148話
いざという時は、覚えたてのファイアブレスで牽制し、石を使って逃げることはできる。しかし、ここまで頑張って獲得したドラゴンの素材をみすみす手放すのは面白くない。あれは仲間の装備を強化させるために、必要な素材だ。
「オーパスさん、なにか考えが…?」
オーパスはズンズンと前へ進み、タルッコたちに物申す
「どんな事情があるかは知らんが、そういうやり方は気に食わねぇな。どういう了見だ」
「ウッヒョッヒョ…こちらとしては、サトルめの本を頂ければ何の問題もないのです。大人しく渡してくれれば、傷つけたりはしないと、約束しましょう!ついでに今後の活動資金のため、ドラゴンの素材もいただきますぞぉ~!」
タルッコはドラゴンの素材をこれみよがしにつついた。
「ふざけんじゃねぇ!これは、サトルたちが命がけで倒した報酬だ!それに俺たちはまだ戦えるメンバーが数十人いる。お前こそ、交渉のテーブルに着いていると思いこんでんじゃねぇのか?」
「やれやれ…痛い目をみないとわかりませんか。ウヒョヒョ…そちらがその気なら、見せてやりましょう!…やってしまいなさい!サザンカ!」
合図を聞いたサザンカは、ドラゴンから飛び降り、軽やかに着地を決める。片刃の剣を抜いて、片手で手招きした。銀の髪なびかせ、口端がつり上がる
「死にたい奴からかかってきな!」
それを聞いたオーパスはイエローアイのメンバーに向けて号令を出した
「銀の髪の女を一斉攻撃!剣を持っているから接近戦闘は避けろ!弓矢で穴だらけにしろってなぁ!」
訓練を積んだメンバーの動きは早かった。手慣れた動きで弓の弦に矢をあてがい、オーパスの号令で射出する!
トロール用に作られた火の矢が雨のように、サザンカへ降り注ぐ
「ヘイスト!」
ヘイスト…速度向上の付与魔法だ。メイガスは魔法と剣を同時に組み合わせた、汎用性の高い戦法を好む
自身の速度を上げたサザンカは、矢が落ちきる前に回避した
「くそ!魔法が使えるのか!クラス持ちか!?なんだってそんな奴が…まぁいい!それなら槍で囲んじまえばいいってなぁ!」
動きが速くても、囲んでしまえば逃げ場が無くなると判断したオーパスは、自身も槍を装備して十人単位で囲む。剣ではなく槍にしたのは、相手が剣術が強いことを見越して、同じ土俵で戦うこと避けたかったからだろうか。リーチ差もあるから、対人では特に有効だ。
「ふん…甘すぎるぞ!」
サザンカは片刃剣に魔力を集中させ、炎をまとう。これは魔力を含む炎で、メイガスの真髄と言っても良い。魔法剣のスキルだ。斬りつけると同時に、相手へ炎ダメージを与える強力なスキル…。カルミアが、モンクの氣術によって極限まで高められた力で雷刀を作り出し、攻撃力を高める戦法を使うのは、元々の流派がメイガス一族に由来するからだろう。姉と妹の戦い方が似るのは当然か…。
「気をつけて、オーパスさん!それは魔法の炎だ!」
「なに!?」
サザンカは抜刀の構えをとって、近づく槍の先端を弾く
「もう遅い!」
剣と槍はかち合い、そこから炎が意志を持っているかのように、剣から槍に燃え移って、槍を持っていた者の手元まで襲いかかる。たまらず槍を手放した数人は、結果的に無力化され、サザンカに蹴飛ばされてしまった。
「ルーチ!ミンタ!」
オーパスが蹴飛ばされた仲間の身を案じている間にも、サザンカは容赦なく包囲を崩しながらも、優位に立ち回る。
「炎の威力はどうだい?」
数人が新たに、サザンカの剣によって無力化された。内一人は浅いながらも斬りつけられてしまい、地に膝をついている。
あっという間に包囲は崩れ、数の優位性がなくなってしまった。…これがメイガスの戦闘能力だ。多少の数であれば覆してしまう。だからこそ、要人警護などの仕事も続けてこられたのだろうが…
「くっそ…こうなったら!」
オーパスは槍を使ってデタラメにサザンカへと突きを繰り出した
「はっはっは!やけになったか!?そんな攻撃、当たる訳ないだろう!」
簡単に捌かれた槍は宙を舞い、地面へと突き刺さった。サザンカは満足気に、その槍の行方を目で追っている。…しかし、オーパスの狙いはこの後だった。
オーパスは一瞬の隙を逃さず、サザンカの片腕を引っ張りバランスを崩したところで背後にまわりこみ、両腕でガッチリと脇を固めた。これでサザンカは身動きが取れない。
「ぐ…な、なにを!離せ!」
「今だ!お前ら!俺ごと射抜け!」
彼はこれを狙っていたのか…!?イエローアイのメンバーも予想外だったのか、動揺する
「そんなことできねぇ!」「はやくそいつから離れてくだせぇ!射れねぇ!」
「俺は、もう仲間を犠牲にする戦い方はしねぇって決めたんだってなぁ。それが強くなる道だってんなら、風穴のひとつやふたつ、大したことねぇ!こいつのちから…強すぎる。っく…ながくは持たねぇ、はやくやれ!」
「…く、離せ!暑苦しい!」
サザンカは必死に抵抗する。彼はああ言っているが、どんなに運が良くても、弓矢の雨を受ければ、今後の冒険者生活に支障が出る怪我をしてしまうだろう。それは、彼の可能性が、目指しているものが、全て消え失せることを意味している。
仲間たちは、震えながら弓矢をつがえた…
オーパス…それは違うだろう。君は仲間たちと夢見ていたはずだ。共に強くなることを
だからこんな結果は、俺は認めない。
認めてなるものか
俺は本を開き、彼を見つめる
「オーパスさん、貴方の冒険者の夢は、こんなところで潰えてはいけないんだ…だから!」
「…オーパスさん、だからこそ、今ここで、貴方は変わる!……クラスチェンジだ!」
本が光輝き、オーパスの体もそれに呼応して輝く…!