大和侵入
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信長が比叡山をファイヤーしているころ、具房率いる北畠軍は松永久秀が治める大和へと侵攻していた。
「雨が降る前に終わらせるぞ」
北畠軍は鉄砲を運用することが前提となっている。鉄砲は前装式であり、雨に弱い。今は梅雨の時期であり、いつ雨が降ってもおかしくはなかった。具房としては、その前に決着をつけたいところだ。
今回、前線にいる部隊は大砲を装備していない。砲兵の移動は時間がかかる。今は何よりも速度が優先であり、前線の部隊が装備する火器は鉄砲と擲弾筒だけだった。攻城戦では少し心許ない装備であり、できれば野戦で決着をつけたいところだ。
「……まあ、そうはいかないよな」
だが、具房の目論見は外されてしまう。久秀も馬鹿ではない。彼は北畠軍の狙いを読んでいたらしく、野戦を挑んでくることはなかった。筒井城なども思い切って放棄し、信貴山城へと籠城する。
「さて、どうする?」
信虎が挑戦的な声をかけてきた。野戦の達人である彼は息巻いていたので、それができないことへの当てつけでもあるのだろう。彼は時々、このように子どもっぽい行動をすることがある。それが具房の精神をゴリゴリと削っていくわけだが。
「攻撃だ! 信貴山城なんて一刻で落としてやる!」
猪三はやる気を漲らせている。だが、信虎が愚か者と一喝した。なんだと!? と反発する猪三だったが、これに関しては具房も信虎に賛同する。
「この先、紀伊でも戦わなければならない。損害はできるだけ抑えるべきだ」
「だけどよ……」
具房にたしなめられて落ち着いたようだが、じゃあどうするんだと言わんばかりに不満を露わにする。
速攻が前提である以上、力攻めは避けられない。理想は大砲で城を破壊し尽くした上で攻めることだが、その大砲は遥か後方にある。到着を待っていると梅雨に入ってしまう。
「与右衛門(藤堂房高)はどう考える?」
三旗衆のひとりとして参加している房高に水を向けた具房。少し考えた後、考えを口にした。
「大砲を使えればいいですが、それはできません。ただ、擲弾筒で代替可能なのではないでしょうか?」
房高はその理由として、信貴山城が津城のように火砲による攻撃を想定して築城されていないからだとした。もちろん、野砲と擲弾筒では威力が違う。しかし、対策されていないならそれでも十分だという認識だ。
「だが、あれは間接照準だ。正確に狙いはつけられるのか?」
信虎から疑問の声が上がる。
「擲弾筒は水平撃ちも可能にはなっています。ですよね、殿?」
「ああ」
よく見ていたな、と具房は褒める。たしかに北畠軍で使われている擲弾筒は、水平撃ちも可能なようになっていた。これは設計にあたって参考にした日本陸軍の八九式擲弾筒が、中国軍に鹵獲されて水平撃ちが可能なように改造されたことを考慮してのものだ。このことはカタログに載っているものの、それを真面目に読んだ者はあまりいない。生真面目な権兵衛くらいのものだろう。そんなものを、房高もきっちり読んでいたらしい。具房に取り立てられた恩に報いるため、活躍できるように努力していた。その一環として、兵器のカタログをすべて読破している。
さらに、擲弾筒はそれ自体も軽いが、使う砲弾も大砲のそれより軽い。だから人が担いでもそれなりの量を運ぶことができた。このように大砲より軽便で使いやすいことから、様々な用途で使うことが想定されている。そのひとつが攻城戦であり、城壁や城門を撃ち抜くための徹甲弾もあった。ただ、擲弾筒には施条がないため貫通力は低いのだが。
このことが説明されると、猪三や信虎はなるほどと頷く。そして、とりあえずやってみようということになった。一日かけて作戦計画が練られる。
「確認するぞーー」
練られた作戦計画を具房が読み上げて最終確認を行う。計画では、
1、攻撃開始と同時に擲弾筒で発煙弾を撃ち込み、敵兵を混乱させる。それに乗じて城門に接近。徹甲弾にて城門を破壊する。
2、破壊された城門から歩兵部隊が突入。本丸が陥落するまでこれを繰り返す。
と実にシンプルだ。なお、城門の破壊に失敗するなどのトラブルが発生した場合は、攻撃を中止。砲兵の到着を待つこととした。なお、梅雨が先にきた場合は兵糧攻めに切り替えることになっている。
そして早朝。北畠軍による攻撃が開始された。具房としては苦戦を予測していたのだが、戦況は意外な様相を呈する。それは初手の煙幕弾を撃ち込んだときだった。城門の周辺に次々と煙幕弾が着弾して、もくもくと煙が出る。それを見た敵兵が、
「よ、妖術だ!」
「敵は妖術を使うぞ!」
と恐慌状態に陥る。そんななか接近した部隊が徹甲弾で首尾よく城門を破壊した。何も知らない人間からすれば、突如として煙が立ち上り、爆音とともに城門が破られたのだ。妖術のように思えるのも無理はない。これで戦意を喪失した敵は城の奥に逃げるか、降伏した。妖術云々の話は、その降伏した松永兵から聞いたものだ。
「あ〜。そういえば、科学じゃなくてミステリーが通用する時代か」
この話を聞いた具房の感想がそれだ。煙幕は敵の視界を奪って味方の損害をなるべく抑えようという意図で使ったのだが、思わぬ効果を発揮したらしい。完全に予想外である。
