雑賀衆
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具房が伊勢に帰国したのは義昭から逃げるためだ。しかし、同時に畿内の人間からのアクセスを難しくしたのも事実である。一番苦労しているのが、大きな商いをしている今井宗久たち堺商人だ。
「伊勢は遠いですな」
「ご足労をかけてすまない」
「いえいえ。事情はある程度知っていますから」
さすがにあれはどうかと思いますよ、と宗久。改元についてのあれこれを知っているらしい。まあ、商人は情報が大事だから当然だ。特に今井宗久は京の政治に食い込んでいる。金の話ならば、彼のところに舞い込んでいてもおかしくはない。
とりあえず、具房ははるばる津まで来てくれたことを謝す。だが、彼がやって来たのは久しぶりのことだ。普段は、津にある支店の店長がやってくる。一体どういう風の吹き回しだ? と具房は疑問に思う。
「突然の来訪はいかがいたしたのかな?」
「お願いがありまして……」
そう言って宗久が切り出したのは、例によって堺への定期便の増便要請であった。支店長からずっと言われ続けたことだが、具房が一向に首を縦に振らないため、宗久自身が出てきたのだろう。しかし、たとえ宗久が自ら出向いたところで答えはノーだ。
「すまないが、船がないのだ」
船がないーーそれが理由である。建前ではない。本当にないのだ。造船所はフル稼働しているものの、完成した船は蝦夷地の航路に振り向けられている。
幸運なことに、北畠海軍が東海道の海運を支配していた。織田家や徳川家は陸での戦いに忙しく、今川家は滅亡寸前。北条家も里見氏と激しい潰しあいをしている。一方、北畠家は戦もそれほどしておらず、余裕があった。ゆえに需要が北畠海軍に向かうのだ。長距離の航路にはガレオン、短距離の航路には和船を投入していた。それでもなお足りていない。
「でしたら我々がご用意いたしましょう」
宗久は大型船を堺商人が建造するという。もちろん、具房は断った。ガレオンの建造技術をみすみす渡すわけにはいかない。あれは鳥羽成忠たちが聞きかじった知識を元に苦労して再現したものだ。いくら主君とはいえ、それを他者に渡すわけにはいかない。
「そうですか……」
残念そうな宗久。商売の種を潰されて残念に思っているのは確かだが、真の狙いは同情を誘って譲歩を引き出すことだ。だから具房は特に反応を示さなかった。とはいえ、何もないと今後の関係に悪影響が出る。そこで、通常の和船を発注した。
今後もよろしく、と今後も関係を維持していくことを確認した。しかしある日、問題が発生する。
「御所様。堺船が襲われました」
「何だと?」
なんと、津と堺を往復していた船が襲撃を受けたというのだ。具房は法部奉行・鳥屋尾満栄を呼び出し、乗組員などに対する聞き取り調査を命じる。その結果、襲撃してきたのは紀伊に拠点を持つ土豪集団ーー雑賀衆であることが判明した。
「不敬な……。ただちに討伐いたしましょう!」
「待て。逸るな。何かの間違いかもしれん。まずは事実確認だ」
憤りを露わにする満栄に対し、具房は冷静な対応を指示した。商船には護衛艦隊を同行させる。雑賀衆に対しては使者を出し、事実関係を照会した。彼らの返答は、襲撃は事実であるということ。理由は、近隣海域における海運のシェアを奪われたから。止めてほしければ、堺との交易は雑賀衆の船を使ってやれということらしい。
(発想が完全にテロリストじゃねえか……)
もしテロリストを『公権力の統制が効かない武装勢力』と定義するのなら、雑賀衆のような独立した土豪集団や寺社が持つ僧兵、そして何より一向宗の一向一揆は間違いなくそれに該当する。
正直、紀伊に出兵などご免である。地形は険しく、高野山や根来寺、そして雑賀衆とテロリストが「これでもか」といるのだから。ゆえに対話による解決を模索するが、使者を送ろうとした矢先に商船が襲撃を受けたとの連絡が入る。
