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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十四章
201/226

東北出兵

 



 ーーーーーー




 紀伊国白浜。そこに具房はいた。


 現在、白浜温泉でバケーション中。妻子全員を呼び寄せた。そこで妻たちと「お楽しみ」をしたり、子どもたちと遊んだりと家族サービスに勤しむ。


「疲れが溶けるんじゃ〜」


 完全なプライベート空間なので、素がバンバン出る。温泉に入れば、だらしなく身体を弛緩させる。その姿は真夏に放置されたアイスのよう。


 湯船から上がると、冷たい井戸水に柑橘が絞って入れられているものを飲みながら涼む。熱った体に冷たい水を飲むと美味い。ほんのり柑橘の味がするのもグッドだ。


「あなた様。亮(顕康)から文が届きましたよ」


 涼をとっていると、子どもたちの相手をしていた葵がやってきた。手紙を受け取ると、一時的にお市に任せたらしい。


「到着を知らせるものが送られてきて以来だな」


「はい。何が書いてあるのでしょう?」


 楽しみです、と葵。興奮しているのが伝わってくる。子どもからの手紙が嬉しくてはしゃいでいるようだ。


 手紙には近況が書かれていた。彼らが落ち着いた先は浪岡城。荒廃していたが、必要最低限の修築を施して住んでいるという。湊の存在もあり、領民の掌握は順調に進んでいるそうだ。


「上手くやれているようだな」


 内心では大丈夫かな? と心配だったのだが、杞憂に終わって安心した具房。手紙を読み進めると、今はかつての浪岡家臣を集めて軍を編制するとともに、城下町の整備なども進めていくとある。


「浪岡をそのまま使うつもりはないようだな」


 浪岡城の規模は大きくないことから、政庁の移転を考えているらしい。湊はそれでいいのかと思ったが、彼女も納得しているそうだ。畿内の立派な城郭をいくつも目にして、侘しい館では権威が示せないと言っていたという。


「高岡か……」


 調査して顕康が選んだのは高岡という地。簡単な地図が添付されていたが、川(岩木川と土淵川)に挟まれた場所だ。ここは後世で弘前と呼ばれる場所である。さらに蝦夷地貿易のため、外ヶ浜(青森)の整備も並行して進めるという。


「えらく野心的だな」


 とは言うが、さり気なく援助してと書かれている。弘前はともかく、外ヶ浜の整備は具房の支援を当て込んだ計画のようだ。親の脛齧りと思うなかれ。顕康は外ヶ浜の築港で得られる蝦夷地貿易のメリットから、具房が乗るに足りる計画だった。よく考えている。


「援助しますか?」


「もちろんだ」


 蝦夷地貿易は北畠家が躍進する鍵でもある。大規模な築港を行うつもりであった。さらに具房は江戸時代の東廻り、西廻り航路を参考に、太平洋と日本海の両面から畿内へ至る航路を整備・拡充する。忘れないうちに、と白浜から伊勢の官庁へ命令を出した。


 休暇を満喫して鋭気を養った具房は京へ戻り、意気揚々と政務を執り始める。そこでまずぶち当たったのは、奥州の処分であった。諸大名から、そろそろ決めてよとの催促が届いていたのだ。


(まだだっけ? ヤバ。忘れてた)


 なんて心の声は胸の奥にしまい、真面目に考える。葛西、大崎家は伊達家との緩やかな統合を行う。行政単位が大きくなるし、家の力からしても可能だろう。


 代わりに蘆名領は没収。緩衝地帯とすべく、畿内より滝川一時(一益の子)を派遣する。本当は一益にやってほしかったのだが、彼は先年に没していた。滝川氏の下には相馬、岩城氏をつける。


 空き地となる大和国は再び北畠家のものとすることにした。各兵団から元大和兵団所属の者を集め、これを再編制。知事は河野通直を据える。そろそろ伊予から離れてもらおうという話が出ていたので丁度よかった。


