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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第十三章
180/226

遍路の実態と律の異変

 



 ーーーーーー




 義治から四国遍路の観光資源としての価値について疑義を呈された具房は、その妥当性を再検討する必要に迫られた。しかし、彼がとった方法は突飛なものだった。


「……本当に行ってしまわれるのですか?」


「ああ。直接、この目で確かめたいのだ」


 ある日の朝。出かけようとする具房に敦子が声をかける。言葉からは、出かけてほしくなさそうな雰囲気が窺えた。別に彼女が仕事を邪魔しようと思って言っているわけではない。これは具房のことを心配しているがゆえの言葉だった。


 義治の進言を受けた後、具房も色々と考えた。そうして出た結論は、遍路の実態を自らの目で確かめよう、というものだった。仕事を急いで終わらせて時間を捻出。その時間を使って遍路道を実際に歩くことにした。お供は蒔と数人の忍。遍路は修行に使われただけあって道のりは険しい。なので普通の護衛ではなく、悪路をものともしない忍を同行させる。


 敦子たちは予定通り讃岐を出発することになっていた。さすがに彼女たちを連れては行けない。誰もがついて行きたそうだったが、全力で慰留する。さすがにすべてを回ることはできないので、讃岐-伊予間のいくつかの札所に限定していた。伊予国宇摩郡川之江で合流予定で、冷静に考えればほんの数日のことでしかない。しかし、言葉ではわかっていても感情は別。誰もが納得していなさそうだ。


「次に滞在する伊予には温泉がある。そこには少し長くいる予定だ。そのとき時間を作るから、行かせてくれ」


 具房は温泉で個別の時間をとることで説得を試みる。白浜でのバカンスを想起し、まあそれなら……と妥協した。


「約束ですよ」


「約束でス」


「守ってくださいね!」


 ほっとしたのも束の間、三人から念押しされた。破るつもりは毛頭ないが、圧がすごい。絶対にやれ、と雰囲気が物語っていた。具房はこくこくと頷くしかなかった。


 さて、そうして繰り出した遍路旅。とりあえず善通寺に向かう。ここは三好実休(長慶の弟)のために伽藍を焼失し荒廃していた。具房は統治に協力する見返りとして資金援助しており、北畠家に好意的だった。ここの住職から、遍路について訊いてみる。


「辺路(遍路の昔の言い方)ですか。あれはなんといいますか、何にも縛られないものですな」


「何にも縛られない?」


 具房は意味を計りかね、鸚鵡返しをした。住職は左様、と頷いて詳説を始める。


「辺路はどこから巡礼を始めても構いません。たとえば畿内から来た者は阿波から、九州から来た者は伊予から周り始めるのです」


「決まった行程はない、というわけか」


「その通り。さらにいえば、すべてを回る必要もない。一国のみ、一日のみなど、辺路在り方は様々です」


「なるほど。勉強になった」


 具房は礼を言う。


「いえいえ。北畠様にはお世話になっていますから、お気になさらず」


 とはいうが、具房は義治に指示して善通寺に一時的だが更なる資金援助を行った。その甲斐あってか、善通寺はますます協力的になる。


 住職からアドバイスを受けた具房。遍路は自由ということなので、寺院はほとんどスキップして先に進む。罪悪感はなくなった。だって自由だから。その代わり、具房はすれ違う人や道端に目を配る。かくも自由な遍路に何があるのかを炙り出すために。


 そうしてよくよく見てみると、義治が言いたいことがわかる。見たところ、遍路に繰り出す人間は大きく二つに分類された。ひとつは修行僧。お大師様のご縁にあやかりたい、という感じの僧侶だ。こちらはいい。いい意味でお遍路らしいからだ。


 問題は二つ目。名づけるならば「職業遍路」というべき人々である。「職業」とあるが、彼らは僧侶ではない。ではなぜ「職業」なのか。それは、彼らがその命尽きるまで遍路を続けるからだ。遍路に永久就職しているから「職業遍路」というわけである。


 まあ、人生色々あるから、死ぬまで遍路を続けるというのも否定しない。問題なのはそれが自らの意思ではなく、止むにやまれず遍路になったからだ。というのも、職業遍路である彼らは社会から爪弾きにされた者である。病気や障碍など理由は色々あるが、そのような理由で社会から排斥された結果、彼らは遍路をして暮らしている。


