【閑話】お市は心配性
作者多忙につき執筆が間に合っていません。閑話でご容赦ください
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白地で長宗我部軍と睨み合いをしつつ、交渉を続ける北畠軍。退屈な日々が続いている。そんな彼らにとって楽しみなのが、補給物資とともに届く手紙だった。
「おふくろは元気か?」
「ああ。こないだ妹が生まれたって」
「そりゃめでたい」
「お前はどうなんだ?」
「俺んところはなーー」
と、故郷の家族や友人の話があちこちで咲く。それは具房たちも例外ではなかった。具房は自身の天幕で身内を集めて手紙を読む。集まったのは具房の他に具長、藤次郎だ。具長は息子、藤次郎も娘婿(義息子)である。
「あっ、父上宛の文があります」
「宝からか!」
藤次郎に届いた手紙の送り主は宝。そのなかには具房に宛てたものもあったようで、それを渡す。具房は受け取り、ふむふむと読み進めた。
「姉上(宝)は何と?」
「息災かと訊ねて、夫(藤次郎)をあまり苛めないでくれ、だそうだ」
そんなことしないのに、と具房。嫁ぐときこそ思うところはあったが、今では心の整理をつけている。
「今度からは太郎(具長)にも文を送るよう宝に言っておくか」
「ち、父上」
具長は照れる。たしかに具房に来て自分に来なかったことが寂しかったのだが、強請ってまでもらうものではない、と言いつつ実際は恥ずかしいだけだった。
「父上は数が多くて大変ですね」
話を変えるために具長は具房に届いた手紙の多さを指摘する。たしかに彼に届いた手紙は多い。お市以下の妻たちに、伊勢に残っている子どもたち。身内だけでもこの多さだが、仕事関連でいえば信長や家康、長政などからも届いている。これらに返事をするのは大変ではないか? と具長は訊ねた。
「そんなことはないぞ」
具長が言うように、身内に対してはともかく、信長など外部の人間に返事をするときには文面にも気を遣わなければならないため大変だ。それでも、もう慣れた。
「若殿(具長)は誰から?」
「亮丸と母上(お市)だな」
さっと手紙に目を通す。亮丸からの手紙は、具長が四国攻めに加わったことを羨むものだった。亮丸の従軍も予定されていたのだが、元服が終わらない限りは戦場に出さないという具房の方針があるため、伊勢でお留守番をしている。
内容は戦に出られた具長が羨ましいというもの。一歳差のライバルだが、戦場に出たタイミングに差があって焦りを感じているらしい。文面からその気持ちがひしひしと伝わってきた。具房は来春の総攻撃には参加させるつもりなので、亮丸宛の手紙にそう書いておく。
そしてもう一通はお市からのものだった。怪我をしていないか、体調を崩していないか、と心配事が書き連ねられていた。またか、と具長は苦笑い。前回の武田攻めでもこの調子だった。母上は心配性だな、と具長。彼女を安心させるために怪我はしていないし体調も問題なし。そして具房から長宗我部家との交渉を任せられている、と認めた返事を書いた。
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伊勢国津城。町の中心にある城、その二の丸にある屋敷でお市は返事の到着を今や遅しと待っていた。
「もう、遅いわね」
「ふ、船で運ぶので海が荒れて遅れているのかもしれません」
侍女がフォローする。遅れたなら急げばいいでしょ、とお市。畿内からは陸路なので、飛ばせば少々の遅れは挽回できるはずだと主張した。
今朝からずっとこんな調子で、侍女たちは辟易している。具長が出征するようになってからこの調子だ。いい加減、子離れしてほしいと内心では思っていた。
待望の手紙は夕方に着く。お市が首を長くして待っていることは城内の人間であれば知っているので、すぐさま届けられた。周りは具房からの手紙を開封しているが、お市は具長のものを開ける。
「元気みたいね」
手紙には怪我もなく、元気だと書かれていた。よかった、と笑みを浮かべるお市。読んでいくと、長宗我部家との交渉役を担っている、という部分に目が留まる。
「大丈夫なの?」
具房に褒めてもらったと書かれていたが、誇張ではないかと少し疑う。確認のため、お市は具房の手紙を読んだ。すると、そこには具長の言葉を裏づけるかのように、よくやってくれている、ということが書いてあった。
「凄いじゃない」
お市は具長が四国で活躍していると聞いて鼻が高くなる。だが、すぐさま心配事が思い浮かぶ。土佐なんて片田舎の大名に会って怖い目に遭っていないか、と心配になった。
「心配しすぎじゃないですか?」
「そんなことないわよ」
お市は心配して損はない、と思ったことを書き連ねる。そして具房に対しては具長に万が一のことがないように気をつけるよう注文した。葵たちはそのブレない姿勢に苦笑い。
返事を受け取った具房と具長父子は、
「「お市(母上)は心配性だな」」
と口を揃えて言った。