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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十三章
181/226

競争

 



 ーーーーーー




 伊予国温泉郡道後。日本でも屈指の歴史を誇る道後温泉を有し、かの聖徳太子や斉明天皇、天智天皇なども滞在した記録がある。具房は温泉地から近い湯築城に滞在していた。


「とりあえず、律が大事なくてよかった」


 妊娠の初期症状だということだが、ここまで激しいのは初めてなので気づかなかった。ともあれ、めでたいことである。


 到着後からバタバタしていたが、原因であった律の件が片づいたので落ち着きを見せる。そのタイミングで権兵衛たちが訪ねてきた。


「無事のご到着、おめでとうございます」


「「おめでとうございます」」


「うん。ありがとう。報告は受けている」


 権兵衛は気を利かせて資料を先に送っていた。律に付き添いながら資料を見ることができ、こうして仕事がスムーズに進んでいる。さすがは権兵衛だ。


 伊予の開発は優先順位が下げられており、最優先は軍備の整備である。まず脅威度が高い毛利に備えるために東予の軍備を整え、その後に大友に備えて中予と南予を固めることになっていた。


「伊予兵団の編制は完了しています。主力はここ湯築に置き、東予と南予には各一個大隊を配しました」


 権兵衛は戦力が分散することを嫌ったようだ。予期せぬ攻撃を受けたとき、前線に主力がいると撃破され、その後の傷が拡大しかねない。だが小部隊ならば部隊の単位が少なく、大部隊に比べて戦闘態勢に移行する時間が短かった。戦闘態勢をとった大隊が陣地に籠もればひと月くらいーーつまり、主力が来援するまでは耐えきれる、という計算だ。


「訓練は順調か?」


「はい。古参兵が扱いています。何やら競争になっているようですな」


「競争?」


 何と競争しているんだ? と具房は疑問をそのまま口にした。相手がぱっと思いつかなかったからだ。君たちは何と戦ってるんだ、状態である。


「他の新編部隊ですね」


 相手は四国平定に伴って同時に新設された讃岐、阿波、土佐兵団だという。前身は同じ大和兵団なんだから仲間意識がありそうなものだが、実際は対抗意識が剥き出しだという。どれだけ強い部隊に育てられるか、と争っているのだ。


「競争は悪いことではないが、行き過ぎはよくない。わかっているとは思うが、お前たちで調整してくれ」


 具房は家観念からくるセクショナリズムを害悪だと考えている。現場の人間はともかく、上層部の人間は広い視野を持ってもらいたい。究極的には自分が所属する組織の利益追求が第一となるが、いつでも我を通すことはできないのだ。無理を通すと軋轢を生む。なので具房は人材交流を通して、上層部の意思疎通を意識していた。


 北畠家では中級の官吏になると、他所の組織に出向となる。左遷ではなく、上級官吏になるための必要要件だ。ここで上手く協調関係を築けたか否かが厳しく審査され、後の出世に影響する。権兵衛などはその制度を経験していないが、戸籍作成などで他所の業務に携わっており、どういうものかは理解していた。


「わかりました」


 だから、知事や団長が上手く調整することで過剰な訓練を防止するという具房の指示にすんなり従う。


 この他は特に報告されることはない。伊予は長宗我部の激しい侵攻を受けておらず、豪族同士の勢力争いがほとんどだ。なので荒れている農村は少ない。兵士を出すことに対して経済的に渋るという例はほとんど見られず、阿波や讃岐のように福祉政策を打つ必要はなかった。なので話は町の開発に移る。


「それで、城下町の整備は形になったか?」


「はい。どこも計画はできております」


 伊予は他の三国とは違い、三ヶ所に城下町が整備される。対中国(毛利)、九州(大友、島津)戦の最前線であり、各地域に平野が点在していた。防衛などの観点から今張(今治)、湯築(松山)、板島(宇和島)の三ヶ所に城下町を整備する計画だ。


 湯築に関しては平野の真ん中に聳える勝山に城を構え、その周りに町を築く。港町として三津を整備し、運河を町まで繋げる予定だ。ゆくゆくは鉄路を敷き、鉄道馬車で市街と港湾を結ぶ。開発にあたって厄介なのは湯山川(石手川)だ。平野の中心を流れているため、この流路を変更しなければならない。


(発破すれば手間はかからないな)


 軍用の爆薬を流用すればいける、と具房は考えた。権兵衛は報告書で難工事になると書いていたが、発破を使えばかなり効率がよくなるはすだ。


 なお、水軍に関してはほぼ諦めの境地である。伊勢から送り込もうにも、村上水軍が邪魔だ。仕方ないので、河野水軍を接収して使っている。ないよりはマシだが、戦力としてはカウントできない。


(今治に造船所を造るにしても、まずは村上水軍を何とかしないとな)


 目の上のたんこぶとはまさにこのこと。村上水軍の存在は具房の行動をかなり縛っていた。彼らの排除を具房は真剣に検討するようになる。


「なるほど。河野氏や旧臣たちの抵抗はあるか?」


「ありますね。三津を改修するので港山の城を廃すと言ったら、宗家はともかく分家連中が反対しています」


 宗家は湯築で領地経営、分家の一部は三津や港山で水軍を指揮していた関係で独立心が強い。それは主が変わっても同じで、尊大な態度を取り続けていた。


「実力を誇示すれば従うか?」


「どうでしょう? いっそのこと、九鬼殿に預ける方が話は早いかもしれませんぞ?」


「三交代で研修に出すか」


 和船は専ら輸送船と使われており、北畠海軍においては戦闘艦として使われることは滅多にない。だが、そのマインドは理解してもらえるはずだ。


 分家の連中が従わないこと以外には問題らしい問題はない。それに、意外な掘り出し物もあった。それが河野家当主・河野通直である。何かに秀でているというわけではないのだが、その人柄が人々に慕われていた。さながら、三国志演義における劉備のようだ。彼のおかげで河野家に従順だった旧臣たちも、大人しく味方してくれている。