 四国に集まるのはお遍路に付随してお接待という文化があるからだ。お遍路さんは空海も同然の存在で、彼らにお接待ーー寄付をすればご利益がある、と信じられている。言い方は悪いが、その風習を利用して彼らは生きているのだ。


「これは少し……難しいな」


 具房はこれがとてつもない障害であることに気づいた。四国全土に散らばった職業遍路をどうにかするのは難しい。知識チートで解決できる問題ではないからだ。


(収容施設を作るか? だが、まったくの想定外で予算はともかく人員がいない)


 計画にないことをやる必要に迫られることは想定し、予備費を確保していた。しかし、その内容は追加の工事など簡単なものを想定していたため、施設で働く職員をまったく確保していない。金には余裕があるが、今から人材を探したり育成したりするのは時間がかかる。とても早期の観光資源化は期待できそうにない。


(思ったより札所も荒廃しているし、時間がかかるな)


 恐らく生きているうちには無理だろう。幸い、四国は島国で入国管理はしやすい。だが、既にいる人間についてはどうしようもない。宣伝するにしても彼らは小動物のごとく警戒心が高く、唯々諾々とは従わないだろう。何か狙いがあるのでは? 体よく排斥しようとしているのでは? と疑念を招く恐れもある。解決にはかなりの時間が必要だと思われた。


(はあ……)


 ままならない現実に思わずため息が漏れる。これまで順調だっただけに悔しさが強かった。


「殿」


 落ち込んでいると、先行していた忍が現れた。護衛として数人の忍がついているが、彼らは常に具房の周りにいるわけではない。先行して安全を確保したり、後方で怪しい人間がいないか見張っていたりする。フットワークは軽いが、具房は重要人物だ。この程度の警護は当たり前。いや、むしろ緩いといえる。


「どうした?」


 名前を呼ばれ、意識を切り替える。思い通りにいかないことに対してうだうだ言うが、具房は引きずらない。そこは彼の長所だった。


 さて、問われた忍は具房に迂回を勧める。


「? なぜだ? 何か問題があるのか?」


 ぱっと思いつくのは落石や土砂崩れなど、物理的に通行できなくなっていること。だが、それならば引き返してくる人間がいてもおかしくないはず。今までそんな人間はいない。それどころか、普通に人とすれ違っている。話がおかしい。そのことを指摘すると、忍は慌てた様子を見せる。具房の不信感はますます募った。


「お前……何を隠している?」


「い、いえ。何も……」


 とは言うが、信じられるはずもない。しかし、尋問には慣れているはずで、具房の力では口を割らせることはできないだろう。というわけで、蒔にバトンタッチする。


「……話して」


 たったひと言。なのだが、そこには思わず身震いしてしまうような冷徹さがあった。心なしか忍も震えている。結局、圧に負けて忍は隠し事を白状した。


「この先に博徒がいましたので、それを避けて頂こうと思いまして」


 悪いところを見せまいとする意図があったらしい。気持ちはわかる。が、そんなことでポチョムキンのようなことになっては堪らない。


「構わん。このまま進むぞ」


 具房は博徒など関係なく進むことにした。進むにつれて道は険しくなっていく。木々が生い茂っており、昼間にもかかわらず薄暗い。適当に話をでっち上げれば曰くありげな心霊スポットになりそうだ。


「おい、止まれ」


 そこで出てきたのは幽霊ーーではなく、件の博徒たちだった。


「いい格好してるじゃねえか」


「どうだ兄ちゃん。遊んでいかないか?」


 身なりのいい軍を見て金があると思って博打に誘ってきた。この時代、お遍路をするのは食うに困った貧民か、ある程度の地位を持つ人間。後者はそれなりの路銀を持っている。彼らはそれを巻き上げて生活していた。


