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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第二章
21/226

志摩の乱


【お知らせ】


執筆が順調なので、4月1日からしばらく連続投稿します。また、GWにも連続投稿を予定しているので、お楽しみに


 



 ーーーーーー




 永禄三年(1560年)11月。稲刈りを終えると同時に、北畠家は行動を開始した。志摩国の豪族、九鬼家が反抗的であるため、彼らをよく思っていない志摩の国人を支援して拠点である田坂城を攻めさせたのだ。


 その情報を、具房は花部隊から居城の津城で知らされた。


「動いたか……」


 具房はこの動きを予想していた。本当はあまり嬉しくない動きである。なぜなら、彼らが攻めている九鬼家はあの九鬼嘉隆を輩出する家だからだ。


(味方になってほしいんだがな……)


 さすがに攻め寄せた人間に仕えろ、というのは受け入れないだろう。具教を止めることも考えたが、それで良好な親子関係を損ねたのでは元も子もない。そこで具房は一計を案じた。


「では作戦通りに動け」


「はっ!」


 指示はひと言で済んだ。花部隊には事前にどのように動くのかが知らされており、それに沿って動くだけである。既に必要な人員などもすべて用意されていた。


 一方、指示した具房は津城で悠々と過ごしている。彼らは隠密のプロ。ど素人がついて行く理由はないのだ。


(お市も帰ってきているしな)


 お市は郊外の学校に通っている。全寮制であるため、外出が許される週末にしか戻ってこなかった。特に、今は冬になろうかという時期だ。冬は学生数も増え、学校が特に賑わう季節である。それを見越して学校も過密スケジュールとなり、会える機会は少なくなるだろう。その前の夫婦団欒の貴重な時間だった。


「学校はどうだ、お市?」


「それ何度目? 帰ってくる度に質問されている気がするんだけど」


「まあいいじゃないか」


 具房はまあまあと押し切る。その上で学校はどうだ? と重ねて質問した。お市は少し呆れた様子で答える。


「楽しいわよ」


「それはよかった」


 密かに虐められていないか心配している具房は、花部隊から人員を割いて見守っている。学校側からも具に報告を受けていた。その上で本人に確認するという、三重のチェック体制を敷いている。


 お市は学校を気に入っていた。特に制服がお気に入りである。最初は戸惑ったが、いざ着てみると着脱が容易だった。着物より過ごしやすく、来客などがなければ城でも制服で過ごしている。具房はワンピースといった洋装も順次、製作させる予定だ。


 そんな具房の目下の命題は、どうやってお市にミニスカを着させるのか、ということだった。夜の営みでわかったが、お市はスタイルがいい。胸は成長期ゆえに未知数だが、脚線美は申し分ない。ミニスカとニーソの絶対領域を拝みたいところだ。


(寝巻きを変えるか?)


 だが、生憎と季節は冬。それを見られるのはもう少し先のことになる。今は我慢だ、と自身に言い聞かせた。


「ところで、旦那様は志摩にはいかないの?」


「関係ないのに行ってどうする?」


「……」


 関係ないの? って顔をされた。具房も、目の前で指示を出していれば戦場に出ないことを訝しがられて当然か、と己の迂闊さを呪う。


「ただの悪巧みだから問題ない」


 謀略だから、と強引に押し切る。謀略は秘密裏に行われることが多く、それをベラベラと話すわけがない(つまり、話す意思はない)、とお市は理解した。


 普段は遠慮しない彼女だが、さすがに戦国時代の女性だけあってその辺りは敏感であった。ただ、置いてけぼりにされて少し寂しそうではある。


(すまんな)


 いつの時代もどこから情報が漏れるかわからない。為政者ともなれば、隠さなければいけないことはどうしても増えてしまう。夫婦間に隠し事はないように、というのが具房の理想だが、そうはいかないのが現実だった。心のなかで謝る。