(あの人はある種、司令官の才能があるな)


 やや優柔不断な面があるため一流とはいえないが、部下に任せて責任だけ引き受ける、部下からすれば理想的な上司だ。冷静にリスクヘッジでき、感情に流されない副官をつければ一軍だって任せられるだろう。


 さらに権兵衛は通直の人柄を買って、彼に子どもがいないので自分の子どもを養子入りさせてほしい、と願い出ていた。通直も分家から養子をとって自分のときのように一族で骨肉の争いをするより、北畠家という大きな後ろ盾がある権兵衛の子どもを養子にした方がいい、と判断。この申し出を了承している。具房も当事者の間で話がついているなら、と追認したため、権兵衛の三男である権三が、房通と名乗って河野家の養子になった。分家は大反対だが、敵がわかりやすくていい。


(分家があれこれ言ってくるのも、歴史ある家ではあるあるだな)


 具房も同じ道を通ってきたので、房通には是非とも頑張ってほしい。


 中予は細々とした問題はあるものの、計画の見直しが必要なことはないらしい。このまま開発を続けるよう指示をした。


「今張はどうだ?」


「はっ。国府は不便なので新たに城を築こうと思っております」


 今張には古代から伊予国の国府が置かれていたが、内陸にある山城なので不便だという。新たな城は海沿いに築かれる計画だ。


「讃岐の城のごとく、船で直接城内に入れるようにしたいと思っております」


 房高は海城の構想を持ち出した。高松城の話を聞いて、瀬戸内海における拠点となる今張にも同様の構造を採用した方がいい、と考えたらしい。


「ふむ……それはいいが、今は旧河野水軍しかいないぞ?」


 具房が問題視したのは、併設される海軍基地がかなり巨大であることだ。大型船の入港が前提となっているが、河野水軍は中小型船しか持っていない。村上水軍がいる限り、切迫した事情がなければ大型船を有する北畠海軍が伊予に展開することはないのだ。将来的には有力な基地になるにせよ、今の段階では無用の長物である。


「それは……確かに」


 その指摘に頷く房高。突っぱねるだけでは悪いので代案を出す。


「城内に入れるのは舟艇のみにしてはどうだ?」


 艦隊用の泊地は城の外に設け、舟艇で城と往来すればとうかと提案する。施設が大規模になれば工期も延びるが、今張は最前線にあるためなるべく早くできた方がいい。だから施設を最低限、コンパクトに抑える。また、今張はあくまでも前進基地であり、それほど大規模な施設は必要ないとの判断だ。


(船は今後さらに大型化するしな)


 今後、具房は現代のように鉄でできた船を作るつもりだ。将来的には排水量は何千、何万となるため、とても城に収められるサイズではなくなる。火砲の発達などにより城塞の価値が低下する将来も踏まえると、大金を投じて巨大な城郭を整備する必要は薄い。一国一城で十分だ。


「なるほど」


 そんな隠された狙いを房高が知るはずもないが、言われたことはその通りなので代案を受け入れ、計画を修正する。こうして今張城の築城計画は幾分スケールダウンして始まった。


「殿。こちらが板島の開発計画です」


 話がひと段落したところで岸茂勝が書類を見せてきた。こちらも海城というコンセプトを踏襲している。堀に海水を引き込むのは同じだが、茂勝は大胆にも西に城壁を築いていない。


「これは……西から攻めさせるつもりか?」


「早合点してはいけないぞ。よく見ろ」


 房高が勘違いをしていたので、注意して見るように言う。何か見落としがあったのか? と首を傾げながら図面を見て気づく。


「なるほど。その先は海なのか」


 西側は海に面するようにし、海を天然の城壁として利用しているのだ。もちろんまったくの無防備というわけではなく、沿岸砲が睨みを利かせている。


「城壁を一方でも省くことにより、築城にかかる時間を短縮しようというのだな」


「はっ。ご明察の通りです」


 このアイデアを聞いた房高は心の中で唸る。ライバルともいえる茂勝に自分より優れた案を出されたからだ。


「しかし、いくら沿岸砲があっても、海側からの侵攻を完璧に防げるわけではないだろう? 敵の船団が遊弋しているのだぞ」


 海側から攻撃を受けると防げないのでは? と房高は疑問を呈した。だがそれは茂勝も考えている。


「後で防塁を築くつもりです。まず何よりも陸からの侵攻が脅威なので、そちらの防備を優先しました」


「物事に優先順位をつけることは大事だな」


 具房はよく考えられている、と思った。思考がスマートだ。ぐぬぬ、と唸る房高。二人には高めあってほしいが、一方的な劣等感を覚えることは歓迎できない。下がるよう二人に告げた後、さも今思い出したという風に房高を呼び止めた。


「別に指示した例の件だが、進捗はどうだ?」


「……アレですな。はい。既に簡単な調査は済ませてあります」


「さすがだ。仕事が早い」


 さり気なく房高を褒める。房高は褒められた、と嬉しそうにしていた。これくらいで喜んでもらえるのならいくらでも褒めてやる。


「ご覧になりますか?」


「できるか?」


「もちろんです」


 準備万端らしい。ここでもう一度褒めてやると、房高は先ほどまでとは打って変わってウキウキとした様子で退室した。







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