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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第一章
8/226

集英館




 



 ーーーーーー




 鶴松丸の突然の思いつきにより、盗賊から保護された少年少女は北畠家にて保護されることになった。


「ところで、名前は何て言うんだ? その娘……葵以外はわからないんだ」


「オレは猪三だ!」


 鶴松丸に食ってかかったガタイのいい少年が先に名乗る。ただ、未だに警戒心があるらしく、他の子どもを守らなければという使命感を抱いているらしいことがわかる。


「ボクは権兵衛だよ」


 次に、背は猪三より高い少年が名乗った。なかなかの美形で、どちらかというと優男といった雰囲気だ。


「佐之助、です」


 佐之助と名乗った少年は、五人のなかで一番体格が小さい。年齢は同じらしいのだが、発育の差がよく現れていた。


「徳次郎っていいます。よろしく」


 軽い挨拶をしてきたのは徳次郎。えへへ、と八重歯を出して笑っているその姿は、悪ガキそのものだ。


「わたしは太郎。こちらは師匠の塚原土佐守だ」


「素浪人のジジイじゃが、よろしく頼む」


 太郎とは、鶴松丸が予め決めておいた偽名だ。武士らしい名前より、こちらの方が馴染みやすいだろうという配慮である。まあ、城に帰ればすぐに剝げる化けの皮だが。


 そして卜伝は、普通に名乗っている。インターネットなどないこの時代、その名前が全国的に知られることは珍しい。卜伝も同じで、関東界隈では有名でも、伊勢まではその名前は伝わっていなかった。そのため侮られることも多い。今回は猪三が引っかかる。


「全然強そうじゃねえな。ただのジジイじゃねえか」


 卜伝を軽く見た発言をした直後、猪三の眼前には刀があった。犯人はもちろん卜伝。だいたいの人間がこういう目に遭う。鶴松丸の父・具教もその口だ。卜伝のことを知っていた鶴松丸はそのようなことはなく、具教から感心された。そのとき、鶴松丸が苦笑いでやり過ごしたことはいうまでもない。


「ただのジジイと思うは、己が身の未熟よ」


 先ほどまでの好々爺然とした様子はなりを潜め、剣豪としての迫力と威厳に満ちている。猪三はその迫力に圧倒され、息を呑んだ。直接の当事者となっていない葵たちも、腰を抜かしていた。平然としているのは鶴松丸だけである。


「まあ、落ち着いて」


「そうじゃの」


 鶴松丸に促されて納刀する卜伝。子どもたちのなかで、彼に意見した鶴松丸はヒーローになった。こうして子どもたちと少し仲よくなることに成功した鶴松丸は、寄り道をせず一気に城へと戻る。側近はこれだけいれば十分と判断したのだ。


(それに、恩という枷もはめられたしな)


 子どもたちは、鶴松丸が現れなければどうなっていたかわからない。この時代、人さらいは勿論、人身売買も普通に行われている。よく知られているのは、島津家は戦争捕虜や占領地の住民をポルトガル商人に売り渡し、対価として火縄銃に使う硝石を購入していたことだ。そんな未来から救ったということで、鶴松丸は猪三たちに大きな恩を売ったわけである。


 城へ堂々と入っていく鶴松丸に、子どもたちは目を丸くしていた。それもそうだ。城に半ば顔パスで入っていくことなど、普通の人間にはできないのだから。はぐれないようについて行きながら、五人は子ども会議を開く。


(なあ、城に入っていくんだけど?)


(あれじゃない? 太郎様って、お城の偉い人の子どもとか)


(それはあるかもしれないね)


(で、でも、すれ違う人が皆、頭を下げてる、よ?)


(それだけ偉い人ってことなんじゃない?)


