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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

海鳴りの聖女は帰りません!「大聖女の跡を継ぐにはまだ早い!」と言われていたので、自称神様たちの元で修行(育児)してきたいと思います!!

作者: ふちぶち

黒い空が、降りてくる。


いや、降りてくるのは、巨大な波だった。近くを海龍がうねる。何度か目の波を叩きつけられながら、私は、必死に、木箱にしがみついていた。


「あぁ・・・海神様・・・ラーンは、まだ未熟です。まだ、宮殿での奉仕などできませぬ。今日は、帰してください。陸で皆様に奉仕できるようになるまで、頑張ります。だから、帰してください」


私、ラーン・プルトは、必死に今までのことを思い出しながら海の神に願った。


海の底から、巨大なものが上がって来る。


ふと、海龍の姿が見えなくなった。私はほっとして、浮いている、上に座ることのできそうな大きな船の残骸を見つけ、そこに向かい、バタ足を始めた。その時だった。


不意に空中に体が持ち上がる。海の底の方から、何か大きなものが浮かんできたらしい。


「大聖女様、ごめんなさい。」


私は、空中に放り出され、そのまま、何かに飲み込まれた。




1週間後、海鳴りの聖女が乗っていたはずの船の残骸が、対岸の港町に流れ着いた。ここ20年の間なかった、海鳴りの聖女、処女航海の失敗に、港町は噂に沸いたが、1か月がたち2か月もたつと、やがて忘れ去られた。


だが、そのことを忘れ去るわけにはいかない場所もあった。


『海鳴りの神殿』と呼ばれる、この島国の大聖堂である。その、大聖女の間がにわかに騒がしくなった。


「それは、本当なのですか?ラーンの遺物が見つかったと」


大聖女の声に、国の戦士長が頷く。


「ああ、浅瀬に3日前に流れるいていたらしい。」


戦士長の手には、木でできた小さな箱が置いてあった。戦士長は、その箱の紐をほどくと、中から現れたのは、小さな四角い鏡だった。


「・・・戦士長ありがとうございます」


「気に病まないでほしい、いくら一度は海神と邂逅したあなたとは言え、器は人間なのだ。間違えることくらいはある」


大聖女は、その鏡にそっと触れる。割れることなく、かけることもないその鏡は、万が一の時のために、海鳴りの聖女たちが伝え繋いでいたものだ。


「俺は、これで失礼する。ではな」


戦士長は席を立ち、あとには大聖女と、鏡だけが残された。




「私は間違えてしまった」




あの子は、海に愛されていた。あの子が海に近づけば、喜んだように魚が寄ってきて、あの子が海に入れば、サメやイルカが、あの子と戯れていた。

貝もあの子の前では、楽しく歌うように、口をパカパカと開けていた。


あの子を駆り立てたものが何なのか知っている。


私だ。


ただ、私の一言だ。



「私の弟子になるなんてまだ早い。あなたは、まだ、海を渡っていない」



海があの子のことを好いているのならば、無事にわたらせてくれるだろうと思っていた。簡単に考えていた。もともとは、海への生贄の儀式だったのに。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


後悔と、懺悔の声が、大聖女の間にただ響ていた。


どれくらい泣いていたのだろうか、すでに辺りは真っ暗になっている。


「今日のお勤めは、お休みってことにしたからいいわね・・・」


ぶ~、ぶ~、ぶ~


奇妙な音が聞こえる。不思議なことに、鏡が光りながら強く振動していた。


「なに?これは何が起きているの?」


パニックになる大聖女をよそに、振動する鏡は、テーブルから落ちて、床にたたきつけられる。


「あ~、あ~、聞こえますか?聞こえますか?只今、神具のテスト中」


さっきまで失ったことを嘆いていた、あの子、ラーン・プルトの声だった。


「ラーン?」


「あ、聞こえた。ねえ、次どうすればいいの?あ、そう、なるほど」


ブンッと、蜂の羽音のような音が響いて、ラーンの姿が中空に映し出される。


「あ、大聖女様。」


「ラーン、ラーンなの?」


その光景が信じられないように、大聖女は、口元に手を当てる。


「あれ、もしかして、私死んだことになってます?」


その言葉に、大聖女が、こくこくっとうなずく。


「もう、ちゃんとお知らせを出したの。生きてますって、いったん帰りますって」


「ああ、すこし、待っていてくれ。そこにいるのはラーハブだな?」


ラーンが、横に移動すると、そこには、大男が写っていた。


「ネプチューン様」


20年前に邂逅した海の神がそこにいた。


「いや、ラーンにさっそく宮殿で働いてもらおうと思って、海龍を遣わしたら、あいつが、ことのほかラーンを気に入ってな、嵐を起こして、船を壊してまで、ラーンにじゃれついていたらしい。いや、参った参った」


