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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第一章
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NINJA

 






 ーーーーーー




 永禄元年(1558年)、鶴松丸は十一歳になった。それと前後して左近衛少将に任じられている。相変わらず生活の拠点を集英館に置き、猪三たちと鍛錬をしていた。四年あまりで未亡人や孤児はかなり集まり、当初と比べるとかなり忙しくなっている。


「鶴松丸様。これが今月の収支報告です」


「ありがとう」


 葵が差し出してきた帳簿を受け取り、目を走らせる鶴松丸。早朝の鍛錬はいつも通りだが、日中は勉強するよりも、こうして執務をしている時間の方が長かった。今は商売の収支報告に目を通している。


『南蛮カルタ』、『挟み碁』として売り出したトランプとリバーシ。四年の時を経て、これが爆発的に売れていた。新たな娯楽として認知されたのだ。


(木の札でできているから、ババ抜きよりも神経衰弱なんかの方がやられてるみたいだな)


 鶴松丸がもたらしたこれらのゲームは、特に公家の間で人気になっている。これは伊勢へ下向してくる公家に対して営業を行ったことが原因だった。地方下向や政争に忙しい彼らだが、朝廷の存在が半ば形骸化している今ではそれら以外は基本的に暇である。娯楽とは、暇な人間にこそできるーーだから鶴松丸は公家にこれらの遊びを紹介した。


 また、元々貝合わせなど、神経衰弱に似たようなゲームがあった。その亜種として、受け入れられるのは容易だったといえる。


「それと最近、あちこちで似たような商品が出回っているとのことですが……」


「だろうな」


 葵の言葉に、予想通りだという反応を返す。元々、木板に絵を貼りつけたり、色を塗ったりしただけのものだ。すぐに真似されることは織り込み済みだった。当然、その対策も。


「では、この書状を商人に渡してくれ。対策が書いてある」


「わかりました」


 鶴松丸の秘書的なポジションにある葵は、手紙を受け取ると退出する。孤児たちのなかで頭のいい彼女はいつしか、秘書兼参謀として鶴松丸に欠かせない存在になっていた。


 最初に引き取った五人の子どもは、鶴松丸と同様に指導を受けるのではなく指導し、働く立場になっていた。


 猪三は卜伝とともに孤児たちに武術を教え、館内の警備責任者でもある。


 権兵衛も武術の指導役と警備責任者を務めている。ただ、猪三と違って事務仕事もできるため、忙しいときはそちらのヘルプに回ることもあった。


 佐之助は完全に本の虫となった。彼はとにかく仕事が速い。文書も計算も、単純なものならばテキパキと仕上げてしまう。しかも、それを苦にしない。まさしく官僚になるために生まれてきたような存在だった。


 徳次郎は悪ガキらしく運動神経がよく、武術の訓練をしていた。猪三のように書類仕事などできるはずもない。彼もまた警備責任者になると思われていたが、就職希望はまさかの料理人であった。食事に興味が湧いたらしい。


(……まあ、自重しなかったもんな)


 つい昔を懐かしみ、また監視の目がないことをいいことに、自重することなく料理を作りまくった。この時代では敬遠されている牛や豚もーー弱ったものだけだがーー屠殺して調理した。食用に品種改良されたわけではないため味はいいわけではなかったが、やはり肉はいいものだ、と鶴松丸は再認識する。


 その際、葵たちにも勧めたのだ。タブー視されているために猪三さえ躊躇したが、しなかったのが徳次郎だった。そして味を気に入り、ちょくちょく料理をするようになった。そこから興味が湧いたようである。


「さて、昼は何にするかな……」


 書類から視線を上げると、太陽が南中しようとしていた。昼食にはいい時間である。何にしようかと考えて、今日はサッと作れるチャーハンにすることにした。先日食べた豚で、調理しなかった部分をソーセージやチャーシューにして保存している。それを早く消費しなければならない。そこでチャーハンをチョイスした。


「若様」


 料理でもするかね、と鶴松丸が立ち上がる。それとほぼ同時に権兵衛が現れた。


「どうした?」


「それが、子どもを引き取ってほしいという者が来ておりまして……」


「間引きか?」


 実は具教に頼み、間引きをするならば霧山御所に届けるようにとのお触れを出してもらっている。それ以後、多くの子どもが鶴松丸の許に届けられた。今回もその類かと思ったが、それならば事務仕事で終わるはず。直接、鶴松丸に報告する必要はない。それをするのだから、何かしらイレギュラーがあったのだろう。口では間引きかと問うたが、そう思い直した。その推測は当たっており、


「間引きなのですが、率いてきた者が若様にお目通りを願っております」


「わかった」


 間引きされた子どもの引率にかこつけて、こうして鶴松丸に目通りを願う者は多い。そして鶴松丸は、そうした面会を断ることは基本的になかった。現代日本に育ったため、あまり身分にこだわらない。自らが上位者の場合、そういった礼節はあまり問題としなかった。


