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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第三章
28/226

足利義昭


あとがきに具房の子どもたちについて簡単にまとめています。


 



 ーーーーーー




 永禄十年(1567年)。難攻不落の堅城、稲葉山城が陥落した。城主・斎藤龍興は逃亡した。具房は半蔵からの報告で、龍興は願証寺に保護を求めたことを知っている。無論、信長にも伝えた。迷惑をかける、と謝られる。対策は十分なので気にしないでほしいと言っておく。元々、一向宗(浄土真宗)は危険因子と認識している。だからこそ長島城をガチガチに固めているのだ。


「これより、井ノ口を岐阜と改める」


 信長は地名を岐阜と改め、稲葉山城も岐阜城と名前を変えた。落城後の評定が開かれる。


「まず、義弟殿。この城を早々に落とすことができたのは、義弟殿のおかげだ。感謝いたす」


「お役に立てたようで何よりです」


 冒頭、援軍に対する感謝の言葉があった。具房は軽く頭を下げる。実験も兼ねていたので、彼としてもおいしい話だった。感謝されることでもない。話はこれで終わる。


 その後の論功行賞では切り取った領土の分配が行われた。一番、出世したのはやはり秀吉である。


「サル。此度の働き、見事であった。墨俣を与える」


「ははっ!」


「また、竹中半兵衛らを与力とすることを認めよう」


「ありがとうございます!」


 秀吉はこの他にも蜂須賀正勝、前野長康らを配下としている。出世街道を爆走する準備は着々と整いつつあった。


 また、降伏した西美濃三人衆については約束通り、所領を安堵されている。斎藤家の旧臣も、降伏すれば寛大な処置が下された。


「岐阜を落せたことは、ひとえに諸君の奮闘ゆえである。今夜は宴だ」


「「「応ッ!」」」


 その言葉に家臣たちは威勢よく応えた。さすがに戦後間もないこともあり、宴会といっても簡単なものだ。あるのは酒と簡単な肴。山海の珍味を集めた盛大な宴会ーーとはならない。そこで、具房は信長と酒を飲み交わす。


「我は酒を好まぬ。判断を鈍らせるゆえな」


「わたしも同じです」


 しかし、二人は乾杯のときに少し口にしただけで、すぐお酒を止める。下座では家臣たちがドンチャン騒ぎをしていた。それを見ながら、二人はゆっくりと話をする。話のメインは、やはり大砲についてだった。


「あの大筒というのはすごいな。火縄銃については感謝しているが……」


 信長は具房をチラチラ見る。何を求めているのかは、言われずとも理解できた。


「あまり数は用意できませんが、販売します」


 完成品には程遠い代物だ。具房は輸出することに抵抗はない。それを聞くと、信長はたちどころに上機嫌になる。とてもわかりやすい。


「羽林様。此度はありがとうございました」


 そこへ秀吉がやってきた。先ほどまでドンチャン騒ぎの中心にいた人物である。どうやって抜け出してきたのか不明だが、用向きは城攻めでの感謝を伝えるためらしい。


「いえ。木下殿の出世は、ご自身の力によるものですよ」


 具房はあくまでも秀吉の力だと褒める。


「それに、わたしが何かしなくても腹案があった様子。むしろ、お邪魔をしたようで申し訳ない」


「っ! いえ、そんなことは……」


 一瞬、秀吉の顔が強張る。具房は、秀吉が城の裏手に回って攻め落としたという伝承を聞いた覚えがあったので鎌をかけたのだが、当たりだったようだ。


「サル。大筒の威力はどうだ?」


「あれを用いれば、城攻めは容易くなるでしょう」


「そうだろう、そうだろう。よし、見事だ。褒美にこれをとらす」


 上機嫌な信長は、褒美に自身の瓢箪を与える。秀吉は馬印にいたします! と感激していた。彼は褒美の瓢箪を持って、ドンチャン騒ぎのなかに戻っていく。


「義弟殿。サルについてどう思う?」


「逸材ですね。叩き上げゆえに、人の心を掴むのが上手い。頭も回る」


 ああいう人物は大成する、と具房は断言する。それは秀吉が天下人となる史実を知っているからーーだけではない。こうして接してみてわかった。彼は人と接するのが上手い。信長と話しているときに、秀吉は自然に入ってきた。話が途切れたタイミングを見逃さず。だから話を中断させられたという不快感はまったくなかった。