 などなど、各々が好き勝手に推測を口にしている。そんな彼らが真実を知るのは、間もなくであった。


「若殿!」


「ん? ーーおお、監物(鳥羽成忠)か。久しいな」


「こちらこそ。長い外出をなされていたそうで……。そういえば家の衆が、ようやく若殿の泳法を習得しましたぞ! 教えていただいた南蛮の航法も、モノにすべく励んでおります」


「そうか。凄いではないか」


 親し気に話しかけてきたのは鳥羽成忠。北畠家に従う志摩国の国人で、鳥羽水軍を率いている。鶴松丸とは水泳ダイエットの監視役となったときからの縁であった。明の書物にはこのようなものがあった、と色々な知識を与えていたのだ。間接的な水軍強化策である。


 成忠に教えたのは、戦法だけではない。天測航法やキールを用いた造船法など、その内容は多岐にわたる。子どもの言うことなど普通は眉唾物だが、この時代は『何々家の誰某』という肩書きが重要になる。現代でいうならば、北畠家というのは東大卒のようなものなのだ。


 そんな鶴松丸と成忠の会話を聞き、子ども会議はざわつく。成忠の『若殿』という呼び名を聞き、まさかと思ったのだ。


(おい、『若殿』って……)


(いやいや。そんなはずないって)


 猪三がある可能性に言及するが、葵はそんなわけないと否定する。他の子どもたちも葵に追従した。人間、信じたくないものは信じないのである。猪三も同じだったので、その流れに乗っかった。


 だが、そんな彼らを逃れようのない現実が襲う。鶴松丸が襤褸から普段着である狩衣に着替えてきたこと、そして父親を伴ってきたためである。あまつさえ、その父親は北畠権中納言と名乗った。


「「「「「ははーっ!」」」」」


 条件反射的に跪く五人。平民と貴族ーーそれも公卿となると、天と地ほどの差がある。この時代の感覚では、そうなるのも無理からぬことだった。具教もある程度予測していたのか、


「うむ」


 と応えただけだった。鶴松丸は思う。自分なら、あんな反応をされて平然としていられない、と。真っ先に頭を上げてと言うはずだ。だが、鶴松丸もまた、従五位下・侍従の官位を持つ貴族。それなりの威厳というものは必要で、ああいった態度もとらなければならない。


(戦国大名なんてやりたくないな……)


 ふとそんなことを考える鶴松丸だった。


「ーー鶴松丸」


 具教に呼ばれ、意識を引き戻す。


「どうされましたか、父上?」


「何だ……その、本当にこの者たちを側近衆とするつもりか?」


 その言葉に、子どもたちはビクッとなる。鶴松丸は自分たちを保護してくれると言っているが、父親のひと言で容易にひっくり返ってしまう。彼らにとって、ここは生きるか死ぬかの瀬戸際であった。緊張しつつ、流れを見守る。


「はい」


 言いにくそうな具教に対して、鶴松丸は迷いなく答える。実はこのやりとり、本日二回目だ。最初に質問されたときも、同じように躊躇なく答えている。さらに、言質もきっちりとっていた。たしかに具教は言ったのだ。側近衆は好きに選んでいい、と。


 具教はたしかにそう言った。しかしあれは、家臣団のなかから誰でも好きに選んでいい、という意味だ。まさか、武士ですらない人間を連れてくるとは夢にも思わない。具教は己の失策を悟り、激しく後悔する。ここで前言を翻すわけにはいかない。だが、強引に止めるべきだと考える自分もいる。両者の間で葛藤し……結局は鶴松丸の言い分を受け入れることにした。迷いのない鶴松丸を見て、彼を信じようと思ったのだ。


「……わかった。認めよう」


 それからは早かった。生活拠点として屋敷の離れを、そして生活費として若干の金を与えると約束する。庶民的な感覚では大変なことだが、戦国大名からすれば、子ども部屋と小遣いを与えた程度だ。


「ありがとうございます。父上」


 鶴松丸は笑顔と感謝を表明する。呆然としている子どもたちにも、お礼を言えと促す。五人は言われるがままにお礼を言った。具教は気にするな、と言って席を立つ。大名である彼は、何かと忙しいのだ。去り際に、決めたからには面倒を見切るように、と言い残して部屋を出て行った。




 ーーーーーー




 かくして子どもたちの新生活が始まった。基本的に鶴松丸の生活ペースに合わせられる。そのスケジュールとしては、


 起床、卜伝による稽古


(朝食)


 鶴松丸による勉強(内容は日本の義務教育)


(昼食)


 稽古と勉強


(夕食)