「ん?」


 だが、応接間の前までやってきた鶴松丸はふと違和感を覚えた。その正体を探ろうと、つい立ち止まる。


「……若様?」


 権兵衛に不審に思われたため、トイレだと適当に嘘をついてその場を離れた。そしてさも偶然の様に訓練場として使われている庭を通り、卜伝を捕まえる。人と会うからお目付役をお願い、というもっともらしい理由をつけて。もちろん、普段はお目付役などいない。これは卜伝を連れ出すための口実だった。そのことは彼も承知しており、訓練を中断して付き合ってくれる。


 そんな準備を整えてから、応接間で引率してきた男と対面する。この時代の百姓らしく服は着たきり雀のようで、汚れており、あちこちに補修の跡が見られた。見た目、どこにでもいる普通の百姓だ。しかし、鶴松丸は自然に卜伝とアイコンタクトを交わす。


「お初にお目にかかります。某、半蔵と申します」


「鶴松丸だ。それで、今日は何用かな?」


「いえ、止むを得ぬ事情で間引くことになってしまいましたが、やはり子どものことが心配なのが親というもの。失礼ながら、お会いして直接確かめようと」


「そうか」


 鶴松丸は簡単に済ませたが、今の発言は無礼討ちにされても文句は言えない。それくらいブラックだ。それがどのような意図で話されたのか、鶴松丸は理解している。無礼討ちも覚悟の上で言ったのだ。


(凄い根性だよな)


 鶴松丸は感心する。その脳裏にあったのは、代表越訴型一揆だ。これは江戸時代の話になるが、彼らは代官の悪政を大名に直接報告するために代表者(義民)を立てた。当時、そのような訴えは、訴えた者が死刑になるにもかかわらず。命を捨てることさえも、彼らにはできるのだと。残念ながら、現代日本人である鶴松丸には無理だ。


「私は子どもだからその気持ちはよくわからないが、さぞかし子どもが心配なのだろう。こんな大勢で押しかけるのだからな」


 天井や軒下など、手当たり次第に気配を感じる場所に目を配る。気配が揺れた。半蔵も驚いているのか、笑みが引き攣る。


「隠れていないで出てこい。さもなくば手荒な真似をすることになるぞ?」


 そう脅せば、天井裏や軒下からぞろぞろと十人くらいの大人が現れた。あっさりとバレて、決まりが悪そうだ。彼らは半蔵の後ろに並び、


「「「申し訳ありません!」」」


 と頭を下げた。彼らもまさかこうもあっさりと看破されるとは思っていなかった。鶴松丸を舐めていたのである。そんな彼らを前に、鶴松丸はニヤニヤしていた。悪いことを考えている顔だ。付き合いの長い卜伝や権兵衛にはわかった。


「ところで半蔵」


「は、はっ」


 素知らぬ顔で話を続ける鶴松丸に困惑する半蔵。他の大人たちも困惑する。それが驚愕に変わるまでに時間はかからなかった。なぜなら、


「そなたの名字は服部、あるいは千賀地というのではないか?」


「「「っ!?」」」


 大人たちは驚く。『半蔵』というワードだけでそこまで言い当てられたのだから。なぜ、という疑問が当然のように出る。が、こちらも鶴松丸は華麗にスルーした。


「そなたたちは故郷の伊賀を出て、上京。幕府に仕えた後、三河の松平家に仕官した。しかし森山崩れを機に松平が衰退すると、これに見切りをつけて流浪する。だが、それには何かと金がかかる。そこで孤児院を開いていた私に目をつけた……といったところか?」


「そ、その通りでございます……」


 何もかも見通され、半蔵のなかではどんな弁明も鶴松丸の前では無意味に思えた。頭のなかに浮かんでいた弁明の言葉をすべて呑み込み、肯定する。


(この子どもは何者なのだ? 聡明だと聞いていたが、これほどとは……。神仏の化身にしか思えん)


 天眼の持ち主かと戦慄する半蔵に対し、鶴松丸は歓喜していた。


(半蔵といえば、徳川家康に仕えた服部半蔵! 時期的には初代の保長か)


 思いがけない有名人の登場に、戦国好きとしてテンションが上がらないわけがない。


「さて、このまま処断したところで何の問題もないわけだが……」


「お、お待ち下さい! 責めはすべて某が受けますゆえ、この者たちには寛大なご処置を!」


 今度はヤバい! と焦った半蔵が責任をすべて被るから他は許すようにと懇願する。だが、それこそが鶴松丸の狙いだった。


「ならば、私に仕えてほしい。優秀な人材は、いつだって大歓迎だ」


 情報はとても大切である。諜報などのプロ集団である半蔵たち忍者は是非とも欲しい人材だ。彼らはとても優秀である。鶴松丸は伊勢国司北畠家の次期当主。当然、屋敷には厳しい警備体制が敷かれていた。それを半蔵たちはまんまと突破したのだ。敵に回すのは厄介であり、味方でいてほしい。そのために弱みを握り、逃さないようにした。


「それで、どうする?」


 訊ねてはいるが、半蔵たちに選択肢はなかった。


「誠心誠意、仕えさせていただきます」


 半蔵たちは頭を下げ、忠誠を誓う。かくして鶴松丸は新たに忍者を配下に加えた。







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