小田原包囲戦
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東海方面軍の徳川、織田軍が山中、韮山などの城を攻略していたころ、同方面に振り向けられた志摩兵団も行動を開始していた。江尻に集結していた彼らは到着した海軍の船に乗り、東へ向けて出港する。目的地は北条水軍の拠点、下田城だ。
「恐らく敵は我らの侵攻を察知し、海上で防ごうとしてくるはずだ。これを撃破し、海路の安全を確保する!」
艦隊を指揮する九鬼澄隆は輸送船団を徳川水軍に任せ、先行した。露払いをしようというのである。
澄隆の予想通り、北条水軍は全力でこの侵攻を阻止しようとしていた。艦隊すべてが下田沖に集結し、やってくる敵艦隊を待ち受ける。
「お頭! 敵です!」
「来たか……。この前の雪辱を晴らすぞ!」
北条水軍は津への奇襲に失敗した上、帰路で北畠海軍に遭遇して大損害を受けた。その打撃から未だ回復していないが、一矢報いてやる、と復讐に燃えている。
「突撃!」
北条水軍は一塊になって北畠海軍の陣に突っ込んでいく。それを見た澄隆は笑った。
「敵さんは威勢のいいことだ。……面舵! 右回頭。左舷砲撃戦用意!」
澄隆直率の戦列艦が旗艦から順に右へ回頭。それが終わり次第、砲門が開かれた。使用されているのは例によってナパーム弾だ。砲弾は空中で炸裂し、炎が上空から北条水軍の船に降り注ぐ。
「妖の火か!」
水をかけても消えない火はいつしか「妖の火」という名前がつけられていた。北条水軍はこれに対して突撃という対応をとった。つまり、船が燃え盛るのを構わず敵船に体当たりを仕掛けるのだ。死なば諸共、という捨身戦術である。船が燃え尽きるのが先か、敵船に体当たりするのが先か。そんな危険な賭けである。
「熱いなぁ、おい!」
「口を動かす前に手を動かせ! 丸焼きにされるぞ!」
「オレたちゃ魚じゃないぜ」
漕ぎ手たちはそんな軽口を叩きながら、しかし必死で櫂を漕ぐ。上では火災が発生しているが、敵船に体当たりを仕掛けるという戦術をとっている以上は動力である漕ぎ手が逃げるわけにはいかない。ゆえに彼らは焼け死ぬ前に敵船に辿り着くべく、死ぬ気で櫂を漕ぐしかないのだ。
もちろん無事でいられるとは限らない。火災の発生位置が悪いと、すぐさま漕ぎ手たちのところへ火が回った。全速を出しているので、火が回るのも速い。敵船にたどり着く前に失速する船が多数いた。それでも後ろの船は、足を止めた僚船の合間を縫って北畠海軍に肉薄する。
「行け! 突撃だ! 敵の大砲は連射ができない! 今こそ好機! この機を逃すな!」
ナパーム弾で有効な打撃を与えるには面制圧をしなければならない。この時期の大砲の砲弾ではそれなりの数を費やさねばならない。戦列艦が片舷だけでも数十の砲門を備え、複数隻いても、どうしても間隙が生まれてしまう。その弱点を北条水軍は突いたわけだが、北畠海軍もそれは重々承知。彼らの執念を嘲笑うかのように対策を繰り出す。
「全速ッ! 戦列艦の前方に出よ!」
北畠海軍のフリゲート一隻が快速を飛ばして突出し、戦列艦の左側面に進み出る。そのまますいーっと通過して先頭に到達。先頭の戦列艦を追い越すと右へ舵を切り、北条水軍とは反対の方向へと離脱していった。一見すると意味不明な行動。だが、この僅かな間に罠が発動していた。
「お頭! 樽が!」
「くそっ! これを落としやがったのか」
フリゲートは大量の水雷を撒いてきたのだ。複数個ロープで連結されており、海流に流されて北条水軍へと迫る。
「面舵!」
「取舵!」
北条水軍は船長の判断で回避行動をとった。これが外側の船ならともかく、内側の船は右か左か、どちらへ進路をとるべきか悩ましい。結果、中央部で衝突が多発した。もたもたしているうちに水雷が到達し、少なくない船が撃沈、もしくは致命的な損傷を受ける。
回避に成功した船は敵の姿を探した。
「しまった!」
北条水軍の棟梁は思わずそんな声を出す。改めて敵を確認したとき、敵は自分たちに舷側を見せていたからだ。それは先程までの努力、犠牲が水泡に帰したことを示していた。加えて、最初の砲撃から時間が経っている。砲弾を再装填する時間としては十分だ。
二斉射目。再び頭上に火の壁が出来上がった。慌てて北条水軍は舳先を変えようとするが、その間にしこたま砲撃を浴びることになる。有効な反撃ができないまま、数だけを削られていった。
「クソが!」
北条水軍の僅かな生き残りは自棄になって突撃戦術を継続する。砲撃と水雷による迎撃は有効ではあったが完璧ではない。その防御の網を突破して肉薄する船がある程度いた。
そんな彼らは大物である戦列艦を狙うが、その前にフリゲートが間に割り込んできて、彼らとの間で白兵戦となる。
「焦ることはない。落ち着いて追い払え」
北畠海軍は乱戦になってもなお、組織を崩さなかった。生き残りの敵一隻に対して、北畠海軍はなるべく二隻で対応する。兵士や武器の質も北畠海軍が上回っている上に、二倍の敵に応戦されては北条水軍が敵うはずもない。接舷したはいいものの、次々と制圧されていった。
