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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十五章
206/226

奇襲

 



 ーーーーーー




 顕康は侵攻してきた南部軍を撃破。その後、三方から浪岡、伊達、最上、安東といった軍が南部領に侵入した。南部軍は各地で抵抗したものの、都合五万を数える連合軍の前になす術なく、信直は降伏する。


「処分は父上に決めていただく。しばらく謹慎されよ」


 処分を保留する顕康。とりあえず信直たちを謹慎処分として寺に放り込んだ。南部領は東北諸侯の共同統治とする。顕康にはそこまでの余力がなく、他の勢力どこかひとつに任せるのも問題だと考えたからだ。


「新御所、これからいかがされますか?」


 諸侯を代表して政宗が訊ねる。


「南部領の掌握が先決です。領内の把握、人心の慰撫に努めましょう。その間に父上に使者を送り、今後の指示を仰ぎます」


 とは言ったものの、何となく返事は想像できていた。関東の北条攻めに加われといわれるのだろう。それを見越して顕康は政宗たちにそのつもりでいるように指示しておいた。


 顕康からの書状が東進する具房の許に届く。中身を読み、顔を綻ばせる。


「ははっ。あいつはよくやっているようだ。上手いこと南部兵を手玉にとったらしい」


「衰えたりとはいえ、あの家は東北を席巻したこともあります。それを撃ち破るとは、さすがですな」


「しかも、東北では『蘭陵王』と呼ばれているとか」


 手紙では顕康はそのことに一切、触れていなかったが、噂は諜報網にかかって具房の耳に届いていた。


「いいじゃないか」


 蘭陵王というあだ名は、南北朝時代に活躍した北畠顕家からきたものだと具房は思っている。高貴な血筋のみならず、顕家が後醍醐天皇の御前で『陵王』を舞ったことは有名だ。そんな故事もあり、顕康は『蘭陵王』というあだ名を奉られたのだろう、と。


「精一杯、揶揄ってやるとしよう」


 その言葉に、周囲はどっと沸くのであった。


 遠い地で弄られて顕康がくしゃみをしたかはさておき、返事を見た顕康は眉をへの字に曲げる。


「父上は意地悪だ」


 返事の宛名には「蘭陵王」と書かれており、あだ名で揶揄ってやろうという意思がひしひしと感じられた。具房のことである。自分がこのあだ名をあまり気に入っていないことも知った上で揶揄っているのだろう。そう考えると顕康は父を恨んだ。


 中身は南部戦の作戦指導を褒めるものだった。しかし、顕康は喜べない。褒められて嬉しいのだが、宛名の恨みで相殺されているからだ。そして出たのが意地悪、という感想である。


「もう一通ございます」


 顕康が難しい顔をしていると、使者が書状を出す。実は二通あったのだ。気は進まないが受け取らないわけにはいかず、受け取った。腹立たしいことに、こちらはちゃんと自分の名前が書かれている。


(まとめろよ!)


 とは思ったが、口にはしなかった。それくらいで具房は目くじらを立てないが、諸侯の目があるから自重したのである。


 二通目には問い合わせていた今後の動きについて指示があった。予想通り、北条攻めに加わるようにとの指示である。顕康たち東北勢に与えられた役目は北関東諸侯の救援と糾合だ。


 現在、北条氏は反抗する北関東諸侯に対して武力行使をしている。諸侯は守りに徹しており、各自の居城で籠城していた。今のところほとんど守り切れてはいるが、兵力差もありいつまで保つかわからない。


 具房の出兵を知り北条氏はいくらか兵を下げたようだが、包囲が解かれたわけではなかった。そこで顕康にはそれらの包囲を解き、北関東諸侯を麾下に入れて小田原へと向かえ、という指示が出されている。この方針は直ちに諸侯へと伝えられ、占領地の行政組織が整った段階で南部領を進発。北関東を目指して南下を開始した。


 南部家の敗北と東北勢の参戦は北条氏の知るところとなる。この他、北畠軍の主力部隊が北条領へと進撃していた。


 北陸道からは浅井長政率いる北陸軍が迫る。上杉景勝や前田利家、佐々成政といった武将が属していた。当初は彼らが北関東諸侯を救援することになっていたが、東北が早く片づいたため予定を変更。北関東を通り、武蔵から相模を目指すことになった。


