118話 番外編
俺は、久々の休暇をシールドウェストで満喫中だ。ここ最近はエルフの里で魔物を討伐したり、学び舎の子たちと魔物征伐へと出向いたり忙しい毎日だった。
仲間たちも、数日間の休暇ではあるが各々が好きなことをして、リフレッシュする時間をとってもらっている。俺はこの町を散歩するのが好きなので、今日も目的なくフラフラと歩いている―
「お、トロピキスじゃん。ということは、ミトスツリーでの交易も再開したんだなぁ…」
活気あふれる町の市場、出店では山盛りになった星型の果物や奇妙な形をした肉、目がたくさんついた大きな魚などが吊るされたりしていて、色々な食品が表に売り出されている。この世界での食もだいぶ慣れてきたのだが、まだまだ知らない食材の方が多く、見て回るだけでも一日中ヒマが潰せるほど面白い。
「お兄さん運がいいね!今朝運ばれたばかりの、エルフの里の果物だよ!」
「うん、知っている。じゃあ、一つ貰おうかな」
「まいど!」
服で少し拭いてその場で食べる。外側は意外と硬かったが、食べられそうだ。サリーの故郷で食べるものよりも、なんだか味が落ちる気がするが、味は相変わらず美味しかった。
腹も膨れたので、町の広場へと向かう。広場は俺がシールドウェストで最も通う場所だ。様々な種族の者が行き来しているので、見ていて楽しいし、不思議なモニュメントや魔道具で常に浮いてる物体があったりと面白い。町の人は見向きもしないので、見慣れているのかもしれないが…これを見ながらベンチでゆっくりするのが好きなのだ。
「……おや?」
広場の端で、イーゼルを立てて紙と睨めっこする人物がいた。この間広場に来たときは居なかったけど、何を描いているんだろうか?気になるな…
「う~ん、アタリが悪いのか…?インスピレーションも閃かないし。う~ん」
どうやら何かを悩んでいるようだ
「どうしたんですか?」
「う~ん、うん?君は?」
「俺はサトルです。特に用ってほどでも無いんですが…最近、絵に興味が出てくるステキなことがありまして」
「ふむ…サトルくんは絵は好きかな?」
「とても好きですよ」
「ふむふむ…そうか。どうやら、からかうような輩では無かったようだね…失礼した。僕の名はヒース。…実はね、飛び入り参加ができる絵のコンテストがあって、それに参加しようかなと思っているんだ」
「それは素晴らしいですね」
絵描き人が紙との睨めっこをやめて、帽子をくいっと引き上げこちらを伺う。俺と同い年くらいだろうか?日に焼けた茶髪と活発そうな顔がよくマッチする青年だ。肌が焼けているところから見るに、色々な場所に出向いては絵を描いているのだろうか。
彼が座っていた場所を見ると、何度も描き直したであろう痕跡が痛々しいほどに散らばっている。
「こんなに描き直しを?」
「あはは…まぁ、そうだね。今は絶賛そういう時期なんだ…何をやっても自分が求めている形に近づけない…そんなイメージかな?」
どんな絵を描いているのか気になって、ぐちゃぐちゃになった紙を拾い上げ、開いてみる。
「ちょっとちょっと!恥ずかしいって!」
「まぁまぁ、興味があるんです。見せてくださいよ」
「仕方ないなぁ…でも、それは失敗作だからね?」
ぐちゃぐちゃになった紙を開いてみると、この広場を完璧に模写したものが目に入る。控えめに言っても、素人目でも超がつくほど上手な絵だ。完成されているし、完璧な模写だと思う。
「すごい……すごいじゃないですか!」
「そ、そんなことないよ…」
ヒースは俯いて頬をかいた
「この絵の、何が気に入らなかったんですか?とてもステキな絵なのに」
そういうと、ヒースの顔に暗い影が落ちる
「う~ん、それが分からないんだ。…なんかこう、描いていると心がモヤモヤするんだよ。上手くできても、なんだか…違うんだ」
「でも、コンテストに出すなら、この上手な絵でも十分に戦えるのでは?とても良い絵です」
「可能性はあるかもしれない。でも…」
「でも?」
「う~ん。自分でも心にモヤモヤしたものを抱えた状況で描きあがった、納得のいかないものを人に見せるのって嫌なんだよ。もっとこう、人を惹き付けるような…いや、違うな…?」
よくわからないが、そういうものなんだろう。俺にとっては、どれも到底真似できない凄い絵であることは確かなんだが、ヒースは何かが気に食わないようだ。
「それなら、俺に手伝えることはありますか?」