「よし、お市。こっちへ」


 具房は立ち上がり、自室に入る。執務室ではなく、侍女しか入ってこられないプライベートルームだ。


「えっ? 急に何よ?」


「いいから、いいから」


「ちょ、ちょっと……」


 急に言うので戸惑うお市。そんな彼女を強引に連れ込む。服装や年齢から、世が世なら未成年略取で罰せられる。少なくともロリコンの謗りは免れない。


「ひゃん!?」


 素っ頓狂な声を上げるお市。具房が彼女を抱き寄せたためだ。やや不意打ち気味にキスまでする。お市は彼がヤる気であると察した。


「今はお昼よ!?」


「関係ない」


 ニヤリと笑う具房。いやいやと抵抗するお市だったが、力のない形ばかりのものだった。具房もそれに気づいており、躊躇なく止めを刺す。


「そうか? ここはそうでもないようだが……」


「はう……」


 服の上からお市のささやかな膨らみに触れる。彼女は切なそうな声を上げ、半ば無意識に足をもじもじと動かした。


「いいな?」


「……うん」


 お市は首を縦に振る。かくして彼女は具房によって天国に連れて行かれることになった。二人の夫婦生活はなんだかんだいいつつ順調である。昼も夜も。




 ーーーーーー




 志摩国田坂城。九鬼家の拠点であるこの城は同じ志摩国人の攻撃を受け、落城の危機に瀕していた。


「おのれ北畠め!」


 九鬼家当主、九鬼浄隆は前線に立ち、攻め寄せる志摩国人たちをーー否、そのバックにいる北畠家に悪態を吐く。しかし、そんなことをしても不利な戦況が覆るわけではなかった。


「野郎ども、九鬼衆の意地を見せろ!」


「「「応ッ!」」」


 浄隆の鼓舞に、男たちが野太い声で応える。城兵のなかに傷を負っていない者はひとりとしていない。程度の違いはあれど、どこかしらを負傷していた。それでも戦っているのは、浄隆が先頭に立って奮戦しているからだ。


 兵士たちは彼の姿に感化され、どんな大怪我をしようが構わず戦い続けた。田坂城はもはや浄隆の気力のみで落城を免れているに等しい。だが、それもやがて限界を迎える。最前線で戦い続け、籠城によりまともな食事をとれなかったこと(栄養失調)により、浄隆は病に倒れたのだ。


「家督は弥五郎(澄隆)に。孫三郎(嘉隆)、後は頼む……」


 それが最後の言葉だった。浄隆は呆気なく帰らぬ人となる。


「兄者……」


 後事を託された嘉隆は、遺言通りに澄隆を新たな当主とした。しかし、幼少であるため澄隆は前線に立つことはできず、九鬼軍の士気は崩壊した。


「波切(城)まで撤退しよう」


 嘉隆はこれを見て断腸の思いで決断した。城を枕に討死しよう、という意見もあったが、それは少数に留まっている。全体の意思としては城を脱出して波切城に向かうこととなった。


 九鬼軍は移動のままならない重傷者を除いて脱出することを決定。その日の夜に、夜陰に紛れて田坂城から逃れた。しかし、彼らにとって不幸だったのは、この動きが敵に露見したことだ。当然、追撃が行われる。


「くそっ! 朝熊山へ逃げるぞ!」


 嘉隆は波切城までの逃亡を諦め、山に入って逃げ切ろうとした。しかし、それは叶わなかった。なぜなら逃げ込んだ朝熊山には、具房の指示で花部隊が待ち構えていたからだ。


「……本当に来るとはな」


 指揮官である服部半蔵は、具房の読みに戦慄を覚えた。的確な作戦指揮はかの諸葛孔明を彷彿とさせる。いや、彼はその生まれ変わりなのではないかとさえ思えてくる。


「待て!」


 半蔵は大きな声で九鬼軍を制止する。まさかこんなところにまで敵がいるとは思わず、嘉隆たちは飛び上がらんばかりに驚いた。


「武器を捨てろ」


 今までどこに隠れていたのか、嘉隆たちはぐるりと敵に囲まれていた。


「ぐぬぬ……」


 嘉隆は悔しかったが、ここで抵抗しても殺されるのがオチである。兄から九鬼家を頼まれた以上、家を滅ぼす選択肢はとれない。彼は泣く泣く武器を捨てた。


「孫三郎様……」


「お前たちも捨てろ。ここは恥を忍んで生き残るのだ」


「無念です……」


 家臣たちは躊躇するが、嘉隆に促されて武器を捨てた。それを確認した半蔵は、嘉隆に近寄る。


「武器を回収しろ。もうすぐ本隊がやってくるぞ。その前に隠れるんだ」


「「「はっ!」」」


 彼の指示で九鬼軍が捨てた武器が素早く回収されていく。さらに九鬼軍は拘束されることもなく、団体で山の穴蔵に身を潜めることになった。


「ど、どういうことだ?」


 困惑する嘉隆。目の前にいるのは敵のはず。だが、北畠軍から逃げているような様子だった。辛抱たまらず訊ねる。


「お前たちは北畠軍だろ?」


「そうだ。我らはーー静かに!」


 半蔵は何かを言いかけて止める。そして周りに静かにするよう促した。九鬼軍は思わず話を止める。すると、彼らの耳にガサガサと草木をかき分ける音がした。それは志摩国人たちの兵士である。


