我は鶴松丸
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「鶴松丸様、お食事でございます」
「わーい!」
若い女性に声をかけられ、男の子が喜びの声を上げる。その子の名前は鶴松丸。伊勢国司家・北畠具教の嫡男だ。今年で三歳。物覚えはいい方だ。しかし、家中からは侮られている節がある。なぜか。それは彼の体型である。
女性の理想的な体型を暗に示すものとして、ボン、キュッ、ボンという擬音がある。男ならばガチムチだろう。では、鶴松丸はどうだろうか。
ぽっちゃり
その言葉が見事に当てはまる。要するにデブであった。二の腕やお腹周りは摘んでなお余りある肉がついている。歩くだけでスライムのようにプルプル震えた。顔も、肉のつきすぎで顎のラインがわからなくなっている。口さがない家臣は、鶴松丸を「大腹御所」や「太り御所」と呼んでいた。
そんな風評を、しかし三歳児が理解するはずもなく……。
「おかわり!」
今日も今日とておかわりを連発していた。侍女は苦笑しつつ、おかわりをよそう。あまりに太りすぎているため、もはや誰も抱っこすることはできない。もっとも鶴松丸自身はまったく気にしていなかった。
「……北(北の方)よ。鶴松丸は大丈夫であろうか?」
「うふふっ。問題ありませんわ、殿。鶴松丸は伊勢国司家の子。何より、当代随一の剣豪・美濃介(具教)様の血が入っているのですから」
「ならばいいのだが……」
鶴松丸の父である具教は息子の将来に不安を抱いていた。このまま成長すればどうなるのか、と。生母である北の方は問題視していないようだったが、具教は武家としても公家としても示しがつかないと考えていた。
(願わくば、鶴松丸が伊勢国司家に相応しい人物に育たんことを……)
そう願いつつ、具教は酒を口に運んだ。
そんな具教と意見を同じくする者がいた。誰あろう、鶴松丸本人である。つい先ほどまでおかわりを連発して普通の赤子二、三倍の食事をしていた人物とは思えない考えだ。いや、それ以前に三歳児の発想ではない。これには訳があった。
悪魔によって運命をねじ曲げられ、悲劇の死を遂げた智久。彼はその死を憐んだ天使によって意識だけをタイムトラベルさせられ、鶴松丸に憑依したのだ。その瞬間が食事のときだった。
憑依以前の鶴松丸の行動を振り返り、智久は思った。食い過ぎだ、と。しかも鶴松丸は運動が大嫌いで、剣術や馬術などをよくサボっていた。そのくせ、食事は複数回もおかわりするのである。そんなことをしているのだから、太るのは当たり前だ。
(これじゃダメだ)
智久はダイエットを決意する。親の心子知らずとはいうが、親子の考えが一致するということはままあるようだ。