 また、国境の美しさと行政の都合上、最上家に小野寺氏、秋田家に戸沢氏を寄力としてつける。南部氏については何もなし。ーーそのような裁定を出し、諸侯に通知した。


 喜んだのは最上、秋田、南部の三家であった。事実上の加増、あるいは所領安堵である。即座に承知するとの書状を認め、使者には贈り物をたっぷり持たせて送り出した。


 なんとも言えないのが伊達家。争っていた大崎、葛西氏の所領が得られたのは嬉しいが。代わりに蘆名領を失ってしまった。嬉し悲しと、戸惑っている。とりあえずわかりました、とだけ使者を送った。


 悲嘆に暮れたのは寄力とされた相馬、岩城、大崎、葛西、小野寺、戸沢の六氏である。苦心して独立を保っていたのに、それが一気にご破算となったのだから当然だ。彼らは抗議の使者を中央へ送った。


 それぞれの使者が到着した京、というより北畠邸は少し賑やかになる。それは決して肯定的な意味を孕んではいなかったが。例えば、廊下でたまたま最上家と小野寺家の使者が会ったとする。このとき最上家の使者は、


「これからは仲良くしていきましょう」


 と言うのだが、小野寺家の使者はこれに対して、


「我らは貴家の支配には服さん! 相国(具房)の理解を得て、必ずや独立を保つ!」


 と返す。両家の他にも秋田と戸沢、伊達と大崎・葛西の組み合わせで同じようなやりとりが行われている。東北の武家は歴史が長いだけあってドロドロとした関係ばかり。具房も知識としては知っていたが、いざ目にすると辟易させられる。


 秋田、最上、南部氏、の使者は用件を済ますと早々と帰国していったが、その他の大名からの使者は残った。伊達家からの使者は、京で公家などにも挨拶するから。それなら、と具房は自らの屋敷の一画を宿所としてあてがった。


 そして、その他ーー従属させられる大名の使者たちは具房に陳情する。独立したままにしてくれ、と。


「断る」


 これを具房は拒否する。小さな大名が林立していると困るのだ。大名としての立場は残すのだからそれでいいだろ、というのである。


 とりつく島もない態度であるが、使者たちは諦めなかった。具房の許に日参しては陳情を繰り返す。鬱陶しい、と具房。飽き飽きした彼は用事があると言って留守にすることが多くなった。それでも使者たちは何かの機会に訴えようと、在京を続けた。


「……なるほど。そのようなことになっているのか」


 使者たちが粘り強い(?)交渉を続けるなか、奥州には使者たちが続々と帰還していた。そのなかには、公家への挨拶を終えた伊達家の使者の姿もあった。


 彼は政宗から、京の様子を訊ねられて思いついたことを答えていく。使者の話は笑い話として持ち出したのだが、それに政宗が思わぬ食いつきを見せる。


「ご苦労だったな」


「はっ」


 下がっていいと言われ、使者は部屋を出る。その後、部屋に残って政宗は思案した。


「この目で見てやろうじゃないか……」


 その呟きを聞いたのは、部屋に詰めていたわずかな近習のみだった。


 数ヶ月後。京からようやく使者たちが帰っていった。だが、今年は厄年なのか? と思いたくなるような報告が入ってくる。


「東北で諸侯が反乱を起こしました!」


「なに?」


 相馬、大崎、葛西、小野寺、戸沢の五家が挙兵。東北の諸大名は鎮圧に向かったが、その隙を突くように南部家の九戸政実が離反。この他にも検地の布告に反対する百姓なども一揆を起こし、現地は混乱しているという。


「万一のこともある。周辺の諸侯にも出兵準備をさせろ」


 具房は万が一に備えて上杉、滝川、真田、北条、佐竹、岩城といった諸侯に出兵を準備させた。心配なのは陸奥にいる顕康だが、具房の心を見抜いたかのように第一報から遅れて連絡が入る。それによると、軍が編制途上であるため所領の防衛に専念しているようだ。


