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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第四章
39/226

金ヶ崎の戦い


【お知らせ】


次回から、投稿ペースを週二回(水曜と日曜)にしたいと思います。筆者が連載している別の作品が完結し、この作品に専念できるようになったためです。よろしくお願いします。


 



 ーーーーーー




 浅井家が離反したことは、すぐに具房の知るところとなった。元々、マークしていたので難しくはない。具房は間髪入れずに信長に報告した。だが、


「そんなはずなかろう」


 と一蹴されてしまう。信長は長政に絶大な信頼を寄せている。家康に東、具房に南を任せると言ったように、長政には北を任せると口にしていた。信長にとって、長政は大切なパートナーなのだ。


 それをわかっていた具房は、認めさせようとはせずに引き下がる。代わりに、金ヶ崎の信虎に対して浅井軍の迎撃を命じた。こうなることを予測し、急造ながら野戦陣地を構築している。しばらくは耐えられるはずだ。


 信長はその後も軍を進めたが、浅井家が裏切ったという報告は次々と彼の下にもたらされた。具房の次に松永久秀から。そして信長自身の情報網にも、それが引っかかる。


「違う! 何かの間違いだ!」


 情報を受ける度に、信長は否定した。だが、そんな彼をして認めざるを得なかったのは、信虎から送られてきた使者である。


「浅井軍五千が金ヶ崎へ向けて進軍中!」


 この報告に諸将は騒つく。金ヶ崎が落ちれば退路が断たれるからだ。また、一乗谷からは朝倉軍が出撃したことも掴んでいる。最悪の場合、包囲される恐れがあった。


「……撤退だ」


 事ここに至って、信長は浅井家の裏切りを認めた。この窮地を脱すべく、全軍を撤退させる。信長自身は側近を連れて真っ先に離脱。織田軍本隊は池田勝正の指揮で退くこととなった。問題は、誰が殿を担うかだが、ここで立候補したのが具房だった。


「いいのか?」


「陸奥守(信虎)たちを置いては行けませんから」


 具房はこう言って引き受けた。ただ、すべてを任せるわけにはいかないと、織田軍からは木下秀吉が参加した。この他、明智光秀も殿に名乗り出ている。


「朽木谷を通るのであれば、交渉はお任せを」


 松永久秀は信長と一緒に離脱する。また、徳川家康も織田軍本隊とともに離脱していった。


「死ぬなよ」


「はい」


 信長はそう言い残し、京を目指して馬を走らせた。残されたのは殿を務める三人とその軍勢(五千)のみ。先ずは彼らだけで軍議を開く。


「いかがしますか、伊勢様(具房)?」


「十兵衛殿(光秀)はどうか?」


 秀吉の質問を、そのまま光秀にぶつけた。彼はしばらく考えてから発言する。


「我らは敵の半数以下。上手く立ち回らねば、壊滅することとなりましょう。鍵は、陸奥守殿と合流できるかにかかっております」


「たしかに」


 具房たちは頷く。目下の敵は朝倉軍一万五千。これに対して、具房たちは五千と三分の一の兵数である。まともにぶつかっても勝ち目はない。だが、信虎の軍(二千)と合流できれば七千となり、朝倉軍と比べて約半数となる。しかし、


「問題は浅井ですな」


 秀吉の言葉がすべてだった。金ヶ崎まで後退すれば味方と合流できるが、同じように敵も合流してしまうのである。浅井、朝倉連合軍の数は二万。味方の三倍ほどになる。結局、どうしようと具房たちの不利は動かないのだ。


「ここは二手に分かれて、相互に支援しあいましょう」


 地面に木の棒で周辺の地図を書き、石を軍に見立てて説明する具房。大将(身分的にそうなる)の言葉に、秀吉たちの注目が集まった。


「まず、この撤退戦における最終目的地を金ヶ崎と定めよう。その上で、防御に有利な地点をいくらか見積もる」


 具房は説明しつつ、いくつかの地点を指し示す。そこは、坂道になっていたり道が狭かったりと、防御側に有利な地形をしていた。


「分ける部隊を仮に甲、乙と呼称する。甲がこの地点に留まって、朝倉軍に攻撃を加えて足止め。乙はその間、撤退地点に向かい、到着し次第、防戦の準備を始める。準備が終われば、甲にそれを知らせ、甲はその夜に次の撤退地点まで後退」


 あとは金ヶ崎に着くまでそれを繰り返すだけだ、と具房は説明する。この作戦に対して、戦の上手い光秀が疑問を呈した。


「撤退を始めれば、敵軍は追ってくると思いますが?」


「それを足止めするのが先に撤退地点に着いている部隊だ」


 こうして相互に支援しあい、金ヶ崎まで撤退するのだ。具房が志向しているのは、現代でいうところの遅滞戦術である。この戦術で重要になるのは、撤退を支援する火力。その点、北畠軍は野砲、擲弾筒を多数装備しており、この戦術に向いていた。