「君が?う~ん、失礼だけど、特に何もないかなぁ…これは僕の問題だからね」
こういうときは気分転換が良いって聞いたことがあるぞ。素人だけど、ここで出会ったのも何かの縁だし、気晴らしに誘ってみようかな。
「じゃあ、気分転換に行きましょう。知り合いが教えてくれたとっておきの場所があります」
俺は手を引っ張って彼を立たせて、出発の準備を促す
「僕の話聞いてた?ってて、分かった分かった!付き合うから」
俺はヒースを連れてギルドまでやってきた。今回は依頼じゃなくて、食事が目的だ。酒場が併設されているこのギルドは食事も一級品で、疲れが吹き飛ぶほど美味しい。
ギルドは相変わらず混沌としており、騒がしい。考え事には一番向かない場所だろう。ヒースもぽかんと口を開けている。
「ここだよ。俺が所属しているギルドだ」
「依頼することが無かったから、入ったことなんて無かったけど、すごく…その、うるさい場所だね…」
彼をテーブル席まで案内して、適当なつまみと水を頼む。まだ昼だからね…呑んでる奴もいるが。
食事が届いてからは彼が描いてきた絵の話を聞いた。やはり、色々な場所へ出向いては気に入った場所で絵を描いて、それを売っては路銀に変えて旅を続けてきたらしい。故郷は海を超えたずっと遠くだとか
だいぶ話し込んで、話題は旅の途中で出会った吟遊詩人の絵を描いた話になったときだった
「だから僕はその吟遊詩人に言ったんだ。君が歌った歌を即座に絵にできるわけ無いだろうってさ…」
「はは、違いないですね」
丁度夕焼けが酒場の窓にさしかかったとき、ヒースは目を大きく見開き、紙をイーゼルに置いて話を打ち切って描き始める。
「あ、あれ?ヒースさん?どうしまし―」
「話しかけないでくれ!今!来ているんだ…!」
「あっはい」
だがここは酒場だ。酒場で絵なんて描いていたら、頭を空っぽにした冒険者が絡んでくるのは当然というか必然のことで…
「うぉおおおい!サトルううん!また難しい依頼こなしたんだってぇ!?すげぇよなぁ!お前はなぁ!すげぇよなぁ!!なぁ、俺なんてなぁ…あん?何だそれ、絵か!?お前、絵描いているのか!こんなところで?ほおおおおん!俺!俺を描いてくれよぉお!この髪ひとつない頭を!見てみろよ!光ってるだろうううう?男らしいって?そうだろう?ここまできれ~いにするのはちょっとコツがいるんだ。髪ひとつない頭をその紙で描いてなあんてなぁ!っほっほう~!」
完璧に仕上がったハゲの冒険者がヒースへと究極のウザ絡みを試みる。片手にはエールを持っていて、フラフラと芸術的なダンスを披露した。…根は悪い奴じゃないんだけどね
「や、やぁ。何か今集中しているみたいだから邪魔しないほうが良いんじゃないかな?」
俺の説得も虚しく、ハゲはヒースをターゲットに決めたようだ。ヒースは無視して絵を書き続けるが―
「俺、実はねぇ、近々誕生日なんだよ!驚いた?驚くよねぇ!ほら~描いてくれよお~、ほら~無視しないでくれよ、おつまみも俺が奢ってやる。最近はランスフィッシャーからよく魚が届くようになったんだよ。うまいぞお!そこにいるサトルのパーティーのサリーって奴も、これが大好物でなぁ!奢ってやるとポーションを分けてくれるんだよう。これが効き目が凄くてな!もしかしたら絵もうまくなれるポーションとか作ってくれちゃったりして!いやぁはは!それはないか!?グハハハハ!お前にも紹介してやろう!丁度サトルもいるしな!いいヤツなんだよ。いいだろ?なに、突然の訪問なら俺が謝っててやるから安心しろ!ご面会でゴメーンかいってな!ホッホッホー!!!」
ヒースは筆を落とす。そして
「うわああああああ!」
急に叫び出した。激しく自身の頭をかき乱し、呼吸も荒い
「お、おい…どうした?魚が嫌いなら最初からそう言ってくれよ、肉にするのに」
「うるさい!!黙れ!!きさま、きさまのせいで!今来ていたんだ!新鮮なものが降りてきたんだ!邪魔さえされなければ完璧が!人を感動させるものができたのに!!」
ヒースは握りこぶしを震わせていたが、やがて荷物をまとめて酒場から出ていってしまった…。ハゲは激しく動揺するが、やがて何かを思いついたように叫ぶ。
「…っは!もしかして!あいつ!」
「ど、どうしました?」
「魚は産地とれたて派だったんじゃないか…?新鮮なものがいいって!あいつはグルメだな!」
俺は黙ってハゲを叩き、三人分の食事代を置いて酒場から出た。
…さて、彼はどこだろうか?
