142話
「…ここが、10階層前の扉だ。俺たちが協力できるのも、ここまでだな。とは言ってもお前らだけでも、時間をかければ、ここまで来ることは簡単だったろうに」
オーパスの案内で、犠牲を出すことなく10階層前の扉までやってきた。あれから数回はトロールによる襲撃があったが、全てカルミアが一撃で倒したので問題なく進んでこれたのだ。2回、3回とトロールを倒していく毎に、その実力が偶然による好結果ではなく、事実としてそこにあるものだという結果を、これでもかと見せつけることになり、俺たちに対する彼らの視線は、羨望と恐怖が入り混じったものになっている。
オーパスの案内によって到着した場所には、次のエリアに進むための扉がある。他の階層とは異なり、明確に、この先を目指す全ての踏破者を拒むような鉄扉が道を塞いでいる。人が数人同時に行き来できるほどに大きい作りで、開け閉めするのにも苦労しそうだ。…前世の知識によるカンだが、この先には絶対に何かいる気がする…。
「いかにも…な扉ですね」
「俺たちゃ何度もアタックしているが、突破できたことは一度もねぇ。ま、今回は突破というよりはスタンピードに関する原因調査だがな。…ひとつ、よそ者のお前にアドバイスしてやる。トロールは普段、9階層には現れねぇ。偶に戦うこともあるが、滅多にねぇんだ。もっと下の階層から這い上がってきた魔物だろうな。こういう兆候があった場合、十中八九、階層に似つかわしくない、強力な魔物が荒らし回っているってなぁ」
オーパスの予想では、大量発生に起因しないスタンピードの兆候は、十中八九が強力な魔物の出現。10階層に強い魔物が生まれれば、普段10階層を縄張りにしている魔物が9階層に追われ、8階層の魔物は7階層に追われ…と言ったように、最終的にはしわ寄せされ行き場を失った魔物が都市に居場所を求めて、ダンジョンから溢れるのだ。それが真実の場合、この先にはその原因がいる可能性が高い。
「ということは、オーパスさんたちが総戦力をあげて戦った、ここの階層主よりも強い魔物が、この先にいるかもしれない…と?」
「あぁ、そうだ。俺たちが超えるべき相手が、ここにいたんだ。ここの階層主はレッサー・グリーン・ドラゴン…と言われている。ドラゴンもどきみたいな魔物だが、本物に引けを取らないくらい強え。きっとその魔物が負けたんだ。俺たちが束になっても勝てねえ相手が、負けたんだ」
…レッサー・グリーン・ドラゴン。スターフィールドの中で、ドラゴンの名を冠する魔物だが、厳密には、ドラゴンではないと言われている。見た目は四足歩行の大きな爬虫類で、翼やブレスを使うことはない。しかし、だからと言って弱いという訳では無い。ドラゴンの名を戴くに値するほどの強さは持ち合わせている。
鉄の剣を弾く強靭なウロコ。盾を簡単に噛み砕く鋭牙。紙切れのように岩を切り裂く爪。その何れもが、ドラゴンに匹敵する。サイズは年齢と個体差に大きく影響するが、育ちきったものは数メートルにもなる。
「階層主のレッサードラゴンが、何らかの魔物に負けたと言うのですか…」
「あぁ。どんな魔物か知らないが、放っておけば上の階層にいる魔物が地上に出るまで、追い回すだろう。そうでなきゃ、こんなことは起きないだろうさってな…」
「ふむ…用心するに越したことはないようですね」
予想するに、この先にはスタンピードの兆候となった原因が待ち構えている。
戦闘時の作戦としては、オーパスさんたちのパーティーがバックアップとして、長距離からの弓やアイテムによる支援。俺たちのパーティーが攻撃部隊として直接戦う形式にする。最初にイミスが扉の奥へ入り、問題がないか確認する。敵性の魔物が居た場合、必要に応じて、サリーの『レッドフェイスポーション』を使って、相手を無力化する。ここまではオーパスさんたちと打ち合わせた。段取り通りに行くことは少ないかもしれないが、何も計画しないよりはマシだ。
「よし、では扉の奥の調査を開始します!イミスさん、お願いします」
「ど~んとまかせて!」
イミスはディフェンシブフォームの状態だ。全身を鎧状にスカーレットで覆っている。大盾を背に、扉を両手でゆっくりと開いていく。
ゴゴゴ…と、音が鳴り響く。重い扉と地面が擦れて、埃が視野を狭くした。
扉の先の、部屋が徐々に明らかになる。
部屋には、オーパスが話してくれた、レッサー・グリーン・ドラゴンに合致する魔物が、扉の前で待ち構えていた。不意打ちを含めて、ここまでは想定通りだった
「な…なんだと…」
誰が言ったのかもわからない言葉だが、それは皆の代弁になっただろう。なぜならば
「一匹だけじゃ…ない!」
そこにはレッサー・グリーン・ドラゴンが数匹。そして、後ろに控えているのは紛れもない、ドラゴンだったからだ