「承知いたしました」


「異存ありません」


 二人の了承がとれたところで作戦が実施される。数の多い北畠軍が雪部隊と月部隊に分かれ、それぞれに秀吉と光秀の部隊がつくことになった。秀吉隊は具房が、光秀隊は光秀が指揮をとる。最初に足止めするのは具房隊だった。先に撤退する光秀は指揮をとるために別れようとしたのだが、具房が呼び止めた。


「どのようにやるのか、見ていただいた方がいいだろう」


「ですな」


 光秀はその通りだと、指揮を腹心の斎藤利三に任せてその場に残った。具房は側にいる六角義治に声をかけた。


「四郎(義治)。諸将の前だ。抜かるなよ」


「お任せください」


 義治は雪部隊の指揮官だ。遅滞戦術では、有効な火力支援が重要になる。彼の責任は重大だった。これに対して、義治は自信を覗かせる。具房も彼の力量は認めており、頷いた。しばらくすると、わらわらと朝倉軍が姿を現す。


「殿など蹴散らしてしまえ!」


 先手の将は織田軍は逃げ腰であるから、殿は容易に蹴散らせると思っていた。それが命取りとなるとは知らずに、攻撃するように命令した。


 義治は攻め寄せてくる朝倉軍をジッと観察した。具房は大まかな方針を指示するだけで、いざ戦いが始まれば戦術に口は出さない。それは、部下たちを信頼しているからだ。主君の信頼に応えようと、部下たちも奮戦する。組織としては理想ともいえる好循環が生まれていた。


 だが、秀吉は気が気でない。彼は家臣が少なく、軍師の半兵衛の助言を受けつつ、軍を直接指揮していた。だからこそ、具房が黙っているこの状況には慣れていないのだ。対照的に、光秀は落ち着いている。具房と親交の深い彼は、戦ではどのようにしているのか、という話を聞いていたため混乱はない。


「い、伊勢様……」


「落ち着いて」


 慌てる秀吉を見て、具房は苦笑する。これが未来の天下人の姿か、と。そんな彼らを尻目に、義治は敵軍の動きを冷静に見る。弓の達人である彼は、敵がどのくらいの距離にいるのかが感覚的にわかった。脳内のものさしと見える敵との感覚を照らし合わせる。そして、敵が必中距離に立ち入った瞬間、号令した。


「撃てッ!」


 鉄砲の発射音が重なる。雪部隊の射撃を受け、バタバタと敵が倒れた。


「馬鹿な!?」


 驚く朝倉軍。鉄砲の量も理由のひとつだが、何より射程が長いのだ。これは北畠軍が装備する鉄砲がライフリングを施し、ミニエー弾と呼ばれる銃弾を使っているためだ。


 銃身にライフリングを施すことで銃弾にジャイロ回転を与え、弾道が安定する(これに伴って射程も伸びる)。だが、ライフリングは本来、前装銃に施されることはない。弾込めを銃口から行うため、前装銃の弾は口径よりも小さい必要がある。ところが、ライフリングによる恩恵を得るためには、銃弾がライフリングと噛み合わなければならず、ゆえに銃の口径よりもわずかに大きくなければならない。このように、前装銃とライフリングは相容れないのである。


 では、ミニエー弾とは何か。簡潔にいえば、このジレンマを克服する銃弾だ。椎の実型の銃弾の底(尖っていない方)に窪みがあり、そこには鉄や硬い木が埋め込まれている。口径よりも小さいため、銃口から弾込めが可能だ。だが、発射すると火薬ガスの圧力で鉄や硬い木が銃弾にめり込み、わずかに膨らむ。すると、銃身より弾が大きくなり、ライフリングによる恩恵を受けることができるようになるのだ。これは本来、十九世紀の発明である。が、容易に実施できる技術チートとして導入した。


 朝倉軍は射程を見誤ったことで初戦で甚大な被害を受けた。


「引け! 引け!」


 慌てて後退を命じる。だが、それこそ義治の思う壺だった。


「既にそなたらは鬼の手の内よ」


 ニヤリと笑いながら、鏑矢を打ち上げる。ヒュロロローという独特な音は、銃撃の音が木霊する戦場でもよく聞こえた。そしてそれが合図となり、悪魔が朝倉軍を襲う。その「悪魔」とは、後方に控える砲兵部隊が放った砲弾だ。弾種は榴弾である。発射時に砲弾の飛翔時間を計算。導火線に着火して、着弾と同時に爆発するように撃つ。たまに空中で爆発するものもあるが、むしろその方が被害は大きかった。


 このように撃ち込まれるため、後続は突撃を躊躇う。また、撤退する兵士たちにもプレッシャーを与えた。目の前に、いつ落ちてくるかわからないギロチンがあるようなものだからだ。通らなければ後退できない。だが、躊躇してしまうのは人情である。


 しかし、北畠軍は狡猾だった。実はこのラインが、鉄砲の有効射程なのだ。ゆえに、これを越えない限りは延々と銃撃を受け続けることとなる。雪部隊の兵士たちは口々に『小銃射法念仏』を唱えていた。これは、鉄砲の撃ち方を念仏調にしたものである。


