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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第四章
46/226

村井貞勝の学校見学

 



 ーーーーーー




 村井貞勝を連れて帰国した具房。彼を伴って屋敷に戻る。


「お帰りなさいませ、旦那様。そして吉兵衛もよく参りましたね」


 そこではお市と子どもたち(鶴松丸、茶々、初)が待っていた。葵とその子どもたちは奥に引っ込んでいる。客人を迎える以上、それなりの体裁を整えなければならない。正室と側室が並んで出迎えるなど、ありえなかった。


「ただいま」


「お言葉、ありがとうございます」


 大人が挨拶を終えると、今度は子どもの番になる。とはいえ、今は鶴松丸しか挨拶ができないので、実質的には彼ひとりのための時間だ。


「北畠鶴松丸です。織田様にはお世話になっています」


「こちらこそ、お父君には大変、助けられています。偉大なお父君のように、立派な武士に育ってくだされ」


「頑張ります」


 そんな鶴松丸に一堂ほっこりした。挨拶が終わると、子どもたちは侍女に連れられて退場した。ここからは大人の時間である。


「久しぶりね、吉兵衛(村井貞勝)」


「ご無沙汰しております、お市様。ますます美しくなられましたな。そして、お子様も皆、利発そうです」


「甘えん坊なんだけどね」


「二人は知り合いなのか?」


「ええ。兄上のところに行くと、よく会ったのよ」


 貞勝は信長に仕えてから、行政官として重用された。側近として近侍していることも多く、お市が訪ねてきたときに取り次ぎをしたこともあった。


「あのお市様がすっかり丸くなられて……」


「吉兵衛?」


「おっと。失礼」


 貞勝は妻として気品ある振る舞いをするお市を見て感動していた。思わず口に出したが、お市が猛烈なプレッシャーをかけたため、慌てて口を噤む。どうやら、やんちゃだった幼少期を知られたくないらしい。気分は、デート先でばったり昔の知り合いに会った猫かぶりのそれであろう。


 ちなみに、幼少期のお市は習い事の課題ができなかった際、癇癪を起こして暴れ回っていた。その姿はかつての信長を彷彿とさせ、家臣団は『うつけの再来か!?』と怯えたものだ。主人の家族だと、強く言えないので困る。抑えるべき信長も、自分に逆らわない限りは身内に甘い。貞勝もどうなるんだろう? と思っていた。そんなお市が嫁に行き、名家の「正室」として気品ある行動をしている。感動するのも無理はなかった。


 なお、お市の苛烈な性格は茶々にしっかりと遺伝した。信長やお市の幼少期を見た人が茶々を見ればこう言っただろう。


『そっくりですね』


 と。


 それはさておき、具房は貞勝の『丸くなった』発言に興味を持った。他意はない。純粋な好奇心である。妻の過去は気になるものだ。


「吉兵衛殿。その話、後で詳しく」


「なっ!? ダメ! ダメよ!」


 お市が反対する。貞勝は過去の彼女を知っているからか、報復を恐れて言う気はないらしい。いじめられっ子の思考である。


(ほほう)


 悪い具房がニッコリ笑った。口が三日月のように裂けているイメージ。人間、ダメと言われたらやりたくなる。貞勝に聞けないのならば、本人に聞けばいいのだ。幸い、学校見学は明日。時間はたっぷりある。


「村井殿。長旅でお疲れだろう。ささやかながら宴の用意をさせている。たくさん食べ、よく寝て、明日に備えよう」


「そうですな」


 飲ませて貞勝を宿に返す。今回は伊勢からとれた海の幸、伊賀からとれた山の幸で作られた会席料理を出した。メニューは以下の通り。


『先付 アンコウの友酢


 椀物 鯛の吸い物〜しいたけとともに〜


 向付 伊勢の幸三点盛り(伊勢海老、ブリ、キンメダイ)


