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138話


 「これで最後かな…はやくお兄さんに会いたいよ」


 フォノスは羊皮紙についたチェックマークを数え、最後の項目を指でなぞる。紙にはシールドウェストで暗躍していた闇ギルドや、ならず者の他、何らかの理由でサトルを狙っていた暗殺者の名がつらつらと書き記されていた。


 最後の項目には、この町で悪どい商売を自由におしあるく、知る人ぞ知るような不届き者の名前が記載されていた。フォノスは情報屋や町のギルド、そして昔から住んでいる人たちの助力によって、このような者の情報を片っ端から集め、闇に葬り去っている。他には心を向けず、ただひとえに『お兄さんとの素晴らしい世界』を実現したいがため。


 この者を片付ければ一息つける。お兄さんとの約束がある。それがフォノスにとっての今の原動力なのだ


 とっとと終わらせるべく、小さなポーチに資料をしまって、シールドウェストの裏通りのひとつに現れるという、噂の商人を探し始めた。


 闇夜を駆ける黒き影は、決して捉えられない。そして、一度狙った獲物は絶対に逃さないのだ。


 気の毒にも、そのターゲットとなる商人はすぐに見つかった。フォノスは現場での証拠を抑えるため、商人の行動を屋根伝いに監視する。


 誰かと話をしているようだ…。話し相手も商人のようだが、身なりが貧しい。対して、悪銭ばかりを増やし続けたターゲットは、目が痛くなるような装飾だらけの服で、自身の権威を誇張するように着飾っている。護衛をニ名つけており、態度もふてぶてしく、どちらが優位な関係にあるのかが分かりやすい。


 「で、ですから…もう、納品できる食料もなく…そ、それに、お金だって数日前に収めました。それなのに、また明日金貨30枚だなんて…もう私達には明日生きるためのお金もありません。当然、売り物だってご用意が…」


 「ええい、長々と言い訳がましい!黙れ!」


 ターゲットの商人は、下の立場の商人を団扇のようなもので顔を殴る


 「ぐ…」


 身なりの貧しい商人は、道の端に打ち捨てられた木箱まで吹き飛び、背中を強く打った。


 「全く、使えない者ばかりだ。何が人のためだ!金が全てなのだ!信じる者は全て騙してでも金を集めろ!貧しい者からはより毟り取れ!そしてその金は、すーべーてー!私達のような高貴なる者のために使われるのだ。それが正しい世界だろう!」


 ターゲットは転がった貧しい商人に近づいて、醜い顔を近づける。


 「拾ってやった恩を忘れたか?期日は明日だ。分かっているよな?」


 「そ…それは、貴方様が勝手にみかじめ料、仲介料などと…」


 何度も蹴り飛ばし、口答えを封じた。うずくまる商人に追い打ちをかけている


 「あーあー、聞こえなかったなぁ?なんだっけ?それとも何か、お前には妻と娘がいたよなぁ」


 「そっそれだけはやめてください!」


 「分かったなら、金貨30枚だ。死ぬ気で集めてこい!気合があれば何でもできるだろう。お前の代わりはいくらでもいる。感謝しろ。お前はこうして成長するチャンスを得ているのだ!ははは!ここで我慢できれば、お前は何処でもやっていけるぞー!?これはチャ~ンス!やるか、やらないか選ばせてやる。どうする?どちらでもいいぞ?できなければお前の家族を売っぱらうだけだ」


 涙をこらえて、言葉をひりだす


 「…わかり……ました」


 フォノスは目の奥に怒りの炎を灯す。


 ああやって、弱い立場をいたぶって、金と人、権力を盾に好き勝手やっているんだ。あいつは、お兄さんとの世界に不必要だ。悪の連鎖はここで断ち切らなければなるまい。


 ターゲットは満足したのか、うずくまる商人を放置して帰ろうとしている。


 フォノスは屋根から、ターゲットの目の前に音もなく着地する。その紫色の悲しさを感じさせる瞳には、熱く強い激情の炎を灯して。


 「やぁ」


 「…なんだ、下民。そんな黒く汚らわしい服を着て前に立つな。気分が悪くなるであろう」


 「ここはお兄さんが住む町なんだ。だから、綺麗に掃除しなきゃいけないんだ」


 ターゲットはふんぞり返り、鼻をならす。何かを勘違いしたかのようにペラペラと…


 「ほう、少しは見る目があるじゃないか。そうだ。高貴なる者のため、ゴミは全て片付けろ。何なら、足でも舐めてくれるのか?…ははは!良いことを思いついた!そこにうずくまっているゴミも片付けておけ。そしたら金貨をやってもいいぞ~?ほ~れ、ほ~れ拾え」


