美濃攻略
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「左馬頭様(足利義秋)は近く、近江(六角、浅井)、美濃(斎藤)、尾張(織田)の三国の兵を率いて上洛されるおつもりである。その名誉に、伊勢(北畠)も与るようにとお考えだ」
「承知仕った」
具房のところに足利義秋からの派兵要請(実質的には命令)がきた。具房はこれに応じ、軍を派遣する。相手は将軍家ということで、当主である具房自らが出向かなければならない。ぶっちゃけ面倒だ。気が進まないが、仕方ないと具房は準備を進めた。
当然のように信長とも連絡をとり、日程を調整する。義秋を介して他の大名とも連絡をとり合った結果、永禄九年(1566年)八月に上洛することとなった。これを受けて織田家と斎藤家が和睦するなど、大きな変化が起きている。
そして約束の期日に間に合わせるべく、信長と具房が先に上洛の兵を挙げた。ところが、そこで事件は起きる。斎藤家が和睦を反故にして織田軍を攻撃したのだ。信長はなす術なく、尾張へと逃げ帰っている。
事態はこれだけでは終わらない。義秋を支援していたはずの六角家までもが三好家に寝返った。義秋は止むを得ず、若狭武田家(当主が彼の義弟)を頼っている。
さて、斎藤家と再び交戦を始めた信長。当初は虚を突かれたために劣勢にならざるを得なかったが、態勢を立て直すと挽回している。反撃に出た信長は尾張国内で最後まで抵抗していた犬山城の織田信清を滅ぼし、その勢いで加治田城などの中濃の諸城を制圧。斎藤家の領地を東西に分断した。
「羽林様には援軍をお願いしたく」
「了解した。尾張守殿(信長)には『稲葉山城で会おう』とお伝えくだされ」
「確かに」
連絡役の滝川一益から、来年の美濃攻略での援軍を依頼された。信長曰く、西美濃三人衆(安藤守就、氏家直元、稲葉良通)が接触をしてきているらしく、裏切りは確実だということだ。具房は古木江城の織田軍とともに、大垣から稲葉山へと雪崩れ込むこととした。作戦の発動は来年である。
このように信長が美濃攻略に奔走するなか、具房はのんびりと内政に勤しんでいた。真珠の輸出は好調そのもの。販売を始めて数年が経ち、東アジアの商人ネットワークに引っかかったらしく、堺に世界各地から船がやってきているとか。
特に、南蛮人の食いつきがヤバいらしい。目の色を変えて買いつけるのだとか。なかには平気で定価の何倍もの金を出す者もいるのだという。今井宗久、津田宗及など馴染みの堺商人からは、真珠をもっと生産してくれと打診されていた。
しかし、具房は無闇に増やすつもりはなかった。なぜなら、堺商人を過大に儲けさせるつもりはないからだ。真珠などは北畠家の大事なドル箱商品。にもかかわらず、他人が多く儲けているのでは意味がない。今でも具房は堺商人に商品を委託販売させ、売り上げの六割を受け取っている。
なので、堺商人からのSOSには頑張れ、とだけ返しておく。真珠などの販売はこのまま据え置き、やがて独自のルートで販売するつもりだった。そのためには海軍の拡張は必須である。志摩各地や津城下にある造船所は毎日フル稼働していた。
他方では、お市と葵が子どもを産んだ。お市は男の子を産み、具房は己の幼名であった鶴松丸と名づけている。葵もまた男の子を産み、こちらは亮丸と名づけた。宝と合わせて子どもは三人となる。
「太郎様」
昼。具房がいつものように政務に勤しんでいると、そこに葵がやってきた。彼女は秘書役なので不思議ではないのだが、今回は定位置である具房の左横ではなく、正面に座った。どうやら、今回は『秘書』ではなく『工部奉行代理』として用事があるらしい(猪三の代理をしている。政部奉行代理はお市に代わった)。
「どうした?」
「かねてよりご指示があった『花火』が完成いたしました」
「っ! でかした!」
『花火』とは、兵器の開発名称だ。情報を秘匿するため、直接は口にしない。