 嘉隆はバレていないか心配になる。兵士とバッチリ目があった気がしたからだ。しかし、彼らは気づいた様子がない。


「ここら辺まで歩いてた痕跡があったんだがな?」


「獣道と間違えたんじゃねえか?」


「おかしいな。この先に登った痕跡はないし」


 嘉隆たちがいる穴蔵の入り口は草木で巧妙に擬装されており、素人目には見破れないようになっていた。兵士たちはやがて勘違い、という結論を出して引き上げていく。時間にしてほんの数分だったが、緊張していた嘉隆たちには三十分、一時間にも感じられた。


「……引き上げたか。だが、戻ってくるかもしれん。お前たち、周囲を警戒しろ」


「「「はっ」」」


「九鬼軍は、辛いかもしれんがもう少しの辛抱だ」


「あ、ああ……」


 嘉隆たちはわけがわからないままに半蔵に従う。しばらくして、国人たちは朝熊山から撤退したとの報告が上がった。そこでようやく穴蔵の外に出ることができた。少し余裕を取り戻した嘉隆は改めて半蔵に訊ねる。


「あんたたちは何者だ?」


「我々は、北畠羽林(具房)様より貴殿らを秘密裏に津城へと出迎えるように仰せつかった」


「は?」


 嘉隆はわけがわからないといった顔だ。それもそのはずで、具房は北畠家の嫡男。彼が本家が動いている九鬼攻めに反するような行いをするなど、普通はあり得ない。それが混乱の原因だった。


 しかし、半蔵はそんなことはどうでもいい、とばかりに嘉隆へ一方的に選択を迫る。すなわち、このまま黙って津城へ向かうか、国人たちに突き出されるかだ。もちろん選択肢はひとつである。嘉隆たちは海路で津城へと向かった。


 津では城下の宿がひとつ貸切になっており、具房と会見するまでの数日間はそこに留められることとなった。その間、嘉隆たちは過分ともいえるほどのもてなしを受けている。おかげで戦の疲れを癒すことができた。


 そしていよいよ、具房との会見に臨むことになる。会見するのは当主である澄隆と後見人である嘉隆だ。九鬼家を助けたのは具房が独断で決定し秘密裏に行った。ゆえにこれも非公式な会見だ。挨拶と簡単な自己紹介が済むと、まず具房が口火を切る。


「まず、貴殿らには謝罪しよう」


 具房は真っ先に謝った。まさかの展開に、嘉隆たちは混乱する。なんてことをしてくれたんだ! と言いたい気持ちもある。だが、それは違うと思ったのだ。


「いい。こんなご時世なんだ」


「……すまない」


 嘉隆は謝罪は必要ないと言った。それでも、と具房はもう一度だけ謝る。具房はとりあえず、今後の方針を話した。


「九鬼家の者は客人として不自由ない生活を約束しよう」


「それはありがたい。でもいいのか?」


 嘉隆の心配は、本家から何か言われるのではないかというものだった。具房が九鬼家を滅ぼすつもりはないことはわかるが、本家の意向には逆らえない。これは事実なので、具房は肯定する。その上で、


「ゆえに秘密にしなければならない。若干の不自由はあると思うが、我慢してくれ」


「わかったよ」


 ということで話はまとまる。そして話題は、九鬼家の今後に移った。具体的には、どのように生活するのか、ということだ。そこで具房は驚くべき提案をする。


「……織田家に?」


「ああ。義兄殿(信長)から船の扱いに長けたものがいれば紹介してほしいと言われていてな。九鬼家が適任ではないかと思ったのだ」


「なるほど……」


 具房は追い討ちとばかりに滝川一益から渡された信長の書状を見せる。そこには具房が言った通りの内容が書かれていた。ぐぬぬ、と唸る嘉隆。仕官先が見つかるのは嬉しいが、それは旧領を手放すことと同義だ。軽々しく同意はできない。だが、このまま居候というわけにもいかなかった。


