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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十三章
188/226

忍者とは


【謝辞】


 現在、作者多忙につき感想返信などまったくできておりません。機会を見つけて少しずつ返していくつもりなので、気長にお待ちください。また、忙しいらしいからと感想を送ることを控えていただかなくて大丈夫です。どしどしお寄せください。

 

 



 ーーーーーー




 八橋城にいる吉川元春は経言の帰りを今か今かと待っていた。


「さすがに遅いぞ?」


 元春は東を見ながら焦れていた。すると、東の方角からボロボロになった兵士の一団が現れる。


「何だあれは?」


 旗指物は毛利のものなので味方であることは明らかなのだが、なぜあんな人間が来るのかわからない。


(……まさかな)


 一瞬、元春の脳裏に嫌な想像が浮かんだ。すぐに首を振って振り払う。それでも影を覗かせる嫌な考えから目を逸らすべく、経言が帰ってくるはずの東の方角を凝視していた。そんな彼の許にある知らせがもたらされる。


「殿。一大事にございます」


「何事だ?」


「はっ。又次郎様(経言)なのですがーー」


「あいつがどうした?」


「北畠軍に遭遇して敗北。激しい追撃を受け、止むを得ず羽衣石城に入ったとの由にございます」


 それは先程のボロボロの兵士たち(経言軍の生き残り)が知らせた情報だった。元春の嫌な予感は残念なことに当たっていたのだ。


「何ということだ……」


 元春は難しい選択を突きつけられた。このまま経言を見殺しにするのか、助けるのか。既に議論したように、北畠軍は強い。そんな相手に戦備が不十分な今の状態で戦いを挑むのは自殺行為である。だが、我が子を見捨てるのも忍びない。


「しかし、彼奴は何をしているのだ。あれほど北畠とは戦うなと申したのに」


「それですが、どうやら奇襲は北畠の察知するところだったようです」


「なに?」


 敗残兵をまとめてきた武将の話によれば、尼子・南条連合軍に対する奇襲は見事に成功した。あとひと押しで壊滅に追い込めそうなほどの大戦果だったという。ところが、そこにタイミングよく北畠軍が来援。乱戦ゆえに上手く抜け出せず、被害を拡大した。


「さらに背後にも敵が回っていたらしく、お味方は散り散りになったそうです」


「そうか……」


 元春はそれ以上何も言わなかった。話を聞く限り、完全に嵌められていたからだ。どうしようもない。そんなことならやらなかった方がいい、なんて結果論を言うつもりもなかった。結果がわかっているなら誰だってやらない。わからない、成功すると思っているからやったのだ。


「どうすべきか」


 悩ましい。諸将に諮っても、救援するしないと立場が分かれた。だが、長兄の元長が救援しなければならない、と熱弁したことでそこまで言うなら……という空気となり、何となく救援することになった。


「あれか」


 道中、襲撃されることもなく吉川軍は羽衣石城の近くにやってきた。周りは北畠軍によって固められていて近づくことはできない。


「……隙はないな」


 北畠軍は言うに及ばず、尼子・南条連合軍も警戒は厳重だ。彼らも同じ失敗を二度も繰り返すほど愚かではなかった。両軍は睨み合いを始め、時間だけが過ぎていく。




 ーーーーーー





「そうか。睨み合いになったか」


 鳥取城に滞在していた具房は、吉川軍の主力が羽衣石城へと出張ってきたことを伝えられた。ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべる。敵が策に嵌ったときに彼がよくやるリアクションだ。


「蒔。これを頼む」


「……ん。すぐに届けさせる」


 一通の書状が蒔に手渡され、忍の手によってある場所に届けられた。


「旦那様! 上方よりお手紙です!」


「おお、ありがとう」


 月山富田城の城下にある店。そこの主人に一通の手紙が届く。差出人は堺の豪商・今井宗久。用件は商取引について。


「堺の大店からの手紙、何のお話で?」


 番頭がやってきて主人に訊ねる。隠すことでもないので普通に答えた。


「東国では不作になりそうで、西国から米を買って商いたいそうだ」


「なるほど。しかし、困りましたな。こちらは戦が起こっていて米の値が高い……」


「そうだな。納屋さんには悪いが、ここはお断りしよう。……わたしは奥で返事を書くから、しばらくお任せしますよ」


「わかりました」


 店主はそう言い残して奥へ引っ込む。だが、そこでやったのは返事を書くことではなかった。縁側に顔を出すと、庭師に扮した忍が近づいてくる。


「準備はどうか?」


「整っています。後は……」


 忍はそこで言葉を止める。壁に耳あり障子に目あり。それ以上の言葉は不要だ。それから二人は世間話をしているかのように振る舞いつつ密談を進める。


 二人は北畠家から送り込まれた工作員だ。主要な町には拠点が存在し、数名の工作員が活動していた。月山富田の場合、経営が傾いた商店を買収して拠点を確保している。店主以下の工作員は普通に仕事をしながらも、様々な情報を北畠家に送っていた。


