110話
* * *
あれから数時間は経過しただろうか
オレサマは町全体を見渡せる小高い地形にいる。悩んだときは、この場所から町と雲の流れをただただ見つめている。そうしているとなんだか心が軽くなってくる気がするからだ。
恵まれた身体能力は生まれつきのもので、大抵のことは拳だけで片付けてきた。ここにきて、自分一人ではどうあがいても勝てない壁にぶち当たった。努力をすれば、時間があれば、条件が違えば…様々な事実とは無関係な仮定の話ばかりが脳内をよぎるが、こんな妄想に意味はないことは、自分自身が一番よく分かっている。
「はぁ…」
大きなため息をついて、地面に背を預けた。陽光を浴び続けた土は丁度良い具合に温かく、空に漂う雲や、飛び交う翼のある魔物の動きを目で追い続けているうちに、考えがぼんやりとしてきた気がする。
オレサマには成し遂げたいことが幾つかある。そのひとつはお世話になっている教会へ恩を返すこと。自身の目的を所かまわず吹聴するようなことはしないが、まだアプローチがうまくいったことはない。これから頑張れば良いとは思うけど…このまま時間ばかりが過ぎて、こんなんじゃ冒険者としても二流三流が精一杯かもしれない。そう思うと焦りばかりが募る気がする。
二度と来ないチャンスだと思えた。Bランク冒険者へ一介の寂れた学び舎が何らかの依頼をするなんて、どれほどの金を積めば良いのか想像もつかない。天地がひっくり返っても無理だと思っていた。何故こうなったのかは知らないし、どうやって先生が金の工面をしたのかは知らないけど、そんな奇跡が目の前で起きた。ならば、そのチャンスを掴んでやるぜって思っていたのにさ。
オレサマたち冒険者候補は、満足な教育を受けることもできず、騎士候補の奴らばかり良い思いをしている気がしてならない。だから、オレサマが全てを見返して、年下の奴もひっくるめて面倒を見てやるつもりなのだ。あいつらはもう、家族同然なのだから。
サトルという奴のおかげで、縁がないと思っていたクラスチェンジができた。これから全てが変わると思っていた。それなのに実際問題、特訓すらうまくできない。事実が、現実が、ひどく突き刺さるが、こんなことは認めたくない!
「くそ…分かっているんだ。分かっているんだ……ちくしょう!自分よりも強い奴がいることも、弱い奴がいることも、でも、こんなんじゃ全然力が足りないことも…!オレサマが、もっとしっかりしなきゃいけないことも全部全部!くそ!」
無力感から来る悲しみを紛らわそうとしても、晴らしどころが無い。そんな気持ちを抱えていると、いくつかの足音が聞こえてきた。泣いているところを見られるなんてたまったもんじゃない!目頭を素早く拭って立ち上がり、足音の方へ顔を向ける。
「グラン~!やっぱりここにいた!なんでいつも一人で行っちゃうのよ~!探すの大変だったんだよ!」
「むーん!」
「むしゃむしゃ…草は、一緒に食べないとまずい」
幼なじみの三人だ。孤児だったオレサマたちは教会に救われて、学び舎で教育を受けてここまで生きてきた。皆勉強もできないし変な奴らだが、大事な家族だ。ムカつく日もあるけど…
「お前らかよ…どうしてここまで…」
「決まってるでしょ!一緒に作戦会議よ!なんで、なんで一人でいつも戦おうとするの!」
「だって…オレサマは……」
「グランが強いことは知ってるよ!でもチャーノたちも一緒に頑張りたいの!グランの力になりたいって思っているの!!」
「でもオレサマは、お前らにひどいことを…そんなやつがリーダーなんて」
草を食べ続けていたモルモルは、手に持った草をグランの口に突っ込んだ。
「んご!?苦い!にっげぇ~~!!何すんだ!汚え!」
「むしゃむしゃ…グランは、いつも元気をくれる。笑顔で皆を引っ張ってくれる。乱暴なときもあるけど、皆が泣いているときはいつも助けてくれた。だから、みんなここまで君の背中を追ってこれた。これから先も、つらくても難しくても、君がいればなんとかなるきがする。今は特訓で、ぜんぜんだめ。でも、みんなが頑張れるように助けてほしい。いつもみたいに、乱暴に、この先へ、引っ張ってほしい」
「モルモル…」
「チャーノたちはね、全然弱いし、グランみたいにはうまく戦えないかもしれないけど、きっとグランが考えていることは、みんなが目指したいことだと思う!だから、弱いけど頑張るから!一人で戦おうとしないでよ!」
「チャーノ…」
「むーん」
「ロンキ……ロンキは、こんなときでも相変わらずだな!」
そこで、皆同時に笑い出した。ロンキの鼻歌が風に乗って心の中にあった燻りを消してくれる。
オレサマたちは、まだまだパーティーを結成したばかりだ。だからこそ、みんなと支え合って戦わないといけない。そんな簡単なことも忘れていた。難しいことは何でも協力して乗り越えてきたじゃないか。
皆が思い出させてくれた。オレサマはバトルマスター。みんなより少しだけ強いから、みんなを守りたい、そしてみんなの力を少しだけ借りて、前に進もうと思う。
「みんなごめん、もう大丈夫だ!…帰るか!オレサマを見ていろよ!!ぜってぇイミスに一発かましてやる!!そんでもって、スタージとかいう魔物を倒して見返してやるんだ!」
「もう~!なんでそんなに調子良いかな~!」
「む~ん!」
「…やっぱ草返せ」
「やなこった!ほしけりゃ追いついてみせろ!」
グランは走り出した。後ろには必死ながらも笑い、ついてきてくれる人たちがいるから。