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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第七章
86/226

長篠合戦 肆


【お詫び】


「長篠合戦 壱」にて、コンスタンティノープルは千年間一度も落ちなかった、という主旨の話がありましたが、正確には陥落したことがありました(第四次十字軍によって)。訂正させていただきます。作者、たまにやらかすので、そのときは遠慮なくご指摘ください。

 

 



 ーーーーーー




 房高率いる大和兵団は最左翼へ移動。佐久間軍に合流した。


「羽林様(信長)のご依頼を受け、馳せ参じました」


「助太刀、感謝いたす」


 到着してすぐに、房高は戦況把握にかかる。信盛の説明によると、武田軍は防御陣地を占領してから、鉄砲なども用いて織田軍をまったく寄せつけないらしい。


「幸い、死者は少ないのですが、負傷者が多く……」


 未だ、奪回できていないという。攻めるのはどうも苦手です、と信盛。その口振りは、ステ振りを間違えたゲーマーのようだ。


「それは厄介ですね」


 房高は頭を悩ませる。多数の負傷者というのが問題だった。


 戦争は映画のように、互いが互いを殺し合うーーそんなイメージがある。それは間違ってはいないが、正しくもない。なぜなら、本当の戦争では相手を殺すことを目的にしないからだ。


 極めてゲーム的に戦争を考えたとき、兵士ひとりが敵兵ひとりを殺すと仮定すると、勝者は一兵でも多い方となる。誰もが一騎当千の猛者というわけでもないから、この推測はある程度、信憑性があるといえた。


 であるならば、数で劣る側はどうすればいいのか。現代の軍隊は考えた末に、敵の数を減らすという平凡な結論にたどり着いた。だが、それは殺すということと同義ではない。殺そうとすれば、先ほどの推測が適用されてしまうのだから。


 殺さず敵の数を減らすにはどうすればいいのか。それを考えたとき、気づいた。殺す必要はないのだと。いや、殺す方がむしろ不利益になるのだということに。


 殺すことが不利益とは、聞くと理解できないように思える。ところが、これが最適解であると、現代の軍隊では考えられている。つまり、死体は死体以上の価値はない。戦闘ではほぼ無視される。もちろん指揮官だったりすれば話は変わるが、そんな相手を殺すよりも雑兵を殺した方が遥かに効率的だった。


 しかし、これが負傷者であれば別だ。負傷者は概ね後送される。治療を施せば、再び戦力となるからだ。そこが肝である。負傷者を後送するためには、最低限ひとりが後方まで運ばなければならない。つまり、負傷者とそれを後送する者ーー二人が戦場から離脱するということを意味する。


 殺せば、敵がひとり減る。


 負傷させれば、敵が(期間限定ながら)二人減る。


 このことに、敵を殺す労力と負傷させる労力を勘案すれば、あなたはどちらをとりますか? そんな、少し考えれば子どもでもわかるようなことが、現代戦における常識であった。


 話を戻す。


 北畠軍もまた、近現代の戦法を取り入れていた。そのなかには、先述の理論に基づく敵を殺すことより負傷させろ、というものもある。今、佐久間軍が敵よりも多い兵力を持ちながらも攻めあぐねているのは、まさしくその理由からだ。


 織田軍本隊(信長直率)は兵農分離が進んでいるが、家臣たちはそれほどでもない。領民兵は顔見知りも多く、相手が負傷していれば助けるのが人情だ。それ自体は美徳である。だが、戦争遂行を考えると歓迎できることではなかった。


「我々も攻めかかってみましょう」


「お気をつけて」


 房高は威力偵察ということで攻撃に出る。本音では、このような陣地の攻略には砲兵の援護がほしい。砲撃で敵兵に満足な防御を行わせないためだ。しかし、北畠軍の砲兵は完全な間接照準になることから、味方陣地へ着弾する恐れがある。だから使えない。


 信長から大砲を使っていい、とのお墨付きを与えられていたが、織田家が保有するのは運動エネルギー弾。直接照準とはいえ、加害半径が砲弾のごく限られた範囲でしかないことから、敵兵を萎縮させるという砲撃本来の目的を果たせるとは思えなかった。なので、使える火力は銃器と擲弾筒ということになる。


