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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第四章
43/226

長島の戦い

 



 ーーーーーー




 具房が伊勢への帰還を始める少し前。願証寺は顕如の檄に応じて一向一揆を起こした。標的になったのは近郊の長島、古木江城である。


 古木江城にいた織田信興と滝川一益は兵を揃えたものの、その数は二千ほど。対する一向宗側は十万になった。そのうち二万が古木江城へ、残りの八万が長島城へ攻めかかった。当然、その情報は二城にもたらされている。


「長島からの援軍は期待できぬか……」


「はっ。我らよりも厳しい状況なれば」


 信興の愚痴に、一益は真面目に答えた。十倍の敵を抱える自分たちに対して、長島は十六倍だ。状況ははるかに厳しいだろう。救いは、信長の助言によって一向宗との戦いを想定し、武具や兵糧を多く保有していることだろう。半年は保つだけの潤沢な物資があった。


「一揆衆は所詮、農民兵よ。兄上は河内で戦っておられるのだ。ここは我らが食い止める」


 信興は決意を固めた。彼は一益の補佐もあり、援軍が到着するまで見事に城を守りきることに成功した。後に彼は語る。


「北畠家の恐ろしさを見た」


 と。


 一方、長島城の権兵衛はどうしていたのか。この城に攻め寄せた門徒の数は八万を数える。対する長島城の城兵は伊勢兵団およそ五千。絶望的な戦力差であった。


「敵は八万といっても、その多くは訓練も受けていない素人。さらに、武具もまともに揃えられていない者たちです。皆さんが負ける理由はありません」


 権兵衛はそう言って兵士たちを鼓舞する。もっとも、守兵に悲壮感を抱いている者はひとりとしていない。むしろ、日ごろの訓練の成果を発揮してやる! と意気込んでいた。なにせ、彼らは長島の一向宗と対決するために育成された精鋭部隊なのだから。


 だが、士気という点では一向宗も負けてはいない。長島城に攻め寄せた門徒たちは願証寺住持証意、下間頼旦などの首脳陣が直率していた。


「門徒たちよ、行けい!」


 証意の号令で、門徒たちが攻めかかる。刀や槍を装備していればいい方で、大半は鋤や鍬といった農具が武器であった。また、防具などない者がほとんどで、相変わらず粗末な装備である。


 訓練を受けたわけでもないため、戦術は必然的に単純なものとなる。すなわち、力押し。数に任せて攻撃するのだ。イメージとしては、ソビエトの大量突撃ドクトリンである。しかし、北畠軍にそれはあまりにも無策というものだ。そして、一向宗はそれを思い知らされることになる。


 喊声を上げて突撃する一向宗に、おなじみの銃撃が向けられる。長島城の兵士はほぼ全員が鉄砲を装備していた。また、本丸の地下には弾薬も貯蔵されている。軽く一年は戦えるだけの量を保有していた。それを遠慮なく使う。


「撃て撃て! 弾はいくらでもある! 弾を惜しむな! 命を惜しめ!」


 上官の叱咤を受けて、兵たちは銃を撃ちまくる。訓練で実弾射撃をする機会は少ない。そのフラストレーションを晴らすべく、競うように撃った。それは砲兵も同様で、常時、着弾を示す爆炎が上がる。ポーン、ポーンと一向宗が宙を舞った。


 一向宗の進撃を阻んだのは、銃砲火だけではない。陣地の前面に構築された鉄条網が、行手を阻んだ。


「痛い!」


 有刺鉄線に素手で触った門徒が声を上げる。掌が切れて出血していた。このような光景があちこちで見られる。突破できずに渋滞したところへ、激しい銃撃が加えられる。十字砲火になるよう、陣地の配置が工夫されていた。ご丁寧に有刺鉄線もジグザグになっており、より効率が高まる。一向宗は、日露戦争の旅順要塞攻略戦における日本軍のようになっていた。


「ええい、何をしているか!?」


 部隊の指揮をとる坊官が攻撃の足が止まったのを見て声を荒らげる。彼らは門徒とは違って甲冑を着たりとそれなりの装備を整えていた。だが、今回はそれが仇となる。彼らのように目立つ存在は、スナイパーにとって格好の目標だった。


 竜舌号に狙われ、一瞬にして頭部が消失したり、上半身と下半身が泣き別れになったりと、スプラッタ案件が続出した。そんな光景を見れば、訓練を受けた兵士も動揺する。まして、何の訓練も受けていない門徒が見れば、戦意を吹き飛ばした。


「に、逃げろ!」


「罰だ! 罰があたったんだ!」


 口々に叫びながら逃げていく門徒たち。彼らをまとめる坊官は、多くがスプラッタされていた。そのため、これを押し留めることができない。かくして一向宗による第一回攻撃は失敗に終わった。


