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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十四章
199/226

御代替わり

 



 ーーーーーー




 行く者がいれば来る者もいる。顕康たちが奥州へ旅立っていったが、代わりに東国から次々と来客があった。


 真田家からは実質的な人質である真田信繁が京の具房の許にやってきた。


「お初にお目にかかります。真田源二郎(信繁)にございます」


「北畠左府(具房)だ。遠いところよく参られた」


 具房は信繁を歓待する。あくまでも人質ではなく客人なんだよ、とアピールしているのだ。その夜、挨拶ではなく個人的な懇談という形で呼び出す。先述のアピールの他に、歴史好きとして真田信繁と話したいという下心もあった。冒頭、信繁は手厚い歓迎に謝辞を述べる。


「様々な美食、美酒を振る舞っていただき感謝いたします」


「食は重視している。今後も楽しんでもらえると思うぞ。食に限らず、我が家は色々と他家とは異なる。徐々に慣れていってくれ」


「承知しました」


 最初は事務連絡であったが、そこから話が広がっていく。信濃、伊勢とそれぞれの出身地の風土自慢から武芸に関することまで。特に信繁は具房の武勇伝を聞きたがった。彼もまた、具房の強さに憧れている人物のひとりなのだ。


 気をよくした具房は望み通り、これまでの戦について話す。だが、話が進むに連れて信繁は期待外れといった顔をする。わかりやすい反応に、具房はつい笑ってしまう。


「ははっ。源二郎は父に似ず、腹芸が苦手なのだな。顔に不満がありありと現れているぞ」


「っ!? そ、そんなことはありません」


 見透かされたことに驚き、何とか取り繕おうとする信繁。だが、慌てた時点で白状しているようなものである。そんな信繁の姿を見てくつくつと笑う具房。困惑する信繁に、具房は気を悪くしたわけではない、と伝えて安心させる。


「いいか源二郎。戦場に立つ者として武芸を修めることは大切だ。しかし、大将が矢面に立ち、その武芸を披露するのは誤りだ」


「なぜですか? その方が士気が高まります」


「確かにそうだ。しかし、大将が討たれればーーいや、深手を負った時点でもその軍は瓦解する危険がある。いくら武功を立てようが、戦に負けたのでは話にならない。違うか?」


「そう、ですな」


 否定できず頷く信繁。


「ならば、大将がすべきは後ろにいて戦況を把握し、適切な指示を出すことだ。前線で戦うのは武将の役目。そこは頭に入れておいてほしい」


 武芸を磨き、学を修め、いざというときに備えることが重要だと具房。軍記物にあるような英雄的な武将はもう古いとして、北畠家が求めているのはそういう人材だと伝える。もし栄達を望むならそうすべき、と道を示したのだ。


「精進いたします」


 信繁は自分に足りないものばかりだ、と思って気持ちを新たにする。具房も将来の幹部として期待しているので、その自覚は嬉しいものだった。


 しばらく京に滞在した後、信繁は伊勢に向かうことになった。軍学校に入るためである。具房の斡旋で入学するが、軍学校は普通の学校を卒業していることが入学条件。特別措置で入学こそできたが、そこから信繁には地獄が待っていた。


 軍事行動についていけるよう、徹底的に肉体を追い込んでいく。体力には自信があった信繁だったが、その彼をしてヘロヘロにさせられた。加えて、学校での学習内容を詰め込むべく夜間も勉強に追われる。超多忙な日々を送る羽目になった。


「『最初の七日は極楽、その後は地獄。北畠軍の将はその多くがこれを経験し、卒もまた勝るとも劣らない鍛錬を積んでいるとのこと。北畠軍の強さも納得です』か。しかし、凄まじいな、これは」


 二里走ランニング、武装走、筋力鍛錬(筋トレ)、悪路踏破、武術鍛錬などなど。北畠軍の訓練内容が書かれていた。これだけのことを全軍がやっているのだ。そりゃ強い。昌幸は否が応でも納得させられた。


