125話
シールドウェストとハルバードウツセミを隔てる傾斜が緩やかな山。俺たちは、いつもお世話になっている御者さんにお願いして馬車に乗せてもらい、目的地であるウツセミへと向かっているところだ。
俺は移り変わる景色を楽しんでいた。山とはいっても、道は整備されているし、傾斜が緩やかなので安心して旅を楽しむ余裕があるのだ。
今は丁度頂点に差し掛かる地点で、馬車から顔を出すと小さくなったシールドウェストが見える。
その遥か上空には、とんでもないサイズのエイそっくりな魚が、空中を雄大に泳いでいる。遠くからでもその姿が町よりずっとハッキリと分かる。それはもう恐怖よりも先に感動を覚えるほどに。バトルジャンキーな人なら、あのエイの倒し方なんかを四六時中考えるんだろうか。
俺は頭を引っ込めて、皆の様子を見る。今は、俺が寝る間を惜しんでこしらえた、お手製のカードゲームをプレイ中のようだ。元ネタはもちろん前世のカードゲームによるもので、クオリティは低いが、仲間たちは十分に楽しんでくれている。
カルミアたちはすっかりゲームに集中している。同じ絵柄を揃えて手札がなくなった方が勝ちというお馴染みのシンプルなゲームだ。カードの絵柄は、俺がこの世界で印象深かったものや、目についたものを描いてある。
今はサリーがカルミアのカードを抜いて、一番に上がれるかどうかという瀬戸際だったようだ。お互いが手持ちのカードと相手の目を交互に睨みつけている。心理戦極まり、それはまるで、最後の一太刀を入れる前に躙り寄る侍の戦い。
「…来なさい」
「…真剣勝負だネ!」
サリーは震える手を伸ばす。勝利を信じてカードを掴むが、そのカードはカルミアの手元から離れない。恐るべき膂力によって、カルミアがカードを押さえつけていた。体からは上位レベルが発するモンク特有のオーラが漂う。
「…フフ、抜けなければ絶対に負けないわよ」
「ムム…そっちがその気なラ…[コンフュージョン]!」
「…ッくぅ!?」
[コンフュージョン]は相手を混乱させる魔法だ。実力差があるとデバフはレジストされやすいし、すぐに復帰される。しかし、サリーのデバフは強力で、カルミアの精神力をもってしても一瞬の油断を生んでしまう。サリーはその隙を逃さなかった
「今しかなィ!ドロー!な…なにィ!?」
勢いよく引いたカードは、ハズレカードだった。カルミアは手に力を入れることで、このカードを抜かせないと思われるブラフを張ったのだ!ちなみにハズレの絵モデルはタルッコである
「ッフ…そのカードこそ、引いてほしかったものよ」
「グヌヌヌ!」
サリーは悔しそうに少ない手札をシャッフルしてイミスへと引かせる
「次はウチね!スカーレット、どれを引けばいいか分析してよ!」
「マスター。それは反則かと」
え~と声を出しつつ、特に悩んだ素振りをすることもなく、スパッとカードを選んで引こうとするが…
「ぬおおおおおォオ!?ダメェェ!ゆるしテ!そのカードだけハ!」
サリーはブラフとは思えない渾身の力でカードを抜かれるのを阻止する。力はイミスが上であるため、グググと少しづつカードが抜かれていく。焦ったサリーは、赤い色の[能力値変性薬]を一気飲みして、『力』の能力をブーストした。これはアルケミスト系の切り札的能力だが、こんなしょうもないことに使われるのは、この世界でも初めてだろう
平静を装ってたイミスも負けず嫌いのようで、ポーションを飲んだサリーを見て――
「スカーレット!シンティクシィ・オフェンシブフォームチェンジ!」
「マスター…嫌です」
攻撃特化のフォームに合体しようとしたが、スカーレットに拒否されていた。常識的なのはゴーレムだけなのだろうか
…君たち、このゲームはカードを抜けないようにするゲームじゃないからね…?そして、サリー…わかりやすい。それが引かれたら負けるんだろう
「サリサリ、往生際が悪い!手作りのお菓子もう作ってあげないわよ?」
「ううゥ~…」
サリーは諦めてカードを渡す。イミスはそのカードを引いて、満足そうな顔で勝利のガッツポーズだ。やはり、それがアタリだったか
「やった!これで三連勝!ねね、サトル君も一緒に遊ぼ!」
可愛げのある幼馴染のような、飾らない素朴な笑顔のイミス。頼りになるし料理も得意という彼女が幼い頃から一緒に居てくれてたら、俺はきっとベッタリだっただろうなぁ
そこで、御者さんが馬車を停める。どうやら休憩タイムのようだ
「じゃあ、御者さんも混ぜようよ。誰が炊事の準備をするか賭けようか!」
「あっしもですかい!?」
「面白そう!賛成!」
「こんどこそ、リベンジしてやル!」
「かかってきなさい…」
イミスの賛成の声で御者さんを混ぜたカードバトル二回戦が開始されるが、誰が炊事の準備をすることになったのかは、きっと想像の通りだろう