工部奉行所では兵器の開発も行なっていた。兵部奉行所で行わせればいいのではという意見もあったが、それでは研究開発を行う部署が二つできることになる。具房はそれを嫌い、研究開発部門も一元化した。省庁が予算をめぐって対立することがないようにするためである。
「美濃攻め前にできたのは嬉しいな」
具房の声は弾んでいた。『花火』があれば、戦争が格段にやりやすくなる。
「ところで、『大花火』はどうだ?」
『大花火』もまた兵器の開発名称だ。ただ、こちらは構造が少し複雑で、開発に苦戦していた。葵も表情を曇らせる。
「申し訳ありません。そちらはまだ……」
「いや、責めているわけではない。ただ、どの程度進んでいるのか知りたいのだ」
「初期試作型の強度は問題ありません。ただ、完成試作型になると苦戦している状況です」
「やはり"溝"か?」
「はい……」
具房が指示した兵器開発は、この時代の技術水準からすると、雲を掴むような話だった。この時代で零戦を作るとして、ライト兄弟の飛行機などを『試作』といってすっ飛ばすような。段階を踏まない技術革新(しかもほぼ他人に丸投げ)という、はた迷惑な知識チートだ。
ただ、今回は城攻めが想定されるために『大花火』も是非ほしいところだ。そこで具房は試作型でいいのでいくつか『大花火』を準備するように伝えた。
「『貫手』はもちろんだが、『花火』の『時雨』も用意してくれ」
「かしこまりました」
こうして嬉しい報告などもありつつ、具房は美濃攻めに臨むこととなった。率いるは伊勢兵団と三旗衆の計一万。古木江城の織田軍と合同して大垣城へと攻め寄せる。ただ、こちらは事前の打ち合わせ通りに城主・氏家直元が降伏。味方となった。同じ要領で西美濃三人衆は降伏し、織田軍に加わる。
具房たちは順調に進軍し、稲葉山城に到着した。そこには既に信長率いる本隊がおり、城を包囲している。具房は早速、信長と軍議を開いた。
「先に到着して驚かせようと思ったのですが……」
「我の方が早かったな」
「ですね」
などと、会談は和やかな雰囲気で始まる。ここには両軍の主だった武将が揃っており、見たことのある面子が多い。滝川一益や丹羽長秀、佐久間信盛など。しかし、そのなかに見慣れない顔があった。小柄で、顔がどこか猿に似ている。
(もしかして……?)
具房はその特徴から、それが誰か何となく察する。それでも確かめるため、タイミングを見計らって話を切り出した。
「ところで、互いに見慣れぬ者がおります。それを紹介してはいかがでしょう?」
「それはいい。ではこちらから紹介しよう。おい、サル」
「ははっ!」
信長にサルと呼ばれると、小柄な男が立ち上がる。あ、まんまなんだ……と具房は心のなかで思うが、声には出さない。
「某、木下藤吉郎と申します。よろしくお願いいたす」
「サルは松倉と鵜沼城を落として見せたなかなかの者よ」
木下藤吉郎秀吉ーー後の豊臣秀吉である。信長に比肩するビッグネームだ。戦国好きとして、具房は少し感動した。長年のアイドルに会えたファンのような気分だ。
秀吉が挨拶を終えると、今度は北畠サイドにボールが移る。具房が紹介するのは三人。
「今度はこちらですね。左から加藤孫六(教明)、本多弥八郎(正信)、武田陸奥守(信虎)です」
「加藤孫六です」
「本多弥八郎です」
「武田陸奥守である」
信虎は元一国の国主だったこともあり、なかなか尊大な言い方だ。さすがに信虎レベルの人間が出てくるとは思わなかったからか、信長たちも驚いている。
「陸奥守殿はなぜ……?」
「知っての通り、儂は倅に追放された身。どこに身を振ろうと、問題にはなりますまい」
信長の疑問を信虎は一蹴した。まあ、それもそうかと信長も深くは訊ねなかった。
「さて、どう攻める?」
空気を変えるように信長が話を切り出す。それに反応したのが秀吉だった。
「尾張守様。寄せ手はこのサルにお任せを」
「ふむ。それもありか。義弟殿はいかがかな?」
「実は、わたしも暴れたいと思っておりまして……」
具房も先鋒を申し出る。これに秀吉が待ったをかけた。
「お待ちくだされ。羽林様がご出馬されるまでもありません」
