英雄の殺害を企てたのだから、グリセリーに対する目も険しくなるのは明確か
アイリスは話を続ける
「しかし、サトルたちが、これを撃退したのは皆が証人になるだろう。結果的に犠牲者は出なかった…ただひとつ、問題が発生した。……調査の結果、魔の者に変化したのは、冒険者が持ち込んだアイテムにあることが発覚したのだ。詳細はお触れの内容を確認して欲しい。そのアイテム…石は安易に入手可能であり、既にシールドウェスト、ステロール領の双方で『幸運を呼ぶ石』として流れているようなのだ」
グリセリーとアイリスは目配せし、今度はグリセリーが拡声の魔道具を持って、発言する
「ゴホン……今アイリス殿が皆に伝えた通りだ。まさしく、私がここへ来訪したのも『幸運を呼ぶ石』の注意喚起と、アイリス殿と共同調査を行うため。我が領土の冒険者が、そのようなアイテムを使い、神聖なる戦いの場を汚したのは不幸な事実だった。しかし、アクシデントがあったものの、結果的には皆に石の危険性を伝えることはできたと感じている。あの石は強大な力を持つ代わりに、代償として服用した者を魔の存在へと変化させる、前代未聞の恐ろしいアイテムだ…」
グリセリーは演技かかったような身振り手振りで、アイテムの恐ろしさを語る
「高ランク冒険者でなければ、抑えられないような凶暴性と力は、一度服用すれば、間違いなく身近な者を傷つけるだろう。そして、使用後は冒険者を続けられぬような、急速な身体の弱体化が始まり、後遺症を残す。皆はそのようなアイテムを見つけても、売ったり、使用したりせずに、我々まで届けてほしいのだ」
グリセリーは懐から、その使用済み『幸運を呼ぶ石』を取り出し、皆が見れるよう天にかざす
小さな石ころにしか見えないため、町民からの反応はイマイチといったところ。よく見ようと目をシパシパさせている者が大多数だ
「石は小さく、使用前は漆黒なる魔力を纏わせている邪悪なる物体だ。混沌にして悪なるこのアーティファクトに対抗するため、我々ステロール領とシールドウェスト領は、教会にも協力を仰ぎ、共同してアイテムの回収、アイテムを使用を前提とした犯罪の抑止、流通の阻止を目指すこととなった!皆が安心して、暮らせるように、今は手を取り合うことを、我々は望む!」
熱を込めて話を続けるグリセリーに対する反感の色は、次第に薄れていくようだった。大多数は、因縁より目の前の危険性の優先度が高いというものである。高ランクの冒険者でしか抑えが効かないようなアイテムが犯罪に使われては、どうしようもない。そんな喧嘩をしている場合じゃないというムード作りが成功する。
アイリスが拡声の魔道具を受け取り、ダメ押しをした
「双方の領土の発展と、皆の安全のため、どうか皆の理解と協力を頼みたい。そして、問題解決に尽力してくれるグリセリー・ステロール子爵を、無理に歓迎しろとは言わない。我々とは因縁があるのも理解しているからだ。ただ、この件に関しては、彼は双方の民のためにも、動いているのだということを知っておいてほしかったのだ…一人ひとりの力が必要になる。改めて、よろしく頼む」
アイリスが拡声の魔道具を置いて、簡単な演説を終えると、パラパラとした拍手が送られ、次第にその音は大きくなっていった。