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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十五章
218/226

関門海峡突破戦 後編

 



 ーーーーーー




 毛利軍の来襲が伝えられた博多城は色めき立った。


「敵兵を九州へ渡らせるな!」


 そんな号令の下、博多から羽柴軍虎の子のフスタ船を中核とした艦隊が出撃した。関門海峡を封鎖し、増援を断つためだ。既に上陸した毛利軍は、門司城を攻めあぐねている。こちらは援軍を出し、すり潰す予定だ。


 敵を海上で阻止する。それが北九州における羽柴方の基本戦略であった。肥前、肥後、日向と戦線を複数抱え、兵数も圧倒的に不利。戦線整理を試みるのは、多少なりとも戦を知る人間ならば当然である。


 まずは制海権を確立し、九州に外部からの干渉が及ばないようにする。次に九州の敵勢力を排除。統治を固め、力を蓄えた後に東進するーーというのが羽柴家の対北畠戦略である。その方針の下、ここ数年は水上戦力の増強に邁進していた。もっとも完璧とは言い難い。どこぞの誰かが贅沢や暴政をしていなければもっと揃えられた、というのは家臣たちの間で囁かれていることだ。怖いので表立っては言わないが。


 そして今現在、艦隊は羽柴家の人々の切実な願いを背負って博多を出港した。


(そろそろ戦果を上げねば)


 ある者は心中でそう呟く。開戦してからまったく勝てていない。全国で蜂起するから勝負になるだろうと踏んでいたが、蓋を開ければほぼワンサイドゲーム。不意打ち同然の開戦劈頭こそ占領地を拡大できたが、北畠方が体勢を整えると瞬く間に形勢が逆転。次々と占領地を失陥し、盟友たちは敗れ去った。今、敵の尖兵として九州に上陸した毛利だって、初めは味方だったのである。


 そんなわけで、羽柴方の士気は大いに低下していた。元気なのは己の勝ちを信じて疑わない義昭と、世間のことなど知ったこっちゃないと豪遊と色欲に塗れた生活を送る小少将、秀景母子くらいのものである。彼ら彼女ら極楽トンボは、自分たちの危機的状況など知らない。見ようともしない。ただ、自分の世界だけを見ている。


「羨ましい」


 今の羽柴家は、秀吉の時代とは全く異なる。譜代の家臣は、正統なる後継者は秀次だとして、ほぼすべて九州を退去した。そのため、残されたのは古くから九州に住み、新たに秀吉に臣従した豪族たち。彼らは秀吉によって異動させられた所領を旧来のそれに戻すべく、あるいはお家再興を目指して秀景を支持していた。


 目標に向けてひた走る彼らにとって、特にそんなものもなく、安穏と過ごす秀景母子の生活は酷く羨ましかった。幕府を再興しようと足掻く義昭の方がまだ好感が持てる。もっとも、秀景の野望はわかりやすいので御し易い。豪族たちにとっては軽い神輿ゆえにありがたいのだが。


 さて、当初の想定より遥かに重大な使命を背負うことになったフスタ船艦隊。これを率いるのは松浦党の波多親であった。


「我が故郷を守るのだ」


 具房による九州仕置きの結果、松浦党の領地は龍造寺(鍋島)家に与えられ、人員は北畠家に属することとなった。海軍や商船の船員を確保することが目的である。しかし、なかにはそれをよしとせず浪人した者もおり、親もそのひとりだ。


 九州という、良くも悪くも中世秩序が保存されている場所にいたため、親の意識も中世で止まっている。土地は絶対に譲れないもの。それを奪うものは許さない。そんな考えの下、具房に反旗を翻した羽柴家に味方した。


 船員の多くは新たに訓練されたキリスト教徒と宣教師。保守的な人間であれば拒絶しそうだが、親は違う。彼はキリシタン大名である有馬家から養子に入った経緯がある。南蛮貿易で潤っている上、親族にキリシタンも多い。そんな環境もあり、キリスト教には寛容であった。


「敵を討ち滅ぼし、北畠の犬を駆逐してくれん」


 目の上のたん瘤的な存在である龍造寺(鍋島)家への恨みは深い。最終的には当時の龍造寺家の当主・隆信の妹(養女)を妻に迎えて和睦したが、それまでに再三合戦を繰り返しているからだ。


 妻には羽柴家に味方する理由を、龍造寺家の内紛を治めるためだ、と説明していた。龍造寺家は今、奸臣である鍋島直茂らによってお家が簒奪されようとしているので、準一門である自分は正統な龍造寺家の当主をその座に就かせるべく戦う、というのである。一応の言い訳は立っていた。