「よし。これで小田原までの道は開けた。後は敵の根城を始末してやれ」
澄隆は戦場の後処理を損傷したフリゲートや後続の徳川、織田水軍に任せると、自身は輸送船団と合流して下田城に迫った。
「放て!」
砲を城へ向けて放つ。一時間ほどかけて耕した後、兵士を上陸させた。城を守っていた清水康英は北畠海軍が沖に姿を見せた時点で、味方の敗北を悟った。精一杯の抵抗をと思っていたが、砲撃によって防御施設が損傷してしまう。上陸してきた兵士(志摩兵団)はぱっと見でも数千。たかだか千に満たない兵士で何ができる、と抵抗を諦めて降伏した。
そのころ、具房の許には各地から情報が集まる。東海、北陸、東北軍が小田原に到着したとの情報がもたらされた。
方々の軍勢が小田原に集結していると聞き、進撃を急ぐことにする。部隊を二手に分け、片方を息子の具長に任せて八王子城へと向かわせた。自身は津久井城を目指す。
到着すると城を包囲し、大砲を展開するなど城攻めの準備を始める。その一方で、開城へ向けた交渉を行うべく使者を派遣した。主力は小田原へ引き抜かれているので、抵抗しても無駄な犠牲を出すだけだと言う。ところが、城方はこれを拒否した。
「申し訳ございません」
「いや、いい。相手も意地があるだろう。ならば、面目が立つようにしてやろう」
交渉が不首尾に終わった使者が謝罪するが、具房は不問とする。成功すればいいな、程度の気持ちだったため失望感はない。
「敵は数千。大手と搦手の両方を攻め、一気に突破するぞ」
具房の号令の下、津久井城に対する総攻撃が始まった。準備砲撃は試射を終えるとすぐさま行う。城壁を崩すと歩兵を前進させた。城には虎口もあったが、擲弾を撃ち込んで制圧する。本丸を目前にしたところで開城交渉を行えば、敵はこれに応じた。要は、小田原に自分たちは戦った、というアリバイを作りたかったのだ。
「無益な血が多く流れずに済んでよかった」
具房は上機嫌である。具房は降伏してきた北条家臣を各地の城に派遣して開城交渉にあたらせた。その効果か、あるいは大軍のせいか、意外にすんなりと交渉は進展した。一部は抵抗してきたが、これは排除している。
「八王子は?」
「はっ。若殿(具長)は見事に城を落としました」
今回、具房は城を落とせという以外に指示はしていない。作戦などすべて具長に一任していた。報告では、開城交渉が頓挫したため強攻。城を落とした。守っていた守備隊の半数は戦死。また、城主(北条氏照)の妻たちは自害したという。
「相手にも立場がある。降伏しろと言われても、そう簡単には従えんよ」
具長が流血を起こしたことに手落ちではないかと批難する声もあったため、具房はそうフォローした。
「よし。このまま小田原へ向かうか」
「殿。ひとつお耳に入れたいことが」
「何だ?」
「浅井軍が攻めている忍という城があるのですが、ここがなかなかの堅城らしく、攻略に手間取っているとか。それで先刻、このような書状が届いております」
書状は援軍の派兵を求める内容だった。発信者は石田佐吉。
(三成、この世界でも忍城攻略に手間取ってるのか)
具房は因果なものだと思いつつ、これを了承する返事を返す。あわせて具長に対して、忍城攻めに加わるよう指示を出すのであった。
このように北畠軍が関東の制圧を順調に進めているとの情報は、小田原で籠城する北条氏政にも届いていた。
「伊豆と箱根が落ちた?」
「はっ。激しい抵抗の末に山中城は落城。周辺の城は兵が逃げ出すか、開城したとのことです」
「愚図どもめ……」
報告を受けた氏政は悪態を吐く。守りきれないとはわかっていたが、まさかこんなにも早く落ちるとは思っていなかったのだ。
さらに先日は東海道から進出してきた徳川、織田連合軍が小田原城に到着。北陸や東北から遥々やってきた部隊も到着して陣を張っている。陸は完全に連絡を断たれていた。
(どうする?)
氏政は善後策を思案する。最初の一撃を与えて講和に持ち込むというプランは、早々に戦線が崩壊してしまったために台無しだ。
(こうなったら小田原に籠城して少しでも優位な講和をーー)
そんなことを考えていたとき、城が揺れた。
「何だ、地震か?」
「申し上げます! 敵船が沖に現れ、城を砲撃しております」
「なんだと!?」
揺れの正体は艦砲射撃だった。これを追い払うための船はもういない。沖合には常に敵の船が遊弋し、時折、思い出したように艦砲射撃をしてくる。本格的な攻撃ではないが、被害が出ていた。いつ砲弾が撃ち込まれるのか、怯えながら生活しなければならなくなる。
「敵はまだ本気で攻める気はないようだな。兵糧の蓄えはたっぷりとある。まだまだ籠城できるぞ」
氏政はそう強がった。しかし、内心は危機感に身を焦がしていた。追い詰められた末に、氏政はとある考えに行きつく。
「風間。やってほしいことがある」
雇っている忍の棟梁(風間)にとある指示を出し、それを受けて複数名の手練れが西へと向かった。