「またか!」
「はっ。幸い、敵は護衛をしていた九鬼様によって撃退されましたが、その際に撃沈した敵船の乗組員を訊問したところ、雑賀衆の者だと判明いたしました」
その報告に、臨時で招集されていた評定の場は荒れに荒れた。というより、報復せよとの大合唱。雑賀衆に鉄槌を! とのシュプレヒコールが鳴り止まない。
「このままでは伊勢国司家の家名が傷つきます!」
「殿、雑賀衆に目に物を見せてやりましょうぞ!」
「ご決断を!」
鳥羽成忠、鳥屋尾満栄といった旧臣に加え、冷静な本多正信なども憤りを露わにする。こんな舐めた行為を許してはおけない、と。やはり、テロリストに話し合いは通じないようだ。
「……わかった」
具房も平和路線ばかり唱えてはいられない、と立ち上がる。その場で宣言した。
「これから、雑賀衆のごとき無法者は許さぬ!」
「「「おおっ!」」」
家臣たちは拍手喝采。具房の株は爆上がりした。その勢いそのままに紀伊討伐軍が編成される。兵士の動員はもちろんのこと、物資も潤沢に投入された。損害を受けた堺商人も協力してくれている。
また、面倒はご免だと雑賀衆以外のテロリストたち(寺社勢力)に勧告した。こちらに味方するならば、手は出さないと。これに対して、根来寺が好意的な回答をした。彼らは雑賀衆と領土で揉めており、彼らを潰すなら協力するというのだ。しかし、他はあまり好意的ではない。熊野三山、粉河寺、高野山は明確な返答はせず、中立を表明した。
「……まあいい」
具房は紀伊全体を敵に回すと面倒なので、それらはとりあえず放置することとした。津に集結した兵たちの前で、具房は訓示をする。
「先日、雑賀衆による背信的攻撃により、商船が襲撃されたことは知っていると思う。我らは雑賀衆に害意などない! しかし、奴らは我らに牙を剥き、あまつさえ無理難題を突きつけた! わたしはこれを放置できない! ゆえに、ここに宣言しよう。雑賀衆を討ち、その無道を正すと。そのために、諸君の力を貸してほしい!」
「「「応ッ!」」」
兵士たちの士気は高い。具房が声高に正義は我にあり、と唱えているからだ。人間、立場が強いと調子に乗る。その心理を具房は上手く利用した。
「冬が近い。その前に決着をつけるぞ」
「「「オオーッ!」」」
かくして北畠軍が伊勢を発った。その陣容は具房を総大将とした三旗衆(三千)と伊勢兵団(一万)。彼らは松永久秀によって未だ平定戦が続く大和を通り、和泉の岸和田城付近に駐屯した。また、根来寺も僧兵を集結させている。
このような北畠軍の動きに対して、雑賀衆も戦闘員を集めて和泉との国境に陣を張った。数は約五千。山岳地帯の防衛には十分といえる。指揮官である鈴木孫一(重秀)は、
「敵が来たら、大将の額に風穴を開けてやるよ。このオレ様がな!」
と気炎を揚げていた。
「大将にはまだまだ負けませんぜ」
「大将首は我らがいただきですわ」
などと、配下も孫一に言い返す。実際、雑賀衆はこの時代における最先端の装備(鉄砲)を多数装備し、全員が優れた射手であった。なおかつ自分たちが有利な守備側であるから、その自信はただの強がりではない。
具房も雑賀衆の鉄砲の恐ろしさは知っていた。当然、対策も考えてある。具房は兵を孝子峠と大川峠の入口付近に進め、塹壕を掘って待機させた。敵前で穴掘りを始めたのを観た孫一たちは爆笑する。
「はははっ! あいつらはバカか? 落とし穴を掘って自分で入りやがった!」
塹壕を知らない孫一たち雑賀衆はそのように解釈した。実際は雑賀衆の銃撃を警戒してのことである。また、遮蔽物としての意味合いもあった。塹壕の陰では迫撃砲などが準備されている。砲弾も十分な量が蓄積され、総攻撃を待つばかりだ。だが、具房は攻撃しなかった。
「どうした! 怖気づいたか!?」