 鉢肴 鰆の塩焼き


 強肴 アンコウ鍋


 止め肴 タコの酢の物


 食事 ご飯、味噌汁、お漬物


 水菓子 赤福』


 食事中の酒は、日本酒(清酒)と焼酎を用意した。本当はビールやワインなども用意したかったのだが、ホップやブドウの確保ができていないため断念している。輸入するよう、堺商人に発破をかけていた。


 具房的には酒類のラインナップに不満を覚えるのだが、貞勝は満足したようだ。彼は赤ら顔で、


「伊勢の産物はどれも品質がいいと評判で、京では高値で取引されていますよ」


 と語った。たしかに絹や真珠は、上流階級に重宝されている。中流以下の人々には、ボーンチャイナで作られた比較的安価な陶器が人気だ。土器だと味気ないため、お祝いなどがあると少し背伸びして買っているという。また、酒類はすべての階級に需要がある。おかげで「伊勢物」は一種の商品ブランドとなっており、価格は上がっている。これらを輸出することで、伊勢の経済は潤っていた。


 そして、経済力は軍事力。北畠軍が常備軍を維持できるのもまた、この経済力あってのものだ。


 前世では東京都民で、都会最高! 地方なんてオワコン! と思っていた具房。だが、住めば都というのは真理で、伊勢で暮らしてみるとこの地に愛着を抱くようになった。だから、こうして地元を褒められると嬉しい。


「そう言ってもらえると嬉しいな」


 と言いつつ手ずから酒を注ぐ。かなりのハイペースだ。現代ではアルコールハラスメントだと訴えられそうなものだが、この時代にそんな概念はない。それに、貞勝も伊勢物の高級酒を飲める機会は滅多にない、と気合を入れて飲んでいた。だから、ハラスメントではないのだ。


 だが、そんな風にガブガブ飲んでいれば、当たり前だが酔う。最後の水菓子を食べ終えたときには、既にふらふらになっていた。


「申し訳ありません」


 貞勝の従者が頭を下げながら、主人を寝所まで運ぶ。具房はお気になさらず〜、と笑顔で送り出した。彼も同じペースで飲んでいたのだが、思考はクリアだ。それは酒に強いというのもあるが、一番の理由は貞勝と比べてアルコールの摂取量が少ないため。実は、具房が飲んでいたのは水で薄めたものだった。だから酔っていない。なぜそんなことをしたかといえば、お市を訊問するためである。


「早かったわね」


「ああ。吉兵衛殿が酔ってしまったからな」


「情けないわね」


 お市はまったく、と呆れ顔だ。早々に酔い潰れたことが、彼女は気に入らないらしい。兄上の家臣なのだからしっかりしてほしいわ、と愚痴る。


「まあ、そう言うな」


「でもーー」


 そんなやりとりをしながら、寝る準備を整えていく。風呂に入って一日の汚れを落とし、布団に入る。具房は前世の知識を持ち、また葵との実戦経験を経て、夜はかなり上手くなっている。いつもは優しくするのだが、今日は違った。


「……なんか怖いんだけど」


 お市も具房の雰囲気の違いを察してか、身構える。そんな彼女に、具房は最後のチャンスを与えた。


「なあ。昔、お市がどんな風な子どもだったのか、教えてくれないか?」


 これで白状するなら何もしないつもりだった。しかし、お市は、


「そ、そんなの聞いても意味ないでしょ!」


 と一蹴する。しばらくは質問に留めたが、ついぞ彼女が吐くことはなかった。こうなれば実力行使あるのみ。具房は悪い顔をしながら言った。


「じゃあ、直接訊くしかないな」


 快楽による尋問で、お市の過去を吐かせる。最初は、


「これくらい、何ともないわ!」


 と強気だったのだが、


「何これ、ちょっとまっーー」


 次第に押し寄せる快感に耐えられなくなり、


「も、もう話すからぁ!」


 最後は泣きながら子ども時代のエピソードを話した。


「ううっ。言いたくなかったのに……」


「まあまあ」


 可愛いじゃないか、と言うとお市は顔を赤くする。羞恥か恥じらいかーーそれはお市にもわからなかった。


 翌朝。具房は朝食を子どもたちとではなく、貞勝と食べた。客を優先するのは当然である。食後、学校へ出かけるために屋敷へ戻ったのだが、そこでは葵と蒔が仁王立ちで待っていた。