「たしかに。義弟殿。これは織田の戦。先手を任せるのは申し訳ない」
信長もまた、秀吉に同調した。しかし、具房はそれでもと迫る。実は新兵器の実験に、城攻めをしたかったのだ。いつもなら引き下がるところだが、今日ばかりは強硬だった。こうして信長たちを困らせたところで、具房は譲歩する。
「それでは、木下殿をわたしに貸していただけませんかな?」
要するに、具房が指揮して城攻めをするというのだ。その先鋒は木下軍に任せる。そのため、指揮権を寄越せと言ったのだ。
「承知した」
具房が譲歩したので信長たちもここが落とし所だという雰囲気になり、信長は了承する。主君が同意したので、秀吉も頷く。元々、武功を挙げるために先手を申し出たのだ。思っていた攻略法とは違うが、彼に異存はない。信長の横で頷く。
「では、そういうことで」
気が変わらないうちに、と具房は強引に話を打ち切った。早々に準備を始める。
「大筒を出せ!」
「はっ!」
具房の号令で、馬が曳いていた台車の覆いが取られた。その下から、黒くて太い棒が現れる。竹輪のように中空だが、片方は塞がっていた。これこそ『大花火』こと大筒ーー大砲だ。大砲が攻城戦にどれほど有用なのか、実戦で実験するために運んできた。
「羽林様。これは……?」
大砲に興味を持ったらしい秀吉が訊ねた。しかし、具房は答えずに見てのお楽しみと焦らす。別に勿体ぶったわけではなく、簡単に城を落とす兵器です! と答えて思うような効果が挙がらなかったときの保険である。この時代、面子とか色々とややこしいのだ。
翌日。横一列に大砲が並ぶ。数は十門。一個大隊に相当する火力だ。砲弾(ただの鉄塊)も準備されている。持ってきた大砲は前装式(弾を前から装填する方式)。まず装薬、次に砲弾を入れる。そして槊杖で突き固めるのだ。あとは点火すれば弾が飛び出る。しかし、側から見れば何をしているのかよくわからない。手持ち無沙汰な兵士(主に織田軍)が周りから物珍しそうに見ていた。
「殿。射撃準備、完了しました」
「よし……大隊、撃ち方始め!」
「撃てッ!」
ーーズドン!
衝撃が辺りに撒き散らされた。耳や腹に響く音だ。慣れない音に、周りにいた兵士が恐慌状態に陥る。この音は味方の陣地にも聞こえ、信長たちが何事だ!? と飛び出してきた。
「義弟殿! 何があった!?」
凄い勢いで詰め寄ってくる信長。あまりの剣幕に具房は圧されてしまった。だが、すぐに気を取り直して問題ないと告げる。
「我々の攻撃ですよ」
そう言った直後に、稲葉山城の外郭部に着弾を示す土煙が上がった。混乱から立ち直っていた者がおおっ、とどよめく。この時代からすれば、大砲の威力は恐るべきものがある。それが炸薬のない、運動エネルギー弾だとしても。
場の驚きを他所に、北畠軍の砲兵は淡々と仕事をこなす。
「照準よし! 第二中隊は装填急げ! 第一中隊、斉射、用意……撃てッ!」
爆音を撒き散らしつつ、大砲から砲弾が吐き出される。凄まじい運動エネルギーの反動で、大砲が一気に後退する。駐退機が欲しいところだが、まだまだ技術的に難しい。ここは妥協するしかなかった。
砲兵は後退した大砲を引っ張り元の位置に戻す。そして炸薬と砲弾を詰め槊杖で突き固め、撃つ。これをひたすら繰り返しておよそ半刻(一時間)。稲葉山城の防御は粉々にされた。
「「「……」」」
織田軍の将兵(信長含む)は、これまで散々苦しめられた堅城が裸にされていく様を、呆然と見ていた。冷静なのは北畠軍の首脳ばかりだ。
「よし、これくらいか……。木下殿」
「は、はいっ!」
「露払いは終わりました。突撃を」
「わかりました!」
秀吉は慌てて前線に走り、呆然としていた自分の部隊を動かす。かくして難攻不落の稲葉山城は攻撃開始からほんの数時間で落城した。
【解説】お市の子どもについて
史実において、お市は浅井三姉妹(茶々、初、江)を産んだ以外に子どもはいません。しかし、茶々の出生は永禄十二年(1569年)のことです。そのため、彼女には実在しない具房の長男を産んでもらいました。