 東海道からは徳川家康率いる東海軍が圧力をかける。織田信孝とともに東海道を東へ進み、北条氏の本拠地である小田原を脅かす。ただ、道中には箱根一帯に築かれた城砦群や伊豆国があり、突破することは容易ではない。


「相国(具房)は多少、時間がかかってもいいと仰っていた。確実にひとつひとつ落としていくぞ」


 家康はじっくり攻めることにした。時間が経てば経つほど自軍が有利になる。他の場所から来る軍もいるからだ。なので、時間を費やしても安全に、かつ確実に城を落とす。徳川家臣や信孝に異存はなかった。過程はともかく、目的を達すれば問題ない、と具房との付き合いのなかで知っているからだ。


「そうか。駿河殿(家康)たちは腰を据えて城攻めにかかったか」


 具房率いる北畠軍本隊は東山道を進撃している。その道中で報告を聞いた具房は、よしよしと何度も頷く。大軍のため分散して侵攻しているが、各個撃破される恐れもある。速度が命だ、などと言って遮二無二進撃していれば、不意を突かれて大損害を受けるかもしれない。だから諸将には予め、確実に包囲の輪を縮めるように、と伝えていた。


(まあ、徳川も浅井もわかってるはずだ)


 さもなくば信長の盟友としてやっていけるはずがない。付き従っている信孝や真田氏、東北の諸将だってそうだろう。彼らは賢いのだ。そうでなければたちまち淘汰される。それが戦国なのだ。


 さて、具房自身は三旗衆は無論のこと伊勢、伊賀、志摩、紀伊兵団を率いて進撃している。その他、甲斐や信濃の徳川、真田勢が従っていた。津久井城と八王子城を攻略した後、小田原に迫る予定だ。その際、後方は徳川軍の一部に任せる。彼らには代わりに二城攻略の先鋒になってもらうことで、戦功とする。そう話はついていた。


「それなりに砲弾を使うことになるだろうから、補給はしっかりな」


「駿河に補給物資が届いていますから、それを運ばせます」


 物資の供給拠点は長島から移転していた。作戦範囲が広くなったため、位置を変えたのだ。東へ向けた拠点は津、西へは若山、日本海へは外ヶ浜(青森)と移っている。


 津から運ばれた物資は江尻で陸揚げされ、集積。必要に応じて陸路で戦場に届けられていた。よほどの緊急性がない限り、定期的に行われる兵糧の輸送に合わせて運ばれている。


 輸送のスケジュールを聞き、それならばと城攻めの日取りを参謀たちの意見も聞きつつ決める具房。そんなとき、忍から北条側の動きについて報告が入った。


「北条水軍が動いた?」


「はっ。ほぼすべての船が出港し、航路を西にとりました」


「西……」


「敵は江尻を襲うつもりでしょうか?」


「あるいは、輸送船団か」


 上陸や輸送の妨害など、可能性がいくらか思い浮かぶ。もっとも、それが成功するかは別問題だ。


 輜重部隊はもちろん、物資集積地も軍に守られていた。具房は自軍の弱点が輜重であることはわかっている。当然、対策はしていた。とはいえ、被害は少ない方がいい。


「隠しているわけではないから、その可能性は十分ある。……よし、江尻に警報を出せ。それから援軍を送ろう」


 具房は使者を出して江尻の守備隊に警戒体制を敷かせるとともに、息子の具長と彼が率いる部隊を増援として派遣した。




 ーーーーーー




 時間は少し遡る。北条氏の本拠である小田原にて、出払っている者を除く主立った家臣が集まって評定を開いていた。議題に上っているのは、北畠軍への対応について。


「関東統一を成し遂げることこそが最優先。一円支配を成した関東に、相国も容易に手は出せぬでしょう」


 そんな論理で北関東侵攻に踏み切った北条氏。全国各地で蜂起するから、北畠側の対応は遅れると考えていた。その間に関東全域を占領し、支配を既成事実化する。


 北畠家が本腰を入れるとさすがに劣勢となるだろうが、あの家には律がいる。具房との間に子どももおり、和睦の条件としてその子を氏直に代えて当主に据えることにしてもいい。北条の血が流れる人物が関東を支配するのだから。


 しかし、いざ挙兵すると計画に大きな誤算が生じた。北畠家は突発的な事態にもかかわらず、全方面に軍を派遣したのである。どこも万を数える大軍を動員しており、そこに加わる諸侯軍を含むと兵力的に圧倒していた。