 自由時間、就寝


 といった感じだ。また、この時代は男尊女卑が強い。もちろん現代日本人のマインドを持つ鶴松丸にそんな偏見はなく、葵にも同じスケジュールを適用しようとした。しかし、卜伝や猪三たちの拒否(女に武芸など要らん)に遭い、彼女のスケジュールから稽古はなくなっている。


 とはいえ、その程度で鶴松丸は諦めない。彼女の勉強を見るときにこっそり教えていた。さすがに戦場へ連れていく気はないが、護身術程度に武芸を身につけていて損はない。もっともそれだけでは時間が余るため、より専門的な学問や料理などに時間を使っている。


 そのおかげか、子どもたちのなかで一番賢いのは葵だ。次いで佐之助と徳次郎。権兵衛はダメというほどではないが、苦手な模様。そして猪三は、やんちゃ坊主っぽい見た目通りに勉強大嫌い。それより身体を動かしていたほうが楽、と言い出す始末だ。これを抑えるのがなかなか大変だった。


 だが、身体を動かすのも楽ではない。卜伝の剣術指導のみならず、馬術や水練、ランニングに筋トレもある。訓練では徳次郎が真っ先に根を上げる。猪三以外は辛そうにしていた。それでも権兵衛は徳次郎が脱落しないように励まし、佐之助が逸る猪三を抑えて全体を調整していた。四人揃うといいチームワークを発揮する。それはもちろん、彼らの仲がいいからだが、他にも『鬼教官』と呼ぶ卜伝の厳しい訓練を乗り越えるには団結する必要があったのだ。


 そんな子どもたちを尻目に、鶴松丸は自由な生活を謳歌していた。離れに住処が移ったことで、これまでよりも比較的自由に動けたのだ。まず始めたのが金策である。金がなければ何もできない。商家の出である徳次郎の協力を得つつ、商人に商品を売り込む。もっとも資金はカツカツであり、できることは限られるのだが。


「ふむ。これが『南蛮カルタ』と『挟み碁』ですか……」


「そうだ。たまたま手に入れてな。これをそなたたちに販売してもらいたいのだ」


 鶴松丸はトランプとリバーシを作っていた。前者は薄い木板にダイヤやハートなどの記号、数字を掘っただけの庶民向けバージョンと木板に紙を貼り、絵柄やカラー、装飾を施した裕福な人向けバージョンを用意している。リバーシも同様に庶民向けと富裕層向けのものを用意していた。ルールを書いた説明書つきである。


「承知しました。製法は……」


「いや待て。我々はこれを卸したいのだ」


 鶴松丸としては、販売のみを商人に任せるつもりだった。だからどうやって作るのかを訊かれ、キッパリと断る。


「はあ……。ですが、生産できるのですか?」


 ない商品は売れませんよ、とばかりに商人は言う。不信感を持っているようだった。それに対して鶴松丸は、


「たしかに、現状では生産できない。だから、少しばかり資金を借りたい」


 鶴松丸の狙いは、未亡人や孤児を集めた工場の建設であった。そこで商品を生産して運営資金を獲得しつつ、今後の北畠生存戦略に重要な役目を担ってもらう。孤児については、そのための人材育成に用いるのだ。その活動資金は父親に用意してもらえないこともないのだが、あくまでもこれは鶴松丸個人の所有物にしておかなければならない。家の金が入っているのだから、これは北畠家のものだと言われれば効率的な運用ができなくなる可能性があるからだ。


 とはいえ、ただ金を借りるだけではどうにもならない。そこで、借金が返し終わるまでは利益の配分を商人側が七割とすることにした。まあ担保のようなものである。返済が終われば折半ということにした。商人としてはそれだけで金を貸す気にはなれないが、相手は大名の嫡男。最終的には返してもらえるだろう、とその条件を呑んだ。


 こうして設立された工場兼孤児院は『集英館』と名づけられ、今後の鶴松丸の活動拠点となっていくこととなる。







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[一言] wwまたかよリバーシww いつでもどこでも出てくんな、これ。もう味してないよ? 7歳の体格をわかってますよね。斬り合いとか……。 孤児を家人、近習は、なあ、7歳の子供ではなあ。周りの反対を押…
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