 さて、艦隊は博多から一路、関門海峡へと向かった。ここを渡ってくる敵船を捕捉、撃破するのがその目的である。


 艦隊の主力は死ぬ気で揃えたフスタ船は五十隻余り。小型の船なので箱自体は百を超える数が建造された。しかし、実際に「フスタ」となっているのは先述の五十隻余りでしかない。原因は材料不足。大砲の数が足りず、本来なら二、三門は搭載されているものが一隻につき一門となっている。何とも悲しい現実であった。


 この他、補助艦艇としてフスタ船もどきが五十余りと大型の漁船が百余りあり、都合二百隻ほどが艦隊に揃っていた。


 最初は量産しやすいフスタ船を大量に揃え、北畠海軍に火力面で対抗するつもりだった。ところが、実際には大砲が足りず、火力で対抗するのは厳しい。そこで、フスタ船で砲戦をする一方で補助艦艇が突撃。敵艦に接舷攻撃をするという戦法に路線変更した。敵の船を鹵獲できれば、戦力差も多少は埋まる。艦隊決戦に命運を託しながらも、何とも行き当たりばったりな計画であった。


「っ! 敵船です!」


 親の乗る船の見張り員が敵の姿を認めた。その数およそ三百。その多くは安宅船や関船である。


「毛利か」


 親が言ったように、その船団は毛利家のものであった。海戦で大打撃を受け、勢力を落とした毛利水軍。領土も大幅に削られたが、それでも瀬戸内海屈指の水軍を保有していた。


「肩慣らしには丁度いい」


 彼らを血祭りに上げてやる、と親は攻撃を命じた。フスタ船から次々と砲煙が上がる。砲は船首に取り付けられており、照準はしやすい。射程は感覚に依存せざるを得ないのだが。


 毛利水軍も応戦した。見た目は普通の安宅船だが、近代化に適応するため複数の砲を積んでいる。北畠家からの援助を受けているのに加えて、彼らは既存の船があるため砲の購入に注力することができた。結果、羽柴軍よりも多くの火砲を搭載している。


 とはいえ、


 砲の多さが戦況を決定づけるかというと、それは違う。北畠軍のように、ナパーム弾みたいな面制圧ができる砲弾を使っているならいざ知らず、両軍ともに石や鉄を撃ち出すだけのものだ。直撃以外に被害は与えられず、彼我の船が高速で動き回っている状況では、点の攻撃はまず当たらない。運悪く直撃を受けるものもいたが、ほぼ無傷といっていい状態で両軍は激突した。




 ーーーーーー




 双方ともに痛み分け。


 その日の夕方、報告を受けた具房はそう判断した。


「申し訳ございません」


 恐縮した様子の使者。具房は問題ない、と手を振った。毛利水軍を先鋒として海峡へ送り込んだ結果、偶発的に生じたことである。コテンパンにやられたのならいざ知らず、互いに軽く殴り合った程度で何をしているんだ!? と怒るつもりはなかった。


「明日には我が軍も到着するはずだ。合力し、敵を撃破せよ」


「はっ」


 具房はそのように指令を下した。制海権の確立は急務だ。渡海した毛利軍への補給線を開くことになるからである。しかし、今日明日にやらなければならない、というわけでもない。彼らはしっかりと物資を持って行っている。一週間程度でどうこうなる話でもなかった。


 その後、実務者同士での話し合いが持たれ、作戦計画が練られる。そこではアウトレンジ攻撃を北畠海軍が担い、接近する小艦艇を毛利水軍が片づける、ということで話がついた。数日後、準備をしっかりと整えて艦隊は海峡に向かう。


 羽柴方もこれに対抗して船を出した。彼らは先の戦いで損耗した戦力を補うため、小倉や門司城にいた兵員を乗船させている。陸の兵士を連れてきて接舷攻撃の戦力を高めるという、ローマ海軍のような方法をとった。


「まあ、無駄なんだがな」


 艦隊を指揮する九鬼澄隆は笑う。そもそも敵を近寄らせない。まともな戦いになる戦力を突破させるつもりはなかった。なので、白兵戦の能力をいくら高めても無駄なのである。


「毛利と我らとでは火力が違うぞ」


 その言葉通り、一隻あたり数十門という火力を全力で発揮。羽柴艦隊に無数の砲弾が降り注いだ。


 空中に炎の花が咲き、それがドロリと船に降り注ぐ。水をかけようと消えない火。己の常識外の現象に、羽柴方は大混乱に陥った。火が回った船は消火にかかる。なかなか消えないので、乗組員全員が参加しての大騒ぎだ。操船どころではない。それは道理なのだが、海上で停止されると後続の船が通れなくなる。


「どけどけ!」


「躱せ!」


 船長が怒鳴って道を開けさせようとしたり、躱して前進を続けようとする。しかし、すぐ前の船が被弾するとなかなか上手くいかず衝突。自分たちの船に火が燃え移る、なんて事態も発生した。


