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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第六章
71/226

越前の混乱


 最近、PVが一万を超えることも珍しくなくなってきました。多くの方々に読んでいただけて、とても励みになります。これからも頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!

 

 



 ーーーーーー




 石山で一向宗とのドンパチが始まったころ、越前でもまた情勢が動いていた。この地は織田家によって平定されたものの、不安定な状況が続いている。


 理由は二つ。ひとつは加賀から攻め寄せる一向宗である。質はともかく数だけは多いので、新たな領主である柴田勝家は苦戦していた。


 領主が一向宗への対応に忙殺されているため、領内の掌握ができていない。そこで暫定的に旧朝倉家臣・桂田長俊(前波吉継)を領主代理とし、統治させていた。


 面白くないのが旧朝倉家臣ーー特に富田長繁であった。長繁と長俊が織田家に寝返ったのは同時。にもかかわらず、実質的な国主と小領主という差がついている。当然、不満を抱いていた。さらに長俊もそのことを鼻にかけ、何かと長繁たちかつての同僚を見下し、民には苛政を敷いていた。おかげで国内の評判は最悪である。これが、越前が不安定な理由の二つ目だ。


 この状況に対応するのが領主たる柴田勝家の役割なのだが、先述の通り、彼は一向宗と対峙している。越前の支配が固まっていないため、人員は尾張などの所領から出していた。十万を超える一向宗に対して勝家は常に数的な劣勢に立たされており、ひとりでも多く前線に張りつけておく必要がある。そのため、越前の統治にまったく気を払えていなかった。勝家には妻もなく、子もいない。そのため、このような総動員体制の下では領国経営に著しい支障をきたしていた。


 そしてさらに、不安定な情勢をさらに悪化させる要素があった。それは小少将の存在だ。彼女は前領主・朝倉義景の側室であり、義景の遺児・愛王丸の生母である。今は寺に押し込められているが、愛王丸は手許に置いており、越前統治のキーマンとなっていた。そんな小少将の許を訪ねてくる人物は多く、そのひとりが桂田長俊であった。


「どうだ小少将? 儂の許に来ないか?」


 長俊は小少将を妻にしようと目論んでいた。愛王丸の義父となり、越前の国主に収まろうというのだ。小少将を落とすため、長俊は金銀財宝を携えて頻繁に寺を訪れていた。


 熱烈なアプローチを受けている小少将は、内心で面倒だと思っていた。愛王丸は可愛い。それは母親として自然な感情だ。そして可愛い息子を、長俊のような野心に塗れた男に渡すことはできなかった。


「桂田様。わたくしはもはや表には立てぬ身なのです。それはなりません」


 とはいえ、あまり強くは出られない。そこで長俊の社会的な立場を気にしているフリをして、何とか求婚を断っていた。実際には小少将が住む寺にも、彼の苛烈な統治の話は伝わっている。なので社会的な立場も何もあったものではないのだが、それを言わないだけの分別はあった。


「仕方がない。今回は引き下がろう」


 小少将が頑として首を縦に振らないので、長俊は説得を諦めた。とはいえ、数日経てばまたやって来る。長俊が去った後、小少将はため息を吐いた。義景の寵姫として越前の政治を恣に動かしていた彼女。すっかり女王様気質が身についており、他人に気を遣うという行為は苦痛でしかなかった。


 このような生活に嫌気がさした小少将は長俊の排除に乗り出す。使うのは朝倉家の旧臣。そのなかでも長俊に次ぐ地位にある富田長繁だ。長繁は府中を任されていたが、長俊から「過分な待遇」などと馬鹿にされており、その憎悪は人一倍強い。さらに思考が短絡的で、策謀家である小少将からすればとても扱いやすい相手だった。


「富田様。桂田からしつこく迫られて、わたくし困っております。守ってくださいまし」


 長繁を呼び出した小少将は、そう言って彼にすり寄る。チョコレートよりも甘い声と、襟元から覗く膨らみ。小少将は計算され尽くした振る舞いで長繁を煽る。具房が見ればあざといと評しただろうが、生憎と長繁は二十過ぎ。女性の演技を見破るには経験が足りなかった。


