胸に咲いた一輪の花
ぶくぶく。ぶくぶくぶく……。
酸素の泡が巨大な水槽の中絶え間なく上昇している。
私はひらひらのヒレを優雅に揺らしながら、思うまま漂っていた。
身体中にきらめくウロコが覆っていて、鈍い光を反射する。
長い、長い間。私は誰かを待っている。
以前、老人が私の世話をしていたのだけれど、パタリと彼が来なくなってから私は独りだった。
ギギギィ、ばたん。
日の光!
誰かがやってきた。
それは青年。
白い肌、さらさらの髪。背が高くて、とてもハンサム。
「……これは!?」
明らかに驚いた様子で私を見る。
「おなかすいたの……」
私が頭だけ水から出して訴えると、青年はおっかなびっくりで何が食べたいのか尋ねた。
「サンドイッチ!ハムとたまごのやつ!それからアイスコーヒー!」
「わかった、わかった。……でもほんとにそれが食べられるのかい?」
クスクス、クスクス。私は笑う。
「待ってて、持ってくるから」
いくらだって待つわ!
やがて青年が食べ物を持ってきてくれた。
「君は、きれいだねぇ」
「本当?」
「でもそのぅ、なんていうか……」
「この姿でしょう?」
「うん」
「『じっけん』って言ってた」
「なんてことを!!!」
青年は心から私に同情していた。
私は波打つ長い髪を手櫛でととのえながら、青年を見ていた。
私の胸の中に何かが息づいた。
「世間に公表して犯人を捕まえて罰せないと!」
「それは無理ね。マッドサイエンティストはもう亡くなったみたいだから」
「誰か、君を元の姿に戻せる人を探さなくちゃ」
元の姿に、戻れるの?
淡い期待を抱く。
やがて、テレビというものが放送された。
現代の人魚姫!!
人間と魚類のキメラ!!
静けさは破られて、私は見世物になった。
青年は甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれた。私は彼としか話さなかった。
やがて数日、彼が来なくなった。
やっと姿を現した青年は人間の彼女を連れていた。
私の胸の中で花開いた恋心は終止符を打たれた。
「あなただけだったのに」
悲しみは強く、私の心臓を止めるのに充分だった。