 さらに、秀吉は百姓から雑兵を経て武将になった。彼は兵士のことをよくわかっており、ゆえに彼らが何を望んでいるのかーーそのニーズに応えることができる。これは、他の武士にはできないことだ。


(そういえば、信長と家康もそうか)


 具房は三英傑の思わぬ共通点に気づく。信長は尾張守護代家の分家。家康は今川家の服属領主。三英傑は、誰もが決して恵まれた身分ではなかった。しかしそんな下の身分の人々の気持ちを知るからこそ、天下をとるような大人物になったのだ。


「であるか。我もそう思う」


 そう言って信長は水を飲む。次の瞬間、彼の顔は引き締まっていた。


「次は西だ。そのために布石を打たねばな」


 義弟殿も協力してくれ、と要請があった。具房に否などあるはずなく、快諾した。


 三日後。具房たち北畠軍は伊勢に帰る。


「義弟殿。此度は簡素な宴だったが、次は盛大な宴をやろう」


「それは楽しみですね。わたしも宴を開こうと思います。是非ご参加ください」


 二人は互いに宴会を開き、招待するという約束をして別れた。




 ーーーーーー




 美濃平定後、北畠家は平穏そのものである。十一月に正親町天皇から信長に、第一皇子である誠仁親王の元服費用を負担するように求めてきた。信長を『古今無双の名将』と褒めるほど下手に出ている。信長はこれを渋った。しかし、朝廷は諦めない。信長を落とせないとわかるや、具房に話を持ってきたのだ。


「同じ源氏。勤皇の家ではないか」


「は、はあ……」


 勅使である久我通堅が熱弁を振るう。具房は困惑した。いや、元服費用を拠出させるために、本家筋を勅使に仕立て上げるか? と。朝廷の必死さにドン引きである。


 正直、あまり気は進まない。領地の開発に金はいくらあっても足りないからだ。そこで具房は話を保留にして、信長に提案をした。お金を折半しませんか? と。お土産として通堅と交渉し、官位を上げてもらえるようにした。親王の元服費用を負担した、という名誉だけでなく、官位という実利を求めたのだ。


 ここまでお膳立てしたことで、信長も了承。北畠家と織田家の連名で、元服費用を献上した。これによって誠仁親王は無事、元服式を済ませる。この功績で具房は従四位下参議に、信長は正五位下弾正少弼にそれぞれ昇進した。


 このように、北畠家と織田家は協調することで互いにいい影響をもたらしていた。そんな両家に目をつけた人間がいる。それが流離の将軍・足利義昭であった。


 年があけた永禄十一年(1568年)。細川藤孝が使者としてやってきて要請(命令)をした。


「公方様は伊勢宰相(具房)殿に、上洛に協力するようにお望みです」


「わかりました。織田弾正(信長)殿とも調整してみます」


 具房は答えを保留にして、やはり信長と打ち合わせを行った。すると、信長から積極的に受け入れるという返事がきた。


「既に迎えを出したのか……」


 曰く、信長の許にも義昭から和田惟政がやってきて、同じように援軍を求めた。これを信長は快諾。惟政に家臣の村井貞勝らをつけて、義昭を迎えに行かせたという。


「公方(義昭)は朝倉に苛立ったのであろう」


「京では将軍宣下がありましたしね」


 具房の知恵袋といえる信虎と正信がそのように意見した。


 義昭は朝倉義景の許に身を寄せているわけだが、朝倉家は加賀一向一揆と激戦を繰り広げており、上洛することはできずにいた。また、足利義輝とべったりだった上杉輝虎にしても、国内がゴタゴタしていてやはり上洛できない。


 そうこうしているうちに、京では新たな将軍が誕生した。それは義輝を殺した仇敵・三好三人衆が擁立した足利義栄だ。自分こそ足利将軍家の正当な後継者であるーーそう考える義昭にとって、これは受け入れられない。ゆえに上洛を急ぎたいのだ。


 具房も信長がやるというならば、ということで受け入れた。準備を進めるよう、領内に命じる。いよいよ信長がスターダムを駆け上がるのだ。これから忙しくなるぞ、と気合を入れた。


