126話
穏やかでのんびりした旅を楽しんだ俺たちは、特に魔物や山賊に出会うこともなく、ダンジョン都市のハルバードウツセミに到着した。
ウツセミは都市でも珍しく、壁が町に二つ存在する作りになっている。主にダンジョンを壁で囲む中央部、外縁部の二つの壁によって仕切りされているのだ。中央は主に冒険者たちがよく利用する武器防具屋や鍛冶屋、アイテム、魔法系の売買施設、ギルドが揃っている。外縁部は住居や生活が拠って立つ基盤となる施設が密集しているようだ。これは、中央のダンジョン入り口から出てくる魔物から、町を守るための役割を兼ねているためだろう。
町の入り口には大きな門があり、検問で出入りを管理しているようだ。俺たちも御者さんと一緒にギルドのカードを提出する。Bと書かれたカードには今まで獲得したバッジもつけられていて、それが、ちょっとだけ誇らしかったりする。
検問に立っていた兵士は、流れ作業のように慣れた手付きでカードを確認した。
「へぇ、Bランクとは珍しいね。スタンピードの兆しがあるって聞いてきたのかい?」
兵士は俺にカードを返しつつ、愛想よく話題を提供してくれた
「いえ、ダンジョンに挑戦するために来ました。スタンピードの兆しとは?」
「おっといけねぇ…知らなかったか」
兵士は口に手を添えて、俺の耳元まで顔を近づけてくる。僅かにエール臭い…
「実はな…最近この都市ではスタンピードが近いって噂が流れている。ゴブリンやオークだけならまだ良いが、結構下の階層にいる魔物まで出てくるって始末だ。俺が小さい頃に一度あったきりだから、久しぶりのスタンピードになる。だから、高ランク冒険者を秘密裏に集めているとか何とか…まぁ、それで勘違いしちまったんだが」
「…なるほど」
スタンピードとは、何らかの要因で、ダンジョンにいる魔物が地上まで出てきてしまうことを指すケースが多い。この場合もそう見て間違いないだろう。原因は様々だが、殆どの場合は魔物の大量発生によるものが起因している。その場合、一種類の魔物が大量に地上まで上がってくるのだが、話を聞く分には、色々な種類の魔物が地上に出てきていることから、大量発生が要因では無さそうな気がする。
「この時期にダンジョンの挑戦とはなぁ…兄ちゃんたち、出直した方が良いんじゃないか?」
ここまで来てダンジョンお預けは、ちょっと嫌だな。それに、本格的なスタンピードが出た場合は協力して手を貸すべきだろう。
「お気遣い感謝します。ダンジョンには興味があるので、お預けはちょっと!」
「ん?…ガハハ!そうかそうか!こりゃ失礼した!そうだな、若い内はなんでも挑戦だ。時間取らせて悪かった。じゃ、気をつけて行って来い!」
兵士は豪快に笑って、俺たちを送り出す。次の検問が待っていたので、おしゃべりもここまでにして俺たちはウツセミに入った。
ウツセミに入ってまず驚いたのは、大きな住居や要人の住宅が入り口付近に密集していたことだった。この都市の事情を考えると、やはりダンジョンで何らかのまずい事態が発生したときに、すぐに逃げられるようにするためかもしれない。そのリスクを加味しても、ダンジョンがもたらす恩恵は、リターンが大きいのだろう。スターフィールドTPRGにおいて、ダンジョンから得られるものは金品から魔道具まで、実に様々な実用品があった。ここで獲得できるものが同じものであるならば…期待できる。
ウツセミの中央区分近くまで馬車を走らせると、雰囲気はガラっと変わって、より雑多で活気がある雰囲気になっていた。出店が多く、俺が大好きな広場もきちんと用意されている。このあたりはシールドウェストの雰囲気によく似ている。鍛冶屋があって、武器防具が展示され、魔道具やアイテムが揃っている店が多い。飲食店や宿屋もこの辺りにありそうだ。
御者さんとはこれから運び屋の仕事があるらしいので、ここで別れることになった。
「それじゃあっしはこれで…」
「はい!いつもありがとうご―」「じゃあの!」
