115話
「オラオラオラ!!…今ので何匹目だぁ!」
「もしゃもしゃ…10匹は倒した気がする……」
荒い息を一旦落ち着かせてブロードソードを地面に突き刺す。グランの汗がだくだくと流れ出て止まらない。モルモルが手渡してくれたポーションを飲み干した。これで何杯目だろうか、本人に数える余裕など無いだろう。上空には想定以上にスタージが集まっているのだから。
「くそ…30程度じゃなかったのかよ!うじゃうじゃ出てきやがって!」
チャーノは水分を補給しつつ、上がった息を整える
「はぁはぁ……サトルさんたち、本当に手伝ってくれないのね。村の中じゃ戦い辛いし、過激なデビュー戦すぎない?」
森や開けた場所に出現する魔物と違って、村に襲いかかってくる際は、相手も物陰や屋根を上手に使って攻撃してくるので、とても厄介なのだ。更には村人への配慮もしないといけない。
「ふぅ。ロンキ、もう一度頼む」
「む、ヴ~ン」
ロンキの[勇気]の能力で全員にバフがかかる。しかし、いくらチャンターであっても、連続で歌っては喉にかかる負担も大きい。もはや濁声なロンキは力を振り絞っていて、ガラガラとした声なのか、バフの効き目も悪い気がする。
「騎士共はどうしている?」
「もしゃもしゃ…同じくらい倒していると思う。ニエールの影が、数匹のスタージに飛びつかれて使えなくなったみたいだよ」
「向こうもピンチって訳かよ…!こんなとき、ロマネたちの作戦があれば……くそ」
毎朝体を鍛えているグランは体力には自信があるが、それを活かしきれるような動きができていなかった。敵を見つけては全力で向かい、また見つけては全力で走る。いくら力があってもこんな動きではすぐにバテてしまう。
* * *
「全員!攻撃体制!ダメージは私が引き受けるであります!」
「ロマネさん、僕の影がダメになりました!」
「了解!一旦下がって立て直すのでありますよ」
ロマネの足元には既に多数のスタージの骸が転がっている。しかし、ロマネも無傷とはいかず、生傷を増やしていく。
一分一秒が長く感じる。数十分しか戦っていないはずなのに、ロマネの喉はカラカラに乾いている。訓練と、本当の魔物との命の取り合いは全く違うことを体で実感させられる。元々勉学にリソースを割いていた騎士候補たちは、まだまだ基礎体力に難があった。作戦は完璧だが、それを実施できる体が出来上がっていない。
十匹目だろうか、敵をピュリニーの[マジック・ミサイル]で撃ち落とし、一呼吸ついた。
「はぁ…はぁ……グランたちは、どうしているで…ありますか?」
「俺っちが見る限りだと、向こうも同じくらいだと思うぜ」
「このままじゃ、押されるであります。いくら頑丈な建物でもこんな数で襲われたら…。こんな時に、グランの爆発力があれば……っは!奴のことなど知らないであります!」
ピュリニーが敵の異変に気がつく
「お姉さま!村の中央付近に敵が集まっています!あそこを抜かれると、村人と家畜を避難させた建物まで一直線になってしまいます!移動しましょう!」
「そ!それはまずいであります!全員!移動開始!」
* * *
「むーん!」
「グラン!敵が中央に集まっているよ!なんでなんで!?」
「もしゃもしゃ…これはまずいよ。いや、草は美味しいけど」
「オレサマたちが先行して守るぞ!」
両派閥のパーティーが村の中央に集まる。そして、互いが鉢合わせになって沈黙となる。どちらかが話を切り出そうと口を開いたときだった―
「おにいちゃん!おねえちゃん!ママがいないの!ママはどこー!!」
村人の子供が住居から出てきてしまった。まだ小さく、上空に敵が集まっているのに近くにグランたちが来たので安心してしまったのだろうか。無防備な体を晒す
敵方も子供の無防備な姿を見つけたのだろう。ここぞとばかりに上空のスタージの三匹が、子供めがけて突進してきたのだ!
「キィーー!」「キィーー!」「キィーー!」
耳障りな声を響かせて子供へ飛びかかろうとする。
グランとロマネの見ている世界がスローモーションになった気がした。
自分たちは何のために戦っていたのだろうか?
何のための力だったのだろうか?
ここでスタージを優先して討伐すれば、数の上では勝てるだろう
でも、それは本当に勝利と言えるのだろうか?
目の前の小さな子は死ぬだろう
それは、人に自信をもって、自慢できることなのだろうか?
今、本当にやらなきゃいけないことは、意地の張り合い?
スタージの討伐の数を競うこと?……違う
今、やるべきことなんて最初から決まっていたのだ!
「お互いに」「認め合うことであります!!」
打開への道はただひとつ
双方が走り出す
「ロマネええええぇ!!!」
「グラあああぁン!!」
ここに、本当のパーティーが完成した瞬間だった
「[ダメージディバイド]!今であります!!全員!防御陣形!」
ロマネは自身にダメージが向くように子供の前に立ちふさがる。剣を捨てて、盾を両手で持ち、絶対に抜かせない守りを固めた。グランを信じたのだ。皆もそれに続いて防御に徹する
「ロンキ!頼む!」
「む~ん!」
ロンキはナイト全員へバフをかける方法にシフトする
「ぜってぇ守る!!おらあああ!」
ロマネに気を取られたスタージを一匹ずつ確実に片付けていくグラン。最初から、子供を守ることは全てロマネに任せたのだ。そう、ロマネを信じたのだ。
「ギイイイイイ!!」
「一匹!」
ブロードソードで斬り伏せる
「ギイイイイ!」
「もう一匹!」
斬り返してもう一匹を倒す。あと一匹手が回らない
「チャーノ!すまねぇ!一匹頼む!」
「待ってました!」
チャーノのゴーレムが残りの一匹を手で掴んで捻り潰す。
示し合わせたような互いの連携で、今まででは考えられない速度で三匹のスタージを倒すことができた。
今までの苦労が嘘のようだった。
「認め合えば、乗り越えられる…か」
「ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん。かっこよかったよ!」
「へへ、全然かっこよかねぇよ…さっさと避難場所まで行きな。ここはオレサマたちが守るからよ」
グランは人差し指で鼻をぬぐうと、そっぽを向く
「うん!ぜったいにわすれないよ!ありがとう!」
「向こうの大きい家まで走るのであります!あそこが避難場所であります!!」
「うん!」
小さな子が去ったあと、大量のスタージが空から降りてくる。数はざっと30、これでも減らしたほうだろう。ようやく想定の数にまで減らすことができた。
「これを倒せば群れは潰したことになる!皆!気合を入れろよ!」
グランの一声で7人全員が呼応する。
状況は苦しいが、全員の声が揃った途端に、不思議と勇気が湧き上がってくる。
「反撃開始だ!」