表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十五章
225/226

新制と地方


 度々、投稿が滞り申し訳ありませんッ! 時間を見つけて書いてはいるのですが、本業がまたしても忙しくなり、なかなか筆が進みませんでした。一応、本編は次回で最終回となります。更新日は未定ですが、よろしくお願い致します。


 



 ーーーーーー




 具房の大改革の後、地方は大忙しであった。大阪から帰るときに渡された書類を確認すれば、それは内政の大体方針。多くの場合は抜本的な改革を行わねばならなかった。徳川、浅井などはわずかに修正するのみだったが、他は天地がひっくり返ったかのような大騒ぎである。


 まず、具房は地方の掌握にかかった。一ヶ月もすれば中央から団体がやってきて、城下の適当な場所を見繕って拠点を構える。バリエーションは二つ。「警察」と「軍」であった。特に後者は数百から千に及ぶ武装した団体である。すわ何事か、となるのは当然だ。


「これは一体?」


「宰相閣下(具房)より、この地を衛戍せよとの命を受けて参りました、皇軍です」


 知事に訊ねられた軍の隊長はそう答えた。そして、具房からの命令書を見せる。城内への立ち入り検査令状だった。


「我らは謀反など企てておりませぬ!」


「それは知っています」


「ではなぜ!?」


 異心ないにも関わらず検査を受けるのはなぜか、と訊ねる。答えは単純だ。


「武力の保有と行使は我ら軍の専権事項。よって、我らの手によって城内にある武具を接収いたします」


 そう言って大量の火縄銃や刀、銅丸鎧などが彼らの手で接収された。城のみならず、屋敷や砦などにも彼らの捜索の手は及ぶ。抵抗した者は容赦なくお縄となった。その後、由緒ある武具などは元の所有者に返還されたが、その多くは軍の倉庫に収められる。多くの知事たちが反発し、具房に文句を言った。しかし、これに対する回答はただひとつ。


「私の施政方針に賛同できないのであれば、謀反と見做します」


 というものだった。そう言われると何も言えず、納得はいかないが引き下がるしかない。幸い、大事なものは返ってきた。保有には届出をしなければならなかったが、先祖伝来の武具や大事なものなのでその程度の苦労は惜しまない。


 また、軍は村々も回って武器を回収していく。こちらも猟に必要などの理由があれば届出と引き換えに保有を認められた。ただし、銃器に用いる弾薬については警察からしか入手できないという規制がかけられている。民間の銃刀管理は警察の管轄となった。


 具房の強引な手段によって、全国の知事は軍事力を喪失して行政官という性格を強めた。彼らは任地に駐屯する軍や警察が事実上の監視役となり、下手な動きができなくなった。以後、中央の方針を忠実に守って政治をすることになる。


 軍や警察という新たな存在を迎えた地方。当初は他所者ゆえに軋轢もあったが、組織化するなかで地元の浪人や文官に向かない武士層を採用していき、それも減少していった。両者ともに地元から積極的に人を集め、地域に溶け込んでいく。


 さて、次に地域ーーというか知事たちが直面した課題は戸籍の作成である。渡された書類には税制や学校などの各種制度が記載されていた。そしてその根幹をなすのが戸籍だ。独自の課税を禁止された地方にとって、一刻も早く徴税できる体制を整えなければならなかった。しかも一年以内に。知事たちは早速、各地に役人を派遣して人民の把握に取りかかる。


「ふむふむ。指南書にはある程度のまとまりごとに区分して戸籍を作成せよ、とある。大なるを「市」、小なるを「村」、半ばを「町」と呼称するそうだ」


 添付されていたガイドブックに従い、知事たちは下位の行政単位である市町村を編成する。彼らは形を変えた知行地と捉えて重臣には市町を、他には村を宛てがった。彼らが村落を回って住民を把握。結果をまとめて県に提出する。戸籍の作成を通じて、地方における行政の回し方を理解していく。


 こうして作成された戸籍に基づいて、本格的な改革が行われた。その第一が税制改革。年貢などの物納から金納に改められた。現金収入の乏しい農家のため、日本農業会を設立。作物を公定価格で換金したり、災害時の支援にあたるなど農業のサポートを行うのがこの会の仕事だ。


「これが税収の概算となります」


「ふむ。こうして収入がいくらあるのかがわかると、何にどれくらい出すべきなのかわかりやすいな」


 知事たちは金納であるために歳入の見通しが立てやすくなったことを喜んだ。煩雑な仕事をしてメリットが浮かぶと、改革に対する姿勢も前向きになる。彼らは歳入の見通しを元に次なる改革にとりかかった。


