103話
フォノスが扉を開けると、大きなホール状の空間へと出てきた。壁には何処から盗んできたのだろう、数々の金品が、まるで自分たちが盗んだものを自慢するかのように飾られている。キラキラ光る宝石眩いその光景も、フォノスにとっては怒りの要因でしかない。
(本当にしょうもないギルドだ。弱者から奪うだけの組織なんて)
現在、このギルドにいる構成員はおよそ数十人規模。だが、フォノスは臆すこと無く前へと進む。あまりにも堂々としているため、周りの構成員も新入りか何かと思っているのか、気に留めない。しかし、ついに厳重そうな扉の前に立っていた門番に呼び止められてしまう。
「おい、お前…見ない顔だな?新入りか?」
「あぁ…通してくれ。ボスに用があるんだ」
「ふん…お前のようなガキにボスは時間を割かない」
「…(殺すか)」
フォノスは剣を構えようとするが、そこで扉が開いて
「良いぜぇ。相手をしてやるよぉ」
「ボ…ボス!しかし、こいつはどう見ても!」
「まぁ~良いじゃねぇかぁ…おい、ガキ。ここじゃなんだから広い場所へ来い」
扉の奥から出てきたボスらしき人物。背丈は二メートルほどの巨大な体格で、丸太のような腕を見せびらかすように上半身は露出している。腕には入れ墨が入っており、フォノスが入り口で拾った鍵と同じ様な模様が刻まれていた。厳ついスキンヘッドの顔は、まさしく盗賊の頭といった感じだ。
「僕はどちらでもいいよ。どのみちここの皆は、今からおじさんと同じ末路を辿るだけだからね」
盗賊ギルドのボスは、挑発をフンと聞き流してギルドの中央までゆっくりとした足取りで歩いて大声で叫ぶ
「てめぇらぁ!シールドウェストの盗賊ギルドに殴り込みに来たガキが一匹釣れたぞ!集まれい!」
すると、ギルド内にいた構成員らしきメンバーが数十名、ギルド中央からフォノスを逃さないように円状に囲み野次を飛ばし始める。
「たった一人で何が出来るんだぁ!」「まだガキじゃねぇか!」「帰ってママのミルクでも飲んでな!」「殺しちまえ!」「ツマミはやっぱり干し肉だな!」
しかし、フォノスは全く動じずにボスの顔をじっと見つめるだけだ。まるで獲物を狙う鷹のように
「ねぇ、おじさん。僕と一騎討ちしようよ」
「一騎討ちだぁ…!?ガハハハ。さすがにこの人数相手じゃヒヨったかぁ!」
「そうじゃないよ。皆に見せたいんだ。おじさんが苦しむ様子をね」
「このガキ…さっきから好き放題……良いぜぇ。即行でカタをつけて、生まれてきたことを後悔させてやる。てめぇらも聞いたなぁ!!俺がいたぶるから手ぇ出すんじゃねぇぞおおお!」
「そういうのはいいよ。[宣告]する。お前は僕の獲物だ」
盗賊ギルドのボスは、体へゾワゾワと侵入してくるような不気味な感触に襲われる。しかし、それを振り払うかのように自らを鼓舞した
「何をしたか知らねえが…もう容赦しねぇ」
その言葉で堪忍袋の緒が切れたのか、ボスは腰に佩いていたダガー二本を手に取ってフォノスへと襲いかかった!
フォノスは冷静に活人剣と殺人刀を取り出し、手の内でクルクルと回して構えを取った
盗賊ギルドのボスは、巨体とは思えぬ素早さでフォノスへと迫ると二本のダガーで雨のような連続攻撃を繰り出す。幾度となく繰り返される怒涛の攻撃を、全て活人剣と殺人刀で受け流す―
構成員のヤジで響き渡っていた場は、やがて剣戟の激しい音に支配された。皆、フォノスが只者では無いことが嫌でも分かってしまったのだ。
「バカな…ボスの連続攻撃をうけきるなんて…」
ダガーの一本をボスが投擲、フォノスはそれをキャッチして投擲し返す。ボスが回避に専念したところで、フォノスはポーションを上空に放り投げ、殺人刀の腹で相手に飛び散るようにポーションを割った。割れたポーションの液体は飛散して見事にボスへと降りかかる。水滴が自慢の筋肉へと触れると、そこから焼けるような音が響いた。
「ぐううう…!なんだこれは」
フォノスは、追撃の一手としてポーションの液体がついた殺人刀でボスの足元を浅く斬りつけて、後ろへと回り込むがボスは浅く斬られたことに気がつかなかった。
「それは、血液を固める毒だよ。もう2回は入っているから、助からないかもね。動き回ればその分、体中循環する」
「な…なんだと」
ボスの顔色はみるみると悪くなっていき、膝をついて苦しそうに胸を押さえた。あまりにもあっけないボスの敗北に、周りの構成員は青ざめる。
フォノスは悠然とした様でボスのそばまで来ると、周りの皆へパフォーマンスするように言う
「でも大丈夫だよ。おじさん。もし更生する気があるなら活人剣の攻撃を受け入れるといい。死の淵でも蘇ることができるんだ。毒を受けていても例外じゃない」
「だ…だれがそんなことを受け入れるとでも…」
「それなら、皆の前でもがいて苦しんで死ぬといいよ。僕はどっちでも良いんだ。その後は周りの皆だね…ククク」
「ま、待て…!わ、分かった。こ、降参する!だから俺だけでも助けろ…。命令する。その活人剣とやらを受け入れる!それで救われるんだろう!?さっさとやれ!」
「うん、死の淵で更生できるなら…ね……(それがどれほど難しいとも知らずにね)」
「わ、わかった。俺だけでも助かるならやってくれ。お前、孤児のところのガキだろう。もうあそこには手を出さない。約束する!ここにある宝も全部やる!他の奴らの命だって好きにすればいい!だから、俺だけでも見逃してくれ!!」
「うん、じゃあやるよ。……活殺自在抜刀・アンジュ エ ディアーブル!」
一発だけでも活人剣で斬れば、効果は発揮する。しかしフォノスは、悪しき者を助けるつもりなど毛頭なかったのかもしれない。無遠慮に盗賊ギルドのボスへと数十回もの斬撃を繰り出した!急所攻撃と毒、更に[宣告]の効果によって、斬撃の威力は更に高まり、加えて、本来の何十倍もの痛みを伴うのだ。当然――
「ぐ…あ…あぁ……」
想像を絶する痛みを伴って、ボスは絶命する。万一に、死ぬほどの痛みの中でも、更生する気持ちがあれば助かったのかもしれない。しかし、都合よく自分だけが助かりたいと願っているような者に、弱者の気持ちなど最期まで知ることはできなかったのだ。
場に静寂が包まれた。そしてフォノスの声だけが響く
「ククク…アハハハハ!!……さぁて、次は誰だい?大掃除の始まりだね」
活人剣をよく知らぬ者からすれば、目の前で起こったできごとは、一見フォノスが一方的に約束を破って、惨たらしくボスを絶命させただけに見えるだろう。これが更に恐怖を生み出した。
静寂は一変、逃げ惑う声と叫び。正に阿鼻叫喚。一夜にしてシールドウェストの盗賊ギルドは壊滅へと至ったのだ。
救いようのない悪は、サトルの知らぬ所で滅びる運命にあった――