孫一の愛銃
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雑賀衆を降し、凱旋した具房たち。津では大規模な式典が開かれた。沿道に町民や兵士たちの家族が集まり歓声を送る。具房たちはそれに手を振って応えた。
とはいえ、この場は喜びばかりではない。悲しみもある。戦闘で死亡した兵士の家族もいるためだ。彼らは既に戦死を知らされている。戦後処理で真っ先に行われるのが生存確認。そこで戦死が確認されると兵営に通知され、家族に報告される。今回は約五百名の死者が出ていた。
戦死者は各地にある『忠魂碑』に祀られることとなっていた。もちろん、各家庭にお骨や遺品も届けられる。だが、なかには本当は生きているのではないか? そう考えて凱旋式典に顔を出す遺族も多い。
そんな悲喜交々な式典が終わり、家族との再会を終えると伊勢には日常が戻ってくる。しかし、新参である孫一にとって、伊勢の日常は非日常であった。
雑賀衆は具房に降伏し、その傘下に入った。その際、雑賀荘から技術者(孫一など鉄砲の扱いが上手い者や鉄砲を作る職人)を引き抜き、津に集めていた。これは反乱防止のためである。孫一たち直接の軍事力のみならず、職人をも奪うことで、他勢力に対する鉄砲の供給を断つこととした。
この影響をもろに受けたのが根来寺である。彼らは周辺から鉄砲を買いつけようにも、雑賀衆が北畠家に属したことで、北畠家か織田家からしか買うことができない。しかも彼らは内陸に拠点があるため、遠方の勢力から買うわけにもいかなかった。これによって根来寺は軍事力に制約がかけられることとなり、最終的に雑賀衆と争っていた領土を寺領に確定するという条件で、北畠家の支配に服すこととなる。
また、雑賀衆は鉄砲傭兵集団であるのみならず、優れた船乗り集団でもある。ゆえに慢性的に不足していた船員を補うという意味でも、彼らの服属は大きな意味があった。なぜなら、船はできても乗組員の養成が追いついていないのが実情だったからだ。
「雑賀平定、おめでとうございます」
「ありがとう」
滝川一益がお祝いにやってきた。雑賀衆平定戦にあたっては、堺商人のみならず、織田家にも協力してもらった。兵を派遣してもらったわけではないが、兵糧の融通など陰ながら支えてくれていたのだ。お返しに火縄銃を融通する。渡すのは輸出用のものだ。北畠軍が装備する銃にはライフリングが施されている。一方、輸出用は滑腔砲だ。もちろん、それを信長は知らない。
このように織田家とは持ちつ持たれつの関係を築いていた。それとは対照的に、義昭との関係は微妙になってきている。
「紀伊をお返し願いたい」
「お断りします」
畠山高政が義昭の使者としてやってきて、具房に紀伊の返還を求めた。もちろん断る。雑賀衆の平定は厚意でやったわけではない。それに、平定にあたっては犠牲も出ている。何の補償もなくただ「寄越せ」というのは、いくら将軍とはいえ横暴というものだろう。
義昭がなぜこんなことを言い出したのかはわかっている。それは目の前で『紀伊を返せ』とのたまった高政が原因だ。彼は義昭を将軍とするために尽力した「忠臣」のひとりである。また、畠山家は足利一門であり、河内と紀伊守護を担っていた。紀伊の返還命令はその一環である。
室町幕府を復権させるためには、これら名門を復活させる必要がある。そのためには他人の領地を掠め取ろうが構わないと考えているのだ。特に北畠家は南北朝時代の敵である。多少の損をさせたところで問題ないーーそんな考えが義昭たちの心の底にあるのだ。
(時代錯誤だな)
南北朝時代など過去の出来事だ。当事者も、この世には誰ひとりとして残っていない。にもかかわらず、それを引きずっているのだ。具房からすればバカバカしい。しかし、それこそが幕府を支える秩序なのである。過去に祖先がどのようなことをしたかーーそれが今の自分を決める要素だ。過去に縛られるのは必然だ。だからこそ、具房は改革する。過去ではなく、未来に生きる世の中を創るために。
