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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十四章
203/226

蛙の子は蛙

 



 ーーーーーー




 息子・顕康の居城である浪岡城を出た具房。行きは最短距離を突き進んだが、帰りはあちこち寄り道してゆっくりと帰っていく。これまで顔を合わせていなかった東国の諸侯と親睦を深めるためだ。


 訪問予定先は南部、秋田、最上、伊達、上杉である。それから北陸道を通って京に帰還するという遠回りなルートをとっていた。今回の訪問は、彼らにとある提案を行うため。大事なことなので、直接顔を突き合わせて話したかった。


 今回、彼らに打診するのは道総奉行への就任だ。具房は今後、古代の七道を基本にして日本をいくつかの行政単位に分割。そこに奉行を置いて統括させるつもりでいる。東海・東山道では徳川と北条、織田(信孝)。山陰・山陽道では尼子と毛利、宇喜多といった具合に。


 そして東北で選ばれたのは上杉を除く先ほどの家々だ(上杉は北陸道)。任期は四年で持ち回り制とすることを計画している。地域によって大名の数に差があるため、国別に分家を立てさせるなど上手く調整するつもりだ。とにかく、役職につくことを納得してもらえなければ始まらないので、具房自らが足を運んで打診する。全員から色よい返事をもらえた。地域を代表する力があると認められている証なのだから当然だ。


 本命の交渉自体は順調だったのだが、道中で別のトラブルが起きた。諸国巡りに従っているのは三旗衆だけではない。顔を売るため、と羽柴秀景も同行していた。問題は彼が引き起こしている。


 それは、一行が最上家を訪れていたときのこと。会談の後、親睦会ということで酒宴が開かれた。酒はあまり飲まない具房だが、付き合いは大事だと出席する。その場には当然だが、秀景も呼ばれていた。


「この清酒は領内でも人気なのです」


 史実と異なって酒田は最上領であり、港や広大な庄内平野もまた最上家のものであった。日本海は北畠家が航路を張り巡らしており、かなりの船が通っている。その中継地点である酒田港は空前の賑わいを見せており、中央から様々な品物が届けられていた。清酒もそのひとつだ。


「酒が好きなのか?」


「いえ。これと食べると絶品なのです」


 義光が見せたのは鮭の切り身。それを乾燥させた所謂、鮭とばだ。鮭好きの彼は鮭とばを肴に酒を飲むのが好きだった。あくまでも主役は鮭なのである。


「見れば、この地はかなり平野が多いようだな」


「はい。なかなか厄介な土地です」


 庄内平野は現代でこそ日本有数の米所だが、戦国時代では低湿地や高燥地ばかりであまりいい土地ではない。


「どうだろう? その平野で米や酒を作るというのは?」


 庄内平野は米の産地としての適性は抜群。さらに鳥海山や摩耶山、月山に囲まれており、そこから流れ出る水を使えばいい酒ができるはずだ。さらに、酒田港へと運べば日本海航路の海運に乗せることができる。すなわち輸出も容易ということであり、かなりの利益が見込めた。酒の利益率はとても高い。


「なるほど。それは是非ともやってみたいですな」


「協力は惜しみませんよ」


 開発に必要な資本は投下するつもりだ。杜氏を派遣して技術供与をしてもいい。


「是非」


 義光は前向きな返事をした。細かい条件を話そうか、というところになって話に乱入してくる者がいた。


「出羽侍従殿(義光)!」


「これはこれは筑前殿(秀吉)の御曹司(秀景)。楽しんで頂けていますかな?」


「酒も料理も絶品ですな! しかし、足りないものがある」


「はて? 何か不足が?」


 具房は特に足りていないものはないと思うが……と思いつつ、それが何かを問う。果たして、返ってきた答えは二人を唖然とさせるものだった。


「花がないですな!」


「「……」」


 花がないーーつまり、綺麗どころがいないということだ。えー、となる具房たち。ここは遊郭でもなんでもない。ただの宴会の場なのだから、そんなものを求めるなと言いたかった。


(いや、俺が言うべきか)


 義光の立場からすると言い出しにくいだろう、と具房はやんわりと嗜めることにした。


「最上殿はよく接待してくれている。それ以上のものを求めるのは酷というものだ」


 だが、秀景は酒が入っているせいか聞く耳を持たなかった。それどころか、要求はエスカレートする。


「いいではないですか。男子が色を求めて何が悪いというのです? ああ、そうだ。そういえば出羽侍従の娘は大層美しいとか。是非とも自分が娶りたい」


「……駒はまだ十にもならぬ童ですぞ?」


 ああん? とガンを飛ばす義光。怒っていた。彼は娘の駒を特に溺愛している。彼女を差し出せと言われればそんな反応を示すのも当然といえた。しかし、秀景は義光の怒りにまったく気づかない。