 房高の戦法は、実にオーソドックスなものであった。陣地の手前に兵を並べ、分隊単位で突撃する。突撃支援は、擲弾筒部隊とスナイパー部隊。擲弾筒で大まかな支援砲撃を、狙撃で精密な支援を行う。こうして敵兵にプレッシャーを与え、効果的な防御を敵が行えないようにする。有効性は、これまでの戦いで既に証明されていた。


 さらに、スナイパー部隊には房高の希望で孫一も所属している。彼はその部隊長として、ここでは房高の幕僚のひとりとなっていた。


「孫一殿。貴殿ら竜舌号を保有する狙撃手は、敵武将を優先して狙ってほしい。次に敵兵が隠れている遮蔽物だ」


「わかった。お前ら聞いたな? 守らなかった奴は、後でしごいてやる」


「「「応ッ!」」」


 狙撃手たちは元気よく答えた。一番の腕前を持つ孫一は尊敬の対象であり、こと銃手のなかでは絶対的なカリスマ性を備えている。その指示に逆らう者はいない。


「かかれ!」


 房高は攻撃開始を告げた。


 北畠軍の動きは、陣地に立て籠もる武田軍からもよく見えた。指揮官の馬場信房、真田信綱、昌輝は、かつて自分たちを敗北させた相手が攻めてくるということで気を引き締める。開幕はやはり砲撃。


「うわっ!?」


「源助ーー」


 武田兵は銃撃を警戒し、遮蔽物に身を潜めていた。自然の凹凸、馬防柵だった木材はもちろん、敵味方の死体も使って遮蔽物を作っていたのだが、頭上から降り注ぐ擲弾には効果がない。着弾地点にいた不運な兵士は、容赦なく吹き飛ばされた。


「忌々しい……」


 昌輝は遮蔽物越しに北畠軍を睨む。大砲も厄介だが、擲弾は兵士ひとりで持ち運べ運用できる分、より厄介な存在だった。見た感じ、ただの筒から弾を撃ち出しているだけに見える。何だ簡単じゃないか、と思って武田軍も真似てみたのだが、強度不足による膅発事故が多発。企画はお蔵入りとなっていた。それが大々的に使われているため、とても腹立たしい。


 擲弾による準備砲撃に紛れ、北畠軍が前進を開始する。地面の振動でそれを感じた信房たちは、そっと外の様子を窺う。


「凄い数の鉄砲だ」


 信房が呟く。突撃してくる兵士の後ろにズラリと並んだ兵士。彼らは皆、銃を構えている。日本の大名でそんなことができるのは、北畠軍くらいのものだ。


「だが、銃を使うのは汝等だけではない! 鉄砲隊、構え。……撃てーッ!」


 信綱の号令に従って武田鉄砲隊が遮蔽物から顔を出し、銃撃する。それにより、北畠軍の兵士がバタバタと倒れた。だが、その程度で進撃を止めるほど北畠軍は甘くはない。お返しとばかりに後方の鉄砲隊が銃撃してくる。姿を晒していた武田兵は死傷した。凶弾は信綱にも及ぶ。


「兄者!?」


 その場から信綱の上半身が消えた。近くにいた昌輝や信房は飛び散る血をもろに浴びる。やや遅れて、ゴゴゴ……という音が聞こえた。竜舌号による狙撃だ。犯人は孫一。信綱が姿を見せたのはわずかな時間だったが、その間に照準を済ませて狙撃を成功させるのだから、そのスキルには驚嘆するしかない。


 唐突に訪れた兄との離別を、昌輝は上手く受け入れられない。戦をしている以上、戦死する覚悟はあった。しかし、こんなに唐突で、誰が兄を討ったかもわからない一方的なものであるとはまったくの想定外。その理不尽さに、昌輝は言いようのない憎しみを覚えた。だが、そんな昌輝の気持ちなど、北畠軍が知る由もなかった。


 北畠軍は援護射撃を絶やさない。武田軍も撃ち返しているが、鉄砲の装備数に勝るため、一斉射さえも北畠軍の方が多いという有様だ。織田軍のように上手く撃退できない。


 さらに武田軍を追い詰めていたのは、竜舌号(対物ライフル)の存在だ。要人狙撃にばかりに使われているが、本来は遮蔽物越しに相手を撃ち抜くもの。房高のリクエストは、竜舌号の本来の運用方法に基づくものだった。