 だが、仕事は諜報だけではない。破壊活動なども仕事のひとつだ。正確には秘密裏に補助することである。実行は忍が担う。諜報のスペシャリストとして描かれることが多いが、忍の役割はそれだけではない。城攻めに普通に従事することもあった。身軽さを買われて先手を任され、城内への道を切り開くのだ。その任務の性質上、損耗率も高かった。


 具房は勿体ないと思う。素晴らしい能力を持った人間が使い捨てにされているのだから。そこで彼は、現代のコマンド戦術とかけ合わせることを思いついた。つまり、敵地に浸透して様々な任務をこなすというものだ。単純な破壊工作などはもちろんのこと、戦略要衝の奪取や現地部隊の編制や指揮もこなす。早い話が戦国版グリーンベレーである。


 今回の毛利戦はほぼ偶発的に起きたものだが、将来的に起きることは予測されていた。その準備として尼子氏を支持する勢力の結集を進めており、密かに訓練も行われている。しかし、今回はこれらの勢力を使うつもりはない。もっと強力な者が来るからだ。


 果たして、数日後には店主が経営している旅籠に大道芸の一団に扮した花部隊の分遣隊が現れた。彼らはとあるVIPを連れている。それは尼子一族である尼子氏久だった。現地連絡官として鳥取に留め置かれた彼は、具房によって有無を言わせず月山富田へと送り込まれた。そんなことされれば不満が出るものだが、氏久はむしろ感動している。


「ようやく帰って来られた……」


 何度か再興を志すも失敗し、この地の奪回は叶わなかった。以来、十年以上この地の土を踏んでいない。その悲願が叶い、猛烈に喜んでいる。だが、花部隊の面々は冷静だった。


「助さん(身バレを防ぐため、氏久の通称である助四郎からつけられたあだ名)、まだ本当の意味では帰ってきてないぞ」


「そうだそうだ。公演が成功してこその凱旋、ってもんだろ」


「……そうだな」


 ここでいう「公演」とは作戦である。それが成功して初めて尼子氏にとっては凱旋となるのだ。その点、たしかに氏久の考えは早とちりといえる。


 その夜、花部隊の隊長と店主は作戦について話し合った。作戦とは月山富田城奇襲作戦のことである。具房は吉川軍を袋の鼠にするべく、敵後方の拠点を奪取することにした。本来なら志摩兵団を使いたいのだが、彼らは四国方面に展開している。熟慮の結果、投機性は高いがコマンド作戦を採用した。


 話し合いの場には二人を除いて誰もいない。周囲は忍が警戒しており、誰かに話を聞かれる心配はなかった。


「それでどうする? 我々としてはなるべく無傷で確保したい」


 城を無傷で確保、というのは無茶な要望である。しかし、寡兵で籠城することになるかもしれないため、防御力は高い方がよかった。


「わかっている。明後日、城に兵糧を搬入することになっていてな。そのときまで待ってくれ」


「頼むぞ」


 二人は城に運び入れる物資のなかに花部隊の隊員を潜ませ、機を見て飛び出すことにした。具房が聞けばトロイの木馬戦術を思い起こしただろう。


「うちの人間は殺すなよ」


「見分けがつかん」


「胸にうちの社章がついている。それで判断してくれ」


「善処する」


 歯向かってくる人間には容赦しないが、大人しくしているなら見逃す、と隊長は約束した。


 そして決行の日。店主は城に兵糧を搬入した。自身は隊と別れ、城主の毛利元秋と面談した。


「いつもすまんの」


「いえ。お殿様にはいつもご贔屓にしていただいておりますから」


 潰れかけの店は今や、城下で知らぬ者はいない大店へとのし上がった。店主が跡を継いでから、地元の商人が敬遠する毛利家の無茶なオーダーにも応えてきたからだ。今ではすっかり御用達である。


(まあ、伊勢からの支援がなければそんなことは無理だがな)