「羽柴、最上両家の縁を深めるためですよ」


 と言いつつ、秀景はさらなる爆弾を投下していく。補足するように、まあ側室としてですが、と言ったのだ。秀吉の実子ではない、何なら羽柴一族と血の繋がりがない彼が当主となるには、羽柴の血を入れる必要がある。正室は既に秀長の娘と決まっており、駒姫は同格の大名家の娘とはいえ側室に収まるしかない。それは道理なのだが、娘はやらん! と気炎を上げる父親には逆効果だ。


「お断りする」


 きっぱりと断る義光。秀景はなおも食い下がるが、相手にもされなかった。宴会は終了となり、義光はさっさと引っ込んでしまう。具房は無理もない、と思いつつあてがわれた客室に引っ込んだ。するとそこへ、秀景が現れる。


「聞いてください。出羽侍従は自分と面会してくれないのです」


 曰く、宴会の後に面会を願い出たのだが、断られたという。


(当たり前だ)


 とは思ったが、具房は何も言わずにうんうんと話を聞く。すると気をよくしたらしく、秀景はとんでもないことを言い出した。


「北畠相国(具房)からも取りなしてもらえませんか?」


 具房ならば会ってくれるだろう、というのだ。自分は大名の子どもだから軽んじられているのだろう、と。そしてそんなことは許せない、などと宣った。


「それは違うぞ」


 さすがに黙っていられず訂正する具房。秀景の言動こそが無礼なのだと。これに憤慨する秀景。


「相国も出羽侍従の味方なのですね!」


 と言い放って部屋を出て行った。


「やれやれ……」


 具房は子供っぽい秀景の言動に呆れるしかない。だが、それ以上に彼を当惑させたのが、怒った秀景が国許へ帰ったことだ。秀吉は具房に随行して各地を回れと言っていたのだが、その指示を破ったことになる。


 後日、具房と義光は秀景の言動について問題があった、と揃って秀吉に報告した。指示を破った件も相まって、秀景は大目玉を食らうことになる。


「僕は悪くないのに」


「そうね。あなたは悪くないわ。多少の不作法はあったかもしれないけれど、目くじらを立てるほどでもないでしょうに」


 実母の小少将は秀景をそう擁護する。


「お父上(秀吉)には私からも言ってあげる」


 小少将は秀吉にかけ合い、秀景の謹慎を解くことに成功する。


 この顛末は具房の知るところとなった。


「それで、その後の様子は?」


「はっ。今まで通り、女遊びに耽っているようです」


 密偵は教養も修めてはいるようですが、と補足する。とはいえ、その使われ方が放蕩なのだから悲しい。


 とにかく、秀景に反省の色がないことはよくわかった。今後も彼の動きには警戒するよう指示する。




 ーーーーーー




 懸案事項はいくつかあるものの、何だかんだで平和になった日本。新たに影響下に入った家々は北畠家の援助を受けつつ火器を主軸とする新たな形の軍隊を編制し、領地の発展に努めていた。どちらも北畠家が噛んでおり、具房はウハウハだった。


 そんな折、朝廷からとある打診がされる。それは諸大名の謁見だ。諸大名を京に集め、天皇が行幸するという形で謁見を行う。普通は下位の者が上位者の許に足を運ぶものだが、大名に昇殿を許された者はあまりいないことからこういう形式となった。謁見のためとはいえ、昇殿をポンポン許したのでは権威がなくなってしまう、という政治的な意図もある。


「どうだろう?」


「いいですね」


 反対する理由もないので具房はゴーサインを出した。北畠家の方で受け入れの準備を進めるとともに、諸大名へと案内状を発する。すべての大名がこれに応じる旨の返事をした。


「これは忙しくなるぞ」


 募っておいて焦る具房。京の寺院に依頼するなどして、どうにか宿を整えた。警備計画なども練り、京全体の警備は北畠家が、それぞれの宿所は各大名の軍が担うということに決まる。


「諸大名が集まるのか。我らの武威を見せる絶好の機会だ!」


 などと考え、諸大名は人数制限いっぱいの軍を連れてきた。もちろん装備は最新のものである。


「皆、規定の人数は守ったようだな」


「はい。誰かが多く連れてくるのではないかと冷や汗ものでした」


 具房と担当者は笑いあう。事前にどれだけの軍を連れてきていいかは伝えていた。宿所の規模に応じて割り当てているので、守ってくれないと溢れた兵士は野宿をする羽目になる。一応、予備の施設を確保しているが、できれば使いたくない。しかし、それが活かされることは幸いにもなかった。


 諸大名の到着を見た具房は朝廷に報告。行幸の日取りが決まると諸大名に通知した。そして行幸が行われる日になると、諸大名は二条城(具房が北畠邸を呑み込む形で建てた)に参集する。