 次に手を出したのは学校の整備である。具房は教育こそ国の根幹である、と全国に学校の整備を命じた。この時代、子どもも貴重な労働力であるということは具房もわかっている。なので伊勢でしたように、必要な単位をとれば卒業できるという形をとった。これならば、農閑期に子どもを学校に通わせるだけで卒業資格が手に入る。配慮した代わりに、子どもを学校に通わせることは親の義務としたが。


 地域の学校で学ぶのは読み書き計算。教員養成が進めば歴史などの科目も入る予定だ。当面は基本的なことのみで、教育にあたるのは地元の知識人たちである。


 と、文面にすれば簡単そうだが、実際にやるとなると大騒ぎである。地方では人々が忙殺されていた。


「将来的に校舎を新設すること。ただし、建て替えなどの便を考えて建設時期が重ならないように配慮……うっ、頭が」


 頭が痛くなるような細かい指示が書かれている。施設が建つのに時間がかかるにもかかわらず、学校の開設はすぐにと要求されていた。


「市町村の長から、周辺の寺社へ学校開設への協力を要請しろ!」


 知事たちはガイドブックに載っていた、寺社の施設や聖職者を使うという方法をとった。どこにでもいる知識人が僧侶などの聖職者であり、地域の寺や神社を使うことで手っ取り早く人が集まれる場所を確保できた。


「ありがたいことだ」


 寺社はこれを概ね好意的に受け入れた。というのも、寺社にとってこれは渡りに船だったからだ。


 戦国時代に寺社は軍事、政治力をもって一大勢力をなしていたが、それは一部の大寺社や地方の有力寺社だけ。その多くは戦乱が続いたことで荒廃しており、困窮していた。また、大寺社にしても信長や具房がその勢力を削ぎ、あるいは滅亡させたために、事情は程度の差こそあるものの、他の寺社と大して異ならなかった。


 そんなわけで、施設利用料であったり給与としてまとまった金が入ってくるのは非常にありがたいのである。具房の方針で、強制性を伴わなければ宗教色をある程度は出してもいいとされており、信者の獲得による立て直しも期待していた。結局のところ、宗教も金がなければやっていけないのである。


「なぜこんな……」


 他方、現場に出される人間は堪ったものではない。頑張って修行しているのに、その結果が民衆への教育なのだから割に合わないというのが本音だ。もちろん、寺社の経営のためだというのはわかっている。だが、感情的にはもどかしさを感じるのも無理はなかった。


 民衆もまた気乗りしない。町人層はそれほどでもなかったが、農村ではなぜ働き手である子どもを学校に行かさなければならないのか、と反対する風潮が強かった。農閑期に行けばいいと言うが、やらなければならないことがなくなるわけではないのだ。勉強なんて余計なことをやらせている暇はない、というのが農民層の主張である。


 ところが、このような空気は数年としないうちにガラリと変わった。きっかけは、どこも似通っていた。まず、生活に余裕のある豪農の次男や三男が学校に通う。彼らは生活に余裕があるから、学校に行くことができた。そして、戻ってきた彼らは言うのだ。


『将来、俺は役人(警官、軍人)になるぞ!』


 と。唐突な意思表明に村民たちは驚く。そしてよくよく事情を訊ねると、彼らは勉強してより上の学校へ行けば役人や軍人、警察官になれると知ったという。だから勉強するのだ、と。


「それは本当か?」


「本当だとも。軍人さんにも会ったぞ」


「しょうい、とかいってしょーはちい、とかいう位階も貰ってるんだと。坊さんは、とっても偉い人って言ってた」


 なんて説明がなされる。それを聞いた子どものなかには、自分も学校へ行きたいとせがむ者も現れた。だが、大人たちはなかなか首を縦に振らない。子どものことだから騙されているのでは、と思っていたからだ。


 そんな彼らもやがて納得するしかなくなった。実際に村に役人や軍人が来たからだ。役人はその多くが武士たちだったが、一部には北畠領で学校に通って取り立てられた者がいた。そして各地の軍人のうち、士官はほぼ全員が伊勢の軍学校を卒業した人間である。彼らの話を聞き、子どもたちの話が嘘ではないということがわかった。


 未だ戦国の名残があり、立身出世を夢見る者も少なくない。大人たちは夢破れたが、子どもに未来を見た。それから次第に子どもを学校に行かせる世帯が増える。最初は次男以下の子ども。長男は家を継ぐために残されていたが、次男以下に教養がないと馬鹿にされるのが嫌で親に願い、学校に行くようになった。こうして三年と経たないうちに男子のほとんどが学校へ通うようになる。