(正解だ。半端な軍で戦いを挑むなんて、危険な橋を渡る必要はない)


 その対応を評価するが、心配である。出兵を考えていると、背を押すように伊達家が援軍を求めてきた。要請を断る理由はない、と中央から軍を派遣することに決める。


 輸送経路は陸路と海路の両方。海路を使うのは新編の安芸兵団だ。志摩兵団と同様に、海兵隊としての性格を持つ部隊となっている。彼らは日本海を回って外ヶ浜に上陸。顕康の支援に回る予定だ。指揮官は藤堂房高。


 陸路は三旗衆と伊賀兵団。東北は山岳が多いのと急なことで準備ができていないという理由から、携行弾数の多い伊賀兵団が選ばれた。三旗衆が出るのは、この軍を具房が率いるからである。


 具房は途中、伊勢に寄って葵を随伴させた。戦後、顕康を訪ねようという魂胆からだ。既に諸侯には軍を出すよう伝えている。着く頃には鎮圧されている……そう思っていたのだが、


「まだ鎮圧できていないのか?」


「申し訳ありません」


 鎮圧は手間取っていた。反乱軍は少数だが、頑強に抵抗するためかなりの時間がかかっていたのだ。援軍にしても、動員が遅く具房とほぼ同時に着くような有様である。もっともこちらは常備軍があり、特に特殊兵団は即時出動可能な体制をとっている北畠軍の方がおかしいのだが。


 事情はあるとはいえ、不手際は不手際。具房は面会した政宗を責めた。もっともチクリと言うだけで済ませる。あーだこーだ文句を言うより、反乱を鎮圧することが先だからだ。


「……まあいい。相馬はこちらが片づける。そなたは葛西、大崎勢を確実に鎮定せよ」


「承りました」


 具房は現地に詳しい人間を数人借りて相馬領へ向かう。政宗は軍を派遣しようかと申し出たのだが、そんな戦力があるなら他へ回せと一喝された。


「上方の武者など我らの敵ではないわ!」


 小勢力ながらも伊達家と一進一退の攻防を続けていた相馬氏。彼らは北畠軍だろうが容易に粉砕できると考えていた。


 一万ほどの北畠軍に対して、相馬氏は二千余り。それでも相馬軍はまったく戦意が衰えていない。その辺りはさすがだといえる。翌日の合戦に備えていたのだが、彼らの失敗は北畠軍との距離をあまりとらなかったことだ。彼らが陣地を張った場所は、北畠軍の大砲の射程圏内だった。


 戦場に砲声轟く。何だ何だと起きだす相馬兵。それが最後だった。彼らは次々と爆炎に呑まれる。人だろうが馬だろうがお構いなし。砲撃はどれも平等に、情け容赦なく吹き飛ばす。あっという間に相馬軍は潰乱状態に陥った。具房はそこに追い討ちをかける。


「進め!」


 北畠軍は一斉に突撃を開始する。応戦できた兵はわずかで、その程度の抵抗では北畠軍を止められない。相馬兵は馬蹄と軍靴に蹂躙されることとなった。


 敗れた相馬軍は這々の体で逃れるが、苛烈な追撃で抵抗する者は容赦なく狩られていった。本拠の小高城に逃れられた兵は一割にも満たない。当主の盛胤、隆胤など一門の多くが戦死。生き残った義胤が兵をまとめて徹底抗戦の構えを見せた。曰く、武士たる者、追い詰められれば自害か討死しかない、とのことである。


(前時代的だなぁ)


 前時代的な考え方すべてが悪というつもりはないが、少なくとも義胤の考えはよろしくない。もっとも、室町で時代が止まっている感のある東北では仕方ないといえるかもしれないが。


「しかし、このままというのも忍びない」


 具房は使者を出して、降伏する者がいれば命は保証すると伝えさせる。義胤はこれを受け、妻子を城から出した。家臣は降伏する者、妻子だけを出す者、一族郎党残る者と様々であった。