「どういうことですか!?」


「……何があった?」


 二人から詰問される具房。だが、やましいことはひとつもない。


「訳がわからない……」


 素直な感想である。いわれない非難にムッとしたが、とりあえず事情を訊く。すると、彼女たちが怒っている原因がわかった。色々と言っていたが要約すると、


 お市がエロくなった。


 ということらしい。


「見てください、あれを」


 葵の視線の先にはお市がいる。彼女はゆっくりとした気品ある所作をしていたのだが、


「ふむ……」


 たしかにエロい。妖艶に振る舞う何かがあった。人はそれを色気と呼ぶのだろう。葵たちは、ある日突然色気を醸し出すようになったお市の原因を探ろうとしたのだ。


 理由は、昨日の18禁な尋問のせいだろう。だが、具房は正直に答えることは憚られた。プライバシーの問題があるからだ。


「ま、まあそういうこともあるさ」


 二人はなおも質問しようとしたが、具房はこれから仕事だから、と言って体よく逃げ出した。


「怪しいです」


「……怪しい」


 ということで、二人はターゲットをお市に変えた。


「そうねえ……」


 彼女は素直に昨夜あったことを喋った。羨ましいと思った二人は自分と一緒に寝るときに、お市と同じことを要求する。それで具房が苦労することになるのは、また別の話。




 ーーーーーー




 葵たちから逃げてきた具房は、貞勝と合流して津城下の学校に向かっていた。その途上、簡単にシステムを説明する。


「今から向かうのは、領民の子女が通う初等学校だ」


「他にも学校があるのですか?」


「文官学校(集英館)、兵学校、商業学校、工業学校がある」


 文官学校は集英館がその前身である。旧来、孤児や未亡人などの社会的弱者の保護とその教育、職の斡旋を行ってきたが、具房が当主となったことを機にその機能を分化させた。


「集英館」の名は、高等教育機関である文官学校に受け継がれた。孤児や未亡人の保護は各地の寺社に委託され、ひとりにつき一貫文の褒賞を出すこととしている。なお、不正(子どもを攫って孤児と偽って引き渡すことなど)はもちろん禁止。発覚した場合には、責任者が処罰され、寺社に何らかのペナルティが科せられるようになっていた。


 各学校について、簡単に解説する。


 初等学校は現代日本でいうところの小学校であり、ここで読み書き計算を習う。授業は春夏秋冬のクウォーター制で、規定の単位を取得すれば卒業資格が得られる。とはいえ寮生活をしなければならないため、通っているのは十二歳以上だ。


 文官学校は中学や高校(普通科)で、数学や地理歴史など、初等学校よりも難しい内容を学習する。


 兵学校はいわば防衛大学校で、ここを卒業すれば北畠軍の士官になることができる。一年目は共通で、二年目から志望と適性を勘案して陸海軍に振り分けられた。


 商業学校は商業高校ともいうべきもので、経済や経営などを中心に学んでいく。大蔵省への就職が想定されているが、もちろん商人になっても問題はない。


 工業学校も工業高校のようなもので、職人の育成が主な仕事だ。ただ、こちらは機密性が高いため、入学時に卒業すれば北畠家に仕えることを強制している。もちろんただ縛るだけではなく、一代限りではあるが軍部ないし工部奉行所の技官(要するに北畠家臣)となることができるというメリットもあった。


 具房に案内され、貞勝は学校を見て回る。初等学校ではいつも通りに授業が行われていた。具房たちが来るということで全校生徒で出迎えるという話もあったのだが、具房が拒否している。そんなことをして何になる、という話だ。


