171話
怪しい石を飲み込んだカイオスの体格は、二段階も三段階も強靭になり、見た目もそれ相応に筋肉質に。そして、目は血走り、髪の色は白く、肌の色は青黒い不気味なものに変色した。どう見ても普通じゃない変化に驚くが、こんな危険そうなシロモノを、冒険者である彼が持っていたことが不可解だ。
「カイオスさん、それは何です?何を使ったのですか!」
「はっはぁ……。力だよ。まぁ、聞けや。貴様らが竜さえ討伐するほどの力量があることを、俺たちはこの依頼を受けるまでは知らなかった。ただ、お前たちを倒す。それを達成すれば、金には困らない将来が約束されていたんだよ。Aランクの俺たちには、敗北のビジョンなどなかった。お前たちを見るまでは」
カイオスの体は更に膨張し、もはや原型を逸脱しているほどの体格になった。翼でも生えれば魔族にしか見えない姿といえる。なぜこんなにも禍々しい姿に…あのアイテムについても調べないと
「…」
どうにかして、この防壁から抜け出し、カイオスがおかしくなってしまったことを誰かに知らせなくてはならない。だが、遥か上空まで伸びた巨壁は、俺とカイオスを隠すように四方から囲っているため、外から判断させる方法がない。辺りを見回す俺に、カイオスは話を続ける。
「なぁ、高ランク冒険者に一番必要な素質とは何だとおもう?」
「……それは…強さ、でしょうか?」
状況を確認しつつ、質問には答える。時間が欲しい…
「はっはぁ…良い答えだ。ただし、それは一番じゃねぇな。一番必要な素質は『危機管理能力』だ。分不相応か相応なのかを判断し、何が大切なのか、何を切り捨てるべきなのか、損害勘定をどれだけ早く許容できるか…それに尽きる。この判断力を持っていないパーティーは、実力があろうが無かろうが、すぐに死ぬんだよ。俺たちはな、そうやって生きてきた。だからこそ分かるようになった。……だが、甘い誘いに足元をすくわれたようだ」
「どういうことです?」
カイオスの変身が完了したのか、彼は首元に手をあてて、軽く首を回す。ゴキゴキと鈍い音が鳴り、従来に比べて3倍程度の体格を得た彼は、自身の体をチェックする
「経験は何よりの武器だ。ほぼ全ての判断を正しく導き簡単にする…が、同時に見えなくなってしまうものもある…ということだ。つまり、俺たちはAランクという経験にあぐらをかいて、お前たちを正しく見ていなかった。いや…見ようとしなかった。相手は格上のニオイがするが、どうにかなるだろうという、Aランクだからという…漠然とした根拠のまま戦った。冷静に考えれば、負けることは分かっていた」
「…」
カイオスの体から、黒色のオーラが噴き出した。爽やかな笑顔で剣を振り回す彼の面影はどこにもない。今の彼は、間違いなく混沌にして悪の存在。
…しかし、どうやってこんな急激な変化と力を身に着けた?あのアイテムか?
「はっはぁ……ドス黒い気持ちが湧いて出てくるようだ。だが、気分は最高ダ…。今ハ、全てを捨ててデモ、今はお前を殺してやりたい一心だ。俺たちの将来をぶち壊したお前ヲナ…。大人しくボロ負けしてくれたら、俺たちは楽しい未来が待ってイタンダ。ソウサ!俺の判断力は間違ってイナイ!!今までだってソウダ!だからこれからもソウダ!間違いなのはお前たちの現実離れした、デタラメな強サダ!お前さえ…いなければ!オマエ…ダケデモ…!オマエ…ダケデモ…!オマエを…!ハジヲ…!カカセタナ!Aランクダゾ!Aランクナンダゾ!」
徐々に言動と挙動が怪しくなってきたカイオスは、自身に溢れ出る力を確かめるように、地面へ拳を打ち付ける
それだけでちょっとした地割れが発生した。イミスのパンチ力に匹敵するほどの力を見せつけるが、こんな力を代償なしに発揮できるとは思えない。
「ステロール…イイ、チカラダ……」
ステロール子爵か?アイツが人そのものを変化させ、膨大な力を生み出す怪しい石をカイオスに託したのか。俺だけでも倒すためか…はたまた……
「カイオスさん、まだ俺の声が届いていたら教えてください。貴方は僕をどうするつもりです」
「ハッハァ…?スベテヲ…コワス…コロス…」
カイオスの頭から二本の角がメキメキと音をたてて生えてくる。彼は殺戮本能だけの魔物になってしまったのだろう
「カイオスさん…」
「ウゥウオオオオ!!」
理性を失ったカイオスは俺めがけて突進する。それを紙一重で回避し、俺はルールブックを開いた
「カイオスさん…ごめんなさい」
これだけはやりたくなかった。考えたくも、試したくも無かったが、命が危ない状況で、今の俺には彼を止める方法がない。四方に展開された巨壁も無くならない。だからやるしかない…
俺にできることは、後にも先にもクラスチェンジしかないだろう
クラスチェンジを『武器』にする決意を込めて、彼を見据える
「ウオオオオオ!!!」
「カイオスさん………クラスチェンジだ」
Tips:
サトルの持つ能力『クラスチェンジ』は現在、特別なクラスチェンジと、通常のクラスチェンジの2パターン存在する。
特別なクラスチェンジは、ルールブックのキャラクターシートを使用するうえ、様々な条件を達成して初めて成立する極めて強力な異能だ。限定的な発動しかできないが、その能力に目覚めた者は英雄を約束されるほどの力を得る
対して、通常のクラスチェンジにキャラクターシートを使う必要は無い。そして、特別な条件を達成せずとも、無条件、数の誓約もなく相手をクラスチェンジさせることができる。相手の同意も不要だ。
ただし、これにはデメリットも存在する。条件が甘い分、通常のクラスチェンジでは、カルミアのような強力な個体には成らないのだ。更に、クラスチェンジ時には『成りたい者』のイメージが定着していない場合、失敗するか、サトルの想定したクラスを設定することになる。
しかし、これを逆手に取れば、相手を弱体化させることもできる
そう。たとえ、戦うことができないほどに、弱いクラスであったとしても……