 翌日も一向宗は諦めずに攻撃を続けた。その次の日も。昼に攻めて落とせないなら、夜襲をしかける。それでもダメなら三日三晩、攻め続ける。手を替え品を替え、何度も何度も突撃を繰り返した。


 しかし、日を追うごとに長島城は地獄絵図になる。それは一向宗にとってのものだ。鉄条網の手前には、門徒たちの死体が無数に転がっている。このなかを進撃するのだ。次は自分が野に骸を晒すのではないか? と思い、士気は自然と下がる。坊官の数も減っており、逃亡者が増えていく。八万いた門徒も、今や四万を割り込んでいた。


「何なのだ、この城は……」


 証意は唖然としていた。これだけの大損害を出して、落とせた曲輪はひとつとしてないのだ。いや、あの柵を越えた者さえいない。ちっぽけな柵が、まるで彼方まで続く城壁のように思われた。


 一向宗が苦心惨憺しているのを他所に、長島城内は特に変わりはなかった。三交代制をとり、兵たちはたっぷりと休養をとっている。そのため、連戦による消耗とは無縁だった。三分の一の戦力で支えているのだから、その防御力の高さが知れるというものだ。


 食事も戦闘でずれることはあってもきっちり三食を食べている。変わったことといえば、生鮮食品がないことくらいか。それでもメインとなる肉や魚は干物や燻製にしており、食糧には困っていなかった。主食の米はいうまでもない。このように、籠城にはつきものの悲壮感はまるでなかった。


 そして、長島城を攻略できずにもたついていたために、一向宗は北畠軍からの手痛い打撃を受けることになった。長島城。どう攻めたものか、と思案していた証意たち一向宗首脳陣の許へ、物見が報告に現れる。


「北畠軍が現れました! 当主である伊勢宰相(具房)自ら率いている模様!」


「畿内から慌てて引き返してきたか……」


 証意は、河内から織田軍や北畠軍の主力が撤退したという報告を受けていた。それが現れたのだろう、と。また、これはチャンスだと考えた。ここで北畠軍の本隊を撃破すれば、長島城の動揺を誘えるかもしれない。


(北畠軍は畿内での戦いで消耗しているはず。勝機はある!)


 一向宗も連日の戦いで消耗しているが、びくともしない城攻めではなく、野戦ならば士気も上がるーー脳内でそう考えた証意は、


「数は?」


 と訊ねた。畿内へ向かった北畠軍は一万。そこからいくらか減って数千に落ち込んでいるだろうーー証意にはそんな目論見があったのだが、そんな期待はあっさりと裏切られた。


「その数、三万」


「は?」


 なんで増えてんだよ? と思いつつ証意は間抜けな声を上げた。




 ーーーーーー




 一向宗を驚かせた、北畠軍が増殖した謎。それは、具房が採った軍制にあった。北畠家は徴兵制を敷いている。兵役の期間は三年。だが、それを終えた者はどうなるのか。答えは予備役に編入される、だ。


 予備役とは、兵役期間を終えた軍の補充要員のことだ。三十歳になるまで登録される。年に数回ある訓練に出ることが義務づけられ、戦時には招集を受けるとされていた。それが終わると五十歳まで後備役になるが、これは年一回の訓練(冬季)となる。もっとも、後備役まで招集するということになれば、北畠家は滅亡までの秒読み段階に入っているが。


 それはともかく、徴兵制をとることによって北畠家は大量の予備戦力を確保しているのだ。今回はそれを動員した。近年、なんだかんだで北畠軍は戦い続けている。ゆえに、臨時で招集された予備役兵も、全員が戦闘を経験済みだ。


 具房が帰国するまでのわずかな間に招集できたのは、お市や葵のおかげである。彼女たちが事前に臨時招集を布告して部隊編成を済ませていたからこそ、迅速な兵力の増強ができた。


「久しぶりに、血が騒ぐの」


 今回は老齢のため傅役をしていた塚原卜伝も参戦している。彼が率いるのは、自身が教えた生徒ーーそのなかでも凄腕の剣士たちだ。これを称して抜刀隊という。具房直属の部隊で、主な任務は遊撃。そして、夜陰に乗じた強襲である。


「あまり張り切るなよ」


 もう年なんだから、とは言わなかった。しかし、卜伝にはバレバレなようで、


「そんな年ではないわ!」


 と一喝された。へいへい、と適当に流す。とはいえ、卜伝がまだまだ現役というのも嘘ではなかった。実際、若者よりもこの老人はよく動く。しかし、無理はさせられない。


(してもらうことにはなるけどな……)


 兵数を増やしたとはいえ、まだ一向宗より少ない。彼我の質を考慮しても、苦戦は必至だ。戦地に到着すればすぐ激戦になるーーと思ったのだが、意外なことに一向宗はしかけてこなかった。どうも、兵力が増えていることに戸惑ったようだ。