 そんな地獄を味わっているのは信繁だけではない。同時に入ってきた島津忠豊(家久の子)もこの厳しい訓練を受けていた。


「共に乗り越えよう」


「応とも」


 訓練中、互いに励ましあう二人。このとき育まれた友情は将来にわたって続くこととなる。


 そもそも信繁がこちらに来たのは北条と真田が領土問題で揉めているから。その調停交渉の準備は着々と進んでいた。


 真田家の担当者はいない。北畠家に一任しているからだ。どちらに転んでも美味しい話なのだから、好きなようにしてくれというのである。


 他方、北条側の担当者として上洛してきたのは北条氏邦。具房と面識があることが選出の理由である。


「久しいな、安房守(北条氏邦)」


「お久しぶりです」


 挨拶を交わす二人。その日は歓待の宴が開かれる。予定では一日の休息日を挟んで交渉開始だったのだが、とある事情でそれは延期になった。


 とある事情とは、皇位継承である。正親町天皇は以前から信長に譲位したいとの意向を示していた。それは具房が天下を握ってからも変わらない。具房も譲位させるのはやぶさかではないのだが、なにせ忙しく時間がとれなかった。譲位にあたっては様々な式典があり、仙洞御所の整備などもある。大体のことは公家が担うとはいえ、実務にあたるのは北畠家だ。そこに割くリソースはなかった。


 しかし、とりあえず日本のほとんどの地域を支配下に入れた今ならば可能だ。具房は準備を進めさせていた。それらの決定は沼田の領土問題が表面化する前の話であり、話し合いの日程が決まった頃には儀式の延期はできなかった。そのため交渉の方を延期することになったのだ。


 北条氏邦であるが、彼は北条家の代表として一連の儀式に参加することになる。折角だから参加したら? と具房が誘ったのだ。これは厚意からのもので、面倒な儀式に参列する人間をひとりでも多く増やしてやろう、という死なば諸共の精神からの行動ではない。


(吐きそう……)


 式にあたる具房の胃には猛烈なダメージが蓄積されていた。それもそのはず。具房は一連の式典で内弁に任じられていたのだ。内弁とは朝廷の重要な行事に際しての会場責任者のことで、儀式の進行を任されている。言うまでもなく、責任重大だ。


 それもこれも、具房が左大臣であるから。朝廷の儀式は通常、一上と呼ばれる太政官の最上位(太政大臣を除く)が担うのが慣例だ。普段からやっているのだが、退位礼や即位礼となるとかかるプレッシャーが違う。最初は別の人間に押しつけようとしたのだが、


『二条殿。私のような者が内弁を務めるのは恐れ多い。ここは摂関家のなかで高位の貴殿が務めてはどうか?』


『いえいえ。北畠左府は天下人。どうして不適任といえましょう。それに主上も左府が務められることをお望みなのですぞ』


 という具合に右大臣・二条昭実には逃げられてしまった。彼は外弁(会場外の責任者)として式場の外にいる。具房は心のなかで彼を呪った。


 だが、恨み言を言っていても仕方がない。内心では憤慨しつつも与えられた仕事をこなしていく。間違えないよう、開始直前まで徹底的に復習した。その甲斐あって、儀式は滞りなく進んだ。


 新たに即位したのは和仁親王。上皇の孫である。当初は誠仁親王の即位が予定されていたのだが、式を目前にして薨去してしまったのだ。そのため、誠仁親王の子である和仁親王が即位することとなった。


 皇族はもちろん、公家たちも残念がった。しかし、人の生き死にはどうしようもない。気持ちを入れ替えて、新たな天皇の即位を祝うことにする。


「記録では雑人(庶民)が入り込んで進行が滞るのが常だとあったが、今回はそんなことなかったな」


「外を北畠兵が固めていたおかげです」


「このような盛典は近年稀に見るものだ。北畠左府はよくやっているな」


 一連の儀式は成功し、具房は公家たちに賞賛される。このような退位礼、即位礼ができたのは久しぶりだ、と。当然、天皇や上皇も喜んだ。後日、具房は内裏に呼び出される。何か呼び出されるようなことあったっけ? と思いながらのこのこと出仕する具房。そんな彼に対して朝廷は、太政大臣への就任を打診された。


「此度の即位礼は各地の諸侯が集まり、上古に劣らない盛大なものとなった。また、式に際しては雑人の乱入など混乱なく、万事滞りなく行われた。それはすべて北畠左府の功績である」


 よってその功に報いるべく、太政大臣にするということだった。


「いや、他に相応しい方がいらっしゃると思います。私はそろそろ官を退くのが適当かと……」


「何を言うか。則闕の官たる相国(太政大臣)に相応しいのはそなた以外にいないであろうに」


 朝廷としては具房の後ろ盾はまだまだ欲しいところ。そのためにも何らかの官職にはついていてほしい。一方で大臣職は摂関家の人間が就任待ちとなっている。そこで具房を太政大臣にして功績に報いるとともに、大臣職を空けようとしたのだ。


 具房は辞退したものの、何度も懇願されて仕方なく就任することになる。同時に位階も従一位に進んだ。


「儂が生きているうちに、息子が位人臣を極めるとは……夢でもみているのかな?」


 これを聞いた父の具教は苦笑する。口ではこう言っているが、内心では具房の栄達を喜んでいた。さすがに太政大臣になるとは思っていなかったが。


「言い方が年寄り臭いな」


「何を言うか。儂は立派な年寄りじゃ」


 具教は五十八歳。現代なら退職してセカンドライフ云々などといわれる歳だが、この時代では老人である。お迎えが来てもおかしくない。


「それはともかくとして、儂もそろそろ本当に隠居していい気がしてきたのだ」


「京のことはどうするのです?」


 元々、具教が京にいるのは公家との折衝があるからだ。それはどうするのかと問うと、


「敦子殿や具藤に任せる」


 という返答が。彼らで十分やっていけるから自分の出る幕はないのだ、と具教。具房も鬼ではないから、本人が引退したいと言えば事情がない限り止めはしない。


「伊勢へ帰りたいものだ」


 具教はそんな希望を口にした。生まれ育った土地に帰りたいらしい。


「ならば霧山へ。あそこは屋敷地がまだ残っていますから」


 拠点が津に移り、また具教がいなくなったために空城同然となっていた霧山城。しかし、依然として管理は続けられていた。北畠家が長年、拠点としていたからだ。それが意図せず役に立った。住み慣れた場所がいいだろう、という具房の心遣いもある。


「うむ。そこにしよう」


 具教に異存はなく、隠居地は霧山と決まった。準備が整い次第、出発となる。具房も伊勢のお市に使者を出し、受け入れ準備をするよう伝えた。


「ここのところ用事が多く疲れました。それではこれにて」


 休もうとする具房だったが、まあ待てと具教に引き留められる。


「何か?」


「またしばらく顔を合わせられんのだ。少しばかり付き合え」


 その後は具藤も呼び出され、いつ以来かわからない、もしかすると初めてかもしれない親子でのささやかな宴会。そこでは思い出話に花を咲かせた。その大半は具藤が幼いときの失敗談である。具房は転生者であるため、その手の話は少ない。必然、具藤に被害が集中。やけ酒ですっかり潰れ、興が乗った具教もついつい飲みすぎて撃沈。北の方と茅(長野藤定娘、具藤の正室)が回収に来た。


「まったく。二人して人に迷惑をかけて……」


 仕方ない奴らだ、と具房。だが、部屋に戻るとそこにはお怒りといった様子の敦子たちが。


「ど、どうした?」


「お父君、ご兄弟とお酒を召されるのは構いません。ですが、予め言ってください!」


 うんうん、と後ろで頷く妻たち。別々のところで、親子三人仲良く(?)妻にお説教や小言を食らう北畠一家であった。







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