 ターゲットは金貨をばらまく。あごでしゃくり、拾えとこちらの様子を楽しげに見ている。その金貨の一枚でもあれば、どれだけの人が助けられるだろうか。


 フォノスはゆっくりと口を開く


 「知っているかい…そこにいる人は、毎日おいしい料理を作ってくれる店主だ。かけだしの冒険者や、身寄りのない人からは高めに魔物のお肉を買い取っている。でも料理の値段は変わらない。とっても美味しい心のこもった料理を出すんだ。それで、いつも利益が出なくて、奥さんに怒られているんだ。町の皆はそれを知ってて、困った時には野菜なんかをおすそ分けしたりしている。お前が巻き上げた金は、少しずつ貯めた、子供のための貯金だったんだ」


 「だからなんだ。私情で利益を追求できない者など、ただのバカだろう?私は何か間違えたことを言っているのかね?ん~?」


 「不当に巻き上げて、立場を利用して、弱みにつけこんで…散々悪いことを積み重ねたお前みたいなのは、都合が悪くなると、そうやって正当性のあるような言葉で煙に巻くんだ。優しい人間ほど、そうやってお前の餌食になってしまうんだ。自分を責めてしまうから。…お前は強者のくせに、下の者を守りもせずに尤もらしい理由をつけて、自分が結局良い思いをしたいだけのくせに、体の良い言葉を並び立てるな」


 フォノスは殺人刀と活人剣を取り出す。護衛の二人が背にかかえた槍を突き出し、いつでも戦闘ができるぞとフォノスの首元へ刃を向ける。


 フォノスは殺人刀で槍を斬り刻むが、その動きを捉えられる者はいない。あまりの速さに、動いていないようにすら見えるからだ。


 いきりたっていた護衛ニ名は、手に持っていた武器がいつの間にか粉微塵になっていることをようやく理解し、震え上がる。


 「悪事に加担した護衛の手は、さぞかし弱者の血で染まっているんだろうね。救う価値すらない」


 一瞬で後ろに回り込んだフォノスは、護衛が振り向く前に殺人刀で首を跳ね飛ばす。あまりにもあっけない、簡単な死をむざむざと見せつけられたターゲットは、ようやく自身がおかれている立場を理解した。腰を抜かし、片手を伸ばして、フォノスとの距離を取ろうとする。それは、もちろん無駄なあがき


 「ヒイイイ!?!?わわわあああわ、わかった!わかった!かかかか関わらない!もう!そして金をやる!全てやる!だからだから」


 フォノスはそれを見て、イタズラを思いついたように無邪気な笑みを見せた。


 「ククク…分かった!」


 「おお!で、ではかかか、金を今、よう、用意するから」


 フォノスは笑顔で淡々と答える。それはとても聞き覚えのあるセリフ


 「一日で金貨300億枚。それで考える。死ぬ気で集めてこい。気合があれば何でもできるんだろう?お前の代わりはいくらでもいる。感謝しろ。お前はこうして成長するチャンスを得ている。ここで我慢できれば、お前は何処でもやっていける。やるか、やらないか選ばせてやる。どうする?僕は、どちらでもいいよ」


 ターゲットは顔を真っ赤に染める


 「そそそ、そんなこと!できるわけないだろう!ふざけるな!何が成長できるチャンスだ!それをやって何がどう成長する!そんな横暴で感謝などできるわけないだろう!」


 「ククク…全くもって、その通りだね。そして僕は、お兄さんのように甘くはないんだ」


 フォノスは活人剣をターゲットにの顔に向け、見下ろしながら宣告する


 「[宣告]する。お前は僕の敵になった」


 ドオン…と重たい衝撃のような心臓の鼓動がターゲットを襲う。


 「グ…待て待て待て!金も名誉も!なんでもやるから!」


 「残念だけど…僕が今一番欲しいのは、あの商人が作る美味しいスープなんだ。そして、これからも、そこから生まれるであろう、優しい笑顔だけだっ!」


 怒りの炎は闇夜を照らす希望となる


 「活殺自在抜刀・アンジュ エ ディアーブル!!」


 活人剣で突き刺す無数の殺陣乱舞


 怪我一つないターゲットの体は、この世では考えられない痛みを数え切れないほど受け続ける


 更生できれば這い上がるだろう。痛みにも負けず


 しかし、その骸が起き上がることは二度と無かった


 「闇夜の風に抱かれて消えろ…」


 その日、シールドウェストから悪がまた一つ不当に消えた。


 町の衛兵は犯人の痕跡を探すが、そこに残されていたのは、首を飛ばされた護衛と痛みに悶えた顔で死に絶えた、悪の商人だけだった



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