「……よろしいので?」
高政の言葉が不穏なものになる。拒否したことを義昭に伝えるが、それでもいいのかということだ。具房に異存はない。何かできるならやってみろ、と言わんばかりだ。事実、北畠家と織田家が支えなければ義昭は将軍の地位を保つことさえ怪しい。その弱みにつけ込んだ形だ。
結局、高政は文句を垂れるだけで帰っていった。彼はことの顛末を義昭に報告する際、なるべく具房の印象が悪くなるように脚色を行った。それを真に受けた義昭は激昂し、信長たちに討伐するように命じる。だが、周りの大名には具房が先に手を回していたため、逆に諌められた。彼らも、戦で獲得した領土を一方的に取り上げられることは承服できない。具房は彼らの同情を集めたのだ。日野輝資などの公家衆も、義昭をなだめる側に回った。これにより、事態は有耶無耶となってしまう。具房の作戦勝ちだった。
「どうだ、我が軍は?」
そんな醜い政治闘争に片をつけた具房は、新たに加入した雑賀衆に軍の訓練の様子を見せて回っていた。冬場には新兵が入ってくるため、基礎的な訓練(行進などの団体行動や体力トレーニング)が行われている。だが、その目玉は射撃だ。
新兵は銃の操作を一から学ぶ。先述の通り、北畠軍の銃はライフリングが施された特殊な銃であるため、鉄砲のスペシャリストである雑賀衆にもこれに交ざって訓練させた。最初は何で俺たちが……と納得いかない様子だったが、最初の訓練でこれまでの常識が通用しないと知り、真面目に取り組んだ。
「凄えな……」
射撃の列を待つ孫一に話しかければ、そんな感想が返ってくる。何百という兵士が続け様に銃を撃つ光景など、この時代ではそう目にするものではない。雑賀衆もそうだ。訓練で弾を湯水のように使うことはない。狩りか、下手すると実戦で使うだけだ。なにせ、硝石は貴重なのだから。
「だがなあ……」
しかし、孫一には不満があった。それは北畠軍と戦ったときに感じた連射性能の不足だ。いかに鉄砲を大量運用しようとも、こればかりはどうしようもない。そんな孫一の様子に目ざとく気づいた具房はどうした? と訊ねた。
「何でもない」
と孫一。だが、具房は何でもないことはないだろう、と食い下がった。そのしつこさに孫一が先に折れ、銃器の連射性の不足を指摘した。これに対して、具房はその通りだと大きく頷く。彼はボルトアクション式の銃を開発させているが、ゆくゆくは機関銃の開発にまで漕ぎ着けたいと考えている。孫一の意見はもっともだ。
とはいえ、連射性の改善に何の回答も用意していないわけではない。
「ついてこい」
具房は孫一を連れて職人町にやってきた。そこにあるものを見せるために。職人のひとりにそれを持ってこさせる。
「これは?」
「大将級四分(約12mm)試作銃だ。まあ、職人たちは"竜舌号"と呼んでいるが」
説明をしながら孫一に竜舌号を手渡す。すると、その重さに取り落としそうになる。具房はそれを予測していたため、支えることができた。なぜ予測できたかといえば、彼自身が同じ体験をしたからである。
この竜舌号の重さは約十五キロにもなる。普通の火縄銃の感覚で持つと、重さの違いに戸惑う。ちなみに「竜舌号」という名前は、三国志演義に出てくる「竜舌弓」という弓の名前が元ネタである。これは三国志の飛将・呂布が使ったとされる弓だ。銃器としては圧倒的な威力を持つことから、この名がついた。なおスペックは、
全長:140cm
重量:15kg
口径:12.7mm
作動方式:ボルトアクション式
装弾数:五発
というもの。ほぼPGMへカートⅡだ。銃口のマズルブレーキまでそっくり。参考にしたのだから無理もない。ボルトアクション式の大口径ライフルと聞いて、具房はこれしか思い浮かばなかったのだ。ボルトアクション式の銃ーーその実用化は先の話だが、既に機構は完成していた。あとは小型化のみである。
「奇妙な形の銃だな」
