13話
俺はすぐにルールブックを開いて魔術の内容を確認した。
レッサーポリモーフィズム…対象を別の動物や物質に変化させる。生物の場合は動物に、物質の場合は物質に限定され、一定時間で効果は解除される。時間については相手の耐性能力と術者の変性術能力によって決定され、元の姿形から大きく変化、または価値や本質が乖離してしまうほど、必要な魔力量は上がり継続時間は低下し、失敗確率が跳ね上がる。
なるほど…、相手を変えるというのはものすごく強いかもしれないが制約が大きいから、何でもかんでもこれで倒せる訳では無さそうだ。でも、現状を打破するには十分すぎる性能を持っている魔法である。アルケミストとウィザードでクラスチェンジできたからこそ、生まれた新しい魔法かもしれない。
「サトル! まだ安心しないで。 あまり長くは持たないよォ~!」
「分かった。どうすればいい!?」
「アタシが奴を追い払うポーションを調合するから、少しだけ時間を稼いで!」
サリーは返事も待たずにポーチを地面に叩きつけて何かを作り始めた。よし、俺がこの背中にトゲがある大きめのニワトリモドキを止めてやるぞ!視線を戻し好敵手と向かい合う。小さな翼を精一杯広げて威嚇しても無駄だ。
「さぁ来い!」「コゥケェエエッ!」
三十秒ほど経過しただろうか、ニワトリモドキの激しい足技とクチバシ攻撃の連撃によって俺はピンチになっていた。一発蹴り飛ばしてやれば、おしまいだと思っていたが、意外とタフな鳥で俺のパンチとキックを見事に全て躱して連撃を放ってくる。強力な洗濯バサミで挟まれたような痛みが連続して襲いかかってきて俺のメンタルを潰し始めた。地味に痛いのだ。
「ココココ!!」
「いででで…サ、サリー! まだかい!?」
「よし、今できた!」
サリーは手に真っ赤な液体の入ったポーションを持っている。
「いっくよォ~!! レッドフェイスポーションをくらエェ~っ!」
俺がサイドステップで回避する動きに合わせて、サリーが真っ赤なポーションをニワトリモドキに投げる。
「コケェッ…!? ゴ…ゴゲ」
「ごっはぁ…!」
ニワトリモドキの足元で割れたポーションは、辺りに目が開けられず喉が開かなくなるほどの辛味成分のような臭いと煙を撒き散らしたのだ!
「ふっふ~ん! どうだ、アタシがレッドフェイス草で調合したポーション! 辛味たっぷりでしョ~?」
誇らしげにビクトリーサインするサリー。これには鳥も耐えかねたのかニワトリモドキは一目散に藪の向こうに逃げていった。そして近くにいた俺にも効果はバツグンだった。すぐに霧散したから良かったがこれが俺の顔にでも当たったら相当まずいことになっていたぞ。でも、命を救ってくれたお礼はしっかりすることにした。
「ザリーざん、ありがどう…たずがっだ」
「サトル!すごいよォ!…これ、サトルの魔法だよネ?アタシ、とうとうアルケミストになれたんだ…あれ?でも急にパワーアップして魔法も使えちゃったケド…?」
俺は目と喉の激痛に耐えながらも、自身が持つ能力を魔法という位置づけで簡単な説明を行った。
「…ということなんだ」
「…つまりサトルは『クラス適正持ち』を進化させることができる魔法が使えるノ?」
「まぁ、簡単にいえば…うん」
俺の手を取ってピョンピョン跳ね回るサリーはとてもかわいい!しかし今は辛味成分の激痛で全然有り難みがないぞ。そしてあえてそこを見て見ぬふりをするサリーは策士だと思った。
…しかし、『クラス適正持ち』か。邸宅で襲われた時も賊が言っていた言葉だ。まだ確証はないが、カルミアと同じくクラスに適正はあるが何らかの理由によってクラス化できず、『クラス適正持ち』になるのではないだろうかと考えている。適正持ちは希有な存在かとも考えたが、出会う頻度からして意外と多いのかもしれない。こんな仕組みはスターフィールドには無かった。そもそもクラスに就いていることが当たり前だと思っていたから、クラスがない人も多いということを念頭に置いておいたほうが良さそうだ。今後もクラスチェンジで困った人がいれば、できるだけ助けてあげたい。
俺とサリーはウルフが来ないうちに道具をまとめて、無事帰路につく。帰り道では新しいクラスである変性錬金魔術士について説明してあげた。やっぱり本能的に分かっていたとしても、説明があったほうが良いだろう。
「だから、サリーはウィザードとアルケミストの良いとこ取りのすごいクラスになったんだ」
「アルケミストは良いとして、ウィザードってどんなクラスだっけェ~?」
そう、魔法使いだよ!と説明すれば良いのだが、恐るべき魔術の使い手であるウィザードと一口に言っても、どんな呪文に精通するかによって正確な名称が変わるのだ。
ルールブックによるとこの世界、スターフィールドでは、万物を構成する目には見えない無数の魔法の糸があって、それを取り出して事象改変を発生させる術を魔法として位置づけしているようだ。これは一般的な方法で、他にも事象改変する方法はあるが、魔法の糸を使うという根本的なプロセスは変わらない。その糸を紡ぐ織物を識り操る者を総称して『ウィーズ』というのがウィザードの語源になる。これには諸説あるがこの世界ではそれが通説なようだ。
サリーは錬金に才能があったのと、魔法に適正があったためウィーズとアルケミストの能力を利用して強力な『新変性』ともいうべき魔術を生み出したのだ。他にもたくさんの術ジャンルが存在するが、サリーが使えるのは変性のみである。
俺はウィザードの恐ろしさと素晴らしさに加えて、変性魔法しか使えないが強力な変性ができるという情報を精一杯分かりやすく説明しながら、日が沈む景色を楽しみつつ町へと向かった。
* * *
「ウッヒョッヒョ~! フォレストウルフの足が速すぎて見失ってしまいましたぞお!いったいあ奴らもウルフもどこに行ったんだろうな~っとな」
二人の行方も知らずに森の中でガサゴソとウルフを探す怪しげなノーム。そう、タルッコである。
「あの男が持つ謎の力を解明して、アイリス様に褒めていただくのだ~!」
無駄に勢いよく藪の中を探していると、白い生物にぶつかる。
「コケェ!」
「イデデ! なんだぁ~?この生き物は」
足が発達した白っぽい鳥がタルッコを睨みつける。タルッコは鼻で笑った。
「ははん!お前なんかじゃあの男の力は測れないだろうな。僕のゴッドブローで何処かに行っておしまい!シュ!ッシュ!」
タルッコが得意のシャドーボクシングで威嚇して、渾身の右ストレートで鳥に攻撃した。ペチンという優しい音と共に鳥はゴッドブローの衝撃で勢いよく後方の木にぶつかって伸びている。
「見たか!タルッコ様のゴッドブローが炸裂だぁあ!…ん?」
タルッコが一人で得意になって宙返りしていると、鳥が怪しく光り始めた。光につつまれた鳥はグニャグニャと姿を変え、やがて見覚えのあるウルフに変化した。
「ウヒョ…?」
「グルルルル…」
飼い主に痛い目に遭わされたフォレストウルフは復讐だと言わんばかりにタルッコに襲いかかった。
「ウッヒョ~~~~! 助けてくれぇ~~!」
…誰もいない森をフォレストウルフと命がけのお散歩をすることになったタルッコ。後日、町の衛兵が門の前でボロボロになった彼を発見するのであった。