「あの?ネプチューン様?」


「ラーンもその時は死ぬかと思ったみたいだが、幸いにも、近くにフリーのリヴァイアサンがいたおかげで宮殿まで運んでもらって、助かったよ」


楽し気に語っているのは、まだ若いころに、邂逅した神と同じとは思えなかった。


「あれから、ラーンは、海龍の子供たちを育ててるよ。こっちは、少しでも早く宮殿で働いてほしいのだが、まあ、本人は、ラーハブ様に認められないと、ここで働くのはまだ早いって言って聞かないけどな」


ネプチューンは豪胆な笑い声を立てた。


「というわけで、ラーンに代わるぞ」


「あっと、大聖女様。わたし、大聖女様の弟子になるのがまだ早かったみたいなので、ここで、しばらく修行してから戻ります。自称神様たちに囲まれているので結構楽しいんですよ」


「ええと、ネプチューン様のほかにも誰かいるの?」


「ええ!スサノオ様、ワタツミ様、ポセイドーン様、エーギル様にニョルド様、あと、ダゴン様やクトゥルフ様、みんな自称神様なんだけど、ここで、大聖女様に認められるように頑張ります」


「いえ、何その大魔境?大丈夫から、まだ早いなんて言わないから、早く帰ってきて!!」


そんな時、3匹の小さな、細い魚のような物が、不意に映像に飛び込んできた。


「こら、スキュラ、ハイドラ、ヴリトラお行儀良くしなさい、そんなのじゃ、お父さんとお母さんのように立派な海龍になれないわよ。」


「ラーン、あなた、何を育てているの?」


「海龍です。この子たちは、大海龍って呼ばれる、カリュブディスとミッドガルドオルムの子供たちなんです。かわいいですよ。3回月が廻ったら、この子たちも大きくなりますからその時ナーガと一緒にいったん帰ります。」


ペタッと、大聖女はしりもちをつく。世界最大の海底湖の主と、海の地獄に住まう伝説の海龍の子をラーンが育てていると知って、喜びよりも、深いいろいろな感情がぐるぐると回る。


「あ、大聖女様、これで、弟子にしてもらえますか?私何とか、一人でやれました!!」


「ああ、弟子・・・弟子のことね・・・」


「あ、まだ早いみたいですね。大聖女様に私の元気な姿を見せらた、すぐに帰って頑張ります!!大聖女様、いつか認めてくださいね。大聖女様に、まだ早いなんて言われないように、もっと、もっと頑張ります!!」


ラーンが、手をぐっと胸の前で、小さな握りこぶしを作る。


いや、こっちが弟子にしてほしいと、大聖女が思い、口に出そうとした瞬間だった。



ピー、ピー



鏡から、音が鳴り、映像が赤く染まる。


「なに、何が起きたの?」


「あ、そろそろ、会話限界の時間みたいです。ほら、スキュラ、ハイドラ、ヴリトラ。あ、ナーガも入る?」


巨大な、海龍の顔が、ぬっと映り込む。


「大聖女様、そろそろ時間なので、写真だけ残しますね。また、次の満月の夜に。皆いい?誓いを胸に、せーのルルイエ!!」



映像が消え、静寂が戻る。



「ラーン?ラーン?」


大聖女は、中空に呼びかけるが、ラーンの声が帰ってくることはなかった。ふっと息を吐き、鏡を拾いに行く、


「あら?・・・」


そこには、満面の笑みを浮かべるラーンと、3匹の小さな海龍、そして、大きな海龍と、画面せましと並ぶ、名だたる海神がいた。


「ふふ、まだ早いなんて言っていたらダメね、そして、早く帰ってきて、ラーン。」


いつの間にか上っていた、赤い月が、大聖女の間に、光を投げかけていた。磯の香りがどこからともなく吹き込んでくる、そんな暖かさと冷たさが混ざるそんな夜だった。



そのちょうど90日後の満月が昇る予定の日に、この麓の港町が、ちょっとした大混乱になるのは、また別のお話。

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