痺れを切らした孫一たちが挑発をしたが、北畠軍は沈黙を保つ。領民兵であれば怒りに任せて飛び出しかねないが、北畠軍は訓練を受けた常備兵。何があろうと命令があるまでは動かない。
「チッ。腰抜けどもが」
孫一はそう吐き捨てて、一度後方基地である中野城に戻った。だがそこで、彼は具房の狙いを知ることになる。
ある日の早朝。まだ日も登らないような時間のことだった。多くの人間は寝静まっている。孫一も例外ではなく、いびきをかいて眠っていた。ところが、突如として聞こえた轟音で強制的に叩き起こされる。
「……何だ?」
ーードーン
ーードーン
ーードーン
という音が断続的に響く。何が起きているのか、と寝ぼけ目で外を見る孫一。だが、外を見た瞬間に眠気など吹き飛んでいた。紀ノ川の対岸ーー本城である雑賀城があるところが燃えていたからだ。
この犯人は、海路でやってきた北畠海軍である。戦闘艦隊が沿岸に接近。戦列艦やフリゲートが盛んに大砲を撃ち込んでいるのだ。弾種は榴弾。木造建築物はよく燃える。さらに随伴する商業艦隊は志摩兵団(二千)を載せており、朝日が登るのを合図に敵前上陸を敢行する予定だ。これはその準備砲撃だった。
戦闘艦隊は砲身が焼けないよう、左右の大砲をバランスよく使いつつ砲撃を継続する。雑賀衆に反撃する手段はない。これが津ならば話は違った。艦船による沿岸砲撃を想定し、各所に砲台を設置しているからだ。しかし、ないものはない。雑賀衆にできることは、ひたすら耐えることだけだ。
「これはまずいぞ!」
孫一は慌てて和泉との国境に向かう。ここにいる兵をいくらか引き連れ、雑賀城の援軍に向かおうとしたのだ。しかし、現地に着いてからそれは叶わぬことだと知る。なぜなら、国境地帯でも北畠軍による砲撃が始まっていたからだ。具房が動かなかったのは、志摩兵団の到着を待っていたから。到着したという連絡を受けたため、攻撃を指示した。
対して、雑賀衆は逃げ惑うばかり。誰もが初めて経験する大砲の威力に右往左往。反撃しようにも、敵は鉄砲の射程外。反撃などできるはずなかった。
悪いことは重なる。根来寺に集結していた僧兵も、北畠軍の動きに呼応して寺を出たのだ。これで雑賀衆は東西と北から圧迫を受けることとなる。
「北畠め……っ!」
孫一はほぞを噛む。だが時すでに遅し。雑賀衆は態勢を立て直せないまま、日の出を迎えた。同時に、北畠軍の総攻撃が始まる。
西から志摩兵団が小舟に分乗して上陸を敢行した。
「小癪な。追い落とせ!」
孫一の父である鈴木佐大夫(重意)が雑賀城に残っていた者たちで迎撃するよう命じたが、志摩兵団は素早く浸透。あっという間に射線を外され、雑賀衆は思うように損害を与えられない。逆に志摩兵団からは雑賀衆の姿が丸見えであり、擲弾筒や迫撃砲で手際よく制圧されていった。
やむなく重意は籠城を選択するが、大砲が揚陸されると城門や城壁は次々と破壊される。結局、雑賀城は半刻(一時間)あまりで落城した。
「佐大夫殿。神妙にしていただこう」
「むう……」
志摩兵団の指揮官である鳥羽成忠は、雑賀城内を制圧して鈴木佐大夫を捕縛した。捕らえられた佐大夫は悔しそうに唇を噛む。成忠は雑賀城を守る部隊を残し、北上した。目指すは孝子峠と大川峠だ。
そのころ、その峠では北畠軍が進撃を開始していた。砲兵隊からの援護射撃を背景に、歩兵部隊が喊声を上げて突撃する。雑賀衆は下手に身を晒せば砲弾の餌食となってしまうため、身を隠し続けるしかない。だが、隠れていても砲弾に吹き飛ばされる者は出てしまう。いつ自分に砲弾が当たるのかーーその恐怖感は歴戦の雑賀衆をしても耐えられず、逃げ出す者も出る。
砲撃は永遠に感じられたが、さすがに味方を撃つわけにはいかないため止められる。本当なら数分間、砲撃が止んだことを確認するのが普通だが、そんなことをしていては敵がやってくる。
(もう、どうにでもなりやがれ!)