「恐れるな! 構うな! 突っ込め!」


 親は部下を叱咤して前進を続けさせる。もちろん、彼らもなけなしの砲を乱射していた。


「敵に当たったぞ!」


「よしっ!」


 的が大きいため、砲弾もよく当たる。特に目のいい者が着弾観測をし、当たったと報告が上がるたびに喝采が上がった。とはいえ、戦列艦やフリゲートなど中、大型の軍船にとって、数発の砲弾などかすり傷程度でしかないのだが。


「近づかせるな!」


 果敢に突撃を敢行する羽柴艦隊。無視できない数の船が脱落しつつも、砲弾の雨をなんとかくぐり抜ける。だが、その先には毛利水軍が待ち受けていた。


 弓矢などの射撃戦から始まる古典的な海戦の幕開けである。同士討ちの可能性があるので、北畠軍は砲撃できない。敵の懐が安全圏という、何とも不思議な状況である。


 こちらの戦いは双方ともに互角であった。負けられない戦い、ということで互いに一歩も引かずに殴りあっている。


「ええい、鬱陶しい」


 吼える親。彼にとって本丸は北畠海軍で、毛利水軍は邪魔なだけである。


「全力で漕げ! あの船に体当たりだ!」


 親はとりあえず、近場に見えた北畠海軍の戦列艦に狙いを定める。周りを固めていた船に毛利水軍の相手をさせ、残った船で適度な距離を保たせつつ戦列艦に突っ込む。


 ダンッ! という衝撃が走る。彼我が接舷した音だ。どうにかこうにか戦列艦へとたどり着くことができた。


「行くぞ野郎ども!」


「「「応ッ!」」」


 離れないよう、鉤縄を使って拘束する。それを伝って戦列艦へと突入した。


「敵だ! 排除しろ!」


 北畠軍の水兵が腰の短刀を抜いて応戦する。しかし、あちこちから乗り込まれて対処ができず、次第に押されていった。


「最上甲板が制圧されつつあり!」


「やむを得ん。下りるぞ」


 船長は船内へと立て籠もった。親たちはそれを追って船内に突入する。船内での戦闘は熾烈を極め、双方ともに大きな犠牲を払う。だが、次第に増援を受ける羽柴方が有利となり、北畠方は船底の方へ押し込まれていった。船長らも戦死、あるいは負傷していた。


 親は勝ちを確信する。傷もさほどついていない敵の主力艦の鹵獲に成功するかもしれない。そんな高揚感を覚えながら、最後の敵がいる船底部へ下りていった。だが、


「この船は渡さんよ」


 下りた先、ランタンのわずかな光に照らされたひとりの男が壮絶な笑みを浮かべていた。男は手に持ったランタンを側にあった箱へ投げつける。瞬間、親の視界を光が満たしーー意識を奪いとった。


 外から見ると、船が突如として爆発。船体が真っ二つに折れて沈没した。北畠軍は船が敵に鹵獲されることを防ぐため、敵の手に落ちそうな場合は船を自沈させることになっている。それは船長以下、船の責任者が決定することになっていた。今回の場合は船底の弾薬に火を放ち、たまたま船に残されていた弾薬に誘爆。派手な爆沈となった。


 こんなことをしていては船員はまず助からない。具房も心苦しいが、敵に兵器が渡る被害の方がより大きいのだ。泣く泣くこのような方法をとっていた。その代わり、海軍は他所に比べて給料を高く設定している。もっとも、その程度で具房の気は晴れないのだが。


 とにもかくにも、羽柴方が狙った敵船の鹵獲は北畠側の規定により頓挫した。幸運にも戦列艦やフリゲートに乗り込み、艦の半ばを制圧する者はいるのだが、敵味方を巻き込んだ爆沈という力技でその努力を無にした。


 両軍が死闘を演じること一時間余り。徐々に形勢がはっきりしてくる。兵力で劣る羽柴方が劣勢になり、北畠方が優勢になった。やがて崩壊。二時間もすれば羽柴艦隊は逃走を開始する。しかし、それは突入よりも難しいものだった。


 毛利水軍は敵艦に追いすがり、かなりの数を拘束する。幸運にもこれを逃れたものも、北畠海軍の猛烈な砲撃を浴びることになった。


「我らにこれだけの損害を与えたのだ。そのツケはしっかり払ってもらう」


 澄隆はこれまでにない被害を受け、少しばかりキレていた。水兵たちも戦場で散った味方の仇を討つ、と張り切っている。敵艦の進路上に弾幕を張り、面制圧の効果を遺憾なく発揮していた。まさに飛んで火に入る夏の虫。多くの敵船が炎上した。北畠方の苛烈な追撃。それによむてあちこちで炎上した船が浮かび、逃げ延びた船は全体の一割にも満たなかった。







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