父は親バカ
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鶴松丸のダイエットは続く。夏場に始めたダイエットは、その効果を表しつつあった。
彼のダイエット法は簡単。無駄に食べず、よく動く。食事は毎食ご飯を一杯だけとし、野菜や肉、魚などのビタミンとタンパク質を中心に摂取している。
運動は馬術と水泳。ただ、温水プールなんてものはないために、冬場はやることができない。寒中水泳など自殺行為である。よって今は水泳に代えてランニングをしている。どちらもシェイプアップの他に、持久力をつけるという副次的効果もあった。
これを体調が悪い日を除いて続けた結果、鶴松丸はみるみるうちに痩せていった。成人で痩せると皮が垂れて見苦しいのだが、今は成長著しい子ども時代。余った皮は成長によって引き延ばされていった。だから見た目も問題ない。むしろ貴種の家系だけあって、かなりの美形になっていた。
かくしてダイエットに成功しつつある鶴松丸だったが、それを心配する者がいた。父親の具教である。鶴松丸は未来的方法でダイエットに成功させているわけだが、側から見ればある日を境に急激に食が細くなって、痩せ始めたのだ。見た目的にもはや別人である。彼は鶴松丸が何らかの病気を患っているのではないか、と疑っていた。
「ーーそれでは、誠に異常はないのだな?」
「はい。御所様。若様に異常はございません」
医者がそう断言する。先ほどまで、鶴松丸の診察をしていたのだ。そして出した結論は問題なし。まあ、当たり前である。しかし、具教は納得できないらしく、渋面を作った。
「だがしかし、それでは鶴松丸が急激に痩せた理由がわからぬではないか!」
でまかせ抜かすんじゃねえぞ、叩き斬る! みたいな剣幕で医者に迫る具教。小姓が持つ太刀を奪い、抜き放つ。その動きに淀みはなく、彼が剣の達人であることがよくわかる。
「ひ、ひいっ!?」
無論、そんなことをされて平然としていられるわけがない。医者はすっかり怯えてしまう。鶴松丸もビビったが、目の前で特に理由もなく人が斬殺される光景など見たくない。すぐさま仲裁に乗り出す。
「父上、落ち着いてください」
まずは暴走超特急と化している具教を止める。日本の感覚的には、無実の人間を斬れば殺人罪だ。しかし、この時代ならば身分差でどうにでもなる。死人に口なし、というわけで、死者が無礼を働いたとかなんとか、適当な理由を言っておけば罪には問われない。
そういうのはよくない、というのが鶴松丸の考えだ。人間、皆平等なのである。自分が当主になれば改めようと思うが、今は子ども。できるのは、目に見える範囲でそういった行為が起こるのを止めることだけだ。
「むう……」
具教は鶴松丸が制止したことによって太刀を仕舞う。だが、その顔は納得していない。仕方がないため、鶴松丸は真実を話すことにする。
「父上。なぜ私が痩せたのか、理由をお話しいたしましょうーー」
かくかくしかじか。鶴松丸は自分の考えを聞かせる。成忠にしたように、明の書物に書かれていたとは言わない。具教は大名家の当主であり、その気になればいくらでも調べられるからだ。さすがにすぐバレる嘘を吐く気はない。信用を失ってしまう。
(それは困る)
具教は北畠家の次期当主であり(現在は鶴松丸の祖父・晴具が当主である)、鶴松丸は一応、その後継者となっている。だがそれは具教の直系が自分しかいないためで、暫定的な措置と見るべきだ。それに、鶴松丸は知っている。近い将来に弟が産まれ、諸説あるものの、場合によってはさらにもうひとりの弟が生まれる。対抗馬が増えるわけで、鶴松丸の地位は絶対安泰ではないのだ。
(当主にならないと、有効な対策は打ち難い……)
だからこそ、自分は当主にならなければならない。そのためには失点をなるべく少なくし、具教の覚えをよくしなければならない。幸い、撃墜王とあだ名された前世の指導教授のおかげで、失点を避けるという行為は得意になっていた。
「そうであったのか……」
具教はそう言うと無理はするなと忠告する。それ以上は追求されなかった。鶴松丸としてはありがたい。そして去ろうとする具教を、鶴松丸は呼び止めた。
「父上。お願いがあるのです」
「ん? そなたが何かを望むのは珍しいな。よし、聞かせてみろ」
「父上は塚原土佐守(卜伝)に剣の教えを受けたとうかがっています。私にもそれを教えていただきたいのです」
鶴松丸が言うと、具教は破顔した。
「そ、そうか。そなたも剣を極めたいか!」
途端に上機嫌になる具教。反対に鶴松丸は引いていた。は、はい……みたいな感じだ。彼としては、剣を極めようとは思っていない。ただ、自分の身を自分で守れる手段を身につけたかっただけだ。そして父親がたまたま、かの有名な剣聖・塚原卜伝の教えを受けたことがあるので習ってみよう、という程度の認識だった。いわばノリである。それにガチレスされたので困惑した、というわけだ。
その後、具教は暇を見つけては鶴松丸に剣を教えるようになった。鶴松丸の前世は研究者で、運動神経はあまりよくなかった。しかし、今世はさすがに剣の達人・北畠具教の子どもだけあって、剣術の腕をめきめきと上げていく。具教も楽しくなったのかますます指導に熱が入る。鶴松丸はそれによく応えた。剣を通して、親子仲はよくなったのであった。