 勧誘する彼らを尻目に、チラッと視線を投げる具房。そこから即席の賭場が見えるのだ。彼らがやっているのは丁半博打。これは分が悪い。


「いや、遠慮しておく」


 具房は断る。勝てない勝負はしない主義だ。とはいえ、南蛮カルタ(トランプ)であればイカサマを見舞ってやるところだったのに、と少し残念に思っていた。


「まあそう言わずによ」


「楽しくなるって」


 金蔓を逃してなるものか、と博徒たちは勧誘を続ける。蒔や周りのお供(忍たち)にも誘いがかかった。それがあまりにもしつこく、いくら言い聞かせても聞き入れないので、具房は最後の手段に出た。


「しつこいな。そろそろ止めてくれないか?」


 まずは警告。しかし、博徒たちは相変わらず勧誘してくるので、穏便に済ませることを放棄した。具房は蒔を見る。すぐにその意図を察し、彼女も頷いた。それで忍たちが一斉に動き出し、博徒たちを制圧する。


「な、何を!?」


「離せ!」


 博徒たちは文句を言うが、具房は警告を無視したのだからと取り合わない。寝ぐらを突き止めるべく尋問するが、彼らは口を割らなかった。


「ふん。もういいだろ。殺せ!」


「そうだ! 殺せ!」


「そうはいかん。賭場を見る限り、他にも仲間がいるだろうからな」


 解放しないと告げるが、ならば殺せと博徒は叫ぶ。これには具房も困ってしまう。どうしたものかと考えていると、忍のひとりがある提案をする。


「殿。博徒が帰らないとなれば仲間が探しに来るはず。ここは我らが見張りますので、彼らを連れて立ち去られては?」


「それだ」


 ナイスアイデア、と指を鳴らす。


「こうなったら徹底的に締め上げてやる。連れて行け」


 具房は厳しい表情を作ると、博徒たちを連れて道を進む。一行は川之江へ向けて進むが、二人は自然にその場に止まった。


 翌日。賭場を監視していた忍のひとりが具房のところへやってきて、仲間を発見したと報告した。博徒たちはなぜ!? と愕然としていたが、そんなこと知るかと具房は来た道を引き返す。


「殿。こちらへ」


 案内された先は雑木林のなか。その茂みに具房は隠れる。


「どこだ?」


「あそこです」


 天然の洞窟。草木が生い茂っていてわかりにくいが入口があり、人が出入りしているという。賭場に現れた人間がそこに入ったことから、ここが博徒たちの隠れ家だと結論づけた。


「……今の人数だと厳しいな」


 具房はそう判断し、六角義治に兵を派遣するよう求めた。高和が率いる部隊が派遣され、洞窟の制圧にかかる。


「よし、行け!」


 高和の号令で兵士たちが洞窟へ殺到する。解体された大和兵団に所属していた古参兵が多くを占める精鋭だ。容易く制圧するだろうと思われたのだが、意外なことに数分で兵士たちが逃げてきた。


「どうした!?」


 博徒はそんなに手強いのか、と疑問に思う具房。高和も同じで首を傾げていた。二人は逃げてきた兵士に事情を聞く。その答えは、二人を驚かせた。


「病です! あそこは病人の巣窟だ!」


 曰く、洞窟の中には病に冒された人間が多くおり、まるで鬼の巣穴のようだったという。兵士が鬼と呼ぶのは、人々の見た目が違うからだ。ハンセン病などの病気、奇形や障害を持つ人間がおり、それを恐れたのである。


「殿。逃げてきたのは新兵ばかりです」


 高和が報告する。耳を澄ませば洞窟内から喧騒が聞こえた。古参兵は新兵が離脱しても戦っているようだ。


「奴らは鍛え直さなければなりませんな」


 軍の恥晒しです、と高和。具房はほどほどにしろよと釘を刺しておく。その言葉もあって特訓は加減されたものであったが、兵士たちにとっては地獄のような厳しさであった。古参兵も扱きに加わり、特殊部隊顔負けの厳しい訓練となる。


 話を戻す。逃げ出した新兵を再編成していると意外に時間がかかり、その間に洞窟の制圧は完了していた。中にはかなりの人数がいたため、一度来た道を引き返す。遍路の実情は見られたので敦子たちと一緒に行こうと思ったのだが、生憎と彼女たちは出発してしまっていた。


