159話
「それで…俺に白羽の矢が立ったということですか……」
「騙すような連絡になってしまったのは、申し訳ない。我らがスターリムと隣国フォマティクスは昔から諍いばかりでね。こちらのゴタゴタに乗じてか、それとも、あの子爵が本当に非常識なのかは知らぬが…」
サトルパーティーの一行は、知らせを受けて翌日にはウツセミを発っていた。無事、シールドウェストまで帰還し、いつものギルドに戻って依頼の詳細を聞いてみると、そこから先は領主自ら話をするという流れから、初めてその『お願いごと』を知ることになった。
隣国フォマティクスから、貴族様直々に突然の来訪。更には、貴族様のワガママな提案により、急遽、冒険者同士で腕試しをさせたいという話を持ちかけてきたという。その目的が果たせるまでは、帰らないし、外交問題をちらつかせ、脅迫じみた条件も付け加えるめちゃくちゃぶり。…身動きが取りづらい今を狙っての嫌がらせなのだろう。
争いの火種になることは明確だが、それは向こうの思うツボという訳か…。シールドウェストの領主がステロール子爵に何らかの害を齎したという大義名分を得るためか、それが難しい場合は、兵力を削ぐつもりなのか。…どちらにしても、巻き込まれてしまったという他ない。
「失礼ながら、アイリス様。その…隣国の冒険者と戦うのは、俺たちではなく、他の冒険者じゃダメだったのでしょうか…適当な所で勝たせてあげて、満足させて、穏便に帰ってもらうなど…」
サトルが到着するまでの間、ステロール子爵親子の相手を続けていたアイリスの目の下には、隈がうっすらと見える気がする。…相当疲れているようだ。
「結果から言うと、サトル君の名声は、きみが考えている以上に広まっていた。ということだ」
「ステロール子爵のお考えとしては、最初から俺たちと模擬戦をするつもりだったと…」
「我が領地から英雄が誕生したのだ。誇らしいじゃないか」
アイリスは自虐じみた笑みを浮かべて、いつも飲んでいる酒をコップに注いで一気飲みする。
「わかりました…と言っても、受ける以外の選択肢がなさそうですが」
俺たちの影響で、シールドウェストのみんなが巻き込まれるのは本望ではない。ここは相手の要求をある程度のんであげて、穏便に帰ってもらおう。
「本当か!?さすが、私が見込んだ男だ」
俺の返答を聞いて、今までが演技だったのではないかというほどケロっとしたアイリスは、俺を引き寄せて雑に抱きしめた。胸が大きいので、呼吸がしづらい!
「ほふぁ!?」
「いや~、奴らを焼き殺すかどうかで本当に悩んでいたところだったよ。これで互いに無駄な命を散らさずに済んだよ。サトル君、本当にありがとう。ついでに、模擬戦でもぶちのめしてくれると嬉しいな」
アイリスは俺の頭をガシャガシャとなでつつ、白い歯を見せて笑う。
…領主様の発言内容が怖いよ。そして、この場に来ていたのが俺だけで良かった。そして、派手に倒しちゃったらそれこそ難癖をつけられそうだが、それは問題ないのだろうか……。倒せる前提で考えているあたり、俺も毒されてきたのかもしれない。
「ふぁい、喜んで頂けたようで何より…です」
アイリスはお付きの騎士を近くに呼びつけると、指示を出した。
「こちらも準備にとりかかろう。サトル君の協力も得られることだし、折角だ…派手に出迎えてやろうじゃないか」
「は!承知いたしました!」
後日、ステロール子爵へ、スターリムとフォマティクス間の交友を深めるという建前において、友好試合が設けられることが知らされた。
試合には、わざわざアイリスが会場を設営するよう取り計らい、ちょっとしたイベントとなりそうだ。大衆の前で、子爵に恥をかかせる目的があるのだろうか。それだけのために、設営金を突っ込むのだから、嫌がらせ返しにも全力投球である。
友好試合という名のステキな合戦になりそうなものだが、目的の足がかりを掴んだ子爵は大層ご機嫌な様で、トラブルの元凶であるカルボンと冒険者の選別に入った。
フォマティクスからは護衛兼、腕試しの相手として選りすぐりの戦士たちを引き連れてきている。
彼らには申し訳ないが、領主の威信にかけて犠牲になってもらおう