 竜舌号を持つスナイパーたちは、武田兵が隠れている場所へ銃弾を撃ち込む。身を乗り出したのはほとんどが鉄砲隊。被害も当然、鉄砲隊に集中した。これで防御砲火が下火になり、北畠軍の進軍速度が上がる。


 銃弾の嵐に身を晒す時間を最低限に抑えられるのは鉄砲だけ。だが、もはや形振り構っていられる状況ではない。


「敵を近づけさせるな! 矢を射よ! 石を投げよ! 木を落とせ!」


 信房が叫びながら、拳ほどの大きさの石を投擲する。ただの石ころに思えるが、これも立派な武器。当たりどころによっては人も殺せる。また、遮蔽物として役に立つか微妙となった丸太も、坂を利用して落としていった。


 それでも北畠軍の進撃を阻むことはできず、遂に陣地への侵入を許してしまう。そして両軍は白兵戦へと移行した。


「兄者の仇!」


 昌輝は乱戦になったのを見て、落ちていた兄の形見である青江貞を手に突っ込んでいく。


「徳次郎(昌輝)! 逸るな!」


 それに気づいた信房が制止するが、まったく聞いていなかった。北畠軍の中へ突入した昌輝は、視界に入る者はすべて敵だといわんばかりに太刀を振り回す狂戦士ぶりを見せる。その姿は孫一にも見えていたが、敵味方入り乱れる乱戦のため、狙撃できずにいた。


「ちいっ! 何とかならないか、与右衛門(房高)殿!?」


「孫一殿たちは手出し無用」


 そう言うと、房高は槍を携えて前線へ向かった。


「は?」


 突然のことに、孫一は呆気にとられる。大将が前線に出て行ったのは、北畠家に仕えてから初めてのことだった。具房は基本、自分から戦うことはせず、大将として指揮に専念している。何かと行動を共にすることが多かった信虎も同じだ。そんなわけで、孫一にはどう対応すべきかさっぱりわからない。


 だが、幸いにも北畠軍の行動が乱れることはなかった。本来は、房高が指揮をとれない場合、孫一がそれを代行しなければならない。そのためには指揮系統の確認などを行わねばならず、通信機のないこの時代では、かなり時間がかかる。その間、戦闘を中止するわけにはいかない。相手は待ってくれないからだ。なので、新たな命令が下されるまでは、元の命令が効力を有するーーということになっていた。今回はその規定により、前線の指揮官は攻撃を継続する。


 さて、指揮を放棄して房高が向かったのは、暴れ回る昌輝のところだった。彼は若干の傷を負っていたが、かすり傷。周りには、十数人の北畠兵が倒れていた。昌輝に挑戦し、敗れた者たちだ。


「何者だ!?」


「藤堂与右衛門。大納言様(具房)より、この軍を預かった者だ」


「貴様が兄者の仇か!」


 言うや、昌輝は房高に襲いかかった。青江貞の一撃を槍で防いだ房高。反撃を繰り出すも、距離をとった昌輝には届かない。両者は再び対峙する。


「やるな。鉄砲で敵を討つ卑怯者とは思えぬ。……だが、兄者の仇を討つまでは負けられぬのだ!」


「うぐっ!」


 昌輝の一撃に房高は槍を合わせるが、青江貞に押し切られてしまう。飛び退るも、腹部に傷を受けた。房高は痛みに顔を顰める。だが、何も言わずに反撃に転じた。槍を捨て、刀を抜く。今は亡き卜伝や具房、宗厳などの剣豪に学んだ剣だ。槍から武装を変える奇襲により、昌輝に新たな傷をつけることに成功する。


 それから壮絶な一騎討ちが展開された。どちらかが傷をつければ、お返しに傷をつける。時間に比例して傷が増えていく。二人の姿に触発されたように、戦場も熾烈な戦いとなった。ここを奪い返すという北畠兵と、何としても死守するという武田軍。双方の意地のぶつかり合いだ。


 この戦いを制したのは北畠軍だった。一番の要因は強さの違いだ。武田軍の強さは、飢えや貧しさが背景にある。生という、人間の根幹にある欲望が元となっており、異常な強さを発揮した。しかし、それは所詮、欲望にすぎない。何かのきっかけで崩壊する脆いものだ。


 対して、北畠軍の強さは自信にある。厳しい訓練を耐え抜き、身につけた技能。それが兵士ひとりひとりの自信に繋がる。あの訓練を突破した自分たちなら大丈夫! そんな自信が北畠軍に強固な強さをもたらしていた。


