133話
鬼気迫る勢いで、カルミアを潰しにかかった罠は両手で軽々しく止められた。扉を開け閉めするくらいの感覚で。壁の罠はまるで、怖気づくように、ゆっくりと元の位置に引っ込み始める。しかし、衝撃で何かが壊れてしまったのか、壁は途中から完全に動きをとめて、罠としての生涯に終止符を打った。…数々の初心者を屠ってきた壁の罠よ。お前の熱き挑戦を俺は忘れない。
「ひェ~、カルミアちゃん、すごいネ!アタシなら潰されてたよォ~」
「ウチも、まだそこまでのパワーは出せないかな…悔しいけど」
カルミアは自身に付着した石の破片や埃を払い、何でも無いように言う
「…サトルは、私が守るから。これくらい何でもないわよ」
大きな物音につられたか?人のような姿が通路の奥から姿を見せた
「…カルミアさん!進行方向に誰かいるよ」
「…む」
薄暗い通路から、複数人で歩いてやってくる…。人か?
千鳥足でノロノロと接近してくる。やがて、声が聞こえる範囲まで近づく
「…クケックォックォックォ」
呑んだくれた人のしゃっくりのようだ。もしかしたら、人じゃないのかもしれない。
「みんな、警戒して。何かおかしい」
俺は松明を前方に投擲して、相手の出方を伺うことにした。人間だった場合は謝ろう。
松明は千鳥足で迫る者の丁度足元に転がった。…どうやら謝る必要は無さそうだ
ケンクという魔物だろう。二足歩行で移動する人形の魔物で、ゴブリンよりもずっと知性があるという。鳥のような目とクチバシがあり、体全体には羽毛が生えている。鳥が獲物を狙うように、首を不規則に動かし、こちらの様子を伺っていた。手には冒険者から奪ったのであろう槍や剣を持ち、防具まで身につけている個体がいるが、そいつは指揮官だろう。ケンクの手や足には、するどく発達した爪が伸びていて、彼らが人間ではないことを強調するようだった。鳥のような魔物なのに、羽が生えていないのもケンクの特徴だな。…そして、ケンク最大の特徴は―
俺は警戒するよう、みんなへ魔物の存在を伝える
「ケンクだ!魔物だ!」
「…サトルには触れさせないから」
ケンクは首を伸ばし、俺の声を興味深そうに聞き取る。そして上を向いてクチバシを器用に動かす
「ケンクダ!マモノダ!」
俺と見分けがつかないほど、よく似ている声で、俺が先程叫んだ言葉を真似た!…そう、ケンク最大の特徴は声の模倣である。高度に発達した声帯は、どのような声や音も自在に再現できると言われており、一度覚えた音は全て応用して模倣できるため、とても厄介なのだ。
「ケンクダ!マモノダ!」「ケンクダ!マモノダ!」「ケンクダ!マモノダ!」
ケンクたちは覚えたての言葉を連呼しつつ、俺たちから距離を取って逃走を謀る。あれを放っておくのは、何だか癪に触る!
「ウワァ~!サトルの声がいっぱいダ!すご~ィ!サトルの声が出せるケンク、一匹ほしィ!」
サリーは目をキラキラさせて魔物を欲しがっている。…いや、あれは人にどうこうできる存在じゃないからね。魔物使いなら別かもしれないが。でもサリーならどうにかしてしまいそうでちょっと怖い
「サリサリはいつも変なの集めようとするね?でも逃げちゃったよ?」
そう、イミスの言う通りだ。魔物は基本、エンカウントしたら逃げずに戦う。逃げるという戦法を取る者は稀である。何か狙いがあるのかもしれない。ここはひとつ慎重に行動するべきだ。
「みんな、あれは何か狙っている。挑発に乗っちゃダメだ。慎重に行こう」
「…わかったわ」
ケンクたちは通路の奥まで走ると、こちらを振り向いてケツを向けた。素早くケツを振りながら俺の声で挑発する。
「ケンクダ!マモダ!アホンダラ!」「サトル!アホンダラ!」「サトル!アホンダラ!フレサセナイカラ!」
…よーし、追いかけよう!魔物の罠なんて知るか!絶対に倒してやる!
「みんな、あれは倒すべき魔物だ。男なら挑発に乗るべきだと思う。大胆に行こう」
「……サトル」
手の平がドリルと化した俺。カルミアの視線が残念なものを見る目に変化している気がするが、気にしてはいけない!俺たちは冒険者なのだ!困っている人を助けて、悪しき魔物を倒す!実にパーフェクトな理論だ。だからアイツだけは許しちゃいけないぞ!わかったかな!
「さぁ!行くぞ!あれを倒して俺たちはまた一つ成長するんだ!」
「エ~…でモ、何も良い素材持って無さそうだったけド」
サリーはあんまり乗り気じゃないようだ!しか~し、俺には秘策があるのだ
「そういえば、よく聞き取れなかったけど、あの魔物、さっきサリーの杖をバカにしてたな…」
「魔物…倒ス!」
秘策を使い、一瞬でサリーをダークサイドに堕すことに成功した俺は、みんなを引き連れて逃げるケンクを追いかけることにした