169話
会場スタッフと冒険者たちによって、サリーVSセレ戦の余波による被害もなく、試合は続行されることになった。全てストレート勝ちしているので、勝敗は覆らないが、最初にルールを取り決めたステロール子爵のご意向によって、勝敗に関係なく全ての戦いは続行される運びになっている。
「…サトル、行ってくる」
「あぁ、よろしく頼むよ」
一言だけ言い残して、カルミアは戦いの舞台に上がった。口数の少ない彼女だが、いつも俺を守ってくれる。そして、必ず勝利をもたらすのも彼女が基点になっている。正真正銘、俺の右腕…いや、両腕?ともかく、パーティーの最強戦力であることに違いない。
両者舞台に上がり、司会が拡声の魔法を使ってアナウンスを開始した
「さぁ、先程は想定外の出来事で一切の実況ができませんでしたが、ここから挽回したいと思います!」
ふんすと鼻息を荒げながらも、司会は決意表明をするが…しかし、それはフラグっぽい気がする。カルミアだしな……どうなることやら
「副将戦ではチームの最強戦力同士のぶつかり合いになることでしょう。というのも、サトルの最初のパーティーメンバーにして最強の戦力。シールドウェスト冒険者ギルド『竜首のごちそう亭』の発足以来、最短でBランクまで上り詰めた名実ともにトップクラスの剣士!カルミアさんが出場です!」
今日一番の歓声が彼女に贈られる。しかし、カルミアは表情を一切崩さずにただ、目の前にいる相手を見つめ続けている。
「対して、『壌土の手』も最強戦力を投入してきました。リーダーの片腕としてチームを引っ張ってきた謎多き男、クグロフさんです。寡黙な男ですが、剣を使わせるとステロール領ではトップとの噂。一体どんな技を使うのでしょうか~!?」
クグロフ…壌土の手と相対してからも、一度も口を開いていない。紹介にあった通りの寡黙な男だ。動きやすさを重視し、つや消しをした軽鎧とロングソードを一本だけ佩いている。それ以外に特徴らしく特徴はない。ここで、初めてクグロフが口を開いた
「………メイガスの民か」
「…なぜ、それを?」
カルミアは警戒を強める
「………歩の進め方、剣の特徴、そして、その目だ。一撃で仕留めなければ、成らぬか」
「…」
「………ならば、其れに応えるのも礼儀というものか。剣士よ」
クグロフは、俺たちがよく知っている構えをとった。腰を深く落として、相手に向かって半身の姿勢。刀身は地面と水平に保ちつつ、両手に持った剣の尖端を相手に向ける……。これは、カルミアが最も得意とする[電光石火の構え]の基本的な体勢である。…この構えができるということは、クグロフはメイガスの流派を持った何かのマルチクラスか『剣聖』のシングルクラスの可能性がある。どちらの場合も、場数を踏んでいれば強い。
「…受けて立つわ」
カルミアも同様に[電光石火の構え]をとった。カルミアの体から、バチバチとモンク特有の闘気が膨れ上がり、元々高い身体能力を更に引き上げる。そして、研ぎ澄ませた闘気は雷となってカルミアの体から溢れ出した。今の彼女は、ただそこにいるだけで雷撃を呼び起こす。こうなっては近づくことすら難しい。
「………天雷の型。実在するとは……。いや、無意識に体現したというべき動きか。何れにしても、こちらも本気を出そう。本来の構えとは斯くあるべきか。…ぬうううん!」
クグロフも負けずと体中に闘気をまとわせる。カルミアとは違い、闘気は炎となって体中を走る。やがて、剣に炎が定着し、クグロフの体全体は陽炎のように揺らめいている。
司会はあたふたしながらも、戦闘開始の合図をした
「え…え~っと、そ、そ、それでは~戦闘開し――」
合図と同時に両者の闘気が限界まで引き上げられる。カルミアの体からは雷が落ちたような轟音が、そしてクグロフからは爆発するような音をもって司会の声を打ち消した。
「[炎爆迅剣]」!
クグロフは炎と爆発の力を伴ってカルミアに接近、荒々しい炎のように構えから横薙ぎを繰り出した…恐らく、並の人であれば見ることも叶わないほどのスピードをもった一閃。だが――
「[雷閃一文字]」
刀から溢れ出る雷撃を伴った閃光が全てを支配した。皆が目をつむり、そして目を開いたときには終わっていた
そこには既にカルミアは居ない。クグロフの後ろで、刀を振り抜いた姿勢で静止しているのだ
クグロフは驚愕し、追撃のために後ろを振り向こうとするが
「…終わっているわよ」
カルミアはクグロフの腹に指をさす。クグロフは目の行先だけを腹に向けると、急所は外されているものの、そこには、戦闘続行不可なほど深い斬り傷があった
「ば、ばかな……」
「……貴方は、あと二回驚く」
カルミアが、クグロフが持った剣を指さす。すると剣は根本から真っ二つに折れた。クグロフは目を見開く。続けて上に向けて指を指すと、天罰のような極光が、頭上から落ち、トドメの一撃となった。雷撃は威力が強すぎたのか、会場全体に影響するほどのフラッシュが起こり、続く轟音で全てを沈黙にした。それを目撃した会場のほぼ全員が、神の如き天罰を再現する剣聖に見えたことだろう。
試合開始の合図から十数秒で、決着がついたのだ
司会者は最早司会ができないことを悟り白目をむいた
Tips:
クグロフ
ステロール領を放浪している所、カイオスに拾われたシングルクラスの剣聖。メイガスにルーツを持つ、マルチクラスのカルミアとは違い、戦士として経験を積んで剣聖にクラスチェンジした、正統派なルーツを持つ。炎属性の扱いに優れており、技もそれを昇華させ尊ぶものが多い。幼少から剣に炎まとわせるという超人的な技を扱うことができたが、それ故か周囲からの嫉妬や陰謀によりその才を搾取されてきたため、次第に寡黙となった経緯がある。
剣聖に扱うことが難しいと言われる雷属性をまとわせたカルミアの型を見て、剣聖に伝わる伝説の型と勘違いをした。実際にはカルミアの能力が高すぎたため、伝説と言われる型に近い動きができているだけなのは知る由もない