 質問も受けつけた。そこでまず貞勝が注目したのが、生徒たちの服装である。


「あの服は何なのですか?」


「制服だ」


 具房は制服とは何かを説明する。全員が同じ服装をすることで統一感を出し、連帯意識を育むこと。また、経済格差が現れないようにしているのだと。


「ほほう……」


 感心したように頷く貞勝。その試みは素晴らしいものだが、一方で気になることもあった。制服のデザインである。


「制服とは奇怪な服ですな。男子は首元まで覆う袍に指貫。女子は袴を穿いているのですか?」


 貞勝の言葉は男子の学ラン、女子のセーラー服を見てのものだ。どちらもこの時代には存在しない。当然、質問された。具房は答えて曰く、


「制服は南蛮の服装を参考にしている。着物も考えたが、それだと格差が現れやすい。だから伊勢以外では作れないこの制服を用意したのだ」


「なるほど」


 貞勝は納得する。生徒には寮生活をさせているが、制服などの支給品を売られたらたまらない。そこで洋服にして、売られても速攻でバレるようにしたのだ。もちろん備品管理もしている。


「この制服は素晴らしい発想です。ただ、織田家では難しいですね」


 それは生産力的な問題だ。具房が産業育成に積極的に介入する一方、信長は放任する姿勢をとっていた。そのため、織田家は生産力がどれも中途半端(やや軍需強め)なのだ。人海戦術なら織田家が有利だが、制服を作成するには技術も必要になる。その点では北畠家が一歩も二歩も先に行っていた。


「なら、別の制服を作るといい」


 具房はあるものを持ってこさせる。それは和装の制服だった。男は紺絣、小倉袴に下駄。女は矢絣、海老茶袴に草履。明治時代ーー近世と近現代の間に生まれた学生服だ。北畠家では『女が袴を穿くのはどうか?』ということで没になったものである。


「これなら大丈夫ですね」


 和服なら問題ない、と貞勝。織田家に学校が設立されると、具房から提供された制服を参考に独自の制服を定めた。男子についてはそのまま受け入れられたものの、女子制服には緋色の色無地が採用された。女子に袴はここでもネックになったのだ。


 具房たちは校舎をひと通り見て回った。印象はどうかと訊ねると、


「生徒が多いことに驚きました」


 と貞勝は言う。曰く、生徒はそれほど多くはないと思っていたらしい。だが、具房はそれは特別なのだと言う。


「季節によって生徒の数は変わる。今は春ーー農作業があまり忙しくないから、生徒は最も多い。冬も比較的労力が減るので、やはり多くなる。それでも、田植えや収穫がある夏や秋はあまりいないな」


 だからこそクウォーター制にしているのである。ちなみに夏や秋も通っているのは武士や町人の子女だ。彼らは基本、暇である。家でやる稽古を学校でやるため、通わせることに文句はなかった。いずれ鶴松丸などが入学すれば、子どもがその側近になれるかもしれない、という打算もあるのだが。


「よく考えられているのですね」


 貞勝は感心しているが、生徒がいなければ学校は成り立たないのだから当然といえた。


 ーーカン! カン! カン!


「これは、鐘の音?」


「ああ。水時計を使い、時間を告げているのだ」


 これによって授業の開始や終了を告げるのである。現代日本の学校のように授業時間は五十分、休み時間は十分だ。


 時報にへえ、と感心する貞勝だったが、そんな彼に具房が面白いものが見られるぞ、と言った。だが、貞勝には面白いものと言われてもよくわからない。とりあえず具房が指さす方向を見て、目を見開く。


 貞勝が見たのは、こちらへ向かって一目散に駆けてくる子どもの大群だった。







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[気になる点] 主人公の領地ってまだ伊勢だけ? 信長と差がすごくない?
[気になる点] 「会席料理」が当時有ったかは主人公のチート知識として脇に置くとして、 「水菓子 赤福」では果物に読めるので「菓子 赤福」で宜しいのでは?
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