表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北畠生存戦略  作者: 親交の日
第八章
99/226

動乱の足音

 



 ーーーーーー




 蘭奢待の切り取りが終わった後、当然のように宴会になった。メニューについては、蘭奢待の切り取りが決まったことを伝える書状にそれとなく書いてあった。


『南蛮人に美食を振る舞ったそうではないか。我も食べたい』


 と。しかし、問題はある。第一に、フランス料理のようなコース形式で食事を提供するスタイルが受け入れられるか、ということ。その問題を回避するため、今回は立食形式にした。


 第二に、信長たちが肉食を受け入れるか、ということだ。用意したけど気に入らない。だから食べない、なんてこともあり得る。事前に確認がとれればいいのだが、時間的余裕がなかった。苦肉の策として、メインを肉から魚に変更している。一応、肉料理も用意しているが、かなり少なめだ。これなら、一部の人間しか食べなくとも残飯は少なくて済む。


 だが、具房の想定は甘かったらしい。戦国時代の人間は、合理的であれば因習など無視することもある、ということを。その精神を彼は舐めていた。


「美味い! 牛の肉がこれほど美味とは!」


 信長はひと口目こそ具房に対する義理だと牛肉の赤ワイン煮を食べたが、その美味しさを知ると気にせず二口、三口と食べ進める。さらに、


「右衛門尉(佐久間信盛)も食え! 彦七郎(織田信興)も! 美味だぞ!」


 と言って半ば強引に食べさせられた。最初は誰もが毒でも無理やり飲まされるように抵抗を示していたが、食べた途端に肉食患者へと変貌。用意していた肉料理は消えた。


「誠に美味でした。殿の仰る通り」


「もっと食べたいですな、兄上」


 という具合に、おかわりを所望されるレベルで人気になった。しかし、調理に時間がかかる牛肉の赤ワイン煮はもう出せない。そのことを伝えると、あからさまにがっかりされた。ホストとして申し訳ないので、具房は代わりに別の料理を提供することにした。


「では、代わりにステーキをお出ししましょう」


「すてーき?」


「肉を焼いただけのものですが、美味なのです」


 加えて単純ゆえに奥深く、わずかな違いで味も変わる。それを見出せれば料理に精通するのだ、と吹き込んだ。この効果は覿面で、


「面白そうではないか!」


 と彼を乗り気にさせた。かくして出されたのはサイコロステーキ。


「本来は小刀ナイフ肉叉フォークで自ら切り分けて食べるのですが、このような席だとそれは無粋というもの。なので予め切り分けておきました。名づけてサイコロステーキ」


「ほう。賽のようなすてーきだからさいころすてーきか。面白い」


 信長にセンスがいいと褒められた。名前はパクリなので素直には喜べないが、それでも褒められると嬉しい。


「芳しい……」


 宴会場に鉄板に乗った熱々のステーキが運ばれてきた。ジューッという音、煙とともに立ち上る香りが食欲をそそる。それが会場全体に届いているのだからたまらない。人が一気に群がった。


「すてーきは我のだ!」


「ずるいですよ兄上!」


「殿。我々にも残していただかないと!」


 ステーキが乗った鉄板を前に、織田家主従による喧嘩が始まる。ステーキ争奪戦。君臣の区別などない、仁義なき戦いだ。だが、主君相手だとやはり遠慮してしまう。結果、信長が半数以上を確保した。残りを家臣たちが分けあう。


 信長は美味い美味いと言いながらバクバク食べる。一方、ほとんどステーキを確保できなかった家臣たちは、ひとつを味わうように噛み締めていた。勝者と敗者の格差が現れている。


「追加です!」


 そこへ運び込まれた追加のステーキ。人気ぶりを見た具房が作るように指示したのだ。キラーン、と家臣たちの目が輝く。信長の皿にはまだステーキが残っている。今こそ自分の分を確保する好機だ! と鉄板目がけて殺到した。今度は家臣の間で争いが勃発する。


「これは俺のものだ」


「佐久間殿。それは取りすぎでは?」


「なに、まだ足りぬくらいよ」


 主君という圧倒的強者が不在ということもあり、競争が激化する。身分も場合によっては逆転されるのが戦国の世。同僚とはいえ、家臣同士はある意味で敵である。遠慮はほとんどなかった。


 誰が多い、自分は偉いーーと、思いつく限りの言い訳を使ってなるべく多くのステーキを確保しようとする。具房はそんなことしていたらステーキが冷める……とハラハラ。それを耳聡く聞きつけた信長は、


「それはいかん!」


 と丁度空になった皿を持ってステーキのところへ急行。


「そなたらが食べぬのなら我が食べる」


「「「あっ……」」」


 家臣たちに抗弁する暇も与えられず、肉はすべて信長の皿に盛られた。一斉に残念そうな顔をする家臣たち。こういうときは息ぴったりだ。


(まあ、あのまま喧嘩し続けるよりはマシか)