「銃を立て、薬(火薬)と弾を込めまして、槊杖突きますトントントン」


「火皿にも、薬忘るな、(火蓋を)閉め忘るな」


「火縄付け、門(照門)に星(照星)を重ねたら」


「号令待ちて、火蓋切れ」


 と、兵士たちが口ずさみながら一糸乱れぬ動きで銃を撃ちまくる。完全に統制された射撃により、朝倉軍は近寄ることさえできなかった。


「おのれ……っ!」


 朝倉軍の武将はほぞを噛む。だが、撃てる手はなかった。再編成をしなければ、軍が機能しない。


「す、凄まじいですな……」


「お話は聞いていましたが、これほどとは……」


 秀吉は北畠軍の圧倒的な火力に言葉を失う。光秀もまた、聞くのと見るのとは大違い。目を丸くしている。そんななかで、具房は指揮をとった義治を褒めた。


「見事だ」


「ありがたきお言葉」


 初戦は北畠軍の圧勝だった。秀吉たちは後退を進言する。だが、具房はこれで終わらなかった。その夜、再編成にかかっている朝倉軍に夜襲をかけたのだ。中心になったのは秀吉の軍である。


「我らばかり戦ったのでは悪いからな」


 秀吉は具房とともに殿をするように信長から命じられた。なのに、ただ観戦していただけでは不興を買う。だから具房は夜襲という、火力によらない戦いを仕掛けることで、秀吉に花を持たせたのだ。


 こうして朝倉軍はさらに被害を受け、再編成にかかる時間が長くなった。彼らが行動不能になった隙を突いて、具房たちは戦線を後退させる。


「不甲斐なし!」


 朝倉軍本隊の先鋒である山崎吉家はこれを聞いて激怒。北畠軍など相手にならぬ! と勇躍突撃を敢行したものの、結果は同じだった。いや、むしろより酷くなっていた。なぜなら、先頭に立って突撃した吉家が戦死したのだから。おかげで大混乱が発生。具房たちは楽々、金ヶ崎まで到着してしまった。




 ーーーーーー




 具房たちは順調に撤退を終えたが、信虎率いる金ヶ崎居残り組はどうなっていたのか? 目の前を鬼気迫る雰囲気で撤退していく織田軍を見ながら、防御陣地の構築に励むことしばし。ついに浅井軍が姿を現した。


「来たか」


「はっ。浅井七郎(井規)を大将に、五千の兵が接近しております」


「倍以上か……相手にとって不足はなし。のう、孫一?」


「ああ」


 信虎の呼びかけに孫一が応えた。この二人、タイプは微妙に異なれど同じバトルジャンキーである。浅井軍との戦いは当然、苦戦することが予想された。だが、それで臆することはない。むしろ、昂っていた。


 かくして始まった浅井軍との戦い。それは、具房たちが朝倉軍を相手に展開した戦と同じだった。


 敵を圧倒的な火力で叩き潰す。


 シンプルにして最も有効な戦術である。だが、浅井軍にとっての不幸は、ここに孫一たち花部隊のスナイパーたちがいたことだろう。


 ーーダンッ!


 ーーダンッ!


 と、大口径の銃器独特の大きな音が戦場に轟く。その度に上半身と下半身が泣き別れになるショッキングな光景が生まれる。狙撃された者は足軽組頭を中心とした指揮官であり、浅井軍の指揮系統は乱れに乱れた。


「神罰だ! 雷神様の罰だ!」


「敵うわけねえ!」


 銃撃の音を雷鳴と混同したのか、浅井軍の兵士たちは口々に神罰だと叫びながら逃げ出していた。


「ええい、何をしておるか!」


 井規は馬を前に進めて兵士たちの逃亡を抑止しようとする。だが、それが命取りとなった。


「おっ。偉そうな奴だな」


 孫一が射程距離に入った井規を見つけ、狙撃したのだ。途端に生じるスプラッタ。これが決定打となった。


「これしきで退くか。情けない」


 もはや軍としての体をなしていない浅井軍を見て、信虎は嘲笑を浴びせた。また、孫一も、


「これで終わりか? つまらねえな」


 と不満そうであった。予測された苦戦などなく、信虎たちは浅井軍を退けた。不完全燃焼といった様子の二人のところへ具房たちが到着する。


「陸奥守。大事はないか?」


「雑魚ばかりだったな」


 何も問題ない、と信虎。戦闘経過を簡単に報告されたが、まったく苦戦した様子もなく、具房は安心した。


(というか、スナイパーがエグい……)


 対抗手段なしの、一方的なアウトレンジ攻撃だ。凶悪にも程がある。


「さすがは陸奥守殿」


 光秀は感心していた。信虎はそうだろう、と言わんばかりに胸を張る。そんな彼を見て、具房は思った。いや、お前の功績じゃないから、と。十中八九、孫一のおかげである。


 具房は釈然としない気持ちを抱きつつ、京へと軍を向かわせた。浅井軍は撃破したが、もうじき体勢を立て直した朝倉軍がやってくるからだ。


「では、上手くやれよ」


「はっ!」


 去り際に、具房は半蔵に指示を出した。いよいよ形成されつつある信長包囲網。それを弱体化する作戦を実行するために。







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