発覚
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陸奥国糠部郡。ここでは九戸政実が南部氏に対して反乱を起こしていた。きっかけは、具房が南部信直を南部家当主と認めたことだ。
南部晴政の死後、南部家は後継者問題が起きていた。晴政の実子・春継が継承したものの、十三歳という若さで死去。跡継ぎは晴政の娘婿である石川信直と九戸実親のどちらかという話になり、最終的に信直が当主となった。
しかし、実親の兄である政実はこれを不満に思っており、信直に対して反抗的だった。決定的なのは具房が信直に対して南部家の所領を安堵したことだ。これまでは南部家内部のことだったのが、外部ーーしかも天下人である具房に承認されたことで、信直の地位は公的に承認されてしまう。それはまずい、と九戸氏は逆転の機会を狙っていた。
そんなとき、奥州各地で反乱が勃発。信直が鎮圧に向かった。領国は隙だらけ。そこを突く形で九戸氏は挙兵し、南部領を制圧して回っていた。
彼らにとって予想外だったのは、反乱が早々に鎮圧されてしまったことだ。九戸衆は南部軍の主力部隊であり、少なくとも南部家を相手には有利に立ち回れるはずだった。ところが今、南部軍のみならず北畠軍など諸侯の軍が九戸領を取り囲んでいる。勝ち目はない、と誰もが理解していた。
「ここは降伏すべきでは?」
「何を今更」
そもそも降伏したところでどうにかなるとは思えない。こうなったら最後までやってやらぁ! と家中は徹底抗戦でまとまった。
九戸氏の方針がまとまった頃、北畠軍も準備を完了していた。動員をかけた諸侯の軍は既に集合しており、その数は十万に迫ろうとしている。浪岡の顕康も軍を整え、安芸兵団とともに九戸方面に布陣していた。
「やはり緊張しますね」
これが初陣というわけではないが、戦場は緊張すると顕康。房高は、
「最初はそんなものですよ。自分もそうでした」
と応じる。昔の失敗談を聞かされクスッと笑ってしまう顕康。房高はそうして上手いこと顕康の緊張を解していた。
「ところで、敵はどう出てくると思われますか?」
「籠城でしょう。これだけの兵力差があり、しかも多方面から侵入してくるのです。個別に対応すれば各個撃破されてしまいますから」
房高は正しい状況分析だと頷く。彼らも降伏の可能性はほぼ排除していた。理由は九戸氏が考えたように、降伏しても許されないからだ。
敵が籠城策で挑んでくるのは間違いないが、少しでも戦力を削ろうと城外で奇襲してくる可能性もある。どの辺りが怪しいか、偵察の結果から得られた情報を元に割り出していく。
真面目に話し合う二人。だが、その周りは騒がしい。なぜか。それは彼らの許にいるとある人物のせいだ。
「ほ〜れ、ほ〜れ!」
やんややんや、と騒いでいるのは羽柴秀景。幼名は愛王丸。朝倉義景の遺児である。生母の小少将が秀吉の側室に収まったため、愛王丸もまた羽柴家の嫡子という立場になっていた。
秀景は羽柴家から派遣されてきた部隊の指揮官だ。具房は動員を命じてはいないのだが、どうしてもということで派遣されてきた。勝ち確の戦で初陣をさせようというのだ。九州はすっかり平和になってしまったので、その機会がなかったのである。
秀吉の実子ではないが、秀景の評判はいい。武芸は武士として恥ずかしくないレベルでこなし、統治をさせても善政を敷く。古典や歌、茶湯などもよく学び、造詣が深かった。それもこれも、小少将が教育ママとなって厳しく育てた結果である。
だが、そんな秀景にも欠点がある。女好きということだ。側室の数は十人を超えている。九州の豪族や、寄力の姉妹や娘だ。新たに築かれる九州の新秩序において、少しでもいい位置を占めようと躍起になっているのである。ちなみに正室は秀長(秀吉の弟)の娘。羽柴の血は遺したいというわけだ。