「仕方ない。追いかけるか」


 二度手間だな、と具房は嘆く。そんな彼の横目に、悄然とする博徒たちの姿が映った。


「これからどうなるんだ……?」


 先行き不安、といった様子。仲間が捕まったため、彼らは隠していた事情を白状した。それによると、博徒はただの博徒ではない。金持ちの遍路から金を巻き上げるが、それは遊興のためではなく、匿っていた仲間たちのために使っていたという。社会的弱者である彼らを放っておけなかったそうだ。


「ならば、こういうのはどうだ?」


 具房は咄嗟に思いついたアイデアを披露する。それは賭博を公認する代わりに社会福祉施設の運営を義務づけるというものだ。ギャンブルはどうあっても胴元が利益を得る。それを社会に還元させようというのだ。


「いいのか?」


「問題ない。元より、いくら規制しても悪事を働く者はいる。動機の善悪はともかくとしてな。ならば、無闇に止めさせるよりも、こちらで統制する方がいい」


 寺社や公家の屋敷など、公権力の立ち入りが憚られるような場所で隠れて賭博は行われている。何とかして賭博をやりたいというわけだ。それに規制をかければ反発を招く。また、隠れてやられると取り締まりも難しい。ならいっそ認めて、管理下に置いた方が楽だと考えたのだ。


(そうだ。どうせならIRみたいにしよう)


 四国遍路(観光事業)が軌道に乗るにはかなりの時間がかかりそうなので、それに代わる事業を立ち上げるのだ。隠れてこそこそやる必要はないからいいだろう? と具房。博徒もそれならば、と前向きな姿勢を見せた。


「仲間については事業が軌道に乗るまでの間、我らで責任をもって保護しよう」


 空き地はいくらでもあるし、軍が使う野営用装備があるので寝泊まりする場所を作るのは容易い。食事も主食(米穀)くらいは支給できる。伊勢などで教育を受けた世代は、ハンセン病などへの偏見は少ない。そういう人間が集められた施設(特別支援学校みたいなもの)にいる人々と交流しているからだ。洞窟で古参兵が戦えたのも教育の賜物である。


「何か言われることもあるかもしれないが、多少は勘弁してくれ」


 讃岐の人間は偏見が根強く残っている。山に隠れて住んでいた頃と比べれば色々と嫌なことを言われる機会も多いだろうが、そこは我慢してくれと言った。あまりに酷いようなら実力を行使するが。


(讃岐の兵もこういうことに慣れていかないとな。それに……)


 こうして手厚く保護すれば、他にもいるだろう職業遍路が保護を求めてくる可能性もあった。


「他に繋がりがあるなら声をかけておいてくれ」


 具房はそう言ってその場を去る。向かう先はもちろん川之江。そこで敦子たちと合流する。忍のひとりを使者として送り、後ろから追いかける旨を伝えた。


 後日。具房は無事に敦子たちと合流。そのまま湯築(松山)へ向かう。異変が起きたのは、間もなく湯築に着こうというときだった。突如、律が体調不良を訴えたのである。


「もう少し我慢してくれ。湯築はすぐそこだ」


 辛そうにする律を総出で励ましながら、湯築へと駆け込んだ。既に権兵衛へ連絡は行っており、部屋を準備してもらっていた。


「こちらへ!」


 挨拶もなく、律は部屋に担ぎ込まれる。頭や胸、お腹が痛いと訴え、それがなくとも身体が怠いと言う。何かの病気かと心配が募る。苦しむ律を軍医が診察した。すると、意外なことが告げられる。


「おめでたですな」


 なんと、妊娠の初期症状らしい。予想外のことに、一同驚愕。だが、不治の病などではないということで安堵した。


「よかった……」


 具房も安心する。律が特別な病ではなかったこと、子どもができたこと、各方面からの圧力が和らぐことなど、解放された事柄が最も多いことから気持ちの振れ幅も大きかった。


「皆に知らせないとな」


 律に身体を労るよう言った後、具房は関係者に報告しようと誘う。


「はい」


 彼女もまた、実家にいい報告ができること、妻としての責務を果たせそうなことに安堵し、輝くような笑みを浮かべた。








【補足】四国遍路について


 作中では博徒が弱者を救済するために賭場を開いていたということになっていますが、そのような事実は確認されていません。遍路の金を巻き上げるために博徒が、ご利益(病気快癒)を求めて病人や障碍者が遍路をしていたというのは事実です。

 

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