だが、重いこれが連射性の改善にどう役に立つのか? と孫一の視線が語る。具房は撃てばわかる、と射撃場に向かった。軍が訓練をしているところではなく、山間にある場所だ。ここでは普段、大砲の射撃などが行われる。そこで具房自ら試射を行う。ターゲットは戦場で鹵獲した鎧。普通の火縄銃でも貫通できるものだが、驚くべきはその距離である。
「こんなに遠いのか!?」
孫一が悲鳴にも似た声を上げる。その距離、およそ五百メートル。普通の火縄銃であれば、弾丸が地面にめり込むような距離だ。しかし、具房は気にした様子もなく射撃の準備をしていく。
箱型弾倉を装着し、二脚を立てる。ボルトを引き、初弾を薬室に送り込む。具房は地面に寝そべり、伏射の体勢をとった。火縄銃とは違い、竜舌号では照準器にピープサイトを採用している。普通の照門は溝だが、ピープサイトでは穴になっており、ピンホール効果によって像がはっきりと見えるようになっていた。本当は光学照準器をつけたかったのだが職人がおらず、育成中である。完成はまだ先の話になりそうだ。
具房は照準を合わせ、引き金を引く。ズドンッ! という凄まじい音とともに弾丸は発射される。火縄銃はパン! という軽い発砲音がするが、それとは大違いだ。
マズルブレーキから出たガスが左右に噴出し、砂埃が上がった。また、これによってかなり軽減されているとはいえ、強烈な衝撃が肩に伝わる。
「くうっ!」
具房は呻く。ただ、その対価として威力は絶大だ。発射された弾丸は鎧の中心に命中。そして、それを真っ二つに切断した。
「なっ!?」
鎧を貫通するどころか真っ二つにする威力に、孫一は目を見開く。
「どうだ?」
「凄え……」
だが、と孫一。たしかに鎧が真っ二つになるほどの威力ーー人体があったとしても、それもろとも切断するだろう圧倒的な威力を目の当たりにすれば、敵の戦意を挫けるだろう。しかし、それでは本来の目的で有る連射性の改善にはならない。
「まあ見てみろ」
具房は笑ってまた射撃姿勢をとる。的は切断された鎧に代わってコンクリートブロックが置かれた。ローマンコンクリートで、津城や長島城にも使われている。具房はボルトを引く。薬莢が薬室から排莢され、カランという音を立てる。
コンクリートに照準を合わせ、具房は引金を引く。再び爆音とともに弾丸が撃ち出され、目標を破砕した。だが、それだけでは先ほどまでと何も変わらない。変化はここから。
具房は再びボルトを引いて排莢。そして別の的に照準を合わせて引金を引く。火縄銃の発射速度とは比較にならない。それは弾倉が空になるまで続いた。これで終わりか、と孫一が思っていたら具房は弾倉を交換。射撃を継続する。計九発を連射して見せた。
「これなら問題ないだろう?」
「ああ……」
孫一はもう言葉はなかった。文句なしである。だが、問題はやはりその重さだ。
「戦場でそんな重い物を使えるのか?」
「無理だな」
具房はあっさりと認め、小型化を進めていると話す。これを聞いた孫一は、降伏しておいてよかったと心底思った。もしこれが完成した状態で北畠軍と戦ったなら……恐らく、自分の命はなかっただろう。いや、雑賀衆のどれだけが生き残れたかすらわからない。少なくとも、より深刻な被害を被っていただろう。
だが、そんな恐怖感よりも孫一を駆り立てていたのは好奇心であった。竜舌号を撃ちたいーーそんな欲求が彼を突き動かす。
「な、なあ……」
「撃ちたいか?」
具房が先回りして言うと、孫一の目が子どものように輝いた。いい年したおっさんがそんな顔をするのはどうなんだ? と思わなくもなかったが、まあいいかと気にしないことにする。ここでダメ、と言ったらどんな顔をするんだろう? なんてことを考えたが、実行に移すことはせず、撃ち方を丁寧に教える。
結果、孫一は優秀なスナイパーだった。滑腔砲である火縄銃で目標を狙い撃ちする技術を持つ彼に、ライフリングを施した銃を持たせれば鬼に金棒だ。また、雑賀衆の多くも孫一には劣れど、優秀な成績を残した。これを受けて花部隊に雑賀衆を中心としたスナイパー部隊を設立。竜舌号と同型の対物ライフルを配備している。これにより、北畠軍の戦力は飛躍的に向上したのだった。