とにかく初陣のため遥々、東北の地へとやってきた秀景なのだが、そこでやることといえば遊びだった。戦うことがないので、側近と歌を詠んだり茶をしたり、女遊びをしている。そういうところは実父の義景に似たようだ。
「……呑気なものですね」
「まあいいでしょう」
真面目な顕康は憤りを隠さないが、大人な房高はあまり気にした様子はない。もっとも心の中では、
(主君の愚行を誰も諌めない。ああいう家はもう長くはない……)
秀吉、秀長などの世代がいなくなればそれが最後だ、と房高は羽柴家の未来を予測した。果たしてそれは当たるのか。それは誰にもわからない。
それから数日後。具房は全軍に進撃を命じた。南から北畠軍本隊をはじめとした諸侯軍七万、西から顕康率いる浪岡軍一万。合計八万の兵が九戸領へと侵入を開始した。
「凄まじい大軍だ。だが、兵を養う食糧や武具を失ってはどうにもなるまい!」
九戸軍は少数の兵で大軍と戦うため、補給路の寸断を目論んだ。軍主力ではなく、輜重部隊に狙いを絞ったのである。戦略としては正しいが、そんなことは想定内。有り余る兵力の一部を輜重部隊の護衛に回していた。
「敵襲! 敵襲!」
警告が飛ぶ。それを聞いた護衛部隊は、急いで迎撃態勢をとった。
「本当に来たな」
護衛をしていた真田信之は指揮をとりながら、具房の予言が当たったことに驚く。護衛に回されたとき、兵が少ないので体よく厄介払いされたものだと思った。だが、実際はちゃんと働ける役目、しかもかなり重要なところを任されていたのだ。
真田軍に護衛をさせた具房の目的は、北信濃を与えるだけの価値があるんだぞ、と諸将にわからせるというもの。信之の考えはほぼ的を射ていた。
(まあ、あの真田だし。上手くやるだろ)
細かいフォローやお膳立てをしなくとも真田ならやってくれる。史実を知るからこその期待であり、真田は見事に応えた。
九戸軍は一部でこそ防備を掻い潜って襲撃に成功したものの、多くは待ち構えていた護衛部隊に返り討ちにされてしまう。襲撃に成功しても増援がくるわずかな時間しか行動できず、戦局に影響を与えるほどの損害は与えられなかった。
九戸軍はゲリラ戦を展開しながらジリジリと九戸城へと撤退していく。軍の一部には、九戸軍を一気に駆逐しようという強硬論もあった。しかし、具房は敵が九戸城に集まろうとしているのに、それを妨害する必要はない。つまり、九戸城で敵を一網打尽にするとの方針からその意見を退けている。
「攻め落とせ!」
念のため行った降伏勧告が案の定、蹴られた後、具房は総攻撃を命令。九戸城は陥落した。
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戦後、戦場の処分を行う者以外は三戸城に移動。兵たちに対しては慰労の宴会が開かれ、日夜騒いでいる。そんななか、大名たちは会議を行っていた。議題は反乱分子の所領について。もっともそれは寄親のものとすることで話がついていたので、儀礼的なものになるはずだった。しかし、直前のとあるタレコミによって、会議の性格が一変する。
「それで左京大夫(伊達政宗)。何か申し開きはあるか?」
具房が上座。左右に諸将が居並ぶなか、中央に引き出されているのは伊達政宗。なぜそんなことになっているかといえば、先の戦で捕らえた相馬孫次郎(義胤の子)が持っていた一枚の書状が原因である。そこには政宗が相馬氏に対して、滝川氏に対して反乱を起こすよう進める文言があった。成功した暁にはかつての旧領を返すとともに、従属関係も解消する、と。また、反乱の呼びかけは小野寺、戸沢、九戸などの諸家にも行なっているともある。
これが事実だとすれば、一連の反乱はすべて政宗が裏で糸を引いていたことだ。家の改易、政宗の処刑もあり得る大罪である。誰もが政宗の回答を固唾を呑んで待つ。
「それは偽書です」
「ほう。そなたはこのような書状を書いた覚えはないと」
