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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十五章
217/226

関門海峡突破戦 前編

 



 ーーーーーー




 戦国時代の夜は暗い。蛍光灯などの人工の光がほとんどないのだから当然だ。人は日の出とともに起き、日が沈むと眠る。現代人からすれば考えられないほど健康的な生活を送っていた。


 ゆえに、夜陰に紛れて行動するのもそれほど難しくはない。


「密かに行動せよ」


 小声で吉川経言は指示を飛ばす。先鋒を任された毛利軍は夜間、船に乗って関門海峡を渡った。将兵には抜き身の刃物を持たせず、鞘に入れるか覆いをかけさせている。月光が反射すると、隠密行動がバレてしまうからだ。渡海が終わるまでは存在を秘匿しておきたい。


「殿。全軍渡り終えました」


「よし。しばらく休憩だ。日の出を合図に各隊は予定通りに行動せよ」


「はっ!」


 報告した人間は、新たな命令を携えて軍に戻っていった。


 具房のオーダーは密かに渡海して橋頭堡を確保し、その後は目立って敵の耳目を惹きつけること。しかし、毛利家はそこに独自の目標を加えていた。それは、大きな戦功を上げるということだ。


(北畠相国(具房)は対岸に陣地を築けと申されたが、それでは足りぬ)


 北畠家に逆らったことで食らった損害を少しでも補填すべく、加増につながる戦果を何よりも欲していた。そしてそれは、すぐ目の前にある。


 門司城。


 本州と九州の結節点にあたる門司を睨む城だ。ここを確保できれば、野戦陣地よりもはるかにいい拠点となる。


(ここを落とせば毛利家はこの戦で一番槍をつけたといっていい。その功績も無視できないはずだ)


 渡海してからは、陣地を築けという以外に具体的な指示はない。そのノルマさえ果たせば、特別の命令がない限り毛利軍は自由だ。


(我が軍も少なくない大筒を揃えた。城ひとつならば、北畠軍のように火力で押し切れる)


 と、経言が皮算用をしていると、周りを偵察していた兵のひとりが報告に現れた。


「殿! ご報告が」


「どうした?」


「近くに敵が陣を構えております」


「何だと!?」


 物見によると、明かりが見えたので沿岸沿いにある集落かと思って近づいた。だがそれは、何とびっくり敵陣だったのである。


「幸い、敵に気づかれてはおりません」


 遭遇したのは、羽柴方がかき集めたキリスト教徒の部隊であった。士気こそ例のプロパガンダによって旺盛だが、所詮は百姓の寄せ集め。指揮する宣教師も真面目にやっている者は少なく、警戒は緩かった。一応、歩哨は立っているのだが、昼間の作業(陣地構築)で体力を使っているため疲労困憊。寝ていたり、注意力散漫になっている者が多かった。


「今なら完全な奇襲が可能か……よし、計画変更だ。奴らの陣地を奪ってやる」


 経言は門司城の攻略を後回しにして、沿岸の陣地を排除することに決めた。敵の目は海に向いている。防御施設も海側にしかないだろう。この局面で陸側から攻められるなどと誰が思うだろうか。もっとも、そこに思い至ったとしても、防御施設を完備するには時間が圧倒的に足りないのだが。


「よし、かかれ!」


 休憩の後、毛利軍は羽柴軍の沿岸陣地を背後ーー陸地側から奇襲した。案の定、まともな防御施設はなく、初動を担う歩哨などの警戒部隊も、その大半が寝こけていたから対応が大幅に遅れた。結果、毛利軍を阻むものはなく蹂躙を許してしまう。


「何だ、喧嘩か?」


「……こんな時間に迷惑な」


 なんてことを言っていた羽柴軍の兵たちも、次々とやられていく味方を目にして状況を理解する。


「にっ、逃げろー」


「ひいっ!」


 戦うなどという選択肢は頭になく、ひたすら逃げる羽柴軍の兵士たち。完全にパニックを起こしている者は、本能的に毛利軍とは反対方向ーーすなわち海側へ向かって逃げた。そこで追い詰められ、崖から転落する者、自棄になって毛利軍へ突撃する者とに分かれる。そのどちらにしても、死ぬという結果は変わらない。


 一方、少しは理性を保った者はもう少しマシな選択をとる。毛利軍を迂回して、味方の支配圏へと逃げ込もうとしたのだ。単に故郷を目指して、危険地帯を迂回して逃げようとする、こちらも動物的な行動であるのだが、前者よりははるかに分のいい賭けであった。運悪く捕捉されて殺害された者もいたが、かなりの数が逃げることに成功している。


 そして最も賢い、あるいは幸運だったのが、適応主義を信念とする宣教師が近くにいた者たちだった。


「武器を取らず、投降するのでス」


「キタバタケ様なら話し合いに応じてくださるはズ」


 そんなことを言って、兵士たちを説得する宣教師たち。兵士は混乱して思考能力が低下していたため、多くが言われるがままに武器を捨てて投降した。抵抗する者もいたが、多勢に無勢ゆえに制圧されている。