孫一はヤケクソで身を晒し、鉄砲を構える。攻め寄せる北畠軍が間近に迫っていた。
「野郎ども! 敵だ! 敵が来たぞ!」
孫一は叫びつつ引き金を引く。熟練した射手である孫一は、見たなかで一番偉そうな人間(小隊長)を撃ち、見事に命中させる。部隊指揮官を失えば部隊は瓦解するーーそれがこの時代の常識であり、ゆえに孫一も指揮官を狙った。ところが、北畠軍に指揮系統の乱れはない。小隊長の戦死により、先任将校が指揮を引き継いだ。
具房は雑賀衆との戦闘にあたり、基本となる戦闘単位を従来の中隊から分隊に変更している。これにより、隊長による部隊掌握が容易になり、指揮系統喪失(指揮官戦死)による部隊の再掌握がより容易になった。結果はこの通り。
「狂ってやがる……」
孫一はこれを脅迫によって兵を追い立てていると勘違いし、狂っていると評価した。以後も孫一たちは必死に銃を撃ち続けたが、火縄銃の発射速度では突撃する歩兵を防ぐことはできない。孫一は火縄銃の発射速度の遅さを呪う。しかし、そんなことをしてもどうにもならなかった。雑賀衆は押し込まれ、白兵戦に持ち込まれる。
「上手い奴は下がれ! 下がって敵を狙い撃て!」
混乱する戦場で、孫一や土橋若大夫(守重)以下の射撃の名手が後退し、物陰に身を隠す。そこから敵を狙い撃つ作戦だ。弾込め役をひとり連れ、射撃速度を上げようと工夫していた。さすがというべきか、敵味方が入り乱れる戦場でも、孫一たちは敵だけを見事に狙い撃つ。
(さすがだな)
報告を受けた具房は、つい感心する。もちろん、そんな場合ではない。だが、ライフリングのない火縄銃で狙い通りに射撃することは難しいのだ。孫一たち雑賀衆の技量は褒められるべきである。
しかし、雑賀衆のような射撃の名手を相手にすることも具房は考えていた。彼が近代軍を作っているのは知識チートを楽しみたかったわけではなく、本願寺を敵に回しても速攻で制圧できるようにするためだ。仮想敵には当然ながら雑賀衆も含まれ、彼らへの対応も立てていた。現場では既に対策がとられている。
「撃て!」
指揮官の号令に従い、北畠軍は擲弾筒を敵の射手が潜む物陰に撃ち込む。この手の火砲特有の曲射弾道を描き、砲弾は戦場を飛び越えて敵後方に着弾。破壊を撒き散らす。
(何だと!?)