「なら、襲わせるだけだ」


 具房は挑発を指示する。一向宗の門徒は訓練されていない。また、長島城攻めで坊官に甚大な被害が出たため、指揮官が不在の部隊も多かった。そのため、


「やーい! 臆病者!」


「俺たちより多いくせに戦わない意気地なし!」


 と北畠軍の兵士たちが挑発してやれば、


「なんだと!?」


 門徒たちが三々五々、北畠軍に突っ込んでいく。動いたのは一部だが、戦闘の喧騒は伝わる。すると、


「お、おい。なんか戦いが始まってるぞ!」


「命令なんてなかったぞ?」


「まさか、見落としたんじゃ!?」


「それはまずい! オレたちも行くぞ!」


 といった感じに誤った情報が勝手に生まれ、爆発的に伝播していった。こうして証意たち一向宗首脳の意図しない(というか完全に蚊帳の外)形で開戦となる。


「なぜだ!?」


 下間頼旦は、意図しない形で戦闘が始まったことに憤慨し、ただちに攻撃を中止するように言う。だが、それを証意が止めた。


「もう無駄だ」


 証意は諦めていた。一度、軍が動きだすと止められないのだ。後は上手くいくことを祈るばかりである。


「織田に与する北畠を倒すのだ!」


 味方を激励する証意。しかし、北畠軍の土俵に乗ってしまったために、一向宗は戦争の主導権を握れなかった。銃砲火によってジリジリと数を減らされる。だが、さすがに城攻めで慣れていたらしい。違っていたのは白兵戦があったことだ。


 長島城に歯が立たなかった腹いせにやってやるぞ、と意気込んでいた門徒たち。特に挑発を受けた部隊(の生き残り)は殺る気を漲らせていた。しかし、ズブの素人と訓練を受けた人間。どっちが強いかなど、考えるまでもない。


「畜生……」


 と言って陣地内に侵入した最後の門徒が倒れる。北畠軍の歩兵に斬られたのだ。たまに怪我をしたり討たれる者も出るが、キルレシオとしては北畠軍:一向宗=1:10くらいになっていた。


 いかな達人といえど、集団でボコられたら負ける。しかし、予め銃砲火で数が減らされているため、白兵戦になるころにはほぼ同じ数になっているのだ。


「後は任せる!」


「応ッ!」


 鉄砲隊は撃ちまくって敵の数を減らしていく。そして一定距離まで近づくと、白兵戦部隊と入れ替わるのだ。後退した鉄砲隊は少し休息した後、移動して別の方向から敵を撃つ。敵がやってくれば、また白兵戦部隊に引き継ぐのだ。随所でこのような光景が見られた。


 圧巻だったのは卜伝率いる抜刀隊。敵の特に多いところへと突撃し、無双ゲーのように敵を次々と斬り倒していく。


「お、鬼だ!」


「鬼が出た!」


 門徒たちは口々にそう言った。戦意は完全にポッキーされている。


「鬼とは失敬な。心優しい爺よ」


 卜伝はプンスカ怒りながら門徒を斬る。


「……ふむ。さすがに刃がこぼれたか」


 己の刀を見た卜伝はそう呟き、ポイッと捨てる。そして近くの門徒(死体)が持っていた刀を剥ぎ取る。


なまくらじゃが、使えんこともない」


 そう言って再び獲物を求めて突撃していく。刀は武士の魂といわれ始めたのは(戦国〜)江戸時代のことであり、それまでは弓矢が中心だった。戦乱の時代では、刀は消耗品にすぎないのだ。具房は獅子奮迅の働きをする卜伝を見て、


「よく『弘法筆を選ばず』というが、土佐守(卜伝)もまた『土佐刀を選ばず』といってもいいくらいだな」


「『弘法にも筆の誤り』とありますが?」


「不吉なことを言うな」


 たしかにそうだけど、と具房。口にした家臣も謝った。戦時にこんな不吉なことを言ってはいけない、とはよく言われている。明確にはなっていないが、所謂「言霊」の観念があるのだ。


 しかしそれは杞憂にすぎず、卜伝は戦が終わってもピンピンしていた。北畠軍も万単位の軍が戦ったにもかかわらず、負傷者は千人以下。ほぼ無傷のようなものだった。


 対する一向宗は、討たれた者や逃亡した者を含めて、軍勢が瓦解している。


「こ、こんなはずでは……」


 下間頼旦は膝をつく。ここまで一方的な戦いになるとは思わなかったのだ。しかし証意は冷静に、


「古木江城の下間頼成に使いを出せ。撤退する、とな」


 と指示をした。かくして長島の一揆衆は願証寺に籠城することとなる。だが、それは援軍の見込みもない絶望的な籠城だった。







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神罰にちょっと違和感。 仏教徒なのに
[良い点] 「戦意は完全にポッキーされている。」爆笑しました!! [一言] 卜伝爺お茶目!!
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