「よし、任せておけ!」


 あっさりと、色仕掛けをした小少将が拍子抜けするほどそれはもうあっさりと長繁は騙された。彼は直情径行型の人間であるが決して馬鹿ではない。長俊の政治に不満を持つ人間と会談し、密かに計画を練った。


 そして元亀三年十月。長繁を中心に越前で大規模な土一揆が発生した。総勢三万を数える一揆軍は一乗谷を攻撃。桂田一族を族滅した。


(これでいいのか……?)


 長繁はふと考える。小少将につき纏う邪魔者(桂田長俊)は殺した。しかし、それで足りるのかと。


 答えは否だ。


 まだ小少将をつけ狙う輩は残っている。今の長繁には、自分とその仲間以外の旧朝倉家臣たちが敵に見えた。そしてそれらは排除しなければならない。


 長繁は暴走を始め、鳥羽野城の魚住景固以下を殺害する。長繁は小少将に近寄る(可能性のある)悪い虫を駆除したという認識だったが、民は違う。長繁を、誰彼構わず殺していくバーサーカーだと解釈し、これまで長俊に向けていたヘイトを長繁へ向けるようになる。何より領民から人気があった魚住景固を殺したのが致命傷となった。


 領民たちは外に救いを求めた。畿内にかかりきりの織田家は頼れない。その代わりになろうと接触してきたのは、加賀の一向宗で知恵袋として動く浅井久政だった。


『我らは阿弥陀様のため、ひいては民のために戦っている。共に害悪を倒そうではないか』


 そのような呼びかけを受け、一揆軍は長繁の指揮下から離脱。一向宗に鞍替えをし、各地で蜂起した。その数は十万以上。


 驚いたのは柴田勝家である。加賀の一向宗と対峙していたら、越前を任せていたはずの桂田長俊が殺され、一向宗の手に落ちたのだから。


「な、何が起こったのだ……?」


 勝家は急展開すぎてわけがわからなかった。ただひとつわかるのが、自分はかつてないほどの窮地に陥っているということだ。正面には加賀の一向宗。後背には越前の一向宗(と富田長繁)。いずれも自軍より優勢で、対応を間違えれば自軍は壊滅してしまう。


 急ぎ勝家は援軍を要請。信長は北近江の浅井長政、若狭の丹羽長秀、敦賀の織田信興に援軍を命じた。


「大変なことになりましたね」


「まったく。桂田や富田は何をしているのだ」


 長秀は越前を混乱に陥れた桂田長俊と富田長繁に憤慨していた。争うなとはいわないが、時と場所を考えろと。


「気持ちはわかるが、追及は後だ。今は権六(柴田勝家)の救援が先決よ」


「そうですな」


 これを信興がたしなめる。長秀も同意する。わかってはいるが、文句のひとつでも言いたかったのだ。しかし長秀は愚者ではない。言いたいことを言った後は気持ちを切り替え、救援に専念する。


 とはいえ、簡単なことではない。一向宗は数だけは多いのだ。立ち回りが拙いと織田軍が壊滅してしまう。そのため長政たち援軍は慎重に動くしかなかった。そのような事情から、越前で蜂起した一向宗を鎮圧するのに二ヶ月ほどを要してしまう。


 富田長繁は逃亡を試みたが、織田軍に捕縛された。部下に裏切られ、道中に捕らえられて引き渡されたのである。長政たちが気になったのは、なぜこのような騒乱を起こしたのかということだった。勝家も一時的に前線を離れ、一乗谷にやってきて長繁から事情を聞く。