「玉体を迎える栄誉を賜り、我ら一同感動を禁じ得ません」


 代表して具房が口上を述べる。天皇はうむ、と頷くと列した諸大名に声をかけた。


「今後は北畠相国の下、一丸となって日ノ本を盛り立ててほしい」


「「「ははっ!」」」


 天皇の言葉により、諸大名は改めて武家の政権が足利将軍家から北畠家に移ったことを認識した。実はこの場に義昭もいたのだが、驚きのあまり固まってしまう。遂に彼を支えていた征夷大将軍という肩書きすら、もはや失われつつあった。実際、彼には公家から将軍やめろ、と圧力がかかっている。


(このままでは拙い)


 焦燥感に駆られた義昭は、例によってお手紙攻勢を仕掛けることになる。


 謁見が終わると天皇は御所へ引き返した。行幸の目的としては、天下人なのになぜか大人しい具房に権威を付与し、支配を安定させることだ。朝廷は天皇の権威で諸大名からの協力をとりつけ、具房の下で戦乱を終結させたい。彼は信長以上に朝廷を重視している。なので、彼が天下人になることを歓迎していた。


「そなたはもう少し天下人たる自覚を持て」


「申し訳ありません……」


「謝ることはない」


 前久に意向を伝えられた具房は謝罪したが、その必要はないと言われる。これからそうしてくれればいいのだ。


 二人が話しているのは、謁見の後に具房が主宰して開かれた宴会である。参列した大名すべてが参列しており、テロでも起きれば日本中が混乱するような場所だ。あちこちでワイワイと騒いでいる。ただ、具房の周りは静かだ。具房と前久が会話しているため、その邪魔をしないでおこうという配慮である。


 話が終わったところで、家康と長政がやってきた。長政とはしばらく会っておらず、北陸回りで帰ったときは滞在期間がわずかだったためにそれほど話せなかった。積もる話も多い。


「こうしてじっくり話すのは久しぶりですね」


「そうですな」


「今日は存分に語り合いましょう」


 酒片手に会えなかった間の話をする。ある意味これは信長がつないでくれた縁だ。具房は大切にしようと誓う。その一環というわけではないが、近く家康は大納言、長政は中納言に任じられることになっている。奉行職に就く家のなかでも、この二家は特別だと表すのだ。


 三人が色々と話し込んでいると、そこへ秀吉がやってきた。彼は開口一番、具房に謝罪する。愚息(秀景)が迷惑をかけました、と。


「出羽侍従には?」


「先に詫びて参りました」


「ならばいい。大切な跡取りだ。しっかり育てねばな」


 具房は筋は通しているから、と謝罪を受け入れた。直接謝らせたい、と後日面会を取りつける。ところがその席で、またしても秀景はやらかした。たまたま見かけた具房の娘たちを見て、妾にならないかと誘ったのだ。


「私たちは北畠相国の娘です! それを妾だなんて!」


「さぞかし高貴な血筋なのでしょうね!」


「面白くない冗談ですわ!」


 と散々に罵倒される。騒ぎを聞いた具房たちがやってきて、ことの次第が発覚した。


「お主は国へ帰れ!」


 秀吉は秀景を追い出すようにして京から国許に帰す。その後、切腹して詫びる、という勢いで秀吉は謝罪。具房はその気持ちだけで十分だとし、他に家を継げる者もいないのだから、と廃嫡は思い留まるように言った。


 ただ、秀吉の心中は穏やかではない。帰国後、弟の秀長に顛末を話し、


「彼奴はダメだ。孫七郎(羽柴秀次)を嗣養子とするのはどうだろう?」


 と考え始めた。秀長もその方がいいと賛成を表明。俄に秀景廃嫡の動きが出た。二人は秘密裏に動いていたが、京での醜聞はやがて九州にも到達。博多の町人たちを中心に、秀景は廃嫡となるのではないか? という憶測ながらも的を射た噂が飛び交う。


 気が気でないのは小少将だ。秀景の立て続けの失態に加え、市中での醜聞。秀吉に廃嫡にするのかと問えばそんなことはない、なんて言いつつどこか歯切れの悪い返事が返ってくる。さらには秀次がよく秀吉や秀長と会っていると聞けば、何となく察しがつく。


(これはなんとかしないと……)


 子どもも可愛いが、それ以上に贅沢三昧の生活ができなくなってしまうことが嫌だ。小少将は廃嫡を回避すべく動き出すのであった。







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― 新着の感想 ―
[一言] 義昭まだ生きてたんですねw
[一言] 203話時点で北畠家はどこの国を領有しているのでしょうか。また、転封後の全国の大名の領地割りの地図を作っていただきたいです。
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