 投降した宣教師たちは、毛利軍の責任者との会見を求めた。侵攻を急ぐ経言は、とりあえず宍戸元続を先陣として門司城へ差し向け、自身は戦場の片付けがてら宣教師たちとの会見に臨んだ。


「北畠相国より、貴殿らへの処遇については承っている。我らに対して反抗の意思がなく、また京の指導(オルガンディノら畿内のキリスト教勢力の方針)に従うことを呑むならば、これまで通りの布教を許すとのことだ」


 無論、反乱に加担するなどの行為はアウトであるので、その処罰は行われる。全員が完全に無罪ということにはならないし、刑罰の確定のためにもしばらくは拘禁する、と経言は伝えた。


「寛大な処置に感謝しまス」


 反乱など、普通は問答無用で処刑されても仕方がないことである。しかし、具房はあくまでも法に従って処罰するという。宣教師たちは感動した。とはいえ、未来は不確定。そのことは彼らに将来への不安を抱かせていた。これを敏感に感じ取ったのが経言だ。


(これは好都合かもしれぬ)


 彼が属する毛利家も、北畠家に敵対して屈服させられた。その処罰は棚上げされ、贖罪を兼ねて北畠軍の先鋒を務めている。不確定な未来に対する不安は痛いほどわかった。そして彼は、具房と似たような結論に至る。


「どうだろう? 我らに協力するのは。さすれば、某からも相国にとりなそうではないか」


 自分たちの立場を棚上げにして、具房へのとりなしを条件に協力を引き出そうとする。宣教師たちは無用な暴力に難色を示すが、


「戦に参戦しろというのではない。貴殿らにはこの陣地を引き続き整備してもらいたいのだ」


 土木工事には人手が要る。渡海して孤立しているといってもいい毛利軍にとって、土木工事は負担であった。軍勢だけでは人手が足りない。特に、独自目標として門司城の攻略を掲げているため、具房から与えられたタスクと並行してこなすのは些か無理があった。


 ならば、人を雇えばいい。普通なら、その辺りの人間を募って人足として工事に従事させる。毛利軍もそれはわかっているし、できるならそうしたい。しかし、減封が明らかな現在では、金がかかる方法はなるべくとりたくなかった。その点、情状酌量を引き合いに出してタダ働きさせられるキリスト教徒は便利な存在である。


 そんな足下を見た経言の提案であったが、


「それはありがたい。是非ともお願いしまス」


 宣教師たちは乗った。乗らざるを得ない、という方が正しいが。


 ともあれ、これで門司城へと振り向けられる戦力が増えた。経言はキリスト教徒たちを監視する者を残し、その他をすべて門司城の攻略に回す。


 その頃になると、逃げ延びた羽柴軍の生き残りが門司城へと急報を伝えている。毛利軍の先鋒が接近した時点で、門司城は防備を固めていた。


「固いな」


 毛利軍は威力偵察として門司城を攻めた。今ならば防備が整っていないだろう、との見込みからだ。しかし、それは外れる。元より、キリスト教徒が築いていた陣地は門司城を中心とした関門海峡への備え。陣地はオマケで、本丸は門司城なのである。そこには当面必要な物資・人員が集積されていた。


 門司城を守るのは、かつてこの城を攻めたことのある大友家臣・田原親賢である。関門海峡は中国と九州の間にあり、また双方に巨大勢力(大友と大内、毛利)が存在したことから、争いが絶えなかった。門司は係争の舞台となり、城も落ちたり落とされたりしている。最近は羽柴氏が有しているが、それ以前は毛利氏の城だった。九州で大友氏が優位を確立したものの、毛利氏はここを保持し続けていたのである。


 大友氏にとって門司城は悲願の地。何としても守り抜く、と考えるだろうと羽柴家は考え、わざわざ大友家臣の親賢をここに詰めさせた。


 その目論み通り、親賢は鬼の形相で迫る毛利軍を迎え撃った。


「毛利にここは渡さん!」


 守将の意気が伝播したものか、門司城の守兵の戦意は高く、毛利軍の威力偵察のみならず、経言が到着しての本格攻勢にも耐えて見せた。


「これは……」


 経言は想定外だと頭を抱えた。大筒も投入しての攻勢も弾かれ、強攻により無視できない損害が生じていた。ここから体勢を立て直し、再び城攻めといきたいところだが、さすがに時間をかけすぎた。既に毛利軍の来襲は羽柴方の知るところとなり、博多からの後詰めが迫っている。このままでは挟撃される恐れも出てきた。そのため戦力を分散せざるを得ず、来援のない今では再度の攻勢は絶望的である。経言は苦悩し、ため息は尽きないのであった。







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