「富田。なぜ土一揆を起こした?」


「お、オレは騙されたんだ!」


「誰に?」


「小少将だ!」


「「「?」」」


 顔を見合わせる勝家たち。こいつは何を言っているんだ、というのが共通の考えだ。寺にいる彼女に何ができるのか。しかし、あまりに長繁がしつこく言うので、調べることとした。すると、彼と小少将が会っていたことが判明。さらに彼女は殺された桂田長俊とも会っていた。さすがに見逃せず、小少将は呼び出される。


「お呼びでしょうか?」


「うむ。富田が引き起こした此度の騒ぎは聞いておろう。そちが富田や桂田と会っていたことは調べがついておる。そのとき何を話したのか、白状せよ」


 代表して信興が質問する。これに小少将は淀みなく答えた。


「お二人とも、わたくしを妻にしたいと迫って参りました。桂田様についてはお断りしております」


「富田に対しては?」


「富田様は……桂田様を討つと仰っており、怖くて……。もしお断りすれば殺されてしまうかもしれない。そう思うと、怖くてはっきりとお断りできませんでした」


「……筋は通っておりますな」


「そうだな。ーー小少将」


「はい」


「富田はそなたに唆されて一揆を起こしたと申しておる。だが、そなたの話を聞いておると、富田の妄言でしかないように思える。問うが、今の言葉に嘘偽りはないな?」


「ありません」


 小少将は自信あり気に答えた。もっともこれは嘘であり、あたかも本当のことのように話しているだけである。


 勝家たちは念のため、侍女や小少将がいる寺の住職たちに話を聞いた。ここからバレそうなものだが、侍女たちはかつて小少将が越前を恣に動かしていた時代を知る者たちである。当然、小少将とは話がついていた。なので、ここから漏れることはない。


 住職についても、既に小少将の手が回っていた。侍女のひとりが彼と懇ろな関係にあり、味方をしなければ関係をバラすと脅していたのだ。痴漢冤罪のように、こういった案件では女性の方が強い。そして僧籍にある人間が淫行に走ったとなれば、それは社会的な死を意味する。よって住職も言うに言えなかった。


『事が済めば、住職には「病死」していただきましょう』


『はっ』


 住職を籠絡したとの報告を受けたときの小少将の発言である。女性とはかくも恐ろしい。しかし彼女の計画は勝家たちに知られることはなかった。この時代、捜査は割とザルである。調べ上げられなかったからといって責められることではない。


 かくして判決は下った。長繁はひとりで桂田長俊を殺害し、越前や小少将を手にしようとしたとして打首となる。切腹ではないのは、彼が虚言を弄して無罪になろうとしたからだ。


 こうして落着したように見えたが、小少将は止まらなかった。彼女は侍女たちを動かし、情報工作を行う。それは、越前の統治は大丈夫かというものだった。曰く、柴田勝家には妻子がいない。そのことが富田長繁の土一揆に繋がったと。


 この噂は小少将の策謀であったが、その指摘は的を射ていた。勝家に妻子がいないために桂田長俊に統治を事実上委任し、それが富田長繁の土一揆に繋がったと。事実なだけに問題視される。その度合いは勝家当人よりも周りの方が強い。


「そうよな……」


 噂は信長にまで伝わり、越前を安定させるためにも身を固めるよう、勝家に言った。


 困ったのは勝家である。急にそんなことを言われても相手がいない。勝家の才覚によって柴田家は重臣格それもトップクラスの扱いを受けているものの、過去に信長に逆らったということもあり、尾張から織田家に仕える譜代家臣から何となく敬遠されていた。


 そこで勝家が目論んでいたのは主家との婚姻であった。信長と血の繋がりを持ち、失墜した信頼を取り戻すーーという算段だ。婚姻相手として目をつけていたのがお市なのだが、彼女は具房に嫁いでしまった。その後も信長は姫たちをあちこちに嫁がせているが、勝家のことなど眼中になく、一度も検討の対象にはなっていない。


 しかし、ここでチャンスが巡ってきた。これまでまったく気にしてもらえなかったが、今なら越前の安定化のために主家筋の誰かと婚姻できるかもしれない。そんな下心もあり、勝家は信長に対して婚姻の斡旋を依頼した。