自分たちが潜む場所を的確に狙われるなど想定外。孫一は激しく狼狽する。
また、雑賀衆は白兵戦に持ち込まれたために甚大な被害が出ていた。雑賀衆も接近戦の心得はある。だが、北畠軍はそれ以上だ。なにせ、塚原卜伝から鹿島新当流を学んでいるのだから。
旗色は雑賀衆にとって最悪だった。孫一は撤退を決断する。いや、しようとした。ところが、後ろを振り返って絶望する。峠の背後を守っていた中野城が煙を上げていたからだ。その下では、城に近づく人の集団ーー北畠軍。
「なぜ!?」
孫一にはわけがわからなかった。しかし、現実に中野城は攻撃を受けている。つまり、孫一たちは南北から挟撃されているのだ。
(いや、南北だけじゃねえ)
紀ノ川北岸、その上流には根来寺がある。そこからも敵がやってくるはずだ。逃げ道は西しかないーーが、そこは海。
(行くしかねえか……)
だが、他に道はない。孫一たちは西へ西へと撤退。淡嶋神社まで押し込まれた。雑賀衆がそこに入ったところで、北畠軍による追撃は止んだ。代わりに離間工作が始まる。雑賀衆を構成する村は北畠軍によって制圧された。孫一の下にいる部下の家族がやってきて盛んに投降を訴えるのだ。
「もう戦わなくていいんだよ!」
「帰っておいで!」
と訴える。その結果、日に日に部下は減っていった。そして止めとばかりに投入されたのが、北畠海軍の戦闘艦隊。海上から沿岸ギリギリを狙って砲撃され、見上げるほどの高さになる水柱が林立した。そんな演出を加えた上で、孫一の許に投降を促す使者が送られてくる。孫一を驚かせたのは、その使者が彼の父である佐大夫だったことだ。
「ここまでだ、孫一。我らは虎の尾を踏んだ」
「待てよ親父。オレたちはまだ戦えるぜ!?」
「ああ。お前は戦えるだろう。だが、部下たちはどうする? 儂もだが、家族は既に敵方の手に落ちている。枕を高くしては眠れないぞ?」
「うっ……」
孫一は痛いところを突かれた。たしかに、これ以上北畠家に歯向かい続ければ反乱が起きる危険がある。紀伊を脱出しようにも、逃げ道がどこにもなかった。佐大夫は孫一に、責任ある立場の者として決断を迫る。
「……わかった」
たっぷり悩んだ末に孫一は降伏を決断する。佐大夫は何も言わず、息子の肩を叩いた。孫一は佐大夫に付き添われて雑賀城に向かう。かつての居城には今、具房の本陣が置かれていた。
「伊勢宰相様。こちらが息子の孫一にございます」
「鈴木孫一です。某の首で、どうか部下たちは……」
孫一は自分の首を差し出すので、と言って部下たちの助命を願った。焦ったのは佐大夫である。
「いえ。十ヶ郷の惣領である自分が腹を切ります。ですから、どうか息子は!」
自分の命と引き換えに孫一の助命を求めた。
「親父ーー」
「いいからお主は黙っておれ! 伊勢様、どうか!」
佐大夫は必死である。孫一を一喝して黙らせると、頭を床に擦りつけて息子の助命を懇願した。懇願された具房はというと、上座でニヤリと笑っている。実に不気味だ。
「こほん」
その横に侍る知恵袋ーー本多正信が咳払い。何も言わないが、チラリと向けられた瞳には悪ふざけも大概に、と書いてあった。具房はバレたか、と苦笑する。そして、孫一たちに声をかけた。
「必要ない」
「「は?」」
親子揃って頭に疑問符を浮かべる。さすがは親子。声も顔もそっくりだ。具房はつい笑ってしまいそうになるが、ここは真面目な場面なので堪える。
「身体で償ってもらうからな」
その瞬間、空気が変わった。驚きが場を満たす。特に鈴木親子の顔が凍ったような気がした。当然、具房もそれは感じている。
(どうしたんだ?)
ゆえに、首をかしげた。何か変なことを言ったのかと。そして自身の発言を振り返り、気づく。
(これ、衆道の誘い文句みたいじゃねえか)
身体で償うーー女性に向けたらエロい行為を想起させること間違いないが、男に向けると肉体労働という意味でつい使ってしまいがちである。しかし、戦国時代は衆道が普通に存在した。つまり、女性に向けたときの用法が男に適用されてもおかしくないのである。
政治家の言い訳でも何でもなく、誤解を招く表現であった。しかも、佐大夫はおじいちゃん。孫一も中年のおじさんである。ジジ専と思われたくはない具房。ホモ自体は否定する気はない。だが、彼自身は若い女の子が好きなのである。
だが、ここで慌てて発言を取り消したのでは威厳が損なわれてしまう。具房は自身の生まれに苛立ちを覚えつつ、やんわりと発言を訂正した。
「孫一たち雑賀衆には、これより我が軍の射手として活躍してもらいたい」
「はっ」
あからさまにほっとしていた。最後に若干のトラブル(自爆?)がありつつも、具房は雑賀衆との戦いに勝利。彼らを傘下に収めたのだった。