 希望者の退去が済み次第、具房は全軍に総攻撃を命じる。砲弾によって城郭が破壊され、穴から北畠軍が雪崩れ込む。相馬兵の抵抗も遠ければ銃撃で、近ければ剣戟で排除されていく。落城を悟った義胤は、


「一日も持たなかったか……」


 自嘲気味に笑った後、居館に火を放って自害した。


 戦後の始末をしていると、遅れて伊勢からの補給物資が届く。それを受領すると、具房は軍を北上させる。


 葛西、大崎領では一揆勢と伊達軍が泥沼の戦いを繰り広げていた。いくら兵力差があるとはいえ、攻城戦には時間がかかるのだ。城を攻め立てていた政宗は、北畠軍の到着を驚きを以って迎えた。


「もう制圧したのですか!?」


「ああ。相馬での一揆は鎮圧した。残りは名生、寺池か……。寺池はこちらで引き受けよう」


 具房は軍を寺池城に派遣。降伏する者を受け入れた後、砲撃で叩き潰す。その光景を、それまで城を攻めていた伊達軍の将兵は青い顔をして見ていた。


(あれが我らに向けられたら……)


 そんな立場にはなりたくない、というのが一同共通の思いだ。政宗にもこの報告が届く。


「そこまでか」


 政宗は自らの目で見ようと、北進する北畠軍に同行した。道中、百姓一揆に出会したが、交渉できないとわかるや容赦なく排除していく。


「やりすぎでは?」


「交渉するつもりがないなら、相手が席に出てくるまで殴るだけだ」


 再考の機会を与えるため、追撃は一切行わせていなかった。再戦するなら追い払うし、恭順しても責任は追及しない。それが伝わり、村が全滅するまで戦うなんてことはなくなった。


 そんな王者の行進をやりつつたどり着いたのは横手城。小野寺氏の居城である。角舘の戸沢氏と合わせると二万強の軍勢を有していた。既に安東、最上の両軍が対応していてが、なかなか打ち破れない。


「道は私たちが拓こう」


 と、かっこいいことを言いつつ攻撃させる具房。銃砲火で敵陣を乱してから白兵戦部隊を投入するという、シンプルでお決まりのパターンだ。


 特に砲撃が与える心理的ダメージが凄まじい。人体が宙を舞い、着弾点にいた人間が消し飛ぶというあり得ない光景に小野寺、戸沢連合軍の兵士は恐慌状態に陥った。そこへ白刃を煌めかせて突っ込んでくる敵。兵士は恐怖に支配され、戦うこともなく崩れていく。


「逃げるな! 戦え!」


 と指揮官は言うが、誰も聞いていない。戦場に声が虚しく木霊するだけだ。そしてそれは、二重の意味で兵たちのやる気を削ぐ。


 理由の一は、単純に戦意が失われるというもの。勉強しなさい、と親に言われて真面目に勉強する子どもがいるか。それと同じである。戦況は明らかに不利であり、負け戦に付き合うほど人々は馬鹿ではない。


 理由の二は、態勢を立て直そうと躍起になる指揮官を襲う狙撃である。戦場は様々な喧騒があり、そのなかで意思疎通を計れば当然、大きな声を出さざるを得ない。その行為はとにかく目立つ。ゆえに、スナイパーたちにとっては絶好の的だった。


「次はあいつだな」


 スナイパーたちは偉そうな人間に狙いを定め、引き金を引く。彼らが扱う竜舌号の威力はこれまでの実戦で証明済。甲冑を着ていようとお構いなしに、人体を貫く。目の前で上半身と下半身、あるいは首と胴体が突如として泣き別れする光景はトラウマものである。


「ひいっ!」


 秒で戦意を喪失し、逃亡する人の流れに加わる。こうして連合軍は壊滅した。横手、角舘の城館も陥落して小野寺、戸沢氏は滅亡する。


(これは……)


 北畠軍の戦いを見た政宗は、圧倒的な軍事力を目の当たりにして言葉を失うのだった。







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