「権六の嫁か。誰がよいか……」


 信長は悩む。ちなみに彼のなかに姉妹や娘を嫁がせるという選択肢はなかった。柴田家は昔から重臣格の家であり、主家との婚姻で立場を上げる必要性はなかったからだ。重視されるのは、相手となる女性が越前を安定化させることのできる人物であること、それだけである。


 だが、なかなか適任者が思い浮かばない。そこで信長は岐阜にいる奇妙丸に話を持ち込んだ。彼は朝倉攻めの総大将であり、現地のことには信長よりも明るい。次期当主としての鍛錬も兼ねて、勝家の嫁選びが任された。


「父上も唐突だなあ……」


 ぼやきつつ、奇妙丸は越前で会った人物を思い出す。彼は賢い。なぜ信長が自分に勝家の嫁選びをさせているか、その理由を見抜いていた。次期当主としての鍛錬のみならず、越前に行ったことがあるから選ばれたのだと。それは勝家に越前統治を固めさせようとしている信長を見ていればわかる。だから尾張や美濃ではなく、越前から適任者を探さなければならない。


(そういえば……)


 越前での戦いといえば、具房が見せた鮮やかな手並みが真っ先に思い浮かんだ。自分もあのように華麗な指揮をしてみたいーー武士であれば一度は名将に憧れる。そのお手本が身近にあるだけに、奇妙丸の思いは強かった。


(っていやいや。そういうことじゃない)


 奇妙丸は首を振り、具房のことを頭の片隅に置く。今は思い出に浸っている場合ではない。具房のことを思い出したのは、彼の言動からある人物を想起したからだ。


 その人物とは小少将である。


(彼女は愛王丸の母。彼女と婚姻すれば朝倉家の嫡子の義父となり、越前の安定化に繋がるはず)


 奇しくも具房が愛王丸を助命する理由と合致した。奇妙丸のなかで具房はかなり美化されており、よもやこうなることを見越して助命するよう促したのでは? と疑っていた。もっともこれは偶然である。具房にそんな特殊能力はない。


 ともあれ、奇妙丸は信長に小少将を推薦した。書状では、なぜ彼女なのかという理由もきっちり書き添えている。


「そうか。義弟殿(具房)が……」


 面白い偶然もあるものだ、と信長はひとり笑う。だが、やはり彼も具房を過大評価するきらいがあり、やっぱり具房はこのことを予見していたのではと考える。繰り返すがそんなことはない。


 信長としても小少将が勝家の妻になることに異存はなかった。越前の安定化という観点からいえば最適解ともいえる。というわけで、勝家の婚姻相手は小少将になったと伝える使者が送られた。


(なぜだ!?)


 目論見が外れ、勝家は憤慨する。しかしながら、この婚姻は主君の勧め。拒否権はなかった。かくして勝家は不本意ながら小少将を娶ることとなる。


 一方、目論見が当たったのが小少将であった。勝家の妻になることで、ようやく表舞台に帰ることができた。


「よしなにお願いいたします」


 と妖艶に笑う小少将。その笑顔は愛想笑い一割、歓喜九割である。寺でひっそりと暮らす身から一転して、越前の領主の妻になったのだ。加えて、すべては彼女の思惑通り。面白くないはずがない。しかも、夫の勝家は一向宗との戦いで忙しく、愛王丸は幼少。ゆえに、越前の取りまとめは彼女に任されることとなった。義景の時代の再来である。


「やっぱりいいわね」


 領主の側室ではなく、今度は正室となった小少将。その権力は以前よりも大きく、彼女は満足気に笑っていた。







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― 新着の感想 ―
[一言] 小少将、今楊貴妃みたいな存在の女がよりにもよって権六の正室とは・・・( ゜д゜) 権六も「どうしてこうなった」って心境でしょうねぇ・・・。 里見八犬伝の玉梓みたいなこの妖女が織田家や具房…
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