エピローグ
大変短いですが、これにて本作は完結となります。言い訳は後書きにて。
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時は1632年。元号は寛永となっていた。具房は齢85。身体も衰えてしまっているが、若い頃に鍛えていたためか杖などは使うことなく両足で立って動き回ることはできた。
85という年齢はこの時代では驚異的なご長寿である。さらに立って動き回れるというのだから、スーパーお爺ちゃんだ。しかしながら、周りはそうもいかない。既に妻たちや友人たちは泉下の客となっている。
子どもたちは皆、独り立ちした。具長は今や宰相を務めているし、他の子どもたちも各々好きな職を見つけたり結婚して具房の手を離れている。たまに挨拶にくるくらいだ。便りがないのは元気な証拠というが、寂しいことである。
具房は高齢であることを理由に、公職のほとんどを辞していた。本当は全部辞めたかったのだが、天皇より元老の職だけは慰留されたため、元老の肩書きだけは持っている。とはいえ、京に出仕することは稀で有名無実だ。周りも慮って、彼を呼び出すようなことはしなかった。それは結構なのだが、やはり寂しい。
寂しさと暇を持て余した具房は霧山から津に隠居地を変え、都市の喧騒で寂しさを紛らわせようとした。とはいえ元宰相、元老、位階は生きながらにして正一位という肩書きゆえに、周りは恭しく接してくる。まともな話し相手になるのは、子どもが独り立ちするや本格的に居ついた雪しかいない。
(暇だ)
そんなことを思っていたある日のこと。外出していた雪が帰って来たのだが、なかなかに騒がしい。何事かと見てみれば、見知らぬ子どもを連れていた。それも複数人。
「子どもはいいですね。やはり可愛いです」
「その子たちは?」
「お寺で預かっている子どもたちですよ。最近、多いみたいで……。住職さんから引き取ってくれないかって相談を受けていたの」
なるほど。子どもたちは孤児のようだ。様々な事情から、子どもを手放さざるを得なくなった親がいる。戦国の世からすればその数は減ったが、完全に撲滅することはできなかった。
「好きにすればいい」
雪がこの子たちを引き取っていいかと訊いてきたので、いいじゃないかと許可した。具房個人の資産は使いきれないほどある。子ども数人を養うくらい容易い。ところが、次の発言に具房はずっこける。
「じゃあ皆、お父上に挨拶しなさい」
「「「よろしくお願いします、父上!」」」
はあ?
なぜそうなる?
堪らず雪を呼び寄せる具房。
「どういうことだ?」
「わたしたち兄妹だから子どもは作れないでしょ? でも養子なら大丈夫よね」
「はあ」
呆れた、と具房。妹のブラコンにはもはや慣れたが、今回ばかりは呆れ返る。とはいえ、犬猫のように返してこいとは言えず、なし崩し的に擬似家族生活がスタートした。
子どもたちと一緒に生活するのは楽しい。実の子どもたちは大名としての生活が忙しく、妻たちや使用人に任せきりだったから新鮮な体験だ。
慌ただしい日々が過ぎていき、慣れない育児に奮闘すること一年。具房も慣れてきた。ところがその矢先、雪が新しい孤児を連れてくる。以後、毎年のように連れてくるのでさながら孤児院と化した。
子どもが増えたことで忙しさは指数関数的に増していったが、成長した子どもも年長としてフォローに入ってくれ、何とか乗り越える。とんでもなく忙しいし猛烈に疲れるのだが、とても充実していた。心地よい疲れ、というやつなのかもしれない。
そんな生活は寂しさを忘れさせてくれた。彼ら彼女らは巣立った後も頻繁に訪ねてきてくれる。忙しいからとほとんど寄り付かない実子たちとは大違いだ。別に悪いわけではない。忙しいのはわかるし、便りがないのは元気な証拠、などともいう。とはいえ、寂しいことには寂しいのが、何とも難しいところである。
さて、そんなある日のこと。具房は珍しく体調を崩した。健康には気をつけていて、これまで体調不良になったことはない。雪も驚いていた。
「養生してくださいね」
「ああ」
珍しいこともあるもんだ、と思いながら具房は大事をとって休む。そんな彼を、雪や手隙の子どもたちが看病してくれた。
ーーすぐによくなる。
誰もがそう思っていたが、復調することはなかった。日に日に衰弱し、昏睡状態になる。
さあ大変だ。えらいことになった。
天地をひっくり返したような騒ぎとなり、名医といわれる医者が呼ばれて治療にあたる。懸命の処置も空しく、具房は目覚めることはなくこの世を去った。時に1637年。享年90であった。
具房の死後、雪は死ぬまでその菩提を弔い続けた。死後、織田家が雪の葬儀をしようとするも、彼女の遺言で孤児たちに祭祀を任せることとされたため孤児たちが引き継ぎ、具房と雪を並べて供養している。
具房が晩年を過ごした屋敷は孤児たちによって孤児院となり、孤児の養育と具房たちの供養が事業の一環として続けられるのだった。
『北畠生存戦略』を長らくご覧いただきありがとうございました。エピローグが約二千字と極めて短くなっております。その理由は、本来のエピローグを作者が誤って消してしまったからです。コピペする際の操作ミスで消えてしまいました。iPhoneのメモ機能を使って書いているので、復元できないんです(涙)。それで心が折れ、ほどほどにまとめて終わりといたしました。申し訳ありません。
本作は戦国ものであるからか、作者の作品のなかでも多くの感想などをいただけました。読者の皆様に感謝申し上げます。コメントなどは多忙のためまったく読めていませんが、執筆の時間をしばらくは返信に宛てたいと思います。そのうち返信があると思うので、どうか気長にお待ちください。
最後になりましたが、改めて『北畠生存戦略』をご覧いただきありがとうございました。今年中には新作も投稿いたしますので、そちらの方もご覧いただければと思います。それではまた。