ヒースを探して色々と回る。市場、大通り…やっぱり広場かな?日もすっかり沈んでしまったが、出会った場所の広場で、ガックリと項垂れるヒースを見つけた。
「…ヒースさん」
ヒースは顔だけをゆっくりとこちらへ向けて、また項垂れる
「君か…先程は取り乱して済まない。せっかく誘ってくれたのに。完璧なイメージがすうっと消えてしまったんだ。どうしても、同じものができる気がしなくてな。悔しくて」
「あいつは何時もあんな感じで、悪意は無かったんです。あとで叱っておきますので…」
「いや、良いんだ。元々、食事をする場所で描いている僕がおかしかっただけ。謝るのは僕の方だろう」
「…」
ヒースは夜空を見上げる。俺も一緒に見上げてみた。美しい流れ星が夜空一面を照らす。この世界ではよくある景色のひとつだ。絶え間ない流れ星は大きな魔法の力がはたらいていると言われているが、実際の所はよくわかってないらしい。そんな、今どうでも良いことを考えながら、ヒースが口を開くまで黙っていると
「僕は、絵を描くことに向いていないのだろうか。絵を描く資格はあるのだろうか」
ヒースは悲しそうな表情をつくった
「そんなことないですよ」
「あるさ、人の心を動かすことができない絵しか描けない。完璧じゃないからだろう?魔法で狂い無く書ける絵の方が、完璧に近づけるとは思う。でも僕は魔法は使えない」
俺は何一つ上手な絵なんて描けないから、大したことは言えないし、それこそ言う資格も持っていない。努力してきた彼を否定できるはずがない。でも、ただ一つ、ヒースには伝えたいことができた。俺は、彼を応援したいのだ
「……ヒースは、どうして絵を描き始めたの?」
「どうしてって…そりゃ、物心ついたときから描いていたんだよ。分かるわけがない」
「じゃあ、その時から完璧な絵を求めていたの?」
「それは…違うな。楽しくて描いていたと思う。…そうだ。もう死んでしまったが、親父に初めて描いた絵があって、それを渡したときに笑って褒めてくれたんだ。上手な絵だなって。いつも厳しくて怖かった親父が。そのときのことが忘れられなくて、ずっとずっと上手な絵を求めていた。更に上へ、更に上へと、完璧を意識するようになったんだ」
「…」
「絵は上手くなったと思う。でも、あのときの気持ちには、もうなれない。親父は、もういない。俺の絵を心から喜んでくれる人はもう、いないんだ」
「…きっと、親父さんはヒースの絵が上手かったから、褒めてくれたのではないと思う」
「何故そう言い切れる?」
「仮に今、君の親父さんが生きていたとして、『今』の君が描いた絵を見せたらなんて言うと思う?」
「そりゃ、『上手な絵だな』って言ってくれる…と思う」
「そうだよね。きっと、今も昔も変わらない。じゃあ親父さんは、昔プレゼントされた絵と比較すると思うかい?君が描いていた絵を『昔に比べてこっちが上手だな』ってさ」
「それは…」
「技術的な面で言えば、たしかにその通りかもしれないよ。でも、きっと君の親父さんにとっては、プレゼントとして描いていたという事実。つまり、君が心を込めたという部分のほうがずっと重要だったんじゃないかな?それ自体が、かけがえのないものだったはずだよ。その絵を、誰がなんと言おうとも、親父さんの宝物になったはずだ」
「………」
「あ…すみません。生意気言ってしまいました。どうしても、絵を続けてほしくて、それで伝えたかったので…」
「そう、かもしれない」
ヒースは筆を手にとって見つめる
「僕が描きたかったものは、きっと――でも、親父はいない。なぁ、僕は何を描いたらいい?サトル、教えてくれよ……」
「俺は素人なので、よくわかりません。でも、俺に一生懸命描いてくれた絵がここにあります。これが何かのキッカケになれば嬉しいのですが…俺の宝物なんです」
俺は、学び舎の皆が描いてくれた絵をヒースに見せてあげた
「こ、これは…」
そこには笑っている俺らしき人物を中心に、皆が笑顔で手をつないでいる絵。ヒースから見れば、お世辞にも上手とは言えないだろう。でも、俺にとってはこれこそが…
「心を込めて、描いてくれたんです。俺にとってはこれ以上の『完璧』はありません」
「そうか…やっと、やっと分かった気がするよ」
ヒースは優しい表情になって、絵をじっくりと見たあとに、丁重に絵を返してくれた。すると荷物をまとめて、立ち上がる
「何処に行くんですか?」
「コンテストの締め切りが近い。だから今から、描いてみようと思う」
「わかりました。ヒースさんの絵、楽しみにしています」
「入賞したら、シールドウェスト出展館という場所で飾られる。どうなるかは分からないが、もし良かったら、是非、見に来てくれ」
「はい、必ず」
「それと…ありがとう、サトル」
こうして、俺とヒースは出会い、この日を境に再会することは無かった
しかし
ヒースを見送った夜。彼の目にはやる気の光が芽生えていたように見えた。どんな結果になっても、俺は、彼が描き続ける限り、応援を続けようと思う。
その後
コンテストが終了し、作品が出展館に展示される。
そこには彼の名前がついた絵が、堂々と飾られていたのだ
題名は『僕の完璧』
巷ではちょっとした噂にもなった。やれ全然美しい絵ではない、完璧ではない、理由が分からない、風景が得意なヒースらしくないなど
絵には、一人の厳しくも優しそうな男性と、小さな子。小さな子は何かの絵をプレゼントしているように見える。ただそれだけのシンプルな絵だった
批判は多かった。でも、きっとそれでも彼は満足して描ききったと思う
なぜなら、その絵の中にいる子供は、これ以上ないほどに笑っていたからだ
彼の中で、絵は生き続け、彼の絵は俺の心で生き続けるだろう