 悩む嘉隆に、具房はさらに選択肢を提示する。


「それと、もしわたしが家督を継げば、旧領はそのまま安堵しようと考えている」


 それは意地悪な提案だった。旧領が忘れられず織田家への仕官話を受けるか迷っているのに、旧領を与えるという話を出すのだから。嘉隆はどちらが正解なのか悩む。そんなときに、これまで黙っていた澄隆が声を上げた。


「伯父上は織田へ行ってください。自分が残ります」


 それが本家の務めですから、と澄隆。具房は大人しそうなのに肝が座ってるなあ、と感心していた。嘉隆自身、九鬼家を残す手段としてそれはアリかと思っていたこともあり、結局それを受け入れた。こうして嘉隆と彼に従う郎党(九鬼家残党の大半)は織田家に仕官すべく、程なくして再び尾張津島への船旅に出ていった。




 ーーーーーー




 尾張清洲城。信長は具房からの紹介状を持って仕官してきた面々と会っていた。それは無論、九鬼嘉隆たちである。


「我ら一同、尾張守様のために誠心誠意お仕えする所存。どうか仕官をお認めください」


「うむ。歓迎しよう。古木江の信興につける。伊勢との交易路だ。責任は重大ゆえ、そなたの手腕を期待する」


「ははっ!」


 嘉隆は返事をして下がったことで側近のみになると、信長は笑い始める。不思議そうにするのは、最近、信長の重臣になった柴田勝家だ。


「どうかなされましたか?」


 勝家は信長がなぜ笑い出したのかわからず、戸惑いの声を上げる。それに答えたのは信長ではなく、筆頭家老である林秀貞だった。


「殿は北畠羽林様との約束通りになってお喜びなのです」


 そう。実は九鬼家の処分については具房と信長の間で話がついていたのだ。


 具房は鳥羽水軍以外に子飼いの水軍部隊を創設したいと考えていた。それで目をつけたのが、近々北畠家の支援を受けた国人に攻撃される九鬼家である。しかし、九鬼家を配下にすると澄隆と嘉隆の確執や北畠家への蟠りがもれなくついてきてしまう。それは嫌だ。誰だって、美味しいところだけを食べたい。そこで織田家へと話を持ち込んだ。


 信長もまた、佐治水軍に頼らない独自の水軍を整備したいと考えていた。しかし、金はあれどノウハウがない。そこへ具房から話が舞い込んだのだ。こんな美味しい話に乗らない手はない。このように相互の利害が一致した結果、具房が九鬼本家(澄隆)を、信長が九鬼分家(嘉隆)を引き取る形で決着がついた(具房の取り分が少ないのは、同時に別の条件を呑ませたためである)。


 しかし、勝家は新参であるためその辺りの事情がわかっていなかった。さらに勝家は具房にいい印象を持っていない。なぜなら、彼がお市と結婚したからだ。現在の勝家は信秀(信長の父)の時代に立てた功績によってなんとか重臣の末席にいるような状態である。ゆえに彼女を妻にという大それたことは考えていないが、勝家にとってお市はアイドルのような存在であった。そんなアイドルがどこの馬の骨ともしれない男と結婚したーー嫉妬するのも仕方がない。勝家は槍働きは無論、為政者としても優秀である。だが、彼の欠点はその頑固さにあった。


(おのれ……)


 そうだったのですな、と空気を読みつつ、裏では具房に対する嫉妬の炎を燃やしていた。








【解説】柴田勝家について


織田家の猛将といえば、真っ先に思い浮かぶのが柴田勝家でしょう。しかし、勝家は最初から信長に仕えていたわけではなく、信勝(信長の弟)を擁立しようと林秀貞と共に反抗しています。戦いには敗れて降伏。許されはしたものの、直接戦闘が響いたか、美濃攻略まで少なくとも史料の上では戦場に出た、という記録はありません(林秀貞は信長との戦闘には参加しておらず、降伏後は内政官として活動しています)。


このような事情があるため、勝家は桶狭間に登場していません。ファンの皆様、ごめんなさい!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勝家にとってお市はアイドルのような存在であった。そんなアイドルがどこの馬の骨ともしれない男と結婚したーー嫉妬するのも仕方がない。 [一言]  伊勢国司家の嫡男。正式な官位持ち。  自分…
[良い点] >三重のチェック体制 津市だけにね!
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