176話
アイリスとの話し合いが続く中も、点滴のように、少しづつ回復ポーションをカルボンに飲ませ続けている。こうすることでしか、延命の方法がないためだ。
「…問題は、カルボン様をどうやって治療するか、ですが……」
「その毒…というより、臭いには覚えがある」
そう言って、アイリスはフォノスから針を受け取った。そして鼻の前に持っていき、何度か嗅ぐと確信する。
「やはりな…この臭い、ドラグリリーの花だろう」
「…ドラグリリー?」
「サトル君が知らないのも当然か…。ここからは北のブローンアンヴィル…ドワーフの採掘町を越えた、山の向こう側にある僻地に咲いている」
「なぜ、アイリス様がそれをご存知なのです?」
「なに、大した話ではない。剣の修行をしていた時代に、その近辺にある里に世話になったのでな。よく、修行の場で使っていた場所に、たくさん自生していたのだ。その独特の香りだけはよく覚えている。もっとも、その花は、人の身には強力な毒になると、地元では有名だというがな」
「…もしかして、その花が自生する地元では、解毒方法も知られているかもしれない。ということですか?」
「そうだ。とは言っても、そこに住んでいる者は竜人と呼ばれる希少種だ。ドラグリリーは竜人にとっては、腹の調子を整えるための薬草扱い。人が食した場合の療法がある可能性は低い」
…何の手がかりがないよりもマシか。仮にあったとしても、話の限りでは民間療法レベルの域を出ないだろう。それでもやるだけの価値はある
「わかりました。俺たちのパーティーで、その里まで出向きましょう。そして、カルボン様の治療法を持ち帰ってきます」
「うむ、よろしく頼む。私は、この困った子爵親子が、此処に残る大義名分と裏工作にでも時間を割いておこう…それと、石の触れ込みについても時間を割く必要がある。なぁ?ステロール子爵」
グリセリーは小動物のように震えて、ただただ首を縦にゆり動かす
「…あ、あぁ!も、もちろんだとも。我が息子を救えるのであれば、一介の冒険者による不敬だろうが、領土の傀儡だろうが、例の石の触れ込みに一役買うことだって…なんだって飲み込んでやるとも」
子爵からすれば、目の前でそんな話を淡々と進められていれば、多少の不満はあるかもしれない。だが、彼には選択肢が無い以上は、アイリスに対する謝罪と誠意のみが命をつなぎとめるのだ。頑張ってもらおう
「ところで、我が息子の解毒については、サトル殿たちが調査に向かってくれることは分かった。その間は、我々は何を足がかりにするのだ?」
グリセリーの質問に対して、アイリスは言葉を受け流すように俺に顔を向けて説明を求める。…まぁ俺から言い出したことだしな
「筋書はこうです。人を魔に変える石を『幸運を呼ぶ石』と称して、巷で出回っていることが確認されている。怪しい石なので安易に信じないようにと、お触れを出します。都合の良いことに、ここに居るカイオスさんの状態が、動かぬ証拠…もとい証人になるでしょう。その際には、必ずステロール子爵とアイリス様が共同で、その調査、教会への助力、もしくは機関の発足を行うことを発表するのです。俺たちが帰ってくるまでの間に、情報が行き渡っている状況が良いかと思います」
グリセリーは手を顎に当てて唸る
「…うーむ。機関の発足となると、アカトネイター神の傘下か、はたまた教会の樹立か?」
アカトネイターとは、生命・光を司る神のことだ。スターフィールドの元々の設定でも存在する神の一柱で、善なる者に属する神と言われている。ここに実在するかは分からないが、信仰の対象となっていることは確か。当然、混沌にして悪なる魔を忌み嫌う者たちだ。その第三者機関であれば、適任だろう。
「魔の者を生み出す石が作られたのです。新教会を樹立し、審問官を置いて調査するのが良いのですが、難しい場合はアカトネイター神の司教様に取次、調査を依頼したいところです」
「ううむ、承知したぞ」
さて、カルボンの世話係が必要だな…ただ、世話のためだけにサリーを置いていくのは避けたいところ
であれば、サリーには念のため、二月分の回復ポーションを製造してもらい、俺たちが離れててもカルボンを延命できるようにしておいてもらおうかな。
カルボンの看病のためにサリーを残すか、連れて行くべきかどうかは、決めかねていたが、竜人の里で仮に民間療法があった場合、その調合を覚えて実施できるのはサリーだけだ。フォノスは毒薬しか調合できないし。…なので、サリーは同行で確定。離れている間、カルボンが延命できるようにポーションを大量生産しておく方法で時間を稼ぐ。ポーションを飲ませるだけなら、他の人でも代役は務まるからだ。
「お兄さん、僕は少しやるべきことが見つかったから、別行動をさせてもらうよ」
…やるべきこと?クリュの散歩コースの開拓という訳では無さそうだが…。このタイミングで離れるのは、事情があるのだろう。あまり深く追求してほしくなさそうなので、ここはそっと行かせてあげるべきかな。
「わかった。フォノスにとって大切なことなら、それを優先するべきだ。俺たちはしばらく町から離れるから、別荘は好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとう、お兄さん」
…これで、フォノスを除く、カルミア、サリー、イミスと一緒に、竜人の里に向けて出発することになった。
何者かは分からない…ただ、これで奴らの思惑通りの展開は避けられただろう。勝負はこれからだ