 各方面と打ち合わせを行い、上洛作戦の計画が練られた。参加するのは北畠家、織田家、浅井家。作戦発動は九月となる。伊勢から北畠軍、美濃から織田軍が出て、北近江で織田軍と浅井軍が合流。南近江で北畠軍も合流し、京へと向かう。しかし、道中の六角家からなかなか協力がとりつけられずにいた。縁戚である具房がこれを説得することになっている。


 そんな問題があるけれども、具房は基本的に暇であった。なぜなら、具房は六角家から受けが悪いからである。彼は北伊勢に六角家が持つ影響力を排除した張本人だ。そんな相手からの要求をーーその背景がどうあれーー簡単に受け入れるはずがなかった。そのため、交渉は父・具教に任せている。具房は進捗を聞くばかりだ。


 暇な具房は内政に全力を傾けている。もちろん、家庭内も疎かにはしない。


「ちちうえ! みてください!」


「おお、宝。お手玉を五つもできるのか。凄いぞ!」


 この時代の武士としては珍しく、具房は育児に熱心であった。暇さえあれば、長女の宝(五歳)をはじめとして子どもたちのお守りをしている。


「ととさま……」


 宝を褒めちぎっていると、鶴松丸が抗議の声を上げる。彼は三歳となり、ほんの少し言葉を話せるようになった。姉ばかり見ずに自分も見てくれ、ということらしい。


「まあ。鶴松丸は甘えん坊ですね」


 葵がコロコロと笑う。彼女の腕には、すやすやと眠る亮丸(二歳)の姿があった。


「もう少ししっかりしてほしいわ」


 と厳しい評価をするのはお市。しかし、口ではそう言うけれども、その表情は柔らかい。母の顔だ。


 そんな、一家団欒の風景である。老齢のため、子どもたちの傅役となっている塚原卜伝も、具房たちを見守っていた。だが、それに納得できない者がいる。それが具房の妹・雪だ。


「お兄様!」


 今年で九歳となる彼女は、具房のことが大好きなブラコンであった。具教は正室の北の方(具房の生母)以外に、側室が何人かいる。しかし、雪の母親は早くに亡くなり、具教からは相手にされず、孤独だった。そんな彼女に変わらず相手をしてくれたのが具房なのだ。雪はそのときのことを鮮明に覚えている。


 ある日。具房が遊びに来て雪とおままごとをしていた。すると侍女が、


『若様。満姫様や栄姫様がお待ちですよ』


 私が代わるので、と言って具房と雪を引き離しにかかった。そんな娘を相手する必要はない、というわけだ。しかし、具房はこれをキッパリと拒否した。


『待つように伝えてくれ。順番だ』


 そう言って、侍女を下がらせた。


『……どうして?』


 雪は訊ねた。誰もが彼女を顧みない。しかし、具房だけは違う。それはなぜ? と。これに対して具房は、


『大事な妹だからだよ』


 と、あっけらかんと答えた。そこには打算も何もない。幼い雪には、それがよくわかった。


 それ以来、雪は具房に懐いた。具房も雪が冷遇されていることを知ったので、特別に可愛がるようになった。彼からすれば、足りていない家族愛を補おうと思ってのことだが、雪の受け取りは違う。自分は具房に『愛されている』と考えたのだ。


 具房が独立すると、すぐ津城へ移ることを望んだ。具教はぶっちゃけ娘ひとりどうなろうと構わないので、許可している。津へ来ると監視の目もなくなり、以前にも増して雪は甘えるようになった。だが、具房に子どもができたりして、彼の注意が少しずつそちらに向かい、最近はフラストレーションを溜めていた。それが爆発したのだ。


「お兄様。遊びましょう!」


「ゆ、雪。勉強はどうした?」


「終わりました」


 津へやってきた雪は、具房の方針で学校に通わされた。そこでの成績は優秀。学年首席を譲ったことは一度もない。賢いのは、具房が残していった本を暇つぶしに読んでいたためだ。このように雪のスペックは非常に高く、学校に通わせていた具房の狙い(勉強に忙しくてなかなか会えない)は外れてしまう。