 信長は自らが悪者になることで、家臣たちが決定的に対立することを防いだ。ファインプレーだ。このまま気落されていると雰囲気が暗くなるので、具房がフォローに回る。


「まあそう残念がらず。料理はまだまだありますから」


「それは肉も?」


「もちろん」


 具房は信長の性格からして、かなりの肉料理が必要になるだろうと考えた。ステーキは急いで調理できるものだから出しただけ。いわば中継ぎである。そして先ほど、ようやく肉料理が完成したと連絡があった。


「酒もあります。一緒に楽しんでください」


 具房の声を合図に新たな料理と酒が運ばれてきた。目を引くのは皿の上に鎮座する、ひと抱えほどある大きな肉塊ーーローストビーフ。周りには炭火で焼き上げたウインナーとベーコン、生ハムなどの肉類が添えられていた。


「そこの料理人に切り分けてもらってください」


 これは喧嘩を防止するためだ。信長にも命じてもらい、徹底させる。


 今回は新たに麦酒ビールが酒のラインナップに追加されている。酒ビジネスを思いついたとき、ビールを作ろうと考えていた。だが、肝心のホップがない。保存性を考えるとホップを使わざるを得ず、南蛮商人へ依頼してホップを取り寄せた。それを蝦夷地で栽培し、醸造してできたのがこのビールだ。具房的には味がイマイチなのだが、開発に携わった者たちからは好評を得た。こうなれば腹を括る。後は派手にお披露目し、新たな主力商品にするのみ。それに合うつまみとして、ドイツ的なウインナーなども用意させていた。こちらも味はまだまだだが、酒と肴の相乗効果で突破を図るのだ。


 ……とはいえ、それは過剰戦力というもの。この時代の水準から見れば、どれもご馳走である。当然、受けた。心配していたのが馬鹿らしくなるほどに。


「「「乾杯!」」」


 乾杯の声が高らかに響く。具房の宣伝により、出席者の多くはビールを手にしている。硝石を使ってキンキンに冷やしたものだ。それが陶器のコップに注がれている。琥珀色をした液体に躊躇する者もいたが、具房が勧めるということで一気に呷る者もいた。


「「「っ!?」」」


 嚥下した瞬間、目を見開く。そしてコップから口を離さずゴクゴクと飲んでいく。


「「「ぷはぁ〜っ! おかわりっ!」」」


 完璧に揃っていた。そこまでか? と具房は苦笑。自分はチビチビと飲む。そこへ信長が話しかけてきた。


「義弟殿(具房)も飲むのか?」


 普段、酒を飲まない具房がビールを飲んでいることを不思議に思ったらしい。そんなことを訊いてくる。


「麦酒は酒精が弱く、この程度では酔わないので」


 前世、具房は経験に基づき、酒を飲むときには二つのコースからどちらかを選んでいた。第一は、強い酒を一杯だけ飲むコース。第二は、弱い酒をたくさん飲むコース。不思議なことに、強い酒を飲むと一発で酔ってしまう。ところが、弱い酒はいくら飲んでも酔わなかった。その「弱い酒」がビールなのだ。この体質は転生してもなぜか変わっていないらしく、ビールが完成してからは周りと合わせるためにビールを飲むようにしていた。


「……では、我も一杯飲むか」


 同類だった具房が飲んでいることに触発されたか、信長も一杯だけビールを飲むことになった。あくまでお試しということで、小さなコップが渡される。


「よく冷えているな」


 コップを受け取った信長は持った感想を漏らし、次にひと口飲む。


「これはいける」


 信長も気に入ったようで、卸せないかと打診を受けた。具房は即、OKを出す。元から販売するつもりで、在庫にも余裕がある。躊躇う理由はない。


「値段はこれくらいで」


「安いな」


 実際、安い。日本酒の半値程度だ。なぜこんなに安いのかというと、原料が安いから。原料の大麦は米の裏作として広く栽培されているが、米と比べると値段は安い。ホップは蝦夷地で現地のアイヌを雇って(もちろん適正価格)、北畠家が独占して栽培している。税で運営されていることから、ホップは原価に含まれていない。


 信長はこれを大量に注文した。兵士たちへ振る舞うためだ。具房は内心で毎度あり、と思いつつ注文を受けた。




 ーーーーーー




 もはや恒例行事と化している、飲めや飲めやのどんちゃん騒ぎが終わった。出席者はそれぞれ割り当てられた部屋へと戻っていく。その多くが千鳥足だ。


(飲み過ぎだ)