 女子教育はやはりというべきか、これより少し遅れる。数年が経ち、上位の学校へ進む者も現れるようになった。ひとり合格者が出る度に、村は大騒ぎとなる。まるで魔王を打ち倒した英雄のごとく、その家族は祝福されチヤホヤされた。


 そして、そうなると嫁は誰かという話になる。ウチの娘は器量がよい。いや、ワシの孫の方が……などと嫁候補が次々と挙げられる。親の方で娘の関係先などを慎重に吟味し、候補を選定。子どもの帰りを待った。ところが、


「いや、困るんだけど……」


 子ども本人は困惑する。学校を好成績で卒業した者や働き先で優秀だと認められた者は、その組織の有力者が既に縁談を持ちかけている場合が多々あった。そんな柵から妻を既に迎えており、故郷からの話は多くの場合、ありがた迷惑となる。こういう場合は破談となるか、村娘を二妻として迎えることとなった(婚姻できる女性がひとりと定めた法律はない)。


 一方で、並以下の評価を得ていた者は婚姻は済んでおらず、村娘を妻に迎える。ところが、都市での生活は困難を極めた。自給自足が原則の農村と違い、都市では食材などを購入して生活する。だがこのとき、金勘定ができず生活に支障が出る事例が多発した。


 妻が正真正銘、豪農の娘であればそれなりの教育も受けている。ところが、相手に釣り合う年齢の子、容姿の子がいるとは限らず、少なくない養子が嫁ぐことが多かった。親戚筋や配下の農民の娘となれば、教育の程度も低い。結果として、婿に不利益を与えることとなった。こういう話は瞬く間に広がり、農村からの花嫁は敬遠されるようになる。


 また、工場制手工業によって製糸業など実入りのいい仕事が普及すると、働き手としての女性に注目が集まった。ところが、その募集資格には学校の卒業が含まれており、多くの女性がこの条件に引っかかって不採用となる。そんな事情もあり、男子に遅れながらも女子に対する教育に関心が払われ、学校へと通わせるようになった。


 変わったのは民衆だけではない。教える側である知識人にも意識の変化があった。現場に出ている人間は、なぜ民衆に知識を授けねばならないのか、と思っていた。その数は決して少数ではない。ところが、時間が経つにつれて教育について積極的になっていく。意識は潜在的なものだったが、それを一気に顕在化させたのがキリスト教勢力の参入だった。


「我々にも教育をさせていただきたいのでス」


「喜んで」


 教育が寺社を中心に行われているのを見て、宣教師たちは信者たちの獲得に影響が出かねないと判断。具房に教育機関の設立を直訴した。


 申し出を受けた具房は、進んだ西洋医学などの文化を取り込めるとして即座に許可した。ただ、「日本」という国の国民意識の形成ができていないため、当面は高等教育に限っている(貧民救済は許されている)。


 両者の思惑が教育機関の設立という点で一致した結果、全国でキリスト教系の学校が設立されることとなった。日本人の宣教師なども伝来から細々と育成され、教員として働いている。


 この動きに対して、寺社側でも対抗措置をとろうという話になった。対抗して、寺社独自の教育機関を作ろうということになったのである。この動きの中心になったのが、教育に目覚めた聖職者たちであった。この動きを掴んだ具房も援護射撃を送る。


「宗派ごとにまとまれば、負担はいくらか軽くなるのではないか?」


 と、資金援助の陳情に来た宗派トップに入れ知恵する。寺社に対しては高等教育に限定していなかったため、初等教育や一貫校のような学校が数多く設立されることになっていた。そのためには多額の資金が必要になるので、補助を願い出たのである。


 もっとも、具房としては色々な計画があるなか、補助を与えたくない。財源は限られている。ポンポンと毎年のように国債を発行するなんて馬鹿な真似はできない。よって、自分たちでなんとかしろというのが本音だ。なので、自治体ごとに小さくまとまらず、宗派でまとまってはどうかと提案した。これを受け、寺社は信者獲得という目的のために色々な柵を抱えつつ大同団結し、宗派ごとに協力して学校を設けていく。


 この動きを見つつ、具房も公的な教育機関の整備を行う。国家レベルで担うのは高等教育だ。京都に総合大学をひとつ設けるとともに、伊勢の軍学校に国費を注入して国軍の士官学校とする。校舎も京都へ移転させた。


 前者では歴史や国文学研究にはじまる科学研究が盛んに行われ、後の世まで東洋一、世界でも屈指の歴史と伝統、実績を誇る大学として名を馳せるのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 私が見始めた時には…二桁だった北畠生存戦略が遂に本編完結…とてもおもしろかっただけに少し消失感が既に襲ってます…。何時までも待つので最終回!お願い申し上げます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