 さらに、北関東諸侯の軍が強い。事前準備ではないが、北関東諸侯に対して北条氏は様々な工作を行っていた。館林城の長尾顕長に圧力をかけて完全に服属させたり、佐野昌綱を謀殺して後継ぎに北条氏忠を送り込んだり。じわじわと勢力を浸透させていた。挙兵には、こうした工作によって北関東諸侯の力が落ちているという見込みも影響している。


 だが、予想に反して北関東諸侯は頑強に抵抗した。北条氏は北畠家から武器を買っていたが、北関東諸侯も同様に武器を買っていた。それも、北条氏の注文に合わせて。一方的な軍事的優劣がつかないよう、北畠家が調整していたのだ。


 当然、軍事力は経済力に比例する。その論理でいけば北関東諸侯に対抗できるはずもないのだが、北畠家は彼らに貸付という形で援助を続けた。つまりは借金である。なお、返済できなければ利権を担保に、なんて鬼畜なものではない。利子も一定額が一年ごとに加算されるという特殊なものだ。北畠家の狙いは金儲けだけではない。北関東諸侯が北条氏に屈服しないことだ。生きていることが利益なので、彼らを破産させるようなことはしない。


 そんな背景もあり、北条氏は苦戦している。そんななかで北畠軍が迫っていた。しかも、具房が率いる主力軍。これにどう対応するのか。評定における意見は真っ二つに割れていた。


「このまま攻め続けるべきです。一刻も早く関東を制圧し、敵に備えるのです!」


「いや、ここは兵を休ませ、来るべき決戦に備えるべきだ!」


「何を言うか! 早雲公より続く我らの宿願、果たさぬと申すのか!?」


「家を潰せば悲願の達成も何もなくなります!」


「何だと!?」


「何か文句でも!?」


 という具合に丁々発止の議論が続く。その様子を見ていた氏政は、ふとあることを思い出した。近くにいる氏直や弟たちに話しかける。


「そういえば、北畠軍は伊勢から糧秣や丸薬を運んでいたな?」


「左様です」


「以前、甲斐の武田を攻めたときは伊勢から海路で荷を運び、江尻に集めていたと思います。今回も同じかと」


「ふむ……風間に調べさせよう」


 氏政は忍を使い、北畠軍の補給拠点を調べさせた。結果、津と江尻の間で莫大な物資が輸送されていることを突き止める。


「これをどうにかして止められれば、侵攻を遅らせることができるか」


 北畠軍には分が悪いが、その他が相手ならば引けをとらない、というのが氏政の見立てだ。


「しかし、報告では敵は江尻や船を守っているとか」


 懸念を口にする氏直。調べた結果、輸送路とともに厳重な守りが敷かれていることも判明した。輸送を止めるのは無理だと、氏直は言っているのだ。


 だが、氏政はニヤリと笑った。


「相手が来ないと思っているところを攻める。それが奇襲だ」


 そう言ってとある命令を下した。


 時間は飛ぶ。氏政の命令で、北条水軍は全力出撃していた。海に出たところで、水夫のひとりが愚痴る。


「大殿(氏政)も無茶な命令をされる。『陸から離れて航海しろ』なんて」


 この時代、陸を見ながら沿岸沿いに航海するのが普通だ。それが禁じられたのだから、愚痴るのも仕方がない。遭難しかねないのだから。


「とはいえ、大殿のご命令だ。従うしかない」


 あちこちで不平不満が上がっていたが、最終的には仕方がないよね、と諦めて航海を続ける。ひたすら日の沈む方角(西)へと。


「そのうち唐(中国)に着いちまうんじゃないですかい?」


 なんて苦し紛れの冗談が飛び出すほど、彼らは追い詰められていた。それほどの不安を覚えている。広い海の上。辛うじて西に向かっていることはわかるが、景色がまったく変わらないのだ。このままどこにも辿り着かないのではないかーーそんな不安が募る。夜や風雨に遭ったときなどは尚更だ。


 だが、


「見えた! おかだ!」


 歓喜が弾ける。彼らは今、大西洋を横切って陸地を見たコロンブスのような気持ちだろう。


「お頭! あそこに漁船がいますぜ!」


「捕まえろ!」


 哀れ、たまたま出会した漁船は北条水軍に拿捕される。そして津までの水先案内を引き受ける羽目になった。


 伊勢湾に三つ鱗の旗を靡かせて進む船団。彼らは長い航海の末に関東から伊勢へと至った。道中、脱落した船もあったが、陸地から離れて航海して成し遂げたのだから、見事なものである。