 具房としては妹に懐かれて嬉しいのだが、ここにはそれを許さない人物がいる。宝だ。彼女は大好きなお父さんを雪に盗られると思い、頬を膨らませる。


「おばうえ! ちちうえをとらないで!」


「いいじゃない、少しくらい」


「ダメ!」


 ギャーギャーと喧嘩を始める。いつものことだ。ゆえに、具房の対応も慣れたものである。


「なら、二人一緒に遊ぼうか」


「……わかった」


「しょうがない」


 二人は渋々、納得する。こうして最初こそ喧嘩する二人だが、仲が悪いわけではない。遊んでいるうちは、まず喧嘩することはなかった。そして体力的な問題で宝が先にダウンし、雪が最終的に独占するのがいつもの流れである。


「お兄様〜」


 甘えてくる妹を相手しつつ、このままでいいのか? と心配な具房であった。




 ーーーーーー




 信長との再会は、意外にも早く訪れた。永禄十一年七月、岐阜城下の立政寺にて、足利義昭を迎えるためだ。ただ、宴会の約束はまだ先になりそうだが。二人は正装で義昭の登場を待つ。具房が無言の時間に耐えられずに信長と話そうかな、と考えたその瞬間、義昭の登場が告げられた。


(タイミング悪いな!)


 心のなかで毒づきつつ、具房は姿勢を正して頭を垂れる。わずかな衣擦れの音がした。着座したようだ。


「面を上げよ」


 そう促され、頭を上げる二人。そこで上座に座る義昭の姿を見た。少し太っている。義輝は『剣豪将軍』とあだ名されるだけあって引き締まっていたが、義昭は肥満ーーとまではいえないが、少しお腹が出ていた。仏門に入ったため、ろくに運動もしなかったのだろう。仕方がないといえるが、それでもこれが武家の棟梁かよ、と思わなくもない具房。しかし、そんな内心はおくびにも出さない。


「余が、足利将軍家の正当なる後継者、足利左馬頭である」


 などと偉ぶっているが、威厳も何もあったものではない。雰囲気的に、ただのおじさんだ。


「左馬頭様におかれましては、無事のご到着、祝着至極にございます」


 ホストである信長が歓迎の言葉を述べる。ただ、あまり気持ちは入っていないようだ。彼の言葉の響きはどこか空しい。


「うむ。して織田弾正。手筈は整っておろうな?」


「はっ。浅井のみならず、三好左京大夫(義継)、松永弾正(久秀)も協力するとのことです。ただ、上洛にはしばしのご猶予を」


「何ゆえじゃ?」


「六角から未だに返事がありませぬ」


 具房が答えた。すると、義昭は感情を露わにする。


「六角? 余を裏切ったあの痴れ者どもか! 構わぬ。踏み潰せ!」


 よほど腹立たしいのだろう。具房も盛大に裏切られたその気持ちはわからなくもなかったが、しかしその論理はおかしいと感じた。


「お待ちください。たしかに六角は左馬頭様を裏切りました。ですが、それは三好にしても松永にしても同じはず。彼らを許し、六角を許さぬのでは道理が通りませぬ」


「むむっ……」


 具房に言われて義昭は唸る。まったくその通りだ。反論の余地もない。だが早く上洛したいという焦りもあり、義昭は期限を定めた。


「ひと月待つ」


 義昭は譲歩した。ただ、それ以上は待たないということでもあった。具房はありがとうございます、と感謝を告げる。かくして、この日の面会は終わった。








【余談】雪姫の野望


本作では超絶ブラコン娘となっている雪姫。どれだけブラコンかというと、


「古代では異母兄弟の結婚はできたんです。今だってできない理由はありません!」


と言って憚らないほど。


【具房の子ども紹介】


名前:宝(1562〜)

生母:葵


名前:鶴松丸(1564〜)

生母:お市


名前:亮丸(1565〜)

生母:葵


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ありり? 武家でも無いのに 官位も下のヤツに 何でこんなにペコペコしてるの?
[良い点] あれ……雪姫って…… [気になる点] 北畠具教の四女で、1569年に9歳の織田信雄の妻となり、1576年の三瀬の変で死んじゃったけど、蘇って1585年に織田信雄の娘、小姫ちゃんを産んで、1…
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