 その光景を先に退出していた具房は別室から見る。出席者が捌けると、使用人たちがぞろぞろと現れて片づけを始める。彼らの仕事は食器などの片づけ、会場の掃除だけではない。酔い潰れた者の介抱も含まれていた。その多くは織田家家臣。日ごろ味わえない美食と美酒に、食べ(飲み)過ぎてしまったようだ。


「迷惑をかける」


 信長は申し訳なさそうにしていた。しかし、具房はおもてなしの心を発揮して気にしていない、と答えた。


 使用人たちも慣れたものである。なにせ、北畠家は文化水準が高く、酒も食事もとびきり美味い。大体の客は食べ過ぎや飲み過ぎでダウンするからだ。対応は、ダウンした人間の従者を連れてきて介抱させるだけなので、それほど手間でもない。その上、手当が出ているのだから文句はなかった。


 具房も信長も、多少の酒を飲んだことで顔がやや赤くなっている。が、思考はクリアだ。蘭奢待の切り取りが許され、無事に終わったことを祝う宴は終わった。疲れもあるだろうから当日は寝て、明日に会談するのが普通だ。しかし、二人は多忙な身。そうはいかない。イベントの間にも、情勢は動いていた。


 まず、信長が報告した。


「権六がやったぞ」


 動いたのは北陸戦線。朝倉景健を擁して越前に攻め込んできた加賀一向一揆。彼らと対する任を与えられたのが浅井長政だったが、彼は領地の再建で忙しい。実質的な指揮官は柴田勝家だった。そんな彼が一向宗と大規模な合戦に突入。勝利し、七里頼周や下間頼照といった指導者を多数、討ち取った。


「越前から一向宗を追い出し、逆に加賀へと侵攻している」


 信長は家臣の武功に満足しているようで、嬉しそうに話す。具房もさすがは柴田殿だ、と称えた。国内がゴタゴタしているなか、数的有利(質はお察し)である一向宗を相手にして勝つのだから。その手腕はさすがといえる。その気持ちに嘘偽りはない。


「新九郎殿(浅井長政)もこれを好機と見て、来年は軍を発して一気に加賀を平らげるそうだ」


 そこで我も行こうと思うが、義弟殿もどうだ? と誘われた。これに具房は難色を示す。


「それは難しいかと」


「義弟殿は反対か?」


「はい。侵攻自体は否定しませんが、義兄殿が行くことには反対です」


 具房の言葉に、信長は首を傾げた。


「なぜだ? 兵が多ければ楽にかたがつくというのに」


 戦争の基本原理を無視した具房の意見に、信長は疑問を持つ。具房はたしかに兵が多ければ早く戦が終わるとしつつ、


「……ただ、そう上手くいくのでしょうか?」


 という疑問を添えた。あくまでも反対の立場を崩さない具房。信長はその態度を不審に思ったが、もしかすると何か掴んでいるのかもしれないと考えた。


「義弟殿は何か知っているのか?」


「ええ」


 ようやく出た質問に具房は頷く。そして、衝撃的な情報を口にした。


「石山(本願寺)が動こうとしています」


「加賀を支援するためか」


 具房は肯定した。加賀は一向宗にとっての重要拠点。見捨てることはできない。だが、それだけが理由ではなかった。


「さらに、武田と上杉の間に和議が、毛利と山名に同盟が結ばれようとしています」


「……拙いな」


 信長は事態をすぐに理解した。一連の動きが意味するところは、反織田包囲網の再構築である。長篠における大勝により、一番の難敵である武田家を撃破した。向こう数年は大規模な軍事行動はとれない。本願寺を撃破すれば落ち着けるーーそう思っていたところに上杉と毛利という、強敵の登場である。具房も頭が痛い問題だが、標的にされている信長はそれ以上だ。


「ゆえに我が北陸に向かうべきではないのだな」


「はい。こちらでも準備を進めておきます」


「うむ。我も注意しよう。……だが、あれだな。このままだと婚礼は後回しになりそうだな」


 信長が言っているのは雪と房信の婚姻だ。予定では今年ということになっていたが、三方を敵に囲まれ攻められるという状況でそんな悠長なことをしている時間はない。当然のように延期となった。


 ちなみに、このことを聞かされた雪は『お兄様と居られる時間が増えますね』と喜んでいる。


(それでいいのか……?)


 無邪気に喜ぶ彼女を見て、具房は首を傾げるのだった。








 こんな騒がしい宴会は、向こう数年はできないかもしれませんね(遠い目)。アルハラだ何だと言われていますが、作者は好きでしたよ、飲み会。もちろん相手にもよりますけど

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] また具房と信長に対して包囲網が敷かれようとしているのか・・・。 史実でも信長が十年以上も戦った本願寺を相手に具房はどう立ち回るのやら・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