 氏政が考えたのは津への奇襲攻撃。江尻や荷を運ぶ輸送船団に対しては警戒しているだろうが、津は本拠ということもあってそれが薄いだろう、という考えからだ。そのために水軍を総動員して大海原を航海させるという大博打に出た。そしてそれは成功した。ならば、後は剥き出しの果実を得るのみ。


「かかれ!」


 棟梁の命令一下、北条水軍の船は港へと向かう。甘い果実に歯を立てんとしたとき、それは起きた。


「うっ!」


「光が!」


「何だあれは!?」


 上空に炎の花が咲く。それがマグマのようにドロリと降り注いだ。


「火が!」


「消せー!」


「ダメだ! 消えねえ!」


 船に火がつく。消そうと水をかけたがまったく消えない。ある者は服に火がつき、海に飛び込むがこちらも消えなかった。


「化け物の火だ!」


「鬼火だ!」


 などと騒ぐ。この攻撃の正体は、毛利家との戦いで使用されたナパーム弾だ。津の沿岸には砲台が構築されている。そこから撃ち出されたのだ。元々、津に移転したのは防御地点を統合するという意図もあった。


 たしかに氏政が考えたように後方だからそれほど警戒はされていなかった。だが、拠点ゆえに防備はある。沿岸砲台に伊勢兵団や三旗衆の駐屯地など。特に沿岸砲台は四六時中、沿岸を見張っている。船団に対する早い対応もそのおかげだ。


「一隻たりともこの町に入れるな!」


 砲台の隊長は気炎を上げている。それに応えるように、砲台は盛んに砲を撃つ。レールの上に乗っているため自動で初期位置に戻る。通常の野砲より、射撃間隔は短かった。その分、弾薬の消費も激しく、用意してある砲弾はすぐに撃ち尽くしてしまう。もちろん、対策はとっている。


「急げ急げ! 敵は待ってくれないぞ!」


 沿岸から少しだけ内陸に弾薬庫はある。そこと砲台の間にはレールが敷かれており、弾薬は簡易的なトロッコに乗せられて運ばれていく。人力や馬車よりも省スペースで速い。絶えず弾薬は供給され、砲台の速射を支えていた。


 とはいえ、相手は大船団。ナパーム弾は何隻も火達磨にしたが、まだ船はいる。岸にたどり着き、なかの船員を吐き出す船は多かった。しかし、上陸した先には北畠軍が待っていた。伊勢兵団の留守隊である。


「放てーッ!」


 銃声が轟く。船から飛び出した船員たちは次々と銃弾に倒れた。


「なぜだ!? 敵は出陣しているのではなかったのか!?」


 留守隊がいるとは思っていたが、まさかここまで有力な北畠軍が残っているとは考えていなかったのだ。


 さらに北畠軍は津が攻撃された、一大事だということで、兵役についたことのある者が参集していた。留守隊は千ほどであったが、あっという間に五千ほどに膨れ上がっていた。時間が経つほど敵が増えていく。目標であった補給拠点の破壊は達成できそうにない。これを見て棟梁は決断した。


「撤退だ!」


 船団は津から撤退していく。砲弾は離岸後も降り注いでおり、損害を出していたが無視してひたすら逃げる。


「ふう。何とか逃げ切ったか」


 などと安堵していたとき、北畠軍と出会す。江尻からの戻り便である。北条水軍はつい癖で沿岸を航行してしまい、北畠海軍と航路が被ってしまったのだ。


「なぜここに敵が……? まあいい。排除しろ!」


 船は一斉に転舵し、舷側を見せる。そこに備えつけられている砲が火を吹いた。こちらもナパーム弾を装備しており、北条水軍の船を次々と燃やしていく。


 北条水軍は逃げに逃げた。ガレオンは足が遅くすぐ振り切ったが、フリゲートには追い回される。ここでも北条水軍は大損害を受け、帰還できたのはおよそ半数しかいなかった。


「申し訳ありません」


 辛くも逃れた棟梁は氏政たちに結果を報告した。氏政はそうか、ご苦労、とだけ言って下がらせる。元より成功すればいいな、という程度の期待だったので特に問題にしなかった。


(どうしたものか……)


 打つ手なし。それでも対策を考えねばならず、氏政はひとり頭を悩ませるのだった。







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