「この分なら、思ったより早く落とせそうだな」
信虎は楽観論を口にする。具房はそれはフラグだろ……と思ったが、そうはならない。煙幕を妖術と勘違いした松永兵の動揺は大きく、士気は上がらなかった。三の丸は一刻ほどで制圧が完了。二の丸も日没までには攻略してしまった。残るは本丸のみ。
「敵の士気は下がっている。絶え間なく砲弾を撃ち込み、敵を休ませるな」
具房はそのように指示した。さらに敵の反撃によって犠牲が出る可能性を考え、頻繁に陣地転換を行うことを徹底させる。突如として人間が吹き飛ばされるのだ。松永兵の心理的なプレッシャーは絶大なものがある。
「これでは戦にならん……」
三日三晩、迫撃砲弾がランダムに撃ち込まれた。どこに隠れればいいかわからず、隠れていても砲弾に吹き飛ばされる。士気はだだ下がりし、投降する兵士が続出していた。久秀は、己の失策を認める。
「一応、抵抗はしたのだ。阿波にも言い訳が立つだろう」
久秀は降伏を決断した。
「黄門様(具房)! どうか、どうかお許しを!」
具房の陣にやってきて恥も外聞もなく土下座を始めた久秀。その必死な姿に、北畠家の面々はドン引きする。
「……大和はしばらく北畠家で統治する。弾正殿(松永久秀)の処遇については義兄殿(信長)と話し合わねばならぬ。ゆえに、しばしここで大人しくされよ」
「ははっ!」
松永一家は信貴山城に留置することとした。監視がついていること、外出が禁止されていること以外は普通の生活が遅れるように配慮している。
具房は大和の統治を房高に任せ、自身は河内若江城に籠城する三好義継を攻めた。松永久秀があっさりと降伏したのに対して、義継はあくまでも抵抗を続ける。折しも梅雨が訪れて雨が盛んに降り始め、火器が使用できなくなった。そのため、城の攻略に時間がかかる。砲兵隊も泥濘に苦戦しつつ、戦場に到着した。
「晴れ間に備えよ。少しでも城に損害を与えるのだ」
砲兵隊は遅れを挽回しようと、少ない晴れ間に猛烈な砲撃を加えた。やる気を漲らせる砲兵隊に刺激され、他の部隊も奮起。北畠軍はじりじりと若江城を攻略していった。そんなときに、滝川一益率いる織田家の援軍が到着する。
「羽林様(信長)の命で馳せ参じました」
「来援、感謝します」
「いえ、主命ですから。しかし……必要なさそうですな」
一益は若江城が落城寸前であることを見抜く。だが、具房はまだまだ助力が必要だと言う。本来、この後は紀伊に向かうはずだった。しかし、阿波三好家の兵が和泉に上陸。和泉、河内で暴れ回っていた。これの排除を先に行わなければならない。一益の参戦はありがたかった。
ただ、若江城攻略では助力は必要ない。一益たちの到着から数日で城は陥落した。城主・三好義継は、
「生き恥は晒さぬ」
と言って自害したという。降伏勧告に従わなかったことから、この展開は十分に想像できた。
「これからいかがしましょう?」
若江城が陥落した後、一益は具房に訊ねた。
「このまま河内、和泉の三好軍を駆逐するーーといきたいところだが、今は梅雨。天気が悪い。その上、兵士も連戦で疲れている。しばらくは獲得した地域の経営に専念しよう」
具房はそのような方針を示す。この他に、口にはしなかったものの補給の問題もあった。北畠軍は生鮮食品以外を基本的に伊勢本国からの輸送で賄っている。しかし、今は梅雨の影響で道が悪くなり、荷駄が動かない。仕方なく適正価格での現地調達を行っていた。
「これが米と野菜です」
「確かに受け取った。代金だ」
「ありがとうごぜえやす」
後方支援部隊が村人が運んできた食料品を受領し、代金を支払う。松永久秀のときには村から徴発していたが、具房は購入してくれるため村人からは好意的に受け入れられていた。飢餓を出させないのも大きい。
「戦で温かい飯が食えるのはいいな」
「だな。先代様(具教)のときよりも楽だ」
兵士たちは調理された食事を食べながらそんなことを話す。彼らが言う通り、具房が当主となってから戦場での生活レベルは向上している。代わりに給与は下がっているのだが、気にしてはいなかった。人間は意外と現金なものである。
たまに訓練をしたりと兵士たちは比較的のんびり過ごしていた。その一方で、具房は忙しい。梅雨で軍事行動が難しいとはいえ、阿波三好家がどう動いているのかという情報収集は欠かせない。忍を放ち、動向を調べさせていた。
「三好軍は高屋城、岸和田城を攻めているわけか」
「はい」
報告を受け、具房は作戦の立案にとりかかった。しかし、それに待ったをかける人物がいた。一益である。
「伊勢様。ずっと前線にいては身体が参ってしまいますぞ」
そう言って休むように促した。具房は大丈夫だと言ったが、信虎もまた働きすぎはよくないと忠告する。
「戦場では自分で自覚するよりも激しく消耗している。休めるうちに休んでおけ」
「……わかった」
具房は二人の説得を受け、最前線である若江城から後方に戻ることとした。しかし、せめてもの抵抗で、滞在先は信貴山城にする。前線といっても差し支えない場所だ。ここなら、何かあったときにもすぐ駆けつけられる。
「では任せたぞ」
後事を信虎と一益に託し、具房は若江城を発った。