165話
ライザが簡易的な担架に乗せられ、大会の医療班に運ばれていくさまを見届けるしかない。壌土の手のリーダー、カイオスは『奇跡』とか『偶然』といった体の良い言葉を頭の中で取り繕うが、そのどれもが目の前で起きた記憶がそれを許さない。
「はっはぁん…冗談じゃないぜ。ガウスに続いて、ライザまで…奴は対人に関してはパーティー随一だってのに、相手は同じようなクラスをぶつけてきやがった。まるでこっちの意図を正確に当ててきやがる」
相性が良ければ倒せたのに…という気持ちを含ませつつ、カイオスは、自分を落ち着かせるために言い分を並び立ててみる。しかし、どれも虚しさと焦りばかりが次第に湧き上がるだけだった。
「うん…ライザが負けたのは、初めて見た。私達、ステロール領でも強い方だと思うけど…」
「はっはぁん…セレが言う通りだ。相手はBランクとか言ったが、これはAランクの推薦を止めているだけに過ぎない実力と言っても良い。これはステロール子爵の願いだ。もう、絶対落とせないぞ」
セレと呼ばれた女性の魔法使いは、魔女っぽい帽子を深くかぶりなおして、気合を入れる
「うん…決めた『蛇の血脈』の私が出るよ。勝てる」
カイオスは目をきらりと光らせ、何度も頷く
「…なるほど、お前であれば……はっはぁん。こりゃ勝てるぞ」
ここで、セレが強調して発言した『蛇の血脈』と言われる魔法使いについて、カイオスは改めて思い返す……
魔法使い……クラス名はソーサラー、もしくはウィザードと言う。派生にドルイドやウォーロック、キネティシストなんてものや、属性に特化したものなど多岐に及ぶが、魔法使いの大多数はソーサラーかウィザードであるため、便利上、魔法が使える者のことをそう呼ぶ場合が多い。セレはウィザードだ。
この世界においては、魔力というものは、スクロールのように、世界中に薄く張り巡らされていると考えられている。
魔術は、世界に広がる膜…スクロールのような大いなる力を持つ綴りを読み解いて、その力の一端を本のページから紐解くように、魔法として引き出し、事象を引き起こす術そのものだと言われているのだ。
その一連の所作を魔法術と考え、一番最初に魔術構築を定義した者が存在した。その術を持つ人物を、原初の智者とし、またそれらの術を持つ者を畏怖し、理を読み解く智者と名付けられたと言われている。これはセレが師匠から聞いた話らしい。
大きな事象改変を引き起こす魔法は、並大抵の者では使えず、大抵は、血統と呼ばれる生まれながらの才と、己に流れる血の力に頼った方法で魔術を発現させる。
血筋によって、得意な魔法は大きく異なり、ウィザードを名乗る場合、自身の血脈まで名乗る場合が多い。そのため、この世界では『〇〇の血脈』という門派のようなクラス分岐があるのだ。それだけに、ウィザードの魔法と血の関係は切ってもきれないものなのだ。
門派には様々な血脈があるが、親から受け継いだ血脈と、突然変異で生まれる血脈が存在するらしい。セレの『蛇の血脈』は、代々受け継いだ血脈である。
そして、この血脈の最も大きな利点は、相手が魔術を使う場合において、顕著に現れる……
だからこそ、セレはこのタイミングで出場を決めたのだ
「はっはぁん。絶対に勝ちをもぎとってこいよ」
「うん…私と、この血脈にかけて」
* * *
時を同じくして、来賓席ではステロール親子が荒ぶっていた
「フゴオオオオ!フゴオオオオ!」
カルボンは、まるで死にかけのオークのように手足をばたつかせている。だが、しっかりと肉は手に掴んでいる。カルボンは今、食欲と敗北感に打ちのめされているのだ
理由は当然、言わずもがな…カルボンがかんがえたさいきょうのパーティーが、見るも無惨に連敗していることの他に理由がない
「これはトイレじゃないフゴ!もう騙されないフゴ!あいつ、カッコつけてたのに負けたフゴ!雇うのに金貨数百枚は使ったのに!!」
グリセリーは、カルボンの荒ぶり具合にあたふたしながらも、次の手を賢明に考える
「おぉ…我が息子。そうだな……あのアサシンは、サトルとか言う奴の斥候に負けた。地力から違っていたようにも見えたが…」
「そんなこと!どうでもいいフゴオオオン!ぼくちゃんが選んだパーティーが勝って、相手の頭を踏みつけて帰りたいんだぁぁ!」
しょうもないことに拘るカルボンだが、グリセリーは深刻な表情で、要求をさも生命の危機の如く重く受け止める
「そうだな…そうだな…!!よし、お父さんガンバっちゃうぞ…おい、お前」
ステロール領からお供している使用人の一人に、グリセリーは命令する
「次の出場者をどうにかして邪魔をするんだ!料理に下剤でも入れておけ!他にも、考えうる邪魔をし続けろ」
「承知しました」