「左様です」
堂々と受け答えする政宗。後ろ暗いことは何もない! と言いた気だ。だが、それが逆に怪しさを醸し出す。
「何か証拠はあるのか?」
ならば証拠を出せ、と具房。すると政宗は頷き、自分が出した書状を持ってくるように求めた。
「実際に見比べていただければおわかりになるかと。何が違うかは、某を陥れようとしている奸賊に知られてはなりませぬゆえ、ここでは申し上げません」
「我らを奸賊と申すか!」
諸将のうちのひとりが奸賊呼ばわりされたことに怒りを露わにする。だが、政宗は冷静だった。
「壁に耳ありと申します。用心のためです。それとも、誰が誰と繋がっているのか、貴殿はご存知なのですか?」
「むっ」
返事に詰まる。結局、その話は具房が仲裁に入って止めさせた。政宗には表現の仕方を考えろ、と注意する。
具房は京から政宗が発行した書状をすべて取り寄せた。念のため、他の諸将にも持ち寄らせる。それらが集まったタイミングで再び会議を開いた。
「では、書状の花押を見ていただきたい」
そう言われ、諸将は花押を食い入るように見つめる。
「そこにわずかな針の穴があるはず。お確かめを」
具房は書状を透かして見た。するとたしかに花押のところに小さな穴が開いていた。
「自分もあるぞ」
「こっちもだ!」
口々にあります、との返答。具房は小姓たちと手分けしてすべての書状を確かめる。その結果、すべてに花押のところに小さな穴が開けられていることが確認された。
「これは?」
「偽書が作られても見破れるよう、某は花押に針で小さな穴を開けているのです」
「なるほど。それは面白い」
具房は笑う。政宗も笑った。
「では、偽書をお確かめください」
政宗が偽書と言った書状には、花押のところに穴が開いていない。
「左京大夫。疑って済まなかった」
「いえいえ。疑いが晴れて安堵しております」
具房は棚上げしていた葛西・大崎領について、これを政宗に与えることを表明した。次いで、奸計を以って自分を騙そうとした諸侯を許さないとし、全員を蠣崎氏預かりにすると通知する。遠島処分のようなものだ。
また後日、具房は改めて政宗に詫び、荒れた葛西・大崎領の復興と開発のためにと巨額の資金を渡した。政宗は申し訳ないと辞退。具房はそれでは気が済まないと勧める。押し問答の末、半額を受け取り、残りは現物(銃砲などの軍需物資)で提供することとなった。
これにて伊達家の処分問題は方がついた。しかし、この会議の議題はもうひとつあった。それは南部家の処分問題だ。九戸氏は南部一族であり、その監督責任を問うているである。他氏族ならいざ知らず、同族に背かれているけどちゃんと領地経営できるの? と。
「九戸領は我らが預かる」
結局、蝦夷地貿易の利便性などから、具房が没収することになった。南部家は不服そうだったが、具房には逆らえず承知している。没収した九戸領は顕康が預かることとなった。
「父上。仕事が多すぎませんか?」
会議の後、浪岡城に立ち寄った折に顕康からクレームが入る。だが具房は、
「この程度、まだ軽いぞ」
と取り合わない。広大な所領を持ち、管理していた自分と比べれば大したことはない、と。実際、数ヶ国にわたる開発計画が無数に並行して走っていた当時の具房と比べれば、仕事量は可愛いものである。
「もう。あんまり虐めてはいけませんよ」
やんわりと嗜めてくる葵だが、仕事を減らせと言わないあたり、彼女も仕事人としては大したことない業務量だと思っているようだ。
「はは……」
顕康は曖昧に笑う。発言から、二人が凄まじい業務量をこなしていたことが窺えたからだ。父や母以外に、大名や奉行としての顔を見た。
(早く父上たちのようにならねば)
激務に追われながらも善政を敷き、領民に慕われている父親たち。顕康はその姿を知っているからこそ、そのようになりたいと熱望するのであった。