片手をあげてポカンとする俺を置いて、御者さんは風のように去っていく…。あれさえなければ完璧ななのに……。
せっかくなので、ウツセミを皆で観光していたら、すっかり陽光も真上に差し掛かる。先程、目ざとく発見した広場まで皆を連れてやってきた。今日の昼まではイミスが作ってくれたご飯があるので、ピクニック気分で食べるつもりだ。
ハルバードウツセミの広場は、他の町とは違って、どの広場にも修練場がくっついている。今も、一回り下の年齢と思われる子たちが、剣や槍を打ち合って訓練しているようだ。混ざりたい所だが、今はダンジョンが先なので我慢した。
広場の中央には斧と槍を組み合わせた武器のモニュメントが配置されていた。この建造物は、ウツセミの中央にも配置されており、中央のモニュメントは巨大で水が吹き出す仕組みになっている。それがそのまま噴水の役割を果たしているようで、憩いの場として活用されているようだ。広場にも小さい規模ではあるが、そのモニュメントが建っている。ランスフィッシャー同様に、この都市を象徴するものだろう。
イミスが作ってくれた料理は、乾燥させた肉に調達したばかりの野草を特製の調味料で味付けしたものだった。イミスの料理はシンプルだがとても美味しい!調味料にはこだわっているようで、レシピを聞いても教えてくれなかった。これは彼女が頑張って編み出したものなので、無理に聞くつもりもないが、ちょっとだけ気になってしまうのだ。
「イミスさん、とっても美味しいよ!」
「サトル君にそう言ってもらえるなんて嬉しいな~!」
イミスは微笑み、俺が食べる様子をずっと見てくる。口は笑っているが、目は真剣そのもので、まるで研究者が研究成果をつぶさに記録するような目つきに若干の冷や汗をかいた。何故かは分からないが、彼女は俺が食べ終わるまで、その様子を見学する癖があった。…怖いので追求はしなかった。
楽しい?食事も終了し、広場を出てダンジョンへ向かうためギルドへ寄った。色々と理由はあるみたいだが、ダンジョンに挑戦する前にはギルドで受付をしないといけないようだ。
中央部外壁を隔てるように、検問所とギルドの役割を兼ねた建物がある。これがウツセミのダンジョンを管理するギルドだ。シールドウェストは、酒場と併設されているが、ウツセミは中央部外壁の一部と一体型になっている。
ダンジョンの出入り管理と、ギルドそのものとして機能するように作られたようで、このような形になっているのだろう。
中へと入ると、両サイドに熊のような剥製が配置されており、ビックリした。剥製は今にも襲いかかってきそうな迫力で、両手をあげている。…これ、絶対に脅かす目的だろう。シールドウェストの竜骨もそうだが、ギルドは置物で脅かすのが好きなのかもしれない。
活気で溢れかえったギルドを見回す。依頼を貼る掲示板、受付が何席か配置されている。ここまでは従来通り。だが最も目を引いたのが、受付の上に株式取引チャートのような板が並んでいることだろうか。内容を読んでみると、日付の下にゴブリン-20やオーク+10のような魔物の名前と数字が並んでいる。さらに他の板では人物の名前と討伐匹数、ランクなどが一覧になっていた。これもあとで聞いてみようかな。
俺は早速優しそうな顔をした受付嬢に声をかけてみた。
「こんにちは!」
「ようこそ!ダンジョンギルド、ハルバードウツセミ支部『ベアクローの寝床』へ!依頼でしょうか?納品でしょうか?ダンジョンアタックの報告でしょうか?」
淡々と笑顔で答えてくれるので、俺もそれに合わせて回答する
「ありがとうございます。実は初めてでして、ダンジョンアタックしたいのですが…」
俺はちょっとだけ自慢気にBランクのギルドカードを提出する。
提出したカードを受け取った受付嬢。しかし、優しそう顔の受付嬢は一転、不良マンガの表紙を飾れるような凄みのある表情になり、カウンターに片足を乗せて俺を上から睨みつける!
「あぁぁぁぁん!?なんだこれはぁぁ!?」