 決着の証として、陣地に掲げられる旗指物が、武田菱から笹竜胆に代わった。それを見た北畠軍が声を上げる。


「何だ……?」


 一騎討ちに夢中になって、周りが見えていなかった昌輝。突如として上がった歓声に、何事かと一瞬、ほんの一瞬、視線を外す。時間にして一秒にも満たない時間だが、それが決定的な油断に繋がった。房高はこれを見逃さない。


「はっ!」


 気合いのかけ声とともに刀を一閃。昌輝の右腕に深い裂傷がつけられる。反撃を試みる昌輝だったが、太刀である青江貞は片腕で扱うには重かった。どうしても動きが鈍重になってしまう。房高はさらに左腕も斬りつける。そうなると昌輝は得物をまともに握っていられず、取り落とす。すかさず房高は刀を首筋に突きつけた。


「……見事だ」


 昌輝は房高の腕前を称えた。実をいうと、戦には卑怯も何もない。武田家も、和睦を結んで油断したところを攻めたりと、汚いことは色々とやっている。悪いのは負けた方。勝てばいいのだ。結局のところ、卑怯だ何だというのは、兄の敵討ちをするための方便にすぎない。


 そして、昌輝は負けた。しかし、心にある蟠りはなくなっている。鉄砲によって兄は殺されたが、房高に挑んでいれば負けていたであろうから。これは順当な結果だ、と昌輝は納得したのである。


「降伏はしない。この首級を手柄にするといいだろう。真田徳次郎を討ったとなれば、武名も上がるであろう」


「……承知した。貴殿と戦えたこと、我が誇りと致す」


「先に逝った兄者にいい土産話が出来たわ。藤堂与右衛門という剣豪と戦った、とな。惜しむらくは、勝てなかったことか」


 昌輝は死の間際にカラリと笑った。


「っ! ご免!」


 房高はひと言だけ口にして、昌輝の首を落とした。


「真田徳次郎は、この藤堂与右衛門が討ち取った!」


「「「オオーッ!」」」


 その声に北畠兵たちが答えた。大歓声を上げるとともに、聞こえなかった者のために内容を復唱していく。ひとつひとつは小さな声でも、同時に起きれば大きな声になる。そしてそれは武田軍にも伝わった。


「左衛門尉(信綱)のみならず、徳次郎までも……」


 昌輝の死を知った信房は、武田軍でも「勇者」として知られる真田兄弟が揃って討死したことに頭を抱えたくなった。二人は先代の信玄にも仕えた歴戦の武将である。そう簡単に二人の穴は埋められなかった。


 武田家の前途に不安を覚えた信房だったが、今はそんなことを考えている場合ではないと気をとり直す。今は旗指物を取り替えられたことと、将が二人も討たれて混乱する兵たちをまとめ、撤退することが何よりも優先されるべきことだ。信房は自ら殿を務め、撤退を指揮する。


「突撃せよ!」


 これに攻撃を仕掛けたのがいいとこなしの佐久間信盛であった。房高率いる北畠軍が一度の攻撃で陣地を奪還してしまったことで、このままでは手柄を奪われてしまう。ここは撤退する武田軍を追撃し、戦況を「守り」から「攻め」に転換させようーーそんなセコい考えの下、攻撃命令が下された。


「むっ、美濃(信房)が危ない」


 馬場隊が追撃を受ける姿を見た武田軍右翼の一条信龍は、すぐさま救援に向かった。一条隊の来援により、佐久間隊の追撃は勢いを大きく削がれてしまう。だが、この追撃によって戦況は大転換した。


「負け戦だな」


 まず、中央にいた武田信廉が撤退を始めた。右翼の馬場隊が崩れた以上、数の差で中央に敵が雪崩れ込んでくることは明白。だから信廉は負け戦と判断した。


「伯父上、撤退は命じておりませんぞ!」


「このような負け戦に巻き込まれるのはご免蒙る」


 信廉は敗走だと嘯き、勝頼の制止も聞かずに戦場から離脱していった。


「長居は無用だ」


「我らも退くぞ!」


 これを見た穴山信君、武田信豊も撤退する。三人の離脱で、勝頼の本陣はガラ空きになってしまった。







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[一言] 勇将の真田兄弟が討死したことで武田の陣が崩れ始めた・・・! いよいよ決着なるか・・・!!!
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