 商売は信用。それを獲得するために具房は支援を惜しまなかった。


「ふむ。ところで前々から疑問だったのだが、そなたの屋号はなぜ越後屋なのだ?」


「わたしが越後の出だからです」


 実際は具房が、商人といえば越後屋だな、と実に雑な理由で命名されたのだが、店主はそれを知らない。ちなみに越後屋は数ある屋号のひとつであり、北畠の息がかかった商店には国名の屋号が付されている。月山富田に越後屋の屋号が当てられたのはたまたまだ。


 店主が越後出身(もちろん嘘)だと言うと、元秋はさらに言う。


「そなたは故郷が恋しくないか?」


「いえ。親不知子不知を抜けたときに国のことは忘れました」


 元秋の発言は単に故郷を離れて寂しくないのか、ということだった。彼もまた故郷を離れて現在の任地にいるからである。しかし、店主は先日織田に降った上杉との関係を疑われていると深読みし、明確に否定した。


「そうか」


「今後とも、出雲商人として生きていくと決めております」


 決意は固い。店主は忍だった。しかし、任務中に負傷してしまう。忍として前線に出ることは不可能だと後方任務に回された。それが出雲における拠点の構築および維持管理である。最初は腐っていたが商売をするうちに、自分にもまだできることはあったと救われた。そのことに感謝し、店主はこの地に骨を埋める覚悟であった。


「頼りにしているぞ」


 それから二人は、他に入用のものはないかなど仕事の話をする。だがそれは時間稼ぎであった。話しているうちに部隊が決起、城の制圧を進めているはずだ。やがて喧騒が聞こえる。


「何やら騒がしいですな」


 白々しく言う店主。だが、元秋はそれに気づかずまったくだ、と同意して、事情を訊ねるべく立ち上がる。それとほぼ同時に襖が乱暴に開かれた。


「貴様、無礼だぞ!」


「申し訳ありません。しかし、一大事であります!」


「何が一大事か。手打ちにしてくれる!」


 元秋は腹を立てていたが、店主が諌めた。


「それで、何用だ?」


「敵襲です! 敵が現れて城を攻めております!」


「「はあ?」」


 元秋は訳がわからず素っ頓狂な声を上げ、店主は訳を知りながら合わせた。


「こんなところに敵が来るはずなかろうが! 儂を謀るか!」


 再び烈火の如く怒り出す元秋。だが、知らせに来た者はその目で確認してほしい。もし嘘ならば無礼打ちしてくれて構わない、と凄い剣幕で言った。それに圧され、元秋は自らの目で確かめることにした。


「しばし失礼する」


 店主に断ってから部屋を出て行く。だが、数分のうちにすぐさま戻ってきた。


「越後屋、ここから逃げた方がいい。本当に敵がいた!」


「なんと!」


 驚いて見せるが、やはり白々しさは拭えない。冷静に考えれば気づけたが、そんな判断力は残されていなかった。


「わ、わかりました」


 二人は慌てて逃げようとしたが、時既に遅し。城内は粗方制圧され、今まさに屋敷へと手が伸びようとしていた。制圧部隊にばったり出会した二人。出会い頭に鉄砲が放たれた。


「ぐわっ!?」


 胸を押さえる店主。胸に当てられた手からは赤い液体が滴っている。そのまま倒れて動かなくなった。


「店主!? おのれ!」


 元秋は店主が撃たれたことに憤慨して果敢に応戦するが、力及ばず捕らわれる。すぐさま牢に繋がれた。生かしておくのは、いざとなれば彼を交渉材料にして城を明け渡すためだ。それに、陥落しなくても今後のいい交渉材料になる。


「さて、終わったぞ」


 そう言ったのは隊長。それを聞いた店主はむくりと起き上がった。大根役者である店主、迫真の演技である。あれは空包で弾は飛んでいない。血に偽装した赤い液体は、赤の染料を水に溶かしたものだ。傷口がないとバレるので、胸を押さえてカバーした。


「見ていて面白かった」


「もう少し上手くやれると思ったんだがな」


 くつくつと笑う隊長。店主は大根役者ぶりを自覚しているだけに不満顔だった。だが、何はともあれ月山富田城を奪取するという目的は達せられた。


 その後、尼子氏久が姿を見せて尼子氏の復活をアピール。予てから店主が育成していた現地人部隊を召集して守備に就かせた。そこに新たな志願者が合流し、合計千名ほどの守備隊